020 『迷宮の門番と、傲慢なる役人』~商会の期待を背負い、俺たちは死地へと足を踏み入れる。~
ニャルマル商会との密約は、俺にとって非常に合理的なものだった。
「転生者」という肩書き。異世界の知識。それらは確かに、この世界では喉から手が出るほど欲しいリソースなのだろう。
シャルが提示した厚遇は、先行投資に過ぎない。つまり、「今は好きに食い散らかせ、その代わり将来的にそれ以上の利益を返せ」という、冷徹なビジネスだ。
(……出世払いか。悪くない)
前世のエンジニア時代、不採算部門への投資を見極めるのは日常茶飯事だった。俺はシャルの厚意を、復讐のための「機材レンタル代」と割り切ることにした。
早速、俺は他言無用の誓約を交わした上で、指弾の威力を実演してみせた。
驚愕するシャルに、俺は小石の代わりに使える「均一な重量の鉄球」を大量発注する。
魔力が枯渇した魔石と、精密な鉄球。これが俺の新たな「弾丸」となる。
準備を整えた俺とペロは、王都の地下に広がる大迷宮『猫の穴』へと向かった。
地下100階層まで続くと言われるその場所は、ただの洞窟ではない。迷宮に続く道は、さながら祭りの縁日のような熱気に包まれていた。
武器、防具、弁当に非常食。冒険者相手の商売が並び、常に人々が行き交う。この場所自体が、王都の一つの経済圏として完成していた。
道を真っ直ぐ進むと、高い石壁に囲まれた「迷宮の門」が立ちはだかる。
魔獣暴走を警戒し、鉄の扉の前には屈強な門番が数名、武器を構えて立っていた。
「……ここが入り口か」
門番に会釈をして中へ入ろうとした瞬間、背後から重い手が肩を掴んできた。
「おい、冒険者証を見せろ」
振り向くと、そこには門番とは別に、狐のような目をした男が立っていた。文官の格好をしているが、目は腐ったように濁っている。
「……冒険者ではない」
「領主の許可証は?」
「ない」
「ふん……。なら入れんよ。Dランク以上の冒険者か、領主の特別許可がない限り、迷宮には入れんのだ」
門番が冷たく言い放つ。だが、その背後にいた狐目の男が、ニヤリと下卑た笑みを浮かべて前に出てきた。
「くくく……お前、噂の『魔抜け』か? 魔抜けが迷宮に入れるわけないだろう。ゴブリン一匹殺せんゴミが」
狐目の男は侮蔑を込めて俺を見下ろす。その瞳には、俺の装備への羨望が隠しきれないほど滲み出ていた。
俺が何も言い返せずにいると、男は「クズはクズらしく陰でコソコソしてろ!」と怒鳴り散らし、いきなり俺の腹部を蹴り飛ばしてきた。
俺は半歩引き、その蹴りを虚空へと流す。
「ほう……ゴミクズがいっちょ前に躱すか」
男は俺の装備を指差し、歪んだ笑みを浮かべる。
「良い防具をつけてやがる。魔抜けに防具なんて宝の持ち腐れだ。命が惜しければ、すべて置いて失せろ。さもなくば――」
門番の兵士は、男の暴行を止めるどころか、冷ややかにそれを見ているだけだ。
「おい、俺の目の前でやるな。やるなら見ていないところでやれ」
(……なるほど。この街の腐敗は、王国の軍や役人まで浸透しているわけか)
怒りが込み上げるよりも先に、呆れが勝る。
だが、ペロの怒りは違った。
俺の背後にいたはずのペロが、いつの間にか狐目の男の背後へと回り込んでいた。影移動だ。
「……アタシのツレに、何言ってるにゃ?」
男の首筋に、冷たいナイフが突きつけられる。
一瞬にして凍りつく門番たち。男は顔を真っ青にして両手を上げる。
「おい、お前ら! 詰め所に連行するぞ!」
門番が慌てて声を上げるが、ペロは冷徹な眼差しを崩さない。男は脂汗を垂らしながら、命乞いのように後ずさる。
「……わ、分かったよ! 今日は帰る! ……魔抜け! 覚えてろよ!」
捨て台詞を残し、狐目の男は走って逃げ去った。
ペロも鼻を鳴らしてナイフを納める。
「……ペロ、帰ろう。こんな場所で時間を潰す必要はない」
俺たちは門を背に、踵を返した。
王都の官僚に嫌がらせをされた程度で、ここで迷宮への道を諦めるわけがない。
俺には、領主から許可を取るか、ランクを上げるかの二択がある。あるいは……この街の「裏側」から強引にこじ開ける方法も。
俺たちは迷宮への道を離れ、再び王都の喧騒の中へと消えていった。




