4・5:悪夢その2
2016/08/23 1:52 進んでいます。よろしくお願いします。
風に舞う金箔みたいな、しなやかさ。
一部の隙も無い、機械的いや、物理的なウェーブ。壁のど真ん中で発生した隆起が、壁の端まで届いて折り返してくる。透明なのに形状がよく見えたのは、盛り上がってる所が、揺らぐ水面のように、ちゃんと曲がった角度の光景を映し出したからだ。
帰りの波は、やや重力に引かれたり、天井や床で角度を付けて跳ね返ったりしてる内に、元から何も無かった様に平面に戻った。
……これ、ひょっとして、ワルコフを最初に見たときの―――鏡!?
今の壁の波打ち方はアレに似てた。
俺の姿を霧に変え、宇宙服を映し出した大嘘付きの鏡。壁が長方形で、写ってるのがワルコフじゃなかったら、あんな一回みただけの、ワルコフの習性? なんか、思い出さなかった。ふつうに、波打つ透明な壁があるだけだと思ってただろう。
俺の居る、30メートル四方の広い部屋と、鏡を挟んだ、シンメトリーの空間。
つか、目の前のコレを、”ワルコフの鏡”って、仮定すんなら、中には、映したものと同じ物が入ってるわけだから、この壁向こうに、部屋と同サイズの鏡を置けるだけか、それ以上のスペースがあるって思った方が良さそうだ。
そして、俺の部屋には無かった物が、ワルコフの鏡部屋には3つあった。
1つめは、血塗れのワルコフの頭。直径2メートル弱。怖ぇ! 宙に浮いてる。
2つめは、奥の壁に光る、リング状のランプで囲まれた巨大な差し込み口。
3つめは、差し込み口とワルコフの頭を繋いでいる宇宙服の胴体部分。直径は頭よりチョット細いくらいで、節の数で言やあ、15・6体分が数珠繋ぎになってる。あと、大小様々なサイズの宇宙服の手が、連結部分から疎らに生えてる。キメェ!
あ、もう1個有った。
4つ目は、俺から見て右手の壁から尻が生えてる。もちろん、宇宙服の腰から下だ。壁にある小さめの差し込み口に頭から突っ込んだ形のまま、足をジタバタさせている。サイズと言い、間抜けなポーズと言い、間違いなく、アノ部分だけは、正真正銘、いつものワルコフだ……と思う。
俺は、他に何も変わってねーか、確認したくて、もう一度振り向いた。
振り向く度に、鏡に映った物が、本当にこっちの部屋で蜷局を巻いてたら、どうしようかと、頭をよぎる―――
背後は、映像空間の中の喧噪以外は、静かなもんだった。
さて、気を落ち着かせてる場合じゃねえ、ワルコフは、一体、どうなっちまってんだよ! と気合いを入れて向き直る。
――― 一瞬、眼を離しただけだってのに、血濡れのワルコフの頭が、もう一本増えやがった!
超怖ええ! もう一本の方は普段のワルコフのサイズだ。
付け根を見ると、横にあった小さい方の差し込み口から胴体の鎖が生えてやがる。あそこに突き刺さってたワルコフは、何処行った!?
壁のリング状のランプが、規則的に点滅しだした。
ガ。
ガリュリュ。
ガリュルルルルルル。
その回数分だけ、差し込み口から、ワルコフの胴体が伸びて来やがる。ガキュギギギギギギギ、蠢き螺旋状に、伸びていく、デカイ方のワルコフの頭。
ゴガガガガッガガッ。
伸びすぎて、天井に、ぶつけた頭から、ぶっしゅーーー。
ボタボタボタ。
天井と床に幾重もの赤色のドッドを描く。円や流線型の血痕はない。壁面の解像度は何故か低かった。斜めに走る模様とかは綺麗に描かれてるけどな。
胴体を通じて、どんどん血流が流し込まれてるっぽい。相変わらず叫び声のせいで、音は聞こえねーけど。
小さい方のワルコフ棒には、ふつうの腕がふつうの場所に、一対付いてるだけで、デカイ方、みてえに気持ちの悪いことにはなってなかった。
小さい方もバイザーは真っ赤だったけど、血が吹き出したりはして無かっただけマシだ。やっぱり、新しく生えたのが、本当のワルコフか!?
ぎゃあああぁぁぁ。
ええい笹木うるせえ!
ぎやああああああああああっ。
あれ? なんか喉が妙に疲れる?
こりゃ―――「俺の声か!」
頭部に初期設定されてる、音声ライブラリ。渋めのカッケーおっさん、ちがうな、渋い兄さん声。
つうか。この鏡。俺の顔の表情を映さねえから解らねえんじゃねえか!
眉間にしわを寄せてみたが、基本ヘッドの顔、は微動だにしなかった。
両手で、顔のパーツをまさぐると、ちゃんと眉間にしわが寄ってる。妙にパーツが縦横に長ぇーけど、顔は顔だ。むぐり。顎を押さえて、口を閉じた。
バガン!
大きい方のワルコフ棒の、胴体の一個が弾けた。
どばばばばばばばばば。
大量に吹き出す赤い濁流は即座に、床に吸われて、消える。
切れた先の、結構な長さのグネグネが、凄まじい早さで床に落ちた。
ドガンゴゴゴン!
消え続ける、赤い水面。
それでも追いつかずに、結構広い、ワルコフ部屋の床面が奇跡の称号で染まる。
そして、ゆっくりと、壁を下から染め上げていく。
確かに、こんな光景、最近はホラー映画でだってお目にかかれねえ。
見慣れねえ頭で見たら、叫びもするだろうよ。
あれ? でもなんか、こんな恐怖体験を、毎日してるような気もする。何だったっけ?
床に落ちた、グネグネ。千切れたワルコフ棒の、デカい頭の付いてるヤツ。
死んだかと思ってたら、トンでもねえ取り乱し方で、のたうち回る。長ひょろくて、生物的な動き。見てるだけで卒倒しそうだ。
しかも一回、床からあふれた、血の水面は、いつまで経っても、床に吸い込まれ無くなったもんだから、跳ね回るワルコフの胴体で、血だまりが盛大に、まき散らされて、阿鼻叫喚だ。
照明がギラついて、すべてが超高精細で見えてるのに、瞬間的に消えて跳ね返る血流だけがドッドで、あと、一切の音がしない。
部屋が奇跡の血色で一色になっていく。小さいワルコフの方が、まだ、結構白いところが残ってるくらいで、壁も天井も白い部分の方が少なくなってきてる。
これは悪夢だ。ちょうどパーティーメンバーに”悪夢の処刑人”が居るから、この悪夢を俺ごと刈り取ってくれねえモンか。
また叫び出しそうだった、堪えの無い顔を押さえて耐える。
―――よし、叫んでねえし。
やや俯いてると、ちょっと冷静になる。
避けろだの、バカだの、鋤灼だの、映像空間の連中が遠くから、騒いでる以外は静かなもんだ。
鏡向こうからは、本当に物音一つしなくなった。VR空間の臨場感から、聞こえたように感じてただけかもしれねえ。
それにしても、”避けろ?”ってなんだよ、ヤジにしちゃ、まるで、「ソコ、よけないと危険ですよ」って言ってるみてぇじゃねーか。ははっ。
あわてて、押さえていた顔を上げ、手をどける。
目の前の水面に、血しぶきが立ち昇る!
デカいワルコフの頭が鏡スレスレに、落ちて来やがった。
ビキッ!
鏡にヒビが入る。
鏡の裏側か、透明の壁に、飛び散った血が、こっちの部屋に飛び込んできた。
一直線に、伸びてくる赤い液体。血流がとぎれ、赤い液体が消える。
―――なんか、連日、恐怖に苛まれてる実感。
俺は、床に転写されたようになってる、解像度の荒い血痕に、近寄った。なんか、後ろ髪が逆立ったからだ。
―――この感覚は、知ってる。
立体的なフラクタル構造みてえな、緑色の棘。
何処からともなく、飛び出してきて、状況を粉砕して、俺を初期フロアに立たせるシグナル。
……解像度の荒い角張った血痕を見る。
指先で、引っかいてみたけど、印刷されたみたいに定着してる。
輪郭が曲線じゃなくて、なんつうかフラクタル画像の拡大図みたいな、丸い小さなトゲが無数に飛び出してた。
確信した。この部屋。V.R.IDシステムOSの初期フロア同期プロセスだ。ダイブオンの時に、見せられる同期接続確立。
「誰のかって、そりゃ、ワルコフのだろうけど……」
俺は、ワルコフに頭突き喰らって、喰われたんだろな、やっぱ。
項邊さんが、軒並み喰われたって、頭突きの瞬間の写真見せてくれたし。さしずめNPC墓場? 此処、ワルコフの胃袋の中って事か!?
確かに今のこの光景は、有る意味胃袋って感じがしないでも無えけど、……この血痕、つか、この血流すべてが、ワルコフのキルイメージか!?
でもな、NPCって、生身の脳とPBCの複製主観とかを、切り替える必要無えんだから、下手すると、同期接続確立自体無くねー?
最初に接続したら、基本的には接続しっぱなしなんだから―――
―――ガッシャァァァアアアン!
いけね、考え込んで、また眼ぇ離しちまった!
鏡だか、透明建材だかが、大きくたわんで、大きく細かく長く短く無数に砕け、飛び散り、降りかかってくる!
その隙間から、大きく太く小さく細く赤い水流が、幾重もの軌跡を描いて俺を貫ぬこうと触手のように伸びてくる!
ワルコフの鏡が壊れた後は、前例を考えると、割れたときに映ってたものが飛び出てくるはず。
―――あの馬鹿でかいワルコフの頭が、突っ込んでくる!




