第三章1『高校二年生、夏』
七月六日十八時 西宮菜々美
厳しい冬の寒さはとうの昔に過ぎ去り、汗が滲むくらい暑い夏が近づいていた。お義姉ちゃんが初めて陸さんとデートに行ってから半年以上が過ぎた。あれから色々なことがあった。
まず、お義姉ちゃんと陸さんが付き合い始めた。あれから結構な頻度でデートしていたが、十数回目のデートでお義姉ちゃんが告白したらしい。お互い初めて恋人が出来たかのように初々しい。そんな二人を愛おしく思っていた。
あと、私にも彼氏が出来た。告白されて、振るのも可哀想だと思い、しぶしぶ了承した。――だがすぐに別れた。
相手が身体目当ての変態だったからだ。
忘れようと努力をしても、時たま思い出してしまう。
押し倒されて、犯されそうになったあの日のこと。
理性のない獣みたいな顔。膨れ上がった陰部。無理やり脱がされる感覚。口の中に舌を入れられる嫌悪感。胸を触られる恥辱感。
頭に過ぎる度、気持ち悪さで嗚咽する。
私はもう普通な恋愛は出来ないのだろうか。
人並みに愛し合って、人並みにセックスして、人並みに――。
そんなことを、目の前でイチャついてるカップルを見ながら、考えていた。
なんだこのカップル、見せつけてくるかのように、イチャイチャしやがって。私への当て付けか。
ふつふつと怒りが湧いてきて、二人の邪魔を試みようとするが、義母の優しい声がブレーキとなる。
「そろそろ、ご飯よ。準備なさい」
その声を聞き、さっきまで逢瀬していた女性――美咲はキッチンの方へ向かい、義母の手伝いを始めた。
残った私と男性――陸さんは顔も合わせず、ろくに話もしなかった。
気まずい。心底そう思った。所詮、私と陸さんの関係は恋人の親族だから、仲良くする義理もない。
そんなことを考えていると、食卓に料理が置かれていた。
大方、お義母さんが「少しは手伝いなさいよ」と愚痴りながら、置いてくれたのだろう。優しい。
「いただきます」と呟き、食事を摂る。美味しい。やはりお義母さんの作るご飯は、世界一だ。
目の前でイチャつくカップルに殺意を滾らせながら黙々と、食事をした。
*
七月六日二十二時 安倍悠誠
「ただいま」と口の中で呟き、玄関のドアを開ける。
そこには「おかえり」と言ってくれる家族がいる訳もなく、あるのは薄暗く、孤独なリビングだ。
優しくて暖かい理想の家族像なんてものはこの家には無い。
俺には血の繋がった肉親は居ない。居ないという表現は正しくない。正しく言うと、俺は捨て子だ。どこに本当の両親がいるかは分からない。
聞いた話によると俺は児童相談所の前に捨てられていたらしい。揺籃の中に、悠誠と書かれた紙切れが入っていて名前は分かったらしい。
苗字は里親が見つかるまでは所長の苗字・藤澤を名乗っていたが、里親が見つかってからは里親の苗字・安倍を名乗っている。
物音一つ立てないように細心の注意を払いながら自室へと向かった。
里親夫婦の部屋を通り過ぎる時、微かにテレビの音がした。
自室のドアを開けようと、ドアノブに手をかけた時、後ろからドアが開く音がする。振り向くと、そこには里親のおじさんが立っていた。
目が合うと、俺のことを睨み、何も言わずに、リビングへと向かった。
自室へと逃げるかのように入り、鍵を閉めた。
ベッドにダイブし、ふつふつと湧き出した怒りを抑える。
ふとある感情が湧き出る。
俺は愛されていない。愛なんてものはない。愛されたかった。俺も人並みに愛されて、愛して、生きて、死にたかった。
第三章突入。
お楽しみに。




