078 黄金の貴族と黒い噂。小人の国で明かされる、裏切りの冒険者たちの終焉と忍び寄る闇の影
■優雅なる朝と、不可解な招待
小人国の『猫が安らぐ宿』で迎えた朝は、昨晩の疲れを微塵も感じさせないほど快適だった。最上階のスペシャルルームに備え付けられた寝具の感触、そして部屋からの眺め。猫の王国で味わったリゾート気分とはまた違う、都市型の洗練されたラグジュアリー。俺たちは食堂へと向かい、バイキング形式の豪華な朝食に舌鼓を打っていた。
そこに、爽やかな笑みを浮かべたモヤジーが現れる。
「お早う! 迎えに来たぜ」
「おはよう、モヤジー。朝から精が出るな」
「この宿の朝食は、都市内でも指折りの美食で有名なんだよ。一度食ってみたかったんだ」
モヤジーは俺たちのテーブルに自然と腰を下ろすと、皿に盛られた料理を一口頬張り、目を細めた。隣でハルカも「確かに、この味は文句なしだね」と満足げに頷いている。
食後、モヤジーは少しだけ声を潜めた。
「街を案内するつもりだが……午後、俺の実家に来てくれないか。親父がショータさんたちに直接会いたいと言ってるんだ」
「……親父さん? 都市の有力者だろう? 面倒な話なら、パスしたいんだが」
俺は素直にそう告げた。この世界における「有力者」との付き合いは、大抵ろくでもない。
しかし、モヤジーは首を横に振る。
「面倒事なんてないさ。俺の親父は情報屋である俺の上司でもある。大陸中のあらゆる情報を扱っているんだ。ショータさんたちが喉から手が出るほど欲しい情報だって、手に入るかもしれないぜ?」
「モヤジーがそう言うなら、悪い話じゃなさそうだな」
「ああ。もし面倒な展開になったら、俺が体を張って止める。保証するぜ」
「分かった。顔くらいは出そう」
「それと……もう一つ。シャルからの頼みだ。この都市にある『ニャルマル商会』の支店に顔を出してやってくれ。どうする?」
シャルという名を聞き、俺は即座に表情を崩した。
「シャルさんのお願いなら行くに決まってるだろ」
「おいおい、俺の提案と対応が違いすぎるだろ!」
「当たり前だ。恩人への義理だぞ」
■交易都市の光と、裏切りの足跡
午前中はモヤジーに街を案内してもらった。小人国は、その名に反して人間も多く住む巨大な商業都市だった。小人族が手掛ける繊細な装飾品、そして妖精が魔法を付与した魔道具。それらが所狭しと並ぶ露店は、冒険者の心をくすぐる宝の山だ。
エリやハルカは目を輝かせて買い物を楽しみ、俺もいくつかの実用的な魔道具を手に取った。
途中で立ち寄ったニャルマル商会では、エリが迷宮で採取した素材や、自作の魔道具を買い取ってもらった。商会の連中も、俺たちを「英雄」として丁重に迎え入れてくれた。
昼食をモヤジーに御馳走になり、いよいよ午後。俺たちはモヤジーの実家である、宮殿のように巨大な屋敷へと向かった。門をくぐり、庭園を抜け、ようやくたどり着いた応接室は、息を呑むほどに豪華だった。
「ひょっほっほ。ようこそ、遠路はるばる感謝するぞ」
現れたムナジーは、貴族の威圧感など微塵もない、仙人のような風貌の老人だった。白髪と白髭を蓄え、柔和な笑みを浮かべている。俺とエリはソファーに座り、ハルカたちは用意された椅子に腰掛けた。
「まずは礼を言わせてほしい。都市を魔神パズズから救い、かつ、この都市の経済を支える我が息子の命をスタンピードから守ってくれたこと。深く感謝する」
そう言って、ムナジーはテーブルの上に布袋を置いた。
ドサッ、ジャラッ――。
鈍い音を立ててこぼれ落ちる金貨。一目で分かる。これは破格の報酬だ。
俺は布袋には手を触れず、淡々と告げた。
「その礼は受け取れない。パズズの件は、俺たちが生きていくために排除しただけで、この都市を守ろうなんて高尚な意識はなかった。スタンピードだって、偶然ニャルマル商会を助けた時にモヤジーがいただけだ」
「謙遜はいらぬ。結果として我らは救われた。それが真実だ」
「それでも受け取る理由はない」
ムナジーは少しだけ目を細め、ため息をついた。
「……貴族がこれほどまでに忌み嫌われる世の中とはな。分かった、無理は言わぬ。……だが、知己を得たいという願いだけでも聞いてはくれぬか?」
「……貴族らしくない頼みだな。いいだろう」
「感謝する。では、次に頼みがある。実はこのところ、街で人が感電し、黒焦げになるという怪死事件が相次いでいる。この精霊騒動の余波ではないかと睨んでおるのだ」
「俺は冒険者じゃない。依頼ならギルドへ行ってくれ」
「ふむ。やはり冒険者や貴族には辟易しているようだな」
ムナジーは苦笑しながらも、俺を責めることはなかった。その毅然とした、それでいてどこか悟ったような態度に、俺の警戒心も少しだけ緩む。
「分かった。無理強いはせぬ。せめて、これだけは礼として贈らせてくれ」
ムナジーは一枚の地図を差し出した。
そこに記されていたのは、かつて俺たちを裏切り、捨て駒にしたあの冒険者パーティーの居場所だった。
エリとハルカの表情が険しくなる。怒りと悲しみ、そして復讐心が瞳に宿る。冒険者たちを追うべきか。俺は深く息を吐き出す。この情報の交換条件を求めてこなかったムナジーに、少しだけ好感が持てた。
「最後に、一つだけ忠告がある」
ムナジーが静かに言った。
「……闇ギルドが、ショータ殿を探しておる。農村イワンテでの一件、彼らは知っているようだ」
背筋に冷たいものが走る。イワンテでの一件とは、俺が殺した雑貨屋のことだ。
「人間の都市へ向かうときは、くれぐれも気をつけることだ。……彼らは執念深いぞ」
ムナジーは脅し文句のように言うのではなく、純粋な警告として告げた。貴族という立場を鼻にかけず、対等に接し、そして必要な情報を淡々と提供する。
「……悪い爺さんじゃないな」
俺はそう思いながら、屋敷を後にした。これから待ち受けるのは、かつての裏切り者たちとの決着、そして闇ギルドという名の巨大な影。小人の国は、俺たちの次の戦場になる――そんな予感が、胃の奥で疼いていた。




