075 【絶望の爪牙】竜を裂く魔神パズズ!生命を奪い、魂を統べる契約の儀式
■砕かれた絶対防衛線
「ドラムッ!!」
俺の叫びが森に虚しく響く。
誇り高き竜、ドラムの巨体がなす術もなく地面に叩きつけられ、その硬い鱗が紙屑のように切り裂かれた。あのドラムが蹲っている。信じられない光景に思考が停止しかける。
『風刃』を放ったハルカの攻撃は、魔物の纏う風の結界に触れた瞬間に掻き消された。それどころか、魔物が放った「返し」の風刃は、ハルカの防壁を容易く貫通する。
「キャアアアッ!」
ハルカが空から墜落する。手足に無数の切り傷を負い、戦闘不能。
「させぬッ!」
エリが渾身の力で矢を射る。だが、魔物はその鋭い翼を羽ばたかせるだけで、空間そのものを切り裂き、風の刃となってエリの懐に飛び込んだ。
鮮血が舞う。
「……あ」
エリの右手首が、宙を舞った。愛用の弓が地面に転がる。彼女は左手で断面を押さえ、激痛に顔を歪めながら膝をついた。
一瞬だった。
レベルアップを果たし、頼もしい仲間となったはずの彼女たちが、一方的に無力化された。ダルアは恐怖に震えながら、影に隠れて銃を握り締めることしかできない。
圧倒的なまでの力。これは魔物ではない。――災害だ。
■逆転の『生命力吸収』
魔物が次の殺戮へ向かおうとした刹那、俺の影からペロが飛び出した。
「影縛り!」
闇の触手が魔物の四肢を絡めとる。一瞬の硬直。その隙を、俺は見逃さない。
踏み込みの衝撃で地面が陥没する。俺は魔物の背中に密着し、左掌をその筋肉質な背中へと叩きつけた。
「――《生命力吸収》ッ!!」
ズズズズズッ、と魂が吸い上がるような感覚が右手に伝わる。
「グゥアゥ……ッ!?」
魔物が呻いた。動きが鈍る。勝機だ。
だが、敵もさるもの。魔物は咆哮と共に自身の身体から風の刃を全方位へ噴出した。ペロの影が切り裂かれ、俺も至近距離で風の刃を受け、全身から鮮血が噴き出す。
だが、同時に魔物から吸収した莫大な生命力が、俺の身体を強制的に修復していく。骨までは届かない。これならいける!
「終わらせるぞッ!」
俺は咄嗟に右手を魔物へ向け、渾身の気を掌に収束させた。
「気功波ッ!!」
圧縮された気の衝撃波が、風の鎧を纏う魔物の防御を貫通し、その腹部を正確に打ち抜いた。
ドォォォォンッ!!
狂気の眼光を宿していた魔物が、衝撃で膝をつく。腹部に空いた大穴から、濁った魔力が漏れ出している。
「……ッ、今だ!!」
俺は素早く肉薄し、仰向けに倒れた魔物の額に左手を突き立てる。全身全霊を込めた生命力吸収。魔物の膨大な生命力と魔力が、俺という容器に奔流のように流れ込んでくる。魔物の抵抗が弱まり、その眼から狂気が薄れていく。
その時だった。
「ちょっと待つのじゃ!!」
エリの叫びが響いた。俺は掌を押し当てたまま、寸前で生命を吸い切るのを止めた。
■明かされた魔神の正体
「エリ、大丈夫か!?」
俺は魔物を押さえ込んだまま、振り返った。エリは右手首を失いながらも、必死に立ち上がろうとしている。
「大丈夫……命はある。だが、その者は……その者は精霊じゃ! しかも、大精霊クラスの存在……! 何か、何かがおかしいのじゃ!」
エリの言葉に、俺は魔物を睨みつける。その魔物は、もはや牙を剥こうとはしなかった。俺の手のひらから伝わるのは、憎悪ではなく、深い悲しみと後悔の念だった。
「……コ、殺セ。オ前ノ言ウ通リダ」
魔物が掠れた声で喋った。
「我ハ操ラレテ、沢山ノ者ヲ殺シタ。……精霊ノ泉ノ主ヲ倒シ、魔王ノ駒トシテ動カサレテいた。殺サレテ当然ダ」
「操られて……だと?」
俺は魔神パズズ、その名を聞いた瞬間に理解した。これは魔王軍による洗脳だ。
俺は魔物から手を離し、立ち上がった。
「ペロ、拘束を解くな。……だが、殺すこともない。全員、治療するぞ」
俺は魔宮で蓄えた膨大な生命力を解放し、仲間たちを癒やしていく。ハルカ、エリ、ドラム、ペロ……。俺の手のひらが触れるたび、傷口が塞がり、骨が繋がり、肉が再生する。
治療を終えた俺は、なおも残る膨大な生命力を抱え、パズズの前に立った。
■精霊の契約、新たな楔
「さて、パズズといったか。異世界から召喚され、魔族に洗脳された……そうだな?」
パズズは深く頷いた。
「風の大精霊を倒し、泉の主となった。次ハ周辺都市ヲ襲ウ命ヲ受ケテいた……」
風の大精霊を殺した代償は重い。だが、こいつをここで消せば、この周辺の精霊たちが全て魔族の配下となってしまうだろう。それはあまりにもリスクが大きい。
俺はパズズを見下ろし、冷徹なまでの権威を持って告げた。
「殺すのは止めた。だが、ただで許すわけにはいかない」
パズズが驚いたように顔を上げる。
「お前はエリと契約しろ。そして、お前が配下にした精霊たちを解放し、都市への攻撃を中止させろ。……それが、お前が生き残るための唯一の条件だ」
パズズは一瞬の躊躇ののち、静かに頭を垂れた。
「……分カッタ。我ノ命、貴殿ニ預ケヨウ」
俺はパズズの傷を治療し、エリの手をパズズの額に導く。光が弾け、精霊契約が成立した。エリの右手が光に包まれ、奇跡的に再生していく。かつての敵が、最強の守護者へと姿を変えた瞬間だった。
「……さて、大精霊を倒したというお前の罪は、これからたっぷり働いて償ってもらうぞ。パズズ」
俺の言葉に、森の木々が風に揺れた。魔王軍との戦いは、まだ始まったばかりだ。
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