088 【暴かれた実験の爪痕】使い捨ての神獣たち、誇りを汚された怒りが妖精国を絶望へ突き落とす
■妖狐との契約、そして新たな名
冷え切った戦場が、突如として安らぎの空気に包まれる。傷だらけの白い狐は、ダルアの慈愛に満ちた治療を受け、その金色の瞳にようやく温かい光を宿し始めていた。
「助けてくれて、ほんまにおおきに。……ウチ、もうダメかと思ったわ」
狐は、子犬のような愛らしさと、どこか達観したような雰囲気を併せ持っていた。彼女の種別は『妖狐』。その中でも、野狐、気狐、空狐、天狐と連なるランクの頂点に近い『空狐』であるという。
「クーコ、でいいな」
俺がそう告げると、彼女はきょとんとした顔をした後、嬉しそうに尻尾を振った。
「ウチに名前を……? ほんまにええのんか?……クーコか。ええ響きやなぁ。今日からウチはクーコや。よろしゅう頼むで、ショータ!」
彼女は俺たちの仲間であるライヤに駆け寄ると、ペタペタと寄り添った。ライヤ兄さんと呼び慕うその姿は、見ていて実に微笑ましい。
彼女が『火の精霊』だと勘違いされていたのは、狐火を操るからだろう。だが、彼女が秘める力はそんな単純なものではない。異界より喚び出された、まさに『殺戮の獣』。これからの戦いが頼もしくなる。
……さて、次はハルカの復讐を果たすのが本来の予定だが、その前にどうしても確かめたい場所があった。
バズ、ライヤ、ユキ、そしてクーコ。彼ら四柱が、この世界に召喚された場所。その『起点』を突き止めれば、俺たちを陥れた黒幕の尻尾を掴めるかもしれない。
■隠された実験場、憤怒の渦
俺たちが辿り着いたのは、深い森の奥、強固な魔力によって隠蔽されていた洞窟だった。洞窟の最深部には、異様なまでの静寂が支配する空間が広がっていた。そこは、かつて何者かが儀式を行った痕跡――極大の魔法陣が刻まれた祭壇だった。
「これは……凄い……」
エリが魔法陣に歩み寄る。その瞳は、新しい玩具を見つけた子供のように輝いていた。
「究極の魔法陣じゃ。相当な知識を持つ大魔法使いが作り込んだのじゃろう。複雑且つ緻密。古の技術と知恵が、これでもかと詰め込まれている」
しかし、その緻密な模様には、無残な亀裂が走っていた。バズ、ライヤ、ユキ、クーコ。異界から召喚された四柱は、魔法陣を前にして言葉を失っていた。彼らの纏う空気が、徐々に重苦しく、そして鋭利な殺意へと変わっていく。
「おい、この亀裂は何だ? 重要な儀式だったんだろ?」
俺の問いに、クーコが悔しげに耳を伏せる。
「ああ、それはな……バズさんが壊した跡やねん」
「バズが?」
「………」
バズの体が、激しい怒りに震え始める。その巨躯から、濃厚な闇のオーラが渦となって噴き出した。
「確カニ、召喚サレタ時ハ、頭痛ガ酷クテ暴レタ記憶ハアル。……我ラハ、召喚サレタノデハナイ。無理矢理ニ、引キ摺リ込マレタノダ」
エリが魔法陣の構成素材を丹念に調べ上げ、青ざめた表情で呟いた。
「信じられん……。魔法陣自体は精巧なのに、構成する素材は使い捨ての安物ばかりじゃ。アンバランスすぎる。……これ、まるで実験で作ったようじゃな」
「実験……?」
俺の声に、バズが咆哮を上げる。
「我ラハ、使い捨てノ実験道具ニ過ギナカッタト言ウノカ!」
ライヤも静かに、しかし地響きのような怒りを顕にする。
「実験。玩具。屈辱。不許。」
ユキが白装束を揺らし、凍てつく視線を魔法陣に投げつけた。
「わちきを遊郭から引き剥がし、復讐の最中に異界へと拐かした挙句が『実験』でありんすか……。薄汚い。虫酸が走るでありんす」
クーコもまた、鋭い牙を剥き出しにして唸る。
「ウチらの命を何やと思ってるんや……。ほんまに、許せまへんな。この魔法陣作った奴、地の果てまで追い回してやる」
四柱の怒りが、洞窟全体を震わせる。彼らは復讐のために召喚されたのではない。ただの『消費財』として、この世界に喚び出されたのだ。その事実は、彼らの誇りを決定的に踏みにじった。
……黒幕への復讐の理由が、また一つ増えたな。
◇◇
■妖精国の崩壊、無知という名の罪
その頃、妖精国では致命的な誤算が静かに進行していた。東部戦線から逃げ延びたフェルガ将軍の息子が、父親の前に引きずり出される。
「フェルゴ将軍! 行方不明だったフェルガ様が戻って来ました!」
「おう! 馬鹿息子が帰って来たか。東での騒動、一体どうなっておる!」
フェルガは血反吐を吐きながら、顔面蒼白で答えた。
「親父! 東地区で怪しい奴等と出会った……。とんでもない奴らだ……」
「馬鹿者! 精霊の一件だけでも手を焼いてるのに、敵を増やしてどうする! その者には会った。精霊をあと一歩まで追い詰めた時に、ドラゴンに乗って現れた……」
「ど、ドラゴンだと……?」
「ああ! 追って罰を与える! 牢屋で反省しておれ! お前のせいで数千人の仲間が灰になった。責任は重いぞ!」
「す、数千人……!」
フェルガは絶望に顔を歪め、兵士たちに連行されていった。数日後、将軍フェルゴは最後の頼みの綱として、同盟国である小人国の権力者、ナルジーを呼び出していた。
「ナルジー、小人国に出現した精霊の件、旅人に依頼したと聞いた。その後どうなった?」
ナルジーは冷ややかな目でフェルゴを見つめる。
「旅人? ああ、ドラゴンを連れた連中のことか。手際よく処理してくれたよ」
「そうだ! 奴らだ! 我ら妖精国は、そのドラゴンを連れた旅人と敵対した。同盟国として、共闘してくれんか!」
ナルジーは呆れ果てたように溜息をつき、椅子から立ち上がった。
「ご愁傷様。妖精国は終わりだな」
「何! 同盟国なのに共闘せんのか!」
「馬鹿を言うな! お前の息子が勝手に喧嘩を売った事は、こちらにも届いている。ドラゴンやリッチ、サイクロプスを瞬殺するような化け物たちと敵対して、国民を巻き込む気か? お前の頭は腐っているのか!」
「そ、そこまでの実力なのか……?」
「そうだ。我ら小人族の情報網は、お前が想像するより遥かに広い。だがな、彼らと敵対する気は毛頭ない。危険を冒してまで、そんな連中との情報を教える義理もないのだ」
「せめて情報だけでも……!」
「何ともならん!」
ナルジーは踵を返し、去っていった。取り残されたフェルゴ将軍の頭上には、暗雲が垂れ込めていた。傲慢さが招いた悲劇。彼らはまだ知らない。彼らが「旅人」と呼んだ者たちが、今まさに、その傲慢さを根底から焼き尽くすために動き出していることを。
俺たちは、復讐の炎を宿して西へと向かう。実験道具にされた精霊たちの誇りを取り戻すため、そして俺たちを嘲笑ったこの世界の理不尽を、跡形もなく消し去るために。
俺たちの旅は、もう誰にも止められない。
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