第二章5 『アルバイト』
十月五日十八時 佐藤陸
「陸先輩、上がりですか? お疲れ様です!」
アルバイトのシフトが終わり、パイプ椅子が置いてある小さな休憩室で着替えてる途中、悠誠君が元気よく言った。
「ありがとう。悠誠君も上がり? それとも今から?」
愛想良く、にこやかな笑いを作りそう答えた。
今からのシフトだったら、帰り遅くなるよなとか考えながら、早々と着替えを続けた。
「今からです! あ、そういえば、美咲先輩とデート行ったんですか?」
「――え、なんで……。なんで知ってるの?」
元気よく聞いてきた悠誠君に、僕は訝しみながら答えた。
なんで知ってんだよ。美咲が教えたのか?
「あ、菜々美が言ってたの盗み聞きして、もしかしたら陸先輩かな、と思ったんで訊いたんすよ」
「――な、菜々美? 誰?」
知らない人の名前が悠誠君の口から出てきて、困惑した。
「あれ、美咲先輩教えてないんすか? 美咲先輩、妹いるんすよ。菜々美は妹の名前です」
悠誠君は、驚きの表情を浮かべながら答えた。僕も悠誠君と同じように驚きの表情を浮かべていたと思う。
初めて聞いた。美咲に妹がいるなんて。
「そうなんだ。悠誠君は菜々美ちゃんと仲が良いのかな?」
「幼馴染みたいなもんですよ。家も近所でずっと一緒にいただけ、そんな感じです」
悠誠君と菜々美ちゃんの関係を訊いてみると、悠誠君は淡々と答えた。さっきまでの威勢はどこに行ったのやら。
「あ、そろそろ、行かないと。それじゃ」
「あ、うん。頑張ってね」
悠誠君が休憩室のドアを開けて、厨房の方に向かっていくのを見つめながら、物思いに耽っていた。
*
「佐藤くん、今日の賄いは何食べる?」
風雷の店主・前田剛さんの奥さん、彩花さんが、にこやかな笑みを浮かべて、言った。
僕は、メニュー表を見ながら、悩んだ。偶には、ラーメン以外のもありかな。
「それじゃ、チャーハンで!」
「あいよ! チャーハン一つ!」
厨房まで届くように大きな声で彩花さんが答えた。耳がキーンとなった。うるさいな。
横では、美咲が、慎ましく麺を啜っていた。
――大胆で豪快な彼女だが、麺を啜る時は、慎ましいのは何故だろう。
そんな馬鹿なことを考えながら注文したチャーハンが届くのを楽しみに待っていた。
「はいよ!」
しばらく経つと、悠誠君がチャーハン盛り付けられた八角皿が乗ったトレーを持ちながら、向かってきた。
――結構量がある。半チャーハンにすれば良かった。
後悔をしながら、少しずつレンゲを口に運んだ。美味しい。
ふと横から視線を感じる。幽霊かなんかだと思い、恐る恐る横を見ると、美咲と目が合う。安心感と共に、疑問が浮かぶ。
――なんでこっち見てたんだろう。
思ったことが口に出てしまった。
「なんでこっち見てたの? 美咲」
美咲の方に体を向け、訊いてみた。
美咲は、顔を少し赤らめて、プルプルと震え始めた。
「――チャーハンが美味しそうだなぁ、と思って……」
少し間を置いて、美咲は気恥ずかしそうに答えた。
女子だから、恥ずかしいのかな。そんなことを考えながら、客足が落ち着き暇そうにしていた悠誠君に、取り皿を頼む。
机に置かれた取り皿に、チャーハンを盛り付け、美咲の目の前に置く。
美咲はきょとんとした顔つきで僕と取り皿を交互に見る。
「食べていいよ。一人じゃ食べきれないし」
そう言うと、美咲は目を輝かせて「ありがとう!」と元気よく礼を言い、チャーハンを食べ始めた。
――食べてる姿を可愛いと思った。
*
賄いも食べ終わり、僕たちは特に生産性もない話をしていた。
ふと、さっき悠誠君と話した内容が脳をよぎる。
「あ、そういえば、美咲って妹いるの?」
「え? なんで知ってるんですか?」
「さっき、悠誠君に教えてもらったんだ」
「そうなんですか」
「どんな子なの?」
「――――」
そう訊くと美咲は口を紡ぐ。
どうしたのだろう? 大丈夫? と声を掛けようと決心をした。すると。
「――優しくて、可愛い子です。でも、どこか他人行儀というか。まぁ、血が繋がってないから、他人なんですけども」
「……そうなんだ」
触れちゃいけない話題に触れたような、パンドラの箱を開けてしまったような、そんな気がした。
「美咲先輩、話聞いて貰えませんか?」
気づいたら横に、悠誠君がいた。
先程まで、厨房にいたであろう悠誠君のおでこからは汗が垂れていた。
「良いよ、どしたの?」
「あ、ありがとうございます! 実は!俺!菜々美の事が!好きなんです!」
悠誠君はキッパリと言い切った。僕は思わず、拍手をした。悠誠君は「茶化さないでください」と少し怒り気味に言った。
「そうなんだ、ありがとね。菜々美の事思ってくれて」
優しそうな顔つきで、美咲は言った。
ふと携帯の着信音が、店内に鳴り響く。音の発している方を向くと、僕の携帯があった。
僕は「すいません」と言い、席を外し、休憩室の方へと向かった。
その後、彼女らが何を話したかは、僕は知らない。
「もしもし、母さん。どうしたの?」
『もしもし、今年は帰ってくるのかしら』
「ああ、今年は……帰らないよ」
『そうなの? 毎年夏には帰ってきてたじゃない。墓参りに』
「今年は忙しくてね。てか夏ならもっと早く連絡しない、普通」
『忘れてたのよ』
「そうなんだ。それだけ?」
『そうよ。学校生活はどう? ちゃんと生活してる? 毎日三食ちゃんと食べてる?』
「ちゃんとしてるよ。それじゃ、人待たせてるし、切るね」
『はいはい、またね』
その言葉を最後に母さんとの通話は切れた。
僕は足早と二人の元へ戻った。
第二章終幕です。
年内に終わってよかった。
そんなに気にならない終わり方ですね。
第三章お楽しみに。




