070 【落日の王国】英雄を捨てた代償。ライガが告げる「猫の穴」消滅と国家破滅の予言
■執務室の沈黙、忍び寄る没落
猫の王国王宮、国王ライルの執務室。重厚な樫の扉が閉まり、小隊長ホクシンが騎士たちによって地下牢へと引きずり去られた後、そこには鉛のように重い沈黙が満ちていた。
玉座に座る国王『光猫』ライル、その脇で眉間に皺を寄せる宰相『風猫』ウィラ、そして静かに控える騎士隊隊長『土猫』ロウガ。彼らの空気は、先ほどまでの傲慢な支配者のものではなく、己の足元が崩れ去るのを悟った者のそれだった。
そこへ、雷鳴を纏ったかのような気配とともに、『雷猫』ライガが踏み込んできた。彼の瞳には、かつての仲間たちに対する微かな情すらも、今はもう残っていない。
「……ウィラ。あんた、ショータさんを招待した人選、致命的に間違っていたな」
ライガの言葉は、氷のように冷たく響いた。
「うちの執事から聞いたぞ。ホクシンは最初から上から目線で喧嘩を売り、王国の権威を振りかざして命令していたらしい。ショータさんじゃなくても、あんな連中の誘いに乗るはずがない。ホクシンから手を出そうとしたとさえ聞いている」
「……ライガ!」
ウィラが顔を歪める。
「お前が王都を去ったからだ! お前がいれば、あんな無能に指示などしなかった!」
「他人のせいにするなよ、ウィラ」
ライガは肩をすくめた。
「自分の確認不足と説明不足。根本は会話の欠如だ。……あんたたちの傲慢さが、国を滅ぼそうとしているんだよ」
その時、扉が再び開かれ、『水猫』であり冒険者ギルド長を務めるウォガが血相を変えて飛び込んできた。
「……聞いたぞ。その傲慢な態度のせいで、ショータ殿と決定的に敵対したらしいな! お前たち、一体何を考えているんだ!」
■七猫の末裔、剥がれ落ちる虚栄
ギルド長ウォガの合流により、かつて王国を救った『救国の七猫』の末裔が集結した。だが、彼らの間には協力関係など存在しない。あるのは、隠蔽された過去と、それによって生まれた歪な関係だけだ。
「ウォガ、お前も騒ぐな。……そもそも、闇猫と彼が住んでいた村を滅ぼしたのは誰だ? あんたたち自身じゃないか」
ライガの鋭い指摘に、四人は押し黙った。
「ショータさんは、最初からあんたたちに良い印象なんて持っていない。マイナスからのスタートを払拭したいのなら、最低限の敬意を払うべきだった。安易な対応で英雄を追い返す……本当に、呆れて物も言えないな」
「うるさい!」
宰相ウィラが叫ぶ。
「魔王軍に脅されたんだ! あの時はお前だって居なかっただろう! 脅迫に屈せざるを得なかったのだ!」
「それが、仲間を殺した理由か?」
ライガの問いかけに、ウィラは言葉を詰まらせた。
「……魔族マロンが戻る前に、何としてもショータ殿と協力体制を築かなければならない。我々だけでは魔王軍には勝てんのだ」
ライガは小さく、しかし嘲るように笑った。
「……魔族マロンは、もう二度と戻らないよ」
その一言に、執務室の空気が凍りついた。
「……まさか。倒したとでも言うのか?」
「ああ。スタンピードを発生させたのも、闇猫を殺した仇も、全てショータさんが最下層でケリをつけた。マロンは死んだ。……そして、以前行方が知れなくなった炎猫ファイガも同じだ。もう、この世にはいない」
光猫、土猫、風猫、水猫――かつての七猫の末裔たちは、衝撃に打ちひしがれ、深く項垂れた。自分たちが手も足も出なかった魔族を、若き英雄があっさりと葬り去ったという事実。自分たちの過去の悪事が、英雄の復讐劇によって清算されていたという皮肉。
国王ライルが震える声で命じた。
「……方針を変える。ショータ殿とは戦わぬ。……新しい闇猫の娘にも、心から詫びねばならん。ライガ、頼む。仲を取り持ってくれ」
「断る」
ライガは即座に拒絶した。
■離別、そして予言される破滅
「ライガ、まだ王国を追い出したことを恨んでいるのか?」
「……恨みがないと言えば嘘になる。だが、あんたたちは、俺がただ報告を受けに来たと思っているのか?」
ライガは室内を見渡した。四人の英雄の末裔たちは、今や自信を失った老人のように見えた。
「……お別れの挨拶だ」
「お別れだと?」
「『猫が安らぐ宿』は、猫の王国から撤退する。商売をやめるんだよ」
国王ライルが立ち上がった。
「何故だ! なぜ今になって!」
「魔王軍に脅されたぐらいで自国の村を滅ぼすような国に、怖くていられるか! 何かあれば容赦なく店も店員も潰すんだろ、あんたたちは!」
ライガは冷酷に畳み掛ける。
「ニャルマル商会も、他の商会も次々と撤退を決めている。先が見えない、不信感しかない国に見切りをつけたんだ」
「先が見えない……? どういうことだ!」
「スタンピードの発生源だった迷宮『猫の穴』は、暴走の果てに消滅した。ショータさんが迷宮核を回収したからな」
ライガは、国王が血の気を失っていくのを眺めながら、決定的なトドメを刺した。
「この国は、資源の大部分をその迷宮に頼っていた。迷宮を失った今、この国に未来はない。……それに加えて、スタンピードさえ瞬時に殲滅する圧倒的な力を持つ者に喧嘩を売るなんてな。この国が生き残る唯一のチャンスは、ショータさんとペロさんと和解し、魔王軍に対抗する協力体制を築くことだった。……あんたたちは、その最後の希望を、自分の手で叩き壊したんだよ」
「……今すぐ、追いかけねば!」
「もう遅い。彼らは既に国を出た」
ライガは、国王の顔を見て、最後通告のように告げた。
「今回は、俺が頼み込んで手出しをさせずに国から出てもらった。だが、次は知らないぞ。もし彼らが次にこの国に来るときは、招待状ではなく軍勢を率いて来るかもしれない。……いや、戦争にすらならないかもしれないな。蹂躙されるだけだ」
雷光が室内に走り、ライガの姿はかき消すように消え去った。後に残されたのは、迷宮を失い、英雄を失い、そして滅亡へのカウントダウンが始まった王都の静寂だけだった。国王ライルは、玉座から崩れ落ちるように座り込み、その瞳から力強い光が完全に失われていた。
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