097 【氷の舞、血の宴】剣神さえも凍りつく!ギルドを震撼させる花魁雪女の圧倒的蹂躙劇
■ギルドの洗礼と、氷結の処刑台
床に滴る鮮血の音が、やけに大きく響く。先ほどまでユキの右手を掴もうとよろめいていた男の仲間たちは、事態を理解するまでに数秒の時間を要した。同胞の右手が、ナイフごと無様に床を転がっている。その光景は、彼らの脳を支配していた欲望を、一瞬にして凍てつく恐怖へと塗り替えた。
しかし、恐怖は次第に歪んだ憎悪へと変貌する。
「て、てめぇ……! 俺たちの仲間に何しやがった!」
数人が武器を抜き、ユキとエリを取り囲む。エリたちは、ただの「通りすがり」のつもりだったが、どうやらこのギルドには「血の匂い」が充満しすぎているらしい。ユキは、地面に蹲り絶叫する男を一瞥もせず、目の前で剣を構える男を見上げた。
「女子にナイフを突き付けて、無理矢理言うことを聞かせるような外道の仲間でありんすか?……さっきの男にも言いんしたが、武器を出した以上、殺されても文句は言えんせんよ」
ユキの声は、まるで冬の朝の凍てつく空気のように冷ややかだった。
「舐めた口を……! 冒険者はやられたまま引き下がるわけにはいかねぇんだよ! 覚悟しやがれ!」
男が獣のような咆哮を上げ、両手持ちの大剣を頭上まで振り上げる。だが、その動きはあまりに鈍重で、見え透いていた。ユキがその場から動くことはなかった。ただ、炎の魔剣を構える右手を、ゆらりと横に薙いだだけ。
それだけの動作だった。
振りかぶった剣が、空中で停止する。
男の動きが、糸が切れた操り人形のように不自然に止まる。
――ズル。
男の首が、ゆっくりと斜めに滑り落ちた。血飛沫が天井を赤く染める。その死体を見下ろして、周囲を囲んでいた冒険者たちの女性陣から、抑えきれない悲鳴が噴き上がった。
「きゃあああああああああッ!!」
ギルドの空気が一変した。暴力と酒の喧騒が消え、代わりに重苦しい沈黙が支配する。その均衡を破り、人混みをかき分けて一人の男が前に出た。
「おいおい……ギルド内での殺傷沙汰は厳罰だぞ。俺はBランク冒険者、『剣神』ジョウセンだ。大人しく拘束されろ」
重厚な鎧を纏った男が放つ威圧感は、並の冒険者とは格が違った。周囲を囲んでいた野次馬たちが、安堵の表情を浮かべる。「剣神」という二つ名。この男がいる限り、どんな暴れ者も制圧できる――そんな盲信が、彼らの顔に張り付いている。
だが、ユキは微塵も動じない。
「そんな名は知りんせんが、どの国であっても武器を出して襲いかかってきた相手に、手加減など無用でありんす」
男の放つ殺気を受け流し、ユキは自然体で言い放つ。
エリもまた、優雅に扇子を扇ぎながら、冷めた目でジョウセンを見下ろした。
「女子が襲われているのに、誰も助けようともせぬ冒険者共の方が、よほど不貞で滑稽じゃよ。自分たちが何をされているか、理解できておるのか?」
「冒険者同士の喧嘩は不干渉が原則だ!」
ジョウセンの言葉に、エリは心底呆れたように鼻で笑う。ユキは、さらに冷徹に吐き捨てた。
「わちきは冒険者ではありんせん。冒険者というものは、民を助け、魔物を討つ崇高な職業と聞いておりんしたが……。ここの冒険者はただの破落戸でありんした。……実に残念でありんすえ」
「冒険者じゃないだと? ならば尚更だ。このまま逃がすわけにはいかんな」
ジョウセンの隣にいた冒険者が、背中の大剣を引き抜く。先ほど腕を斬られたセヴァの仲間、ターチルだった。恐怖で震えていたはずの男が、ジョウセンという後ろ盾を得て、急に増長し始めている。
「俺は……俺は、仲間の仇を討たせてもらう! お前を殺して、その女どもを……!」
ターチルの叫びに呼応するように、ギルドの空気が再び殺気立つ。
「皆! 怖気づいてんじゃねぇぞ! 仲間がやられて黙って見てるのか!? こんな魔力の低い女二人に舐められたままで、冒険者を名乗れるのかよ! やっちまおうぜ!」
数人が武器を構え、じりじりと距離を詰める。ユキは、これ以上ないほど深いため息を吐いた。
「はぁ……。魔力を抑えていることも分からぬのですか。……嘆かわしい」
「ポンコツ共が。大人しく尻尾を巻いて震えていれば、命だけは助けてやったものを……。愚か者じゃ!」
エリが扇子を閉じ、戦いの合図を鳴らす。
「な、何だと! 死ねぇえええ!!」
ターチルが猛然と大剣を振り下ろす。ジョウセンが「待て!」と制止の声を上げたが、もはや狂乱の渦に飲み込まれた男たちを止めることはできない。
その瞬間だった。
ユキが、炎の魔剣を握っていない左手を、ゆっくりと前方へ突き出した。開かれた手のひらから、膨大な魔力が爆発的に放出される。
ギルドの気温が、一瞬にして氷点下まで急降下した。
「――『凍結』。」
ただ、それだけ。
ターチルをはじめ、剣を振り上げた数人の冒険者たちは、ビデオの静止ボタンを押されたように、不自然な体勢のまま動きを止めた。彼らの全身が、分厚い氷柱の中に封じ込められている。
「な、何をした……!? 無詠唱の氷魔法だと!?」
ジョウセンの顔から、余裕の色が完全に消え失せる。ギルド内が、静寂に包まれた。ただ、氷漬けにされた冒険者たちの凍えるような悲鳴だけが、静かに響いていた。
氷の彫像となった冒険者たちを見下ろし、ユキは冷たく微笑む。
「これが、貴方様方にわちきがお見せした『実力』でありんすよ」
復讐の幕は、まだ上がったばかりだ。




