092 【獣人の盾と冒険者の傲慢】踏みにじられた命、復讐の導火線に火がつく時!
■腐りきった外道、そして臨界点
血と埃の匂いが充満する荒野。先ほどまでの戦闘の熱気が冷めやらぬ中、俺たちの目の前で、信じがたい光景が繰り広げられていた。狸の獣人、ポンタ。こいつはヘルハウンドの群れから逃げ延びる際、手駒であるはずの獣人の子を躊躇なく蹴り飛ばし、囮として差し出したのだ。
子供が地面を転がり、怯えきって震えているというのに、ポンタは冷徹な眼差しを向けるだけであった。
「この子を犠牲にして逃げたのか!」
ダルアが叫ぶ。その声には、怒りで震えるような熱が篭っていた。しかし、ポンタは悪びれる様子もなく、むしろ不思議そうに小首を傾げる。
「え? ……あぁ、そうですが。何か勘違いなさっているご様子ですね」
ポンタは汚らわしいものを見る目で獣人の子を眺め、言葉を続けた。
「コイツは魔法も使えない、ただの『魔抜け』ですよ。何をしても問題ありません」
ポンタは無造作に、弱りきった獣人の子の背中を革靴で踏みつけた。
「ぎゃあああああああっ!」
悲鳴を上げて転がる子供。その光景に、ダルアの理性がプツリと切れる音がした。ダルアがアイテムバッグから銃を抜き、銃口をポンタの額に突きつける。
「おい、ダル。……我慢しろ」
俺はダルアの銃身を掴み、力任せに下に下ろした。彼女の耳元に、誰にも聞こえないほどの小声で囁く。
「此処では堪えろ。俺たちの目的はハルカの仇を討つことだ。ここで目立てば、俺たちの正体や情報が敵の耳に入る。手段が狭まるんだ」
「でも、コイツ、マジでクズだってば! 見てよ、あの子供の目!」
ダルアは怒りで肩を震わせ、ポンタを射抜くような眼で睨んでいる。
一方、ポンタはダルアの殺気などどこ吹く風。子供を盾にするという行為を正当化するように笑い出した。
「コイツは魔物の盾にする為に連れてきたのです。魔抜けの子など、こんな時にしか役に立ちませんからな。あはは!」
ポンタがダルアの怒りに気づき、不審そうに眉をひそめる。俺は表情を消し、あえて冷徹に装った。
「……どうだ。町まで護衛して貰えないだろうか?」
ポンタは値踏みするような視線を俺に向け、嘲笑う。
「お断りします。俺たちはただの旅人だ。冒険者ではないんでね、依頼を受ける義理はない」
「ほほう、旅人ですかぁ……」
ポンタは鼻で笑った。まるで、何の価値もないゴミを見るような、底意地の悪い笑みだ。
そこに、血塗られた剣を拭いながら、狼の獣人ロウガが近づいてきた。
「おう、あんたら冒険者じゃないのか。特に断りもなく勝手に戦いに混ざりやがって。分け前は無しだ。……で、何だこの『ツレ』は?」
ロウガの視線が、ダルアの身体を厭らしく舐め回す。獲物を物色する、獣の眼だ。
「へぇ、こいつは良い女だ。なあポンタ、この女は置いていけ。俺が可愛がってやるからよ。ふふふ、楽しませてくれそうだ」
ポンタがそれに追従して、さらに汚い声を上げる。
「ふはは、ロウガさん、楽しんだ後は私にくださいよ。奴隷として売れば、そこそこの金にはなりそうだ」
俺とダルアを、ただの「金になる女」と「舐めていい旅人」だと高を括っているのか。
ダルアは怒りを通り越し、静かな殺気へと変貌している。俺もまた、冷めた眼で彼らを見据えた。ここで殺せば楽になる。だが、組織の全貌を暴くまでは……!
そこに、助けに入った冒険者パーティー『月白の爪』のドルダが、眉間に皺を寄せて割り込んできた。
「ロウガさん、ポンタさん、そこまでにしてください。先ほどまで護衛の約束をしていましたが、そんな事をするなら……私は、この依頼を断らせていただきます」
どうやら、『月白の爪』は彼らと馬車を護衛する契約を結んでいたようだ。
「ちっ、しょうがねぇな。ドルダの顔を立てて、特別に退いてやるよ。おい旅人ども、ドルダに感謝しな。何処かに失せろ!」
ロウガは吐き捨てるように言い放ち、こちらの反応を愉しむようにニヤついている。
大人しく引けば、被害は出ない。だが、ここまで踏みにじられて引き下がるほど、俺たちは善良ではない。
俺はゆっくりと一歩前へ出た。隣に立つダルアと影に潜むペロの殺気が、俺の意志に呼応するように高まっていく。
「おい、待てよ」
俺の声に、ロウガが足を止める。
「俺に喧嘩を売ったんだよな。……その『喧嘩』、買ってやるよ」
ドルダが慌てて俺とロウガの間に入り、俺の肩を掴んで押し留める。
「止めておけ! 旅人が冒険者に喧嘩を売って良いことは何一つないぞ。しかも、相手は『殲滅の旅団』だ。折角退いてくれたんだ、大人しく行け!」
ロウガはニヤニヤと、歪んだ笑みを浮かべて俺を見下ろしている。
(ああ、そうか。俺たちは、復讐の相手を目の前にして、わざわざ見逃すつもりだったのか?)
俺の中で何かが弾けた。ハルカの悲痛な叫び、精霊たちの憤怒、そして今、目の前で虐げられた獣人の子供。
「……ドラム、準備はいいか?」
『当然だ。ゴミ掃除なら任せろ』
ドラゴンのドラムが傲慢に言い放つ。
「バズ、ライヤ、ユキ、クーコ。……全員、準備はいいな」
影の中からバズが、空間の彼方からライヤが、そしてすぐ隣に立つユキが、殺意を研ぎ澄ます。
「わちき、もう我慢できんでありんす。この下種共、塵に還してやるでありんすよ」
ユキの花魁口調に、冷徹な殺気が混じる。
「ウチも我慢の限界や! このクソ商人とクソ獣人、ボコボコにしたる!」
クーコが拳を握りしめ、関西弁で吠える。
「我、敵ヲ認識セリ。消去ヲ許可シタマエ。」
「敵。排除。殲滅。」
「……おい、ロウガ。お前のその『殲滅の旅団』ごっこ、俺たちが終わらせてやるよ」
俺の言葉に、ロウガの顔から笑みが消え、代わりに底知れぬ獰猛な殺意が浮かび上がった。冒険者と旅人。圧倒的な格差。そんなものは、俺たちの前では何の意味も成さない。
これから始まるのは戦いではない。俺たちによる、一方的な『解体』だ。
獣人国の静寂は、今、俺たちの手によって引き裂かれる。復讐劇の第二幕、血のカーテンが今、上がる。




