072 【移動する迷宮の夜】魔抜けの主が創りし「至高の宿」。小人の国へ向かう旅路に訪れた安らぎと、禁断の技術
■森の晩餐と「情報屋」の正体
森に夜の帳が下りる頃、崖下の開けた土地に、情報屋モヤジーがその姿を現した。彼は愛用のリスから軽やかに飛び降りると、リスは「役目は終わりだ」とでも言うように、森の闇へと消えていった。
「……モヤジーの職業はビーストテイマーだにゃ。」
ペロが何気なく呟いたその言葉に、モヤジーの肩がビクリと跳ねる。彼はあからさまに明後日の方向を向いて口笛を吹いた。
「おいおい、ペロ。スキルや職業の情報は、冒険者にとっての最重要機密だぞ。知ってても知らないふりをするのがマナーだ」
俺が苦笑しながら窘めると、ペロは「そうだったにゃ! ごめんにゃ」と、耳を倒して反省してみせた。
モヤジーは無言のまま、ペロをジト目で見つめている。小人の鋭い洞察力が、俺たちを値踏みしているのが分かった。
焚き火にはハルカが作った大鍋が鎮座している。中身は味噌スープだ。日本で慣れ親しんだあの香りが、異世界の森に漂う。締めは辛味噌ラーメン。ダルの助言を受けながら、ハルカは着々と俺好みの味を再現していた。
「……美味い。美味すぎるぜ、これ。この深いコクのあるスープ……初めて食った。これだけで、この国までついてきた甲斐があるってもんだ」
モヤジーも、一口スープを啜るなり陶酔の表情を浮かべた。
「モヤジー、お前はなんで小人の国に向かってるんだ?」
「決まってるだろ。猫の王国にはもう先がない。監視の者だけ残して、商会の連中も早々に撤退を開始したぜ」
「撤退?」
「ああ。迷宮素材の売買で潤ってたこの国は、迷宮を失った時点で経済の屋台骨が折れた。おまけに魔王軍に目をつけられ、スタンピードすら一瞬で片付けた『化け物』こと、ショータさん達と敵対したんだ。……誰が好んであんな危ない場所に居座るよ?」
その言葉に、俺は少しだけ胸が痛んだ。俺が迷宮核を持ち去ったからだ。
エリが俺の心情を察したように、そっと口を挟む。
「ショータ様、あれは返すべきではありません。猫の王国には管理する力も資格もない。それに攻略した迷宮は、攻略者の正当な権利なのじゃ。彼らにあっても魔族の食い物にされるのが関の山ですよ」
「そうだぜ。最下層にすら行けない奴らに、迷宮は扱えねぇ」
モヤジーの指摘はもっともだ。だが、俺たちの去った後の猫の王国がどうなるかは気にかかる。ニャルマル商会やあの宿の主人はどうなったのか。
「連中ならとっくに国を出ているはずだぜ。あいつらは商売人だ。死地に留まるわけがない」
◇◇
■妖精と小人の工芸品、そして禁断のスキル
食後の穏やかな時間、話題は小人と妖精の話へと移った。
「小人は手先が器用で、繊細な物作りが得意なのじゃ。妖精はそこに魔法を付与する。この二種族が協力すれば、超一級品の魔道具ができるのじゃよ」
エリが専門的な知識を披露する。
モヤジーは少しだけ鼻を鳴らした。
「ふん。大したことはねえよ。たまたま小人の住処の近くに妖精がいただけさ。それで成り行きで協力することになっただけだ」
「たまたまの協力で超一級品が出来るなら、それはもう奇跡にゃ!」
「……そう言われると、悪い気はしねえな」
モヤジーもまんざらではないようだ。
雑談が一段落したところで、俺はふと思い立った。
「……さて、少し面白いことを考えてみたんだ。今日、皆で快適に眠る方法をな」
「面白いこと?」
ペロ、エリ、モヤジー、そしてハルカとダルアが俺の傍に集まってくる。ドラムも興味津々といった様子で頭を覗かせた。
俺は崖下の壁の前に立ち、左手のグローブ――迷宮核に意識を集中した。
「迷宮創造!」
バリバリバリと岩が削れ、空間が拡張される。数秒後、目の前には完璧に整えられた入り口が現れた。
「洞穴に入ってみろよ」
「えっ、ワクワクするにゃ!」
ペロたちが恐る恐る中へ足を踏み入れると、そこには驚くべき光景が広がっていた。広々としたリビング、清潔な風呂場、そして男女別に分けられた快適な寝室。
「凄いにゃ……! 移動中なのに、こんなに豪華な部屋が!」
「これなら、どんな過酷な道中もぐっすり眠れるのじゃ!」
「DPは減るんじゃないのか?」
エリが心配そうに尋ねる。俺は自信ありげに笑った。
「創造時に消費はする。だが、俺は100階層を制御していた管理者だ。元々の蓄積DPがあるし、何より、俺とドラムが迷宮の中にいる扱いになることで、常時DPが回復しているんだ」
この四つの部屋程度の規模なら、消費よりも回復の方が上回る。
「明日の朝には消滅させるが、また作ればいい。DPを節約するより、皆が最高のコンディションでいられる方が効率がいいだろう?」
「やったにゃ~! 毎日お風呂に入れるなんて最高!」
ハルカが歓声を上げる。
「見張りはどうするんだ? 洞穴の中とはいえ、無防備だぜ?」
モヤジーが冷静な指摘を飛ばす。俺はニヤリと笑った。
「見張りなら万全だ。ドラムとドラガを入り口に配置する」
「……冗談だろ? 迷宮の入り口に、最下層のボス級ドラゴンが二体も待ち構えてるなんて、そんな地獄のような迷宮は聞いたことがねえぞ!」
俺たちは大笑いした。どんな魔物も、入り口でドラゴンに遭遇した瞬間に絶望するだろう。史上最も贅沢で、史上最も危険な野営地の完成だった。
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