6:コウベ 対 MΘNΘCERΘS その6
2016/10/04 22:35 勝手ながんばりを見せる鹿と、想像以上にハイスペックだったコウベのせいで、非常に長引いております。すみません。今しばらくボス戦にお付き合い下さい。よろしくお願いいたします。
悲痛な、泡立つような、まるでB級映画の殺人鬼の様な、あまり聞き心地の宜しくない声が、左前方の映像空間から届く。
だが、接続先の自律型NPCは、聞いている余裕はなさそうだ。
陰りが見える好敵手に、追撃を掛けている真っ最中だからだ。
うるさくない方の、映像空間の中では、ボサボサ髪の少年が、引き出しを開けており、環恩が、上から映像空間を覗き込んでいる。引き出しの中の瓶にセットされた、P・B・Cの上に、ソレは鎮座在していた。抹茶味の千切り餅は、首を伸ばし、嘴をパクパクさせている。引き出しの奥にいる宇宙服に向かって、何か囀っているようだった。
ボサ髪は眼の前の空間を、指3本で支えて持ち上げた。首を引っ込めて、映像空間を下から見つめる。遠景表示されている、環恩の顔を捉えているのだと思われる。
「ザッ―――何て言ってるかは、解らないけど、……”ごっめぇーん、やられたー♪”て感じの、軽薄さが伝わってきましたよ」
「ザッ―――そおねー。小鳥ちゃん、意外とぉしたたかぁな感じがするのよねぇー。……その割にはぁ、あっさりー撃破されたけどぉー」
などという会話も、矢のように駈けていく少女には、届いていない。
―――少女は、鹿の尻尾を手で掴めるくらいにまで、接近していた。
バッバリバリバリリッ!
環状放電が、踏み込むブーツめがけて、大量に流れ込んでいく。
ボッ!
さらに加速するコウベの、沈み込むオデコに、立体的な三角形が現れた。
鹿、いや、一角獣モノケロスは、残して置いた継ぎ足を、蹴り出す足に沿わせた。
それは、獣が目論んでいた、少女の低い姿勢へのカウンター。
”電磁加速”が無くても、最大の膂力を以て攻撃できる、千載一遇にして、起死回生のチャンス。
少女は、ギザ歯を見せて嘲笑し、頭上の真空管を強烈に光らせた。
蹴り足に環状放電が、大量に流れ込んでいく。
バリバリバリリッ!
攻撃対象へ接触する、獣の蹄。
強力な光に霞む決戦場。
おおおおおおおおっ。
観客は総立ち。閃光の中でも、見えて居る様子だ。
辛うじて、戦いの輪郭が把握できるのは、強すぎる光が、放射状の漆黒を、生み出した為だ。
―――少女は、今まさに、額を貫こうと、めり込んでくる、鋭利な切っ先から、目を離さない。
その形相は、縁日の景品に狙いを定めた子供のよう。
不敵な笑みを浮かべ、手には、輪投げの輪ではなく、装填済みのナックルガード。
高額な縁日の景品なんて、輪投げの輪よりも大きな箱に入ったままだったり、結ばれた紐の先は客の手元までは繋がって無かったりするのではないだろうか。
だが、少女には、輪投げの輪を大きくする事は無理でも、―――切れている紐を嘴で結ぶ事くらいは出来る、―――器用な仲間が居たのだ。
カチカチカチッ!
機械的な機構をリリースするトリガ音。具体的には炸薬または燃料へ、点火する機構が正常に働いている証拠だ。
さっきまでは作動音や、炸裂音に掻き消えていた、小さなその音が、観戦会場にまで響きわたる。
―――少女の瞳に、何かの表示が、一回点滅して消えた。
右前方、ボサ髪が写っている映像空間の下にも、自動的に字幕表示された。
>”小鳥:LV0” WAS DESTROYED.
>NOT RESPAWN UNTIL A BATTLE END.
接続先の危機を、無視して、映像空間の中では事件が起きていた。
「ザザザッ―――先生! コイツ、雌だっ!」
「ザザッ―――いきなりー、なあにー?」
驗は、”メジロナイト”と書かれた瓶ごと、P・B・Cを、取り出した。
環恩が、見ている目の前で、”小鳥”は、尻を浮かせた。
転がり出た、小さくて白くて丸いソレには、バーコードが印字されている。
「ザッ―――あらぁー? 卵ぉーー!?」
猫耳環恩の表情が華やいだ。
―――少女は、拳を、驚愕の表情で、睨みつけた。
点灯していたオレンジ色のランプが、消えている。
「あ゛ア゛ーーーっ!」
ゾンビ声を放つ、項邊歌色。
ガリッ! ヴァリリリリリッ、ドンッ!
ほぼ、一体化していた、少女と青い獣が分離した。
弾道を描いて着地した少女の眉間からは、大量の血が流れている。
「ザザッ―――キャーーーーーーーーーーーーッ!」
観客達は悲鳴を上げ、巨漢姿の歌色は気を失ったのかテーブルに突っ伏した。
試作コード65ばかり、可愛がっていた歌色だが、いざ、自分と同じ姿のNPCが、憂き目にあえば卒倒する程度のショックは、受けるのかもしれない。
―――少女は”重力補正”スキルを使用した。
自重を予備動作無しに消失し、カウンターを相殺。
次に、打点をずらすために、蹴り足の着地点を前に持って行き、”電磁加速”を使って、踵で踏み抜いた。
殺しきれなかった運動エネルギーが、回転力に変換される。
わずかに届いた凶器は、回転力によって受け流され、それ以上奥に刺さる事はなかった。あのまま刺さっていたら確実に後頭部から突き出ていただろう。彼女は空中で高速回転し、着地後、さらに一回転半して、ようやく止まった。
回転によって流れた血が左眼の辺りを赤く染めている。
利き手、及び利き眼の、対角線に生じる、死角。
NPC特有の予測機能を持ってしても、10°ほど生じていた、その角度が増大した。しかも、”小鳥の眼”はもう無い。
空中に浮かんでいる、彼女の体力ゲージは、1ドットを残してすべて消費されていた。むしろ、1ドット残ったことが奇跡だ。
頭上の真空管が、瞬き、消灯した。
「ザッ―――あー、やっぱり残念会にしましょうか。実に惜しかったですね~」
白焚は、歌色を、一応慰めているようだ。
突っ伏す歌色の背中に、おやつの酒瓶を乗せ始める。
チィーーーーッ。
環恩は、猫耳ヒューマノイド外装のカメラアイを作動させて、驗の手元を凝視していた。
「笹ちゃん先生ー?」
「姉さん? どしたのよ?」
驗の写る映像空間に、声が集まってくるが、接続先はそれどころではなかった。
パタタタタッ。
コウベの身体や、足下にドクドクと、血が垂れる。
―――環恩は、眼下の映像空間に手を突っ込んだ。
少年が手に持つ、瓶の上、小鳥の足下に転がるソレを掴もうとしている。
いくらS4規格対応の魔女帽子でも、入れ子になっている、映像空間の中のAR物体を直接掴む事は出来なかったようだ。
特別講師は、2回スカった所で、生徒に丸投げした。
「ザザザッ―――鋤灼君! その卵、何とかしてっ!」
「ザザッ―――何とかしろったって、どう……!」
少年はボサ髪を振り回し、自分の鞄から、VR・AR両対応のマイ箸を取り出した。
「ザッ―――おお、よくわからんが、急げ、鋤灼ィ!」
「ザザッ―――そうよ、よくわかんないけど……てか、その卵なに?」
映像空間の中で、少年は、小さな真っ白、いや、バーコードが印字されている卵を、箸で掴んだ。
器用貧乏のオマエならやってくれると思ったぜ!
やるじゃない、でもそれ、どうすんの?
貧乏は余計だ、どうすんのかは分かんねー。
ガヤガヤするだけの生徒達を押しのけて、特別講師が叫ぶ。
「ザッ―――ソレ、たぶん環境設定ファイルだから、コウベちゃんに渡して!」
内容をバーコードから読みとったらしい、猫耳が指示をとばす。
量子フォントを、肉眼で読める環恩なら、外装に付いている各種解読機能を、使わなくても読めそうではある。
「ザザザッ―――渡してって言われてもな……こうか?」
少年は、半透明でノイズ混じりの、大きめの飴玉サイズの卵を、決戦場に繋いである映像空間ヘ向かって、放り投げた。




