019 『商人の鑑定眼と、転生者の価値』~王都でのVIP待遇、その理由は商会副会長による「囲い込み」だった。~
王都の最高級ホテルで迎えた朝は、森の夜とは全く異なるものだった。
ふかふかのベッド、温度管理された快適な室温、そしてバイキング形式の豪華な朝食。すべてが夢のように優雅だが、俺の心は晴れない。
(……この至れり尽くせりの待遇、絶対に裏がある)
昨晩の食事中、銀の蓋を被せられた料理が運ばれてきた瞬間、確信した。これは「おもてなし」ではなく、「何らかの目的」を持った投資だ。
不安で震えるペロの手を握り、俺たちは朝食を済ませてニャルマル商会へと向かった。
ニャルマル商会の店舗に足を踏み入れると、昨日とは違う店員が、まるで最初からそうするよう教え込まれていたかのように俺たちを出迎えた。
「ショータ様、おはようございますにゃ。シャル様がお待ちしております。こちらへどうぞにゃ」
(……顔パスかよ。いや、俺が来ることを読んでいたのか)
ペロは怯えたように俺の背中に隠れている。俺自身も、胃の底が冷えるような感覚を覚えながら、螺旋階段を上って2階の応接室へと案内された。
扉が開くと、そこには昨日と同じく、優雅に微笑むシャルがいた。
紅茶の香りが部屋を満たす。店員が退室し、ドアが閉まった瞬間の静寂が、ここがただの商談場所ではないことを告げていた。
「……宿の待遇について、理由を尋ねに来られたのでしょうにゃ?」
シャルは核心を突いた。俺は隠し事をする気はなかったし、このまま曖昧な関係を続けるのも御免だった。
「ああ。あの宿は高級すぎる。それに、全額負担の理由が分からない。俺たちはただの旅人だぞ?」
シャルはうふふ、と喉を鳴らして笑った。その瞳には、獲物を射抜くような鋭い光が宿っている。
「先行投資にゃ。……正直に話しますにゃ。私が副商会長に昇り詰められた最大の理由は、高位の『鑑定魔法』が使えるからにゃ」
鑑定魔法。その言葉に、背筋が凍りつく。
シャルは俺をひと目見ただけで、すべてを見抜いていたのか?
「ショータ様が『転生者』であることは、この商会に入った瞬間に分かりましたにゃ。異世界の知識、文化、そして概念……。転生者との知己は、商人にとって何事にも代えられない宝物。喉から手が出るほど欲しい人材にゃ」
彼女は紅茶を一口啜り、俺を真っ直ぐに見つめた。
「囲い込みたいにゃ。でも、露骨に縛り付ければ、貴方は嫌悪感を抱いて去ってしまう。だから……初めに大きな貸しを作らせていただいたというわけにゃ。断り難くなったでしょう?」
……完敗だ。
これが王都の一流商人のやり口か。恩を売ることで、俺という存在を自分の陣営に引きずり込む。宿代という「貸し」を盾に、俺の良心に訴えかけ、逃げられないようにする。
「あの宿は、いつまでも自由にご利用くださいにゃ。貴方が何かを成し遂げる時、私たちの商会が必ず力になります。……これからは、良いパートナーになりましょう?」
俺はテーブルの上に置かれた紅茶を見つめる。
甘美な罠だ。だが、この商会の権力と情報網は、俺の復讐計画にとっても喉から手が出るほど欲しい。
(貸しを作られたか。……だが、利用させてもらうのはこっちの台詞だ)
「……分かった。あんたの戦略に乗ってやるよ、シャルさん」
俺がニヤリと笑うと、シャルもまた、満足げに牙を見せて笑った。
この瞬間、異世界からの転生者と、猫の王国の商人の奇妙な協力関係が成立した。




