035 地下31階の朝――魔導コンロの温もりと、『牙弾』の誕生
チュン、チュン、チュン。
……と、そんな瑞々しい鳴き声が聞こえてきそうな、清々しい朝だ。もちろん、ここは迷宮『猫の穴』地下31階。小鳥など一羽もいない暗闇の世界だが、俺たちの心には新たな一歩を踏み出す希望の光が満ちている。
テントから出て、マジックバッグから出した樽に湯を張り、顔を洗う。見張り番を交代したエリが、俺の気配を察して歩み寄ってきた。
「お早う。……野営中にシャワーでも浴びられれば最高なんじゃが」
「それは、本当に浴びたいね。……ん? 魔道具でなんとかならない?」
俺が何気なく提案すると、エリはきょとんとした後、ニヤリと笑った。
「なるほどな。そんな発想は無かったのじゃ。少し汗臭くても我慢して、早く拠点へ帰ることばかり考えておったわ」
「あると便利だろ? ……ところで、昨日頼んだ携帯コンロと結界の魔道具は?」
「……フフ、期待して待て」
エリは自信満々に、昨日作ったばかりの魔道具を取り出した。
「ほら、これじゃ。見張り番の間は魔力探知だけで良いから割と暇でな。素材と魔石も山ほどある。造作もないことよ」
「すげぇ! ありがとう!」
手渡されたのは、精巧に設計された携帯コンロと結界発生装置だ。彼女の技術力には、感服するほかない。エリは照れくさそうに「それほどでもないのじゃ」と頬を染めている。
そこへハルカもやってきて、携帯コンロの完成度に目を輝かせた。早速、ハルカが手際よくコンロに火を点ける。朝食はステュムパリデスの茹で卵を挟んだ特製卵サンドと、鳥ガラの卵スープだ。
俺が森で狩猟生活をしていた頃に編み出した「マヨネーズ擬き」をハルカに渡すと、彼女は少しだけ舐めて目を丸くした。
「すごい……! こんな調味料、初めてだよ! 後でレシピを教えてね!」
濃厚なステュムパリデスの卵と、酸味の効いたマヨネーズ。完璧な相性だ。全員が顔を見合わせ、すぐにおかわりを欲しがるほどだった。
「次はもっと大量に作ろう。スープはおかわりがあるから、今はそれで我慢してくれ」
「残念なのにゃあ……。迷宮を出たら、ステュムパリデス狩りは必須任務じゃな」
◇◇
腹を満たした俺たちは、再び迷宮攻略へと戻った。
しかし、地下31階の魔物は手強かった。昨日まで無双していた『ドングリの指弾』ではダメージが通りにくい。かといって小石の指弾では威力が足りず、魔弾では素材を傷つけてしまうリスクがある。
ハルカとエリが前衛で風の刃と矢を放ち、なんとかペースを維持しているが、これでは効率が悪い。
(シャルさんに頼んでいる鉄の弾が待ち遠しいが……今この場でなんとかしなくては)
何か、硬くて尖っていて、素材を傷つけない弾丸はないか。思考を巡らせた瞬間、閃きが走った。
「……魔物の牙だ」
俺たちは素材用としてサテュロスの死骸を回収していた。試しにその牙を拾い上げ、指弾の要領で放ってみる。
——ビュッ!
牙は鋭い音を立てて空を切り、標的の急所に深々と突き刺さった。威力、貫通力、ともに申し分ない。
「よし! これはいける!」
「……主様、それは良いアイデアじゃ。昔、牙を矢尻に加工したこともあったが、弾丸にするとは考えもしないのじゃ」
エリの言葉に確信を得る。これからは魔物の素材を回収しつつ、その牙を武器として再利用する。死骸は全てアイテムバッグへ収納だ。
「ドングリや小石と区別をつけるために、今日からはこれを『牙弾』と呼ぼう」
俺の新たな相棒が決まった。牙弾を指先で弾き、俺は再び迷宮の奥へと歩き出す。この階層の主たちも、俺たちの牙の錆にしてやる。
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