048 竜の鱗を砕き、伝説と対峙せよ。迷宮100階、人と竜の邂逅。
■地下100階、絶望の王との遭遇
迷宮『猫の穴』、最深階層。
巨大な扉を押し開いた瞬間、俺たちの鼓膜を揺らす重低音の咆哮が響き渡った。
「来たか……!」
部屋の中央に鎮座していたのは、深緑の鱗を纏った巨大な影。ドラゴンだ。二本の角、蝙蝠のような巨大な翼、そして大蛇のようにしなやかな尾。その存在そのものが、部屋の温度を数度上昇させているかのような威圧感がある。
「来るぞ! 避けろ!」
ドラゴンがのっけから翼を大きく広げ、深淵の如き大口を開く。
ボォオオオオッ!!
轟音と共に、灼熱のブレスが俺たちを飲み込もうと迫る。
「っ、ガーゴイル!」
エリが即座に呼び出した竜型ガーゴイルが、背中の結界発生装置を起動させた。
キンッ! という硬質な音と共に黄金の光膜が展開され、炎を弾き飛ばす。結界の外では、炎が岩壁を溶かしながら飛散していた。直撃すれば防具ごと消し飛ばされていたはずだ。
「ハルカ、行くぞ!」
「了解!」
ハルカが俺の両肩を鋭い鉤爪で掴み、風魔法で一気に加速する。無重力のような浮遊感の中、俺たちは左へ、エリのガーゴイルは右へと展開した。ペロはハルカの影に同化し、気配を完全に消している。
■通じぬ攻撃、魔法の無効化
ドラゴンは、自分の姿を模したガーゴイルを忌々しげに睨みつけ、エリへと突進した。その巨体からは想像もつかない速度だ。一瞬で距離を詰め、前足の鋭利な爪が振り下ろされる。
「盾で受け流せ!」
ガーゴイルが盾で軌道を逸らし、そのまま炎の魔剣を叩きつける。
ガキィィィン!!
火花が散るが、ドラゴンの深緑の鱗には、傷一つ付かない。まるでダイヤモンドの鎧を叩いたかのような硬質さだ。
「これでもか!」
エリがオリハルコンの矢を放つ。放たれた矢は音速を超え、ドラゴンの額へと突き刺さる……はずだった。
カィィィン!
矢は無情にも鱗に弾かれ、明後日の方向へ飛んでいく。続けて目に放った一撃も、ドラゴンが瞬時に瞼を閉じると、矢はその硬い瞼に阻まれてへし折れた。
「流石は国をも滅ぼす災厄……! オリハルコンの矢ですら刺さらぬのか!」
エリが焦燥の声を上げる。
一方、空中ではハルカが禍々しいリッチの杖を掲げ、風の刃を生成していた。
「僕の風刃ならどうだ!」
ハルカの放った数百の風刃が、ドラゴンの背中を襲う。しかし、鱗に当たる直前、それらはまるで霧が晴れるように消失した。魔法そのものを無効化する「魔法耐性」の壁だ。
「魔法が効かないにゃ!」
ペロがハルカの影から闇槍を放つが、それもドラゴンの口内に入る直前で霧散した。
ドラゴンがハルカの方へ首を巡らせる。巨大な顎が、ハルカを噛み砕こうと迫る。
俺はとっさに魔弾を放った。
「こっちだ、化け物!」
魔弾がドラゴンの顔面で破裂し、一瞬の視界を奪う。ドラゴンは不快げに目を閉じるだけで、傷一つ負わない。だが、その一瞬の隙が命運を分けた。加速したハルカが、ドラゴンの頭上を高速で回避する。
生命を啜る一撃、そして気功の貫手。
今だ。
俺はハルカの肩を蹴り、無防備になったドラゴンの背中へと飛び移った。ドラゴンの体表は熱く、まるで溶岩のようだ。
「食らえ!」
俺の掌が、ドラゴンの背中に密着する。
『生命力吸収』――最大出力。
俺の体内に、かつてないほどの莫大な生命エネルギーが雪崩れ込んでくる。
しかし、ドラゴンはまだ倒れない。その生命力はあまりにも膨大だ。ドラゴンが身体を激しく揺らし、回転する。振り落とされそうになる体を、俺は右手の指先を突き立てることで維持した。
ズボォッ!
俺の貫手が、強靭なドラゴンの鱗と筋肉を貫き、深々と突き刺さった。
「ぐっ……!」
「主様!」
ハルカの悲鳴が聞こえるが、俺は右手を鉤爪のように突き刺し、鱗を握りしめてしがみつく。自らの手で、伝説のドラゴンの肉体を破壊している感覚。俺の「気」が、ドラゴンの魔法耐性を強引にこじ開けていた。
「これならどうだ!」
突き刺した右手の先に、全身の気を極限まで凝縮する。
「――気功波、四連撃!」
指先から放たれた気の奔流が、ドラゴンの身体を内側から貫通する。
「ガァァァァァァッ!!」
断末魔にも似た絶叫が部屋に響き渡り、巨大なドラゴンの身体がバランスを崩して地面に激突した。
ドォォォォン!!
■伝説の言葉
地面に俯せになり、荒い息を吐くドラゴン。瀕死だ。
俺は駆け上がり、ドラゴンの頭頂部に手をかざした。いつでもトドメを刺せる状態だ。
その時だった。
「……待ってくれぇ!」
弱々しいが、力強い響きを持った声が、俺の頭の中に直接響いてきた。
「……ドラゴンが、喋った?」
俺の手が止まる。
ペロが俺の影からヌルリと現れ、殺気を放つ。エリとハルカも恐る恐る近寄ってきた。
倒れたドラゴン――ドラムと名乗ったその眼光は、先程までの闘争心ではなく、深い疲労と困惑に満ちていた。
「そうだ、ドラゴンだ。儂はドラムと言う。……これ以上、殺し合いをさせないでくれ」
エリが信じられないといった様子で、魔道具の眼鏡をずらして呟いた。
「迷宮の魔物は、意志を持たないはず……。ドラゴンに言葉があるなんて、一体どういう訳なのじゃ……?」
迷宮の最深部で交わされた、人間と竜の対話。俺たちの、そしてこの世界の運命が、大きく動き出そうとしていた。
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