085 【雪の墓標と復讐の誓い】凍てついた魂が溶ける時、俺たちは「復讐の牙」となる
■ユキの宿命、燃え上がる記憶
異世界から召喚された「雪女」――ユキ。
彼女との契約は、静かに、しかし決定的な熱を持って成立した。俺の手の平から彼女へ流れ込む気。それは、氷のような冷たさを纏いながらも、どこか寂しげな彼女の魂を優しく包み込んでいく。
「……あちきは、ぬしさまの従魔になりんす」
彼女はそう言うと、吹雪の中にも関わらず、俺の胸元に顔をうずめた。雪女である彼女の身体は、氷点下の冷気で満ちているはずなのに、不思議と心地よい。それは彼女が抱え続けてきた、あまりにも長すぎる孤独の温度だったのかもしれない。
俺たちは落ち着く場所を求め、凍りついた都市の屋内で、ユキの口から語られる「過去」に耳を傾けた。
ユキの記憶は、遥か彼方の異国、江戸時代の日本まで遡る。貧しい雪国の農村に生を受けた彼女は、借金を背負わされた家のために遊郭へと売られた。そこは、煌びやかな着物の下に、女たちの涙が塗り込められた監獄だ。彼女は花魁として生きる術を学び、方言や訛りを隠すための艶やかな言葉――廓詞を叩き込まれた。
だが、彼女には小さな希望があった。身請けの話である。愛し合う男との、ささやかな未来。地獄から抜け出し、雪の降らない場所で二人で生きていくという、唯一の救い。
「悲劇の始まりは、身分の高い客がこぼした『藩の機密情報』でありんした……」
ユキの声が震える。藩は情報漏洩を恐れた。そして選んだ手段は、汚らわしい証拠隠滅。遊郭への急襲と皆殺しだ。その日、街には雪が降っていたという。
「愛したあの人は、わちきを助けに駆けつけてくれんした。けれど、あやつらは……刀で、男の腹を……」
ユキの瞳から、氷の雫がこぼれ落ちる。襲撃者たちは、女たちを陵辱し、蹂躙し、最後には火を放った。
燃え盛る遊郭。雪の白さと、炎の赤。その対比の中で、彼女は愛する者の死と、自らの身に降りかかる暴虐の果てに、深い恨みを抱きながら息絶えたのだ。
「恨みが、わちきを繋ぎ止めたのでありんす。数日後、わちきは雪女として蘇った……。復讐のためだけに、凍りついた魂を抱えて生きてきたのでありんす」
愛する男を殺した男、自分を傷つけた男たち。彼女は一人ずつ、その血を氷漬けにして復讐を遂げていった。そして、最後の標的を前にした瞬間、この世界へと召喚されたのだ。
「復讐が叶わぬまま、異世界へ。……召喚された魔族に憎しみが移るのも、無理からぬ話か」
俺は静かにそう呟いた。横に控える魔神バズと鵺のライヤも、その話を聞いて表情を暗くしている。彼らもまた、魔族に人生を狂わされた被害者だ。
■復讐の牙、集う
「……で、俺にその打倒魔族を手伝ってほしい、ということか」
俺が問いかけると、ユキ、バズ、ライヤの三柱が、すがるような、そして期待に満ちた表情でこちらを見つめてきた。彼らは強大な魔力を持ち、軍団を率いる魔族という壁の前に立ち尽くしていたのだ。
ユキは自分より強い俺という存在に、復讐の光を見出したのだろう。
「わちきは既に従魔の身でありんす。決めることなど出来んせん。……でも、手伝って貰えれば嬉しいでありんすえ」
俺はふっと笑い、彼女の頭を優しく撫でた。
「良いよ。協力する」
「……まことでありんすか!? 嬉しいでありんす!」
ユキがさらに強く抱きついてくる。その拍子に、彼女の冷たい身体に気を循環させていた俺の体温が、熱を帯びていくのを感じた。
「ただし、今すぐ全戦力で行動する気はない。俺たちにもまだやるべきことがあるし、なにより、仲間の命は使い捨てじゃない。敵の戦力を把握し、徹底的に準備を整える。それが勝利への最短ルートだ」
バズたちが力強く頷く。俺は一呼吸置き、溜息をついた。仲間が増えるのは頼もしいが、同時に敵の数も異常な速度で増えている。
俺の故郷の村を蹂躙した者たち。
エリの故郷を滅ぼした冒険者と貴族。
ハルカの自由を奪った者たち。
猫の王国、妖精国、そして魔王軍。
闇ギルドに冒険者ギルド……魔法偏重のこの歪んだ社会そのものが、俺たちの敵と言っても過言ではない。
「……随分と、恨みの総量が増えてきたな」
ペロがダルアを傷つけたパーティー『極炎の宴』を壊滅させ、魔族マロンを倒したことで、俺たちの名は確実に闇の世界で危険視されているだろう。これまでは少し無茶が過ぎたかもしれない。
「皆、俺たちの過去と、復讐の相手を共有してくれ」
俺たちは囲炉裏を囲むように、それぞれの恨みと願いを語り合った。ここにいるのは、理不尽に全てを奪われた者たちの集まりだ。自分たちに名前を付けるなら、それはきっと『復讐の牙』だろう。
もちろん、俺たちはそんな大層な名前を掲げるつもりはない。ただ、静かに、確実に、愛する者たちを奪った全ての理不尽を討ち滅ぼすだけだ。
外では吹雪が荒れ狂っている。だが、俺たちの胸の内には、凍りつくことのない復讐の炎が灯っている。次の目的地は妖精国の西。炎の狐が待つ場所へ。新たな仲間と共に、俺たちの戦いは加速していく。
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