7:祝勝会 その1
2016/10/21 5:05 超難航しました。よろしくお願いします。
「それ、抹茶色のやつ。要らないならちょうだいよ」
鋤灼驗の目の前のテーブルに、鎮座在している、盛り塩みたいなフォルム。
姿勢正しく椅子に腰掛けた、笹木禍璃は、ロングヘアーをケーブルクリップで、纏めている。
見方によっては無骨な髪留めに見えなくもない、1個900宇宙ドル。この大きな洗濯バサミは、VR教室でケーブルを裁くときに便利なので、学園βの生徒全員が、鞄に付けて持ち歩いているものだ。長髪を邪魔にならないようにして、気合いを入れて食べる気満々である。
「要らん子扱いは、可哀想じゃねーか」
ピピチュイ♪
羽ばたく、半透明の小鳥。
「なあー」
と、驗は、VR・AR両対応のマイ箸で、小鳥の頭を突つく。
ビョビョビョーォン♪
謎の効果音が発生する。
町中の、蕎麦屋といえど、ここはゲーマー特区内だ。AR非対応のテーブルに出くわす方が難しいかもしれない。
デジタルペットや、スターバラッド準拠のNPC在中の、”画素対応メモリ”を乗せれば、内容物が勝手に起動して、天板上を闊歩しだす。
「ちがう! そっちの、面白NPCじゃなくって、薬味の方!」
コッチと、小皿に乗ってる抹茶色を、箸先で指し示した。
禍璃ひゃぁん、を行儀悪ひへふほぉー、と宣う特別講師は、口一杯に蕎麦を咥えており、行儀の悪さでは引けを取っていない。
「要らなく無えよ、俺ワサビ大好きだっつの!」
小皿をマイ箸で引き寄せる、驗。
振るだけで付着した汚れが剥離する、この箸や付属の箸入れには、画素表示による、ナノ構造が出現している。肉眼でも、超抗菌を果たす積層パターンを見ることが出来る。在来技術外の、試験運用中の、謎の材質工学&ナノ技術は、お土産品として販売されてもいるが、”画素”が稼働するのは特区内のみ。ぎりぎり稼働したとしても、特区外周から、せいぜい10メートルが関の山だ。画素を利用した謎の技術部分が無ければ、ふつうの抗菌&耐熱耐爆耐冷凍の高機能箸となる。
「この本山葵、超ー美味しいですよー」
「何だってー!? 益々、笹木にゃやらんぞ、俺が食う」
驗は白焚女史の、お墨付きを受け、小皿に伸びる、禍璃の小さい手を、箸で迎撃している。
ここは、学園β最寄りの駅に入ってる、駅蕎麦屋。
立ち食い専用のカウンターを抜けた、奥に用意されている、結構な広さの部屋だ。大きなテーブルが並んでいて、やや本格的な、……お値段的にも本格的な”せいろ蕎麦”などを提供している。
特区内の食堂で出される蕎麦・うどんも全てここの本店が、賄っており、”自動学食”や、”自動屋台”への提供も行われている。
ずぞぞぞっ。
「こりゃ、イケるぜ!」
大量に付いてきた小皿の薬味を、次から次へと試していく刀風。
「ほんと、どすなあ。……薬味の種類も……仰山おうて、一つ一つも、……どれもがおいしゅうて、……たまらんどすなあ」
蕎麦好きと公言していた、項邊歌色に至っては、泣きながら箸を進めている。
小柄な女子生徒は、驗からワサビを、せしめるのを諦め、すでに刀風からガメていたワサビを溶いていく。大きめのテーブルに対し、妙に椅子の数が少ないため、食卓という感じがせず、さながら、書斎の長机で遊ぶ子供のように見えなくもない。
―――テーブルの大きさに対して椅子が少ないのには訳があったらしい。
小さいお櫃に入った混ぜご飯などが、全て並べられた頃には、なんだかんだと、1人前に付き1メートル四方が、埋め尽くされてしまったのだ。
”天せいろ蕎麦御前”、2万3千宇宙ドルは、伊達ではなかったようだ。
驗のデータウォッチの、次々と切り替わる表示の片隅が、キーワードに反応して、自動的に日本円で算出表示されたままになっている。
『※2016年6月18日(土)現在―――YEN=7・748S$』
それによれば、”天せいろ蕎麦御膳”は、約3千円と、結構良い、お値段である。
環恩の前だけ、ドンブリ1つで、テーブル上のスペースが空いている。そこに、NPC”米沢首”と、NPC”小鳥”の入った、”画素対応メモリ”代わりの、”瓶《VOIDチャージャー》”が置かれている。
「鋤灼はん、……なんか、試作コード65と、……仲よろしおすなあ」
「ずぞぞぞぞっ! ……鳥は好きですよ。なんかカワイイし」
たたた。小さな足音をたて、驗と小鳥の間に割り込む、小さな清楚系美少女。つい一時間前に、スターバラッドの戦闘記録を多数塗り替えたMVPNPC。驗の手元に立ちふさがる、その姿は、制服を着こなす成人女性にしてVR設計師の、項邊歌色と、瓜二つだ。
これほど、小さくて、美少女フィギュアみたいなのがウロツいてたら、約一名、喜々として飛びかかりそうなものだが、ここ数日で、いい加減、免疫が付いたのかもしれない。
美少女フィギュアは、ガシリと抹茶色のズングリしたボディーをひっつかんで、驗から奪うように持ち運んでいく。
小鳥は、スケールサイズが”15センチ”に満たないため、実寸大で出現している。
「あらあらぁ? 焼き餅かしらぁ?」
全員が特上ざる蕎麦を啜っている中、一人、蕎麦の上に乗ったコロッケを、つついている笹木特別講師。
白焚の目の前のテーブルの開いたところに、伝票が表示されてるところをみると、遠慮したのかもしれない。
とたたたた。
小鳥は、相方から向けられた、想定外の好意に戸惑ったのか、頬を染め、大人しく持ち運ばれている。
テーブル上には、薬味小皿、せいろ、麺汁の入った蕎麦徳利に、蕎麦猪口や、天ぷらの乗った籠など、美味しそうな、障害物が敷き詰められている。
それらを華麗に避け、時には、めり込みながら、小さな、清楚系美少女はテーブルの縁に到達した。
クルリと振り向き、抱えている洋梨のようなフォルムを、驗に突き出してみせた。
「やっぱりお前等、仲良いーんだな、安心したぞ」
驗は笑いながら、蕎麦を、蕎麦猪口に垂らす。
怒号一発。美少女は、さっきまで繰り広げられていた戦いの中で何度も見せた、”回転する動き”を見せた。
―――具体的には、上半身をひねり、体を入れ替え、抱えた抹茶色をテーブルの上から投げ捨てた。
ぼちゃん!
驗は、摘んだ蕎麦を箸から落とした。
「わっ! 鋤灼ー! 麺汁が跳ねたぜ!」
「悪ぃ! コウベのやろうが、小鳥を投げたから、つい焦っちまった」
なにやってんのよと、禍璃が、布巾を手に寄ってくる。
小鳥は光の粒子と共に、環恩の目の前に再登場する。
撃破されたわけではないので、インターバルもなく即座に登場した。
「見事なうっちゃりですねぇー。……モノケロス戦もぉ、そうだったけどぉ、回転技が多いのはぁー、コウベちゃんのぉー、オリジナルな格闘特性なのかしらぁー?」
ピチチッチ♪
小鳥が羽ばたき、離陸。小鳥的には、空中を旋回しているつもりなのだろうが、表示可能なのは、高度15センチまでだ。環恩の抱えるドンブリの斜め前に置かれた、”画素メモリ”代わりの”瓶《VOIDチャージャー》”の周囲を、くるくると回り出す。
「どしたんだせ? 鳥?」
ピチチッチ♪
布巾を手に、環恩の背後を通る禍璃も、小鳥を訝しむ。
「ん? 何よ、その旋回、何の自己主張?」
すさまじい勢いで、くるくると旋回し続ける小鳥。
「……ひょっとしてぇー、回転技ってぇー、小鳥ちゃんのぉーアイデアぁー?」
ビビビヂヂヂッ!
耳が痛いほどの重低音で、返事する小鳥。
耳を塞ぐ一同。
「うっせーな。……コウベの回転技は、お前、発案なんか?」
ビビビッ―――!
再び重低音で、返事する小鳥の、嘴を両手で掴んで塞ぐ、小さい清楚系美少女。配膳された食器に隠れて忍び寄ってきていたらしく、馬乗りになって後ろから手を伸ばしている。
図らずも”小鳥騎士”完成。
「なんか、そうみたいね」
そう言いながら、環恩の隣へ着席した禍璃が、立派なサイズの海老天を、箸で切り分け、笹木特別講師の丼へ、乗せてやる。
海老天を箸で掴み、満面の笑みを浮かべる、笹木特別講師。
「私の”にゃんばる”もぉー、連続技にはぁー、回転系がぁー、沢山ありますよぉー❤」
「まあな、回転技とか円の動きとか、よくマンガとかゲームで格闘家が使うしなー」
筋骨隆々のイケメン男子生徒は、宝石箱のような、天ぷらの乗った籠を環恩に差し出している。まあ、普通、食べ盛りの男子生徒が差し出したところで、うら若い細身の美人講師が、無遠慮に受け取―――る。
鱧の天ぷらっぽい奴、一切れと、オクラ二切れを目敏く、掠め取られて、満足げな男子高校生が、疑問を口にする。
「あれ? 乱暴者を真似……じゃなくて、えっと、『勝利パターンを抽出して作ったコンボ』とか何とか言ってたヤツは、どこいっちまったんだぜ?」
「それは、……通常の戦闘の時に、……使うと思いますえ」
VR設計師:たこ焼き大介。成人女子生徒、項邊歌色の眼が泳ぐ。
「ボス戦でぇ、しかもぉ、……はぐはぐっ……こっちがぁ”レベルゼロ”なんて不利な状態じゃー、……もぐもぐっ……普通の事してたらぁー瞬殺でしたからねえぇー」
姉さん、落ち着いて食べて。鱧は梅肉つけて。と小柄な禍璃は、手を思い切り伸ばして、自分の薬味小皿の一つを手渡している。
「……これでハッキリしましたね」
ずそそっぞ。もぎゅもぎゅもぎゅ。
巻き毛をかきあげ、蕎麦を啜る白焚女史。
顔を上げた視線が、泳いでいた項邊歌色の視線と交差する。
「……そうですねぇー。”深層学習”がぁー実装される前のぉー、”専門化”の為のぉ人格設計コマンドでぇー組み上げてぇーありますねぇー」
禍璃からもらった小皿に、鱧を浸けながら、かなり専門的なことを宣う環恩。システム管理者や、現場の教師陣から一目置かれるだけのことはあるのだろう。システム管理者同等の知識レベルを垣間見せる。
そして、本日午後、調子に乗って行った、”高課金量子演算”に因る、低下した食糧事情も、そこはかとなく、垣間見せていく。
項邊歌色を見据えた、その目尻に涙が滲む。
先の戦闘における最大の疑問に、近づいている真っ只中。驗少年も目の前に居る、まるでワンセットで作られたかのような、”小鳥騎士”達に疑問を投げかける。
「お前等、俺たちがやられた後、LV52の怪獣相手に、2人だけで、よく勝てるって思ったな」
「だって、小鳥が、多分勝てるって、言うから」
小鳥の首を絞める、小さな清楚系美少女。
ピピチュイ、ビビジュイ―――ッ♪
小鳥も、何かさえずってたが、途中から断末魔に変わる。
食器のぶつかる軽やかな音に混じる、断末魔。
項邊歌色は、観念した様子で、箸を置いた。
「そうどす。……”試作コード65”は、……戦闘管制システムAI、……どす」




