069 【傲慢の代償】魔抜けを侮った男に突きつけられた「王国滅亡」という名の現実
12/04誤字修正致しました。
(誤)スタンピート
(正)スタンピード
■崩壊の足音、執務室の深淵
猫の王国王宮、その心臓部たる国王執務室は、いまや物理的な重圧さえ感じるほどの緊張に包まれていた。
重厚な扉の向こう、深紅の絨毯の上には、三者の対立する空気が渦巻いている。
椅子に深く腰掛け、眉間を指で揉み解すのは『光猫』の国王ライル。その瞳には、老獪な統治者としての威厳と、拭い去れない疲労が混在していた。
向かいには宰相『風猫』ウィラ、そして騎士隊隊長『土猫』ロウガが直立し、国王を囲んでいる。そして、その距離を置いた床に、泥を被ったかのように無様に跪いているのは、衛兵隊小隊長ホクシンだ。
沈黙を破ったのは国王ライルだった。その声は、絞り出すように低く、重い。
「……国と敵対する、だと? 儂の耳を疑うぞ。この平和な王都で、なぜそのような事態が招かれたのか、説明しろ」
宰相ウィラが、怒りを通り越して呆れ果てた視線をホクシンに投げかける。
「ホクシン。儂は明確に命じたはずだ。『ショータ殿とペロ殿を、丁重にお連れするように』と。スタンピードで騎士隊も衛兵隊も壊滅的打撃を受け、多くの者が傷を負った。……その中で無傷だったお主を、かつて面識があるという理由で派遣したのだ。知り合いならば、話も通じやすいと思ったのだが……」
ウィラは、自分の指示がどこでどう歪んだのか、理解できずに項垂れた。本来なら、招待に応じられずとも「また後日」という報告で済むはずだったのだ。知り合いのよしみでお願いにあがったはずの使者が、なぜ怒らせ、あまつさえ敵対などという破滅的な結果を生んだのか。
しかし、当のホクシンは、己の犯した罪の重大さに全く気づいていない。彼はポカンと口を開け、心底不思議そうに呟いた。
「連れて来る……? 怒らせる……? ……いえ、仰っている意味が分かりかねます」
ホクシンは、己の正当性を主張するように必死に弁解を始めた。
「私は国王陛下の名代として、丁寧に、実に丁寧に、魔抜けの小僧を迎えに行きました。しかし、あいつらは不遜にも陛下のお言葉を拒否し、あろうことか陛下の使者である私や部下を襲撃したのです! ……陛下、一刻も早く兵を派遣し、あの無礼者どもを極刑に処すべきです。このままでは王国法が笑いものになります!」
騎士隊隊長ロウガが、信じられないものを見る目でホクシンを見下ろした。
「ホクシン……お主、ショータ殿とは仲が良かったのではないのか?」
「ご冗談を!」
ホクシンは鼻で笑った。
「魔抜けごときと仲が良いはずがあるでしょう。二、三度会話しただけのゴミですよ。そんな奴のために、私が陛下のご威光を借りて頭を下げてやったというのに……!」
「……はぁ」
国王ライルが、深い溜息を落とした。
「スタンピードを解決した英雄、ショータ殿とペロ殿。彼らに恩義を伝え、今後の協力体制を模索したかった。……それが、このザマか」
ホクシンは、さらに混乱を深める。
「……解決? 英雄? 協力?」
彼の脳内で、情報の整合性が取れない。
「そうだ! 陛下、目を覚ましてください!」
ホクシンは、一大決心をしたかのように立ち上がった。
「陛下は騙されております! 魔抜けごときがスタンピードを解決できるはずがありません! 誰か別の大物が倒した功績を、図々しくも自分のものだと嘘をついているに違いありません! 私は陛下を、この愚かな嘘つきから守るために……」
「――おい、ロウガ」
ライル王の声が、氷のように凍りついた。
「この馬鹿者をどうにかしろ。……儂のイライラが、全盛期の冒険者時代に戻りそうだ」
「いや、頼んだのはウィラだろうが。……全く、説明不足にも程がある」
ロウガもまた、若かりし頃の荒っぽい口調に戻っていた。
「二人とも、口調が戻っているぞ」
ウィラが呆れ気味に釘を刺し、ホクシンに鋭い視線を向けた。
「ホクシン。いいか、耳の穴をかっぽじってよく聞け。……ショータ殿は、我々の《目の前》で、あのサイクロプスとリッチを、文字通り瞬殺したのだ。幻想などではない。実力は、我々『七猫』が身をもって証明している」
ウィラは一歩、ホクシンに詰め寄る。
「ドラゴンを使役し、その仲間たちも我々の上を行く実力者たちだ。……もし我々が彼らと戦えば、この国は半日で灰になる。お主がやったのは、招待ではない。滅亡への招待状を、自ら手渡してきたのだ」
ホクシンは、ようやく足元の震えを自覚した。
「め、滅亡……? ドラゴン……、七猫より上……? ……しかし、あいつはただの魔抜けで……」
「黙れッ!!」
国王ライルが玉座を叩き、激しい覇気を放った。
「誰か! 誰かはおらんかッ!」
扉が吹き飛ぶ勢いで開かれ、騎士たちがなだれ込む。
ライル王は、怒りに震える指でホクシンを指差した。
「この愚か者を叩き出し、地下牢の最深部へ放り込め! 恩人を傷つけ、王国を危機に陥れた罪、死刑も生温い。ウィラ、処罰は全権をお主に任せる」
「ろ、牢……? なぜ、なぜ私が……!」
ホクシンが悲鳴のような声を上げる。
「私は、陛下の忠義を尽くしただけだ! なぜ、なぜ英雄などという魔抜けのために……!」
連行されるホクシンは、最後まで何が起きているのか理解できず、虚空に向かって何かを叫び続けていた。王室に残されたのは、深い沈黙と、王国の存亡という重すぎる重圧だけだった。
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