005 『文明の息吹』〜魔石を換金し、社会をハックせよ。気功を操る元社畜、農村へ降り立つ。〜
ようやくたどり着いた川辺は、森の暗闇とは対照的に、陽光を弾いてきらめいていた。
「……ふぅ。ようやく一息つけるな」
途中、何度か襲ってきた魔物どもを返り討ちにし、回収した魔石でポケットはパンパンだ。この世界の通貨価値はまだ把握しきれていないが、魔道具という「魔法の電池」のエネルギー源である以上、これらは間違いなく金になる。スライムの小さな核からゴブリンの魔石まで、俺の稼ぎは、この村での最初の軍資金となるはずだ。
川の水をすくい、喉を潤す。冷たい水が五臓六腑に染み渡る。
生きている。
生きているが……深刻な問題が一つ。腹が減った。
この世界には魔法インフラはあっても、ガスや電気のような近代設備はない。俺のような魔法適性ゼロの人間が、野宿生活のまま生き延びるのは不可能だ。食料を得るには、町や村に行き、文明の中に身を置くしかない。
「さて、レベリングは後回しだ」
俺は両足に『気』を流し込み、同時に気配検知を並行して発動させる。
当初は足がもつれそうだった制御も、今や歩くように自然にこなせるようになっていた。
身体のレベルアップに伴い、走る速度も反応速度も上がっている。あの理不尽な孤児院の連中、そして俺を崖から突き落とした奴らを見返すためにも、今は地盤固めが必要だ。
川沿いを下ること数時間。
森が開け、視界に長閑な田園風景が飛び込んできた。
「……畑だ。人がいる」
そこには、茅葺き屋根の素朴な家が並ぶ農村があった。
俺は全身に巡らせていた気を緩め、ゆっくりと歩調を落とす。気配検知は継続中。周辺に怪しい殺気はない。
農作業をしている村人が一人。
俺は、孤児院で虐げられていた頃の「怯えたショータ」ではなく、前世の俺――日本のサラリーマンとして培った「営業の顔」を貼り付けた。
挨拶は、信頼を得るための第一歩だ。
「こんにちは」
俺はできるだけ明るく、爽やかに声をかけた。
かつての俺なら、誰かと目が合うだけで震えていたはずだ。だが、今の俺には「コミュニケーションはリソースの最適化だ」という割り切りがある。
「おう、おめさ、どごがら来たんだ?」
農作業を止めた村人は、泥だらけの俺を怪訝そうに見つめた。
俺は背筋を伸ばし、淀みなく語りかける。
「お名前を伺ってもよろしいですか? 俺はショータと言います。山の向こうの町から来ていたのですが、不運にも崖から転落してしまって……迷い歩いているうちに、この美しい村へ辿り着いたんです」
「オラはゴヘーだ。難儀なごったな……」
ゴヘーさんと名乗った村人は、俺の落ち着いた話し方に警戒心を解いたのか、表情を和らげた。
「この先に村長の家があるだ。立派な家なのですぐ分がる。まずはそこで相談してみるだ」
「ありがとうございます、ゴヘーさん。助かりました」
深く頭を下げ、丁寧に礼を言う。
俺の立ち振る舞いは、明らかに「孤児院の魔抜け」のものではなかったはずだ。
(まずは情報収集、そして衣食住の確保。……ここからが俺の、本当の人生の始まりだ)
俺はゴヘーさんに教えられた方角へ、確かな足取りで歩き出した。




