018 『極上の安らぎと、商会の思惑』~王都の最高級宿で知った身に余る厚遇。俺の財布は無事なのか?~
王都の喧騒を抜けた先にあったのは、猫の王国に相応しい最高級の宿でした。しかし、それは俺たちの想像を遥かに超える「異世界」だったようです。
ニャルマル商会に紹介された宿、『猫が安らぐ宿』。
猫が好む場所なら居心地が良いはず――そんな楽観的な予想は、門の前に立った瞬間に吹き飛んだ。
「……おい、ここ本当に宿か?」
目の前には、王城かと見紛うばかりの巨大な石壁と、広大な敷地が広がっていた。
シックな黒と白を基調とした外壁は、御影石か大理石か、鏡のように磨き上げられ、俺とペロの姿がくっきりと映り込んでいる。行き交う人々は、正装に身を包んだ貴族や富豪ばかり。俺たちの森歩き用の装備とは、あまりにも場違いだ。
「……にゃあ。すごい……。あんな豪華なところ、入っていいのかにゃ?」
ペロは尻尾を丸め、耳を伏せて萎縮している。俺も内心、冷や汗が止まらない。
――いや、落ち着け。シャルさんの紹介状さえあれば入れるはずだ。
俺は強張る手でペロの手を握りしめ、覚悟を決めて門へと歩みを進めた。
「身分不相応だと思われて追い返されるか……いや、そもそも宿泊費がいくらだ? 雑貨屋の金だけで足りるのか?」
そんな不安が脳裏をよぎった時だった。
門番が俺たちを見つけ、直立不動で深く頭を下げた。
「ショータ様、お待ちしておりました。私は本日からショータ様を担当いたします、執事のダルクと申します。シャル様よりご紹介を承っております」
「えっ?」
俺は呆然とした。なぜ俺の名前を? 執事が担当?
戸惑う俺をよそに、ダルクは迷いのない所作で、すぐ傍に待機していた豪華な馬車へ俺たちをエスコートした。
(待て待て、話が見えないぞ!? 執事がついて、馬車まで用意されて……これ、一体いくらかかるんだ!?)
馬車に揺られながら、俺は耐えきれずに聞いた。
「あの、ダルクさん。宿泊代は……一体いくらなんですか?」
ダルクは涼しげな顔で答えた。
「ご安心ください。お食事から宿泊費まで、お代のすべてはニャルマル商会が全額負担いたします。この敷地内で発生する費用は一切不要ですので、何なりとご用命を」
(はぁぁぁあ!? 全部タダ!?)
シャルさん、一体どんな商売の算段をしてるんだ?
いや、もしかして俺が奪ったアイテムバッグや素材が、ニャルマル商会にとってそれほどの価値があったのか?
謎は深まるばかりだが、ともかく宿代を心配する必要はなくなったらしい。
――案内されたのは、最上階の7階ワンフロアを貸し切ったスイートルームだった。
「……にゃあ……。」
部屋に入った瞬間、ペロが言葉を失った。
天井は高く、アンティーク調の家具が並ぶ応接室の奥には、9つもの個室が続いている。広すぎて、かえって落ち着かない。
専属メイドの『メル』と名乗る女性までが現れ、俺たちに深々とお辞儀をした。
テーブルの上には山盛りのウェルカムフルーツ。メルが淹れてくれたノンアルコールのフルーツカクテルは、今まで飲んだどんな飲み物よりも芳醇だった。
「冷蔵庫の中の飲み物は全て無料。私と執事のダルクが、入口近くの部屋に常駐させていただきます」
至れり尽くせりだ。いつまで泊まるかも告げていないのに、この徹底した待遇。
高級すぎて、逆に何かの罠じゃないかと疑ってしまうほどだ。
(シャルさん、本当に恐ろしい商売人だよ……)
俺はふかふかのソファに深々と沈み込み、ペロを見た。彼女はあまりの豪勢さに言葉を失い、ただ呆然と部屋を見渡している。
森での殺伐とした日々が嘘のようだ。
この王都編、俺の想定よりもずっと派手なスタートになりそうだった。




