034 迷宮の晩餐――サテュロスの守護と、ステュムパリデスの塩鍋
地下30階のボス部屋の前。俺は気配探知で内部の情報を精査する。
「……サテュロスが6匹。そのうち1匹はリーダーだ」
扉の向こう側に潜むのは、上半身は筋肉質で毛深い人間、下半身はロバという半人半獣の魔物。頭には羊の巻き角を戴き、濃い口髭と顎髭を蓄えている。彼らは笛と斧を携えており、特に笛の音には強力な睡眠効果があることで知られる。
「サテュロスの素材は斧、笛、角じゃな。斧は武器、笛は音色の魔道具としての価値がある」
「下半身は食べられるけど、不味いよ。僕は食べたくないな」
エリとハルカの冷静な分析を聞き流し、俺は扉に手をかけた。
「行くよ!」
扉を開けると同時に、俺は一切の隙を与えず6発の『ドングリの指弾』を放つ。指弾は正確にサテュロスたちの額を貫いた……はずだった。
「おや、リーダーだけ死んでいないね」
額から鮮血を流しながらも、サテュロスリーダーが咆哮を上げて立ち上がる。だが、奴の命運はそこまでだ。
影から不意に現れたペロが、闇の触手でリーダーを強固に拘束する。同時に、空を裂いてエリの放った矢が胸を貫き、ハルカの放った風の刃がその首を断ち切った。
「やっと妾の弓の威力を発揮できたのじゃ!」
「僕も風の刃をやっと使えたよ!」
二人の弾んだ声。今まで俺の指弾で瞬殺されていたからこそ、自分たちの技が決まったことに満足気だ。
「下の階に行けば、嫌でも活躍してもらうよ。さて、ペロ、死骸の回収を頼む。地下31階で休憩だ」
◇◇
31階の空き部屋を見つけ、手早く野営の準備を整える。テントの設営はエリに任せ、俺はハルカに調理を託した。
「僕が夕飯を作るよ!」
「アタシは……夕飯は鳥肉がいいにゃ」
俺がそう言うと、ペロが目を輝かせた。
「解体していないステュムパリデスなら、たっぷりあるぞ」
「ステュムパリデス! おおっ! 妾も食べたいのじゃ!」
「僕も大好き! 久しぶりだ」
全員一致でステュムパリデスの鳥塩鍋に決定だ。異世界では醤油や味噌といった調味料はまだ見当たらず、基本は塩ベースだ。だが、この鳥肉から出る出汁があれば、シンプルでも極上の味になる。
ハルカは慣れた手つきで鳥肉を解体し、モモ肉をぶつ切りにする。白菜やその他の異世界野菜も手際よくざく切りにされていく。
水にガラスープの素、塩、そして隠し味の白ワインを加えて火にかける。日本酒の代わりだが、これが意外と良いコクを出すのだ。
グツグツと煮える鍋からは、食欲をそそる香りが漂ってくる。
「……できたよ!」
ハルカの合図で皆が鍋を囲む。ペロは以前食べて以来、これが大好物だ。エリも一口食べるなり、目を丸くして大絶賛した。
「美味い……。やはりハルカの料理は格別じゃな」
薪の火を見つめながら、俺はふと思いついた。
「なぁ、携帯コンロの魔道具があれば便利だと思わないか?」
「携帯コンロ……? 確かに、野営のたびに火を熾すのは手間じゃな」
「エリ、作れるか? 火魔法の魔法陣をセットして、魔力の出力調整で火力を変えるんだ」
「ふむ……魔道具作成の基本に近いな。魔力流路の設計さえ間違えなければ可能じゃろう」
「ついでに、結界の魔道具も欲しい。警戒の交代制は必要だけど、少しでも安全に眠りたいからな」
「ふふ、主様は用心深いのぅ。いいじゃろう、それもまとめて設計してやる。錬金術の用具と素材が必要じゃが……」
俺は雑貨屋で仕入れておいた用具一式と素材をエリに手渡した。
猫王国での生活、そしてこれからの迷宮攻略。ただ強くなるだけでなく、俺たちはこうして少しずつ、この世界での生活基盤を整えていく。
醤油や味噌の探索、米の入手。ニャルマル商会のシャルさんに相談したいリストが、また一つ増えた。
鍋の温もりと、仲間の笑顔。地下31階の暗闇の中で、ここだけが異様に明るく、そして幸福な空気に包まれていた。
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