086 【炎の狐と絶望の包囲網】空から覗く戦場、追いつめられた「異界の精霊」を救え!
■西への行軍と「精霊」の正体
北の凍った都市にて雪女のユキを従魔に加えた俺たちは、次なる目的地――妖精国の西部を目指すことになった。妖精たちの支配域にある、もう一つの都市。そこには『炎の精霊』と呼ばれる存在が潜んでいるという。
もしその存在もまた、召喚された異界の住人であるならば、俺は契約を結びたい。純粋な興味と、戦力増強への期待。そんな下心を抱きつつ、俺は旅の仲間たちを見渡した。
「バズ、妖精のリーダーに聞いた話だと、そいつは『火の精霊』の狐らしいな」
俺の問いに、魔神バズは低く唸るような声で即答した。
「狐ダガ、火ノ精霊デハナイゾ。我ト同ジク、異界ヨリ召喚サレシモノ。……精霊ノ皮ヲ被ッタ、殺戮ノ獣ダ」
傍らで、鵺のライヤも鋭い眼差しで頷く。
「狐、火魔法トクイー。強イ」
そして、背後で俺の冷気を受け流していたユキが、艶やかな口調で補足した。
「そうでありんすぇ。狐で火魔法が得意でありんす。けれど、あやつは火の精霊なんかじゃありんせん。炎を操ることに特化した、ただの『異界の獣』でありんすよ」
「なるほど。ただの精霊じゃない、か……」
状況は思ったよりも深刻かもしれない。だが、俺たちの目的は変わらない。妖精国の外周を回るように西へと進路を取り、準備を整える。
旅の準備は万端だ。ドラゴンのドラムは、小鳥サイズから一気に巨大化し、俺とダルアを乗せるのに十分な背中を見せる。ライヤもまた、ハルカを乗せられる大きさまで膨張した。エリは相変わらず魔神バズの背に跨がっている。
問題はユキの移動方法だ。
「ユキ、お前はどうする? 飛べるか?」
「速く移動は出来んせんが……雪になって、皆の後を追うことは出来んす」
そう言うと、彼女の身体はサラサラとした粉雪へと霧散し、俺たちの周囲に纏わりついた。これなら目立たない。バズも風に同化すれば、この精霊たちを連れた大規模な移動でも、周囲に悟られずに動けるかもしれない。
「良し、行くぞ!」
俺たちの「復讐の牙」としての行軍が始まった。
■戦場を見下ろす高高度からの俯瞰
西へ向かう道中、静寂を破る轟音が響き渡ってきた。
大地が揺れ、空気が焦げる臭いが鼻を突く。どこかで大規模な戦闘が行われているのだ。
「……あそこで何かが起きているな」
俺はドラムに合図を送り、高度を上げる。雲海を突き抜け、妖精国の森を見下ろす位置まで。
「ダルア、寒くないか?」
ダルアがガタガタと震えながら答える。
「……さっむー……。気を全身に循環させてるけど、気の量が足りないのかも……」
「あちきが守るでありんす」
ユキが周囲に冷気のバリアを展開する。俺とダルアの周りだけ、冷気が完璧に遮断された。
「ほらー。やっぱり寒くないよ、ありがとうユキ!」
ダルアが嬉しそうに笑う。俺たちを乗せた精霊たちは、それぞれ風の膜を纏ったりして気圧や気温を調整している。
上空から戦場を見下ろして、俺は息を呑んだ。
そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
無数の妖精たちが、まるで巨大な蜂の巣を突いたかのような熱狂をもって、一頭の『狐』を包囲している。
「あれが……異界から召喚された精霊か」
狐は、黄金の毛並みを炎の粉塵で汚しながら、妖精の軍勢を相手に獅子奮迅の戦いを繰り広げていた。狐が一度吠えるたび、巨大な火球が奔流となって妖精たちを飲み込む。直撃を受けた妖精は瞬時に火だるまとなり、地に墜ちていく。
しかし、妖精の数が多すぎる。
狐が炎で一方向を制圧しても、死角から次々と攻撃魔法が放たれ、狐の美しい毛並みを切り裂いていく。
「バズ、あれが間違いなく今回のターゲットか?」
「ソウダ、間違イ無イ。あの魔力、我ラト同質ノ『異界』ノモノダ」
俺は眉をひそめた。
「ユキの時とは状況が違うな。ユキのところには、あんな大勢の軍勢は来なかっただろう?」
「そうでありんす。わちきの時は、あやつらは一足飛びに『氷の都市』を制圧し、わちきを囲い込むような真似はしんした。大勢で来るなんて、この狐をよほど警戒しているようで」
「各個撃破を狙って、まずは全勢力でこの狐を叩き、次にユキや他の精霊を狩る……そういう算段だったのかもな」
狐の動きは鋭い。だが、それは疲弊の裏返しでもあった。狐が火炎を吐き出すたびに、その足元には妖精たちが敷き詰めた結界の陣が光る。狐が逃げようとする先には、すでに別の妖精部隊が待ち構えていた。
完全に追い込まれている。
「……計算高い連中だ。このままじゃ、あの狐は数刻もしないうちに疲弊して殺される」
数に物を言わせ、一人の命をすり潰そうとする妖精たちの冷酷なまでの軍隊戦術。一方、孤軍奮闘する狐の精霊。その光景は、かつて俺が「間抜け」と嘲笑われ、集団で踏みつけられたあの屈辱の日々を鮮烈に蘇らせた。
同じだ。あの時、俺を囲んだ連中の薄汚い笑い顔と、今の妖精たちの顔が重なる。胸の奥で、ドス黒い怒りが静かに、しかし激しく燃え上がった。卑怯者のやり方には、卑怯者以上の「絶望」で報いてやる。
「バズ、ライヤ、ユキ。準備はいいか?」
背後の精霊たちが、静かに、しかし力強く頷いた。
その瞳には、かつての自分たちを重ねたのか、深い同情と、そして魔族とその使者に対する凍てつくような殺意が宿っている。
「……ああ。狩りの時間だ。俺たちの『復讐』の続きを始めよう」
俺はドラムに高度を下げるよう命じた。戦場の喧騒が近づく。今から降り立つのは、地獄のような戦場だ。だが、この狐を仲間にできれば、俺たちの背中はさらに強固なものになる。
何より、目の前で「命」が理不尽に消されるのを黙って見ている趣味は、俺にはない。
「行くぞ、全員。……妖精軍に、地獄を見せてやる」
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