087 【炎の狐と傲慢なる軍勢】戦場を焼く竜の怒り、傲慢な妖精たちに突きつける断罪の火炎
■空からの俯瞰と、断罪の火種
妖精国西部、その上空は焦げた森の匂いと悲鳴に満ちていた。俺たちは雲の切れ間から、眼下で繰り広げられている一方的な殺戮を観察していた。一頭の狐が、何百という妖精たちの軍勢に追い詰められ、逃げ場を失っている。
「バズ、ライヤ。狐の精霊を頼む。あいつらをこれ以上好きにさせない」
「承知シマシタ。我ガ一撃デ、一掃スル」
「了解。狐、助ける」
バズとライヤが、エリとハルカを背に乗せたまま、音もなく戦場へと急降下していく。その姿はまるで、獲物を狩る猛禽類のようだ。
「ドラム、俺たちは『待ち伏せ部隊』の方へ向かう。妖精どもが一番油断している場所に、土産を届けてやろう」
「承知いたしました」
俺とダルア、そしてユキを乗せたドラムは、獲物を狙う鷹のように、急激に高度を下げていく。俺がこの狐を救うのには理由がある。妖精国の冷酷な軍隊戦術――それは、かつて俺が味わった「数に物を言わせた集団暴行」そのものだったからだ。一人を囲い込み、逃げ場を潰し、なぶり殺す。その光景が脳裏にフラッシュバックし、胸の奥でドス黒い怒りが燃え上がる。
「卑怯者たちには、それ相応の絶望を教えてやるよ」
ドラムが地響きを立てて着地した瞬間、待ち伏せしていた妖精軍の隊列が崩れた。
「ド、ドラゴンだぁああああ!?」
「なんでこんなところにドラゴンが!?」
妖精兵たちの狼狽ぶりは滑稽ですらあった。俺とダルアはドラムの背から飛び降り、彼らの目の前に立つ。そこへ、一人の中年妖精が進み出てきた。蜻蛉の翅を持ち、髭を蓄えた、いかにも武人然とした男だ。
「儂は妖精国将軍、フェルゴ! 貴殿ら何者だ! 我が軍の陣の前に立ち塞がる意図を問う!」
俺は冷徹に言い放った。
「通りすがりの旅人さ。だが、東の都市で貴国のお仲間から喧嘩を売られてね。妖精国が総力を持って俺たちを潰しに来るなら、こちらも総力を持って応えようと思っただけだ。問答無用で焼き払うこともできたが、一応、一声かけてからにしてやったんだ。感謝しろ」
「待て! 何かの間違いではないか? 我らは……」
将軍が慌てて釈明しようとする。だが、俺はそれを遮った。
「断る。お前たちの国は、俺たちに問答無用で攻撃を仕掛けてきた。今さら話し合いの余地など残っていない」
その時、隊長クラスの妖精が叫ぶ声が聞こえた。
「精霊一人を狩るのにも手こずっているというのに、ドラゴンまで!? 一体、東の愚か者は何をやっているんだ!」
将軍フェルゴの顔色が青ざめる。「あの、馬鹿息子が……っ!」
会話が中断されたその隙を突くように、背後から蝶の翅を持つ隊長が叫んだ。
「将軍、何を悠長に! 今だ、撃てえええ!!」
「おい、待て……会話中……っ!」
将軍の制止を無視し、無数の火球が俺たちに向かって放たれる。
やはり、この国は腐っている。言葉よりも先に攻撃を優先する、その傲慢さが奴らの限界だ。
「ドラム、やれ」
「承知いたしました」
ドラムは炎を喰らう竜の如く、悠然と魔法を受け止めた。竜鱗に当たった火球は、線香花火のように虚しく弾け飛ぶ。
将軍が激怒する。「愚か者め! 話し合いの最中に何をする!」
隊長はニヤリと笑った。「将軍に失礼な言動をする輩です。ここでドラゴンごと焼いてしまえば、我が軍の勝利……!」
「……ああ、なるほど。お前たち、本当に『間抜け』だな」
俺は冷めた目で、死に急ぐ連中を見下ろした。
ドラムが深呼吸をする。肺の中で濃密な魔力が渦を巻き、空気が震えるほどの熱量が口元に集束する。
「に、逃げろおおおおお!! ブレスが来るぞ! 陣形なんて関係ない、散開しろおおお!」
将軍の悲痛な叫びも時すでに遅し。ドラムが吐き出したのは、ただの火炎ではない。戦場を浄化する、灼熱の咆哮だ。
ゴォォォォォォッ!!
一直線に放たれた炎の奔流が、妖精たちの陣形を飲み込む。熱風が皮膚を焼き、武器は溶け、悲鳴すら上げる間もなく妖精たちは吹き飛んだ。将軍フェルゴと一部の指揮官たちは、光に包まれて転移で逃げ去ったが、残された大軍は灰へと変わった。
■空狐との邂逅、そして絆
炎が収まると、そこには焼け野原だけが残っていた。バズとライヤが、瀕死の狐を連れてやってくる。見れば、小さな白い狐は傷だらけで、血を流していた。大きさは子犬ほどだが、その瞳には強い意志が宿っている。
「バズ、追っ手はどうなった?」
「未ダ遠巻キニ様子ヲ見テマス。我ガ追イ払イマシタ」
「良い仕事だ」
俺は狐の前に跪いた。
「ショータだ。宜しく」
狐は、人間のように器用に膝をつくと、か細い声で答えた。
「ウチは空狐やねん。危ないところを助けてくれて、おおきに。……ライヤ兄さんと一緒で、ウチもエリさんと精霊契約してん。これからも、よろしゅう頼むわ。」
……関西弁?
少し拍子抜けしたが、可愛らしいその姿に、張り詰めていた空気が緩む。
「私が治療するねー!」
ダルアが駆け寄り、クーコに優しく手をかざす。温かい光がクーコの傷を癒していくと、クーコは安心しきった様子でダルアに抱きついた。
「あぁ~、あったかいわぁ……。やっと、やっと休めるんや……」
ダルアはクーコを抱きしめ、頬を擦り付けてモフモフしている。「やだ、可愛い……! ずっと一緒にいていい?」
クーコはまんざらでもない様子で目を細める。
こうして、また一人、かけがえのない仲間が増えた。
「さて、と。これで妖精国軍の主力も半壊だ。俺たちの『復讐』は、まだ始まったばかりだが……随分と賑やかな旅になりそうだな」
空を見上げれば、バズやライヤ、そして影の中に潜むユキが、俺たちの団欒を静かに見守っている。復讐のために集まった者たち。だが、今この瞬間だけは、仲間としての安らぎがあった。
俺は小さく息を吐き、これからの過酷な未来に備えて、改めて気を引き締める。
妖精国、そして魔王軍。
俺たちを傷つけ、奪った者たちに、相応の報いを与えるその時まで、この「牙」は決して錆びつかない。
「さて、行くか。次なる戦場へ」
俺たちは、燃える妖精軍の残骸を背に、新たな旅路へと歩き出した。
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