2:サーキットガール3
2016/07/28 17:14 よろしくお願いします。
「彼の地に万有が―――」
―――降り立たなかった。
まるで聖剣を掲げる女騎士のように、大げさに携帯ゲーム機を取り出した、笹木禍璃。対戦相手が、余所見をしているのに気づいて、愛用のSSGMR400ーRDを下ろした。
「なんだありゃ?」
すり鉢状の、VR教室最後尾の高台。その壁に設けられたドアを凝視する、刀風曜次。
手にした、RRGMDー4000ORが、手から落ちそうだ。
「ちょっと、落っことすわよ!? 鋤灼のゾウが踏んでも壊れない自作組立機じゃないんだから―――」
手から落ちそうになってる、携帯ゲーム機を、刀風の手ごと、支える。
イケメンの視線を、追跡して、小柄な女騎士が振り向く。
背後のドアの上には、明かり取りの窓が付いていて、その向こうには、『第珊VR教室(フルダイブ乾式)』と書かれた標札が僅かに見える。
その結構な高さの、窓の向こうに、伸ばされた白い手。脚立でも使ったのか、女子生徒が、下から跳び上がってきた。
二人とも、その顔には見覚えが有った。
刀風は、自分の学生バッグから、”瓶”を取り出した。
「おい、ワルコフ。お前、何やってんだぜ!?」
ノイズ混じりに、”瓶”の直上に姿を現す小さな宇宙服。
「あら? 宇宙服。今日はソコにいたの?」
「■刀風殿ニ、禍璃嬢。オ早ウゴザイマース_」
使い慣れた、驗の制服の袖が無いためか、音声は、座席に付いた、小さな表示パネル経由で、座席内蔵の読み上げ装置から発せられている。
「おい、お前、コウベ実体化しただろう」
「■何ノ事デスカイ? 旦那 ヘヘッ_」
宇宙軍正式敬礼を解き、自由度の低い宇宙服で、腰を折り曲げ、揉み手をした。
「鋤灼? も居るわね」
ドアに付いた小窓から、男子生徒の顔が見える。
「■エヘヘヘヘッ_」
宇宙服は腰に付いた黒箱を、得意げに見せた。
今日はヘラヘラした、驗に似たキャラを模索中のようだった。
刀風は、顔を近づけて、目を凝らす。
「んー? あれ? 鍵付いたままだぜ」
箱に書かれたロゴが、施錠されたままと言うことは、基本的に、映像の実体化は、されて無い事になる。
「どういう事―――」
そう言いかけて禍璃は、座席から凛々しく立ち上がる。
「どうしたんだぜ?」
「なーんか、急に、鋤灼の事、ひっぱたきたくなっ……て?」
首を傾げ、平手を何度もスイングし出す、小柄な女子生徒。
「俺に聞いてどうするよ。ま、行ってみようぜ」
弾みをつけて、座席から飛び上がる長身な男子生徒。
”瓶”を首から下げ、学生バッグを背負う。
セットしてあった、自分のPBCを外して、バッグの外ポケットにしまい込んだ。
禍璃も慌てて、自分のPBCを外して、学生バッグに詰め込む。
刀風は、制服のポケットから、青く小さいモノを取り出して、HUBの、中央に空いた穴に詰めた。
厳つい逆算角形のフォルムの、青い片角だけが、HUBから突き出る。
「これで、俺たちが、また来るって分かんだろ」
振り向くと、禍璃は既にドアを開け、廊下へ走り出ようとしている。
「たまには待ってろってんだぜっ!」
長い足をフルに回転させる刀風。ドアが閉まる前に擦り抜け、廊下へ飛び出した。
◇◇◇
「何で、追っかけてくるんだよっ! VR教室で待っててくれよ!」
中肉中背、ボサ髪でだらしのない印象からは、想像できないほどの、フットワークでジグザグ走行を見せる鋤灼驗。
ドタ、ドタタ、ドタダタダタタタ。
スターン、スッタンターン。
「いけずやなあ……にげるから……どすえ」
驗にまとわりつくように、背後を取る、長い髪をなびかせた項邊歌色。
驗を軸として、旋回するように高速移動出来るのは、ゲームで言う”ロックオン”状態だからだろうか。
実際、校内警戒中のカメラ映像には、驗の足下と、頭の上にマーカーが張り付いて見えている。
「ちょ、やめ、触んなってば」
驗少年は、とても成人女性には見えない、可憐な女子生徒から、後ろ髪とか、顎とか、撫で回されている。
「知らん仲や無いのやし、……ちびっとくらい……構ってくれても、……ええやないの」
悪ノリしだした項邊に、抱きつかれそうになる。驗は壁に空いた、丸い穴へ飛び込んで、ソレを躱した。壁に空いた風変わりな出入り口の向こうで、少年が盛大に転んだ音が聞こえてくる。項邊の足は止まらず、廊下を数メートル駆け抜ける。
一拍の静止、何を思ったか、そのまま加速する項邊さん推定20歳。
「……音声入力」「……視線追従:解除」「先行入力設定:フリーランニング」
軽くジャンプしたまま、空中でひざを曲げ、もう一度ジャンプ。
壁を、音もなく蹴り上がり、振り上げる踵で、高い天井へ到達。上体を重力に任せるようにダラリとぶら下げ、両足で天井を踏みしめた。
落下しそうになるが、足の裏で掴むように、タタラを踏んで持ちこたえる。
突き当たりの角を禍璃、ではなく曲がり、壁のない廊下、ではなく天井を駆け戻る、制服姿の成人女子生徒。
驗は、空間を区切る、パーテーションを次々と、コの字に迂回していく。
一方、成人女子生徒は、遮るモノの何もない天井を、一直線に駆け抜けていく。
2階の多目的スペースを走り抜けながら、背後を振り返る、驗。
その安堵の表情を、見上げる項邊。
ちなみに彼女の髪や、セーラー襟や、プリーツスカートは、パワーブーツ の慣性制動によって、接地面を基点に押さえられる。そのため、髪やスカートが、絶えず、はためいている程度で、行動に支障はない。




