9:優等生と小鳥とブラックボックス、その10
2016/07/03 14:25 じわじわとお話は進んでいます。よろしくお願いします。
笹木環恩も、テーブルを立つ。
宇宙服が横縞のノイズとともに胸の辺りに現れ、会話を続ける。
会話の投影先は。もちろん驗の制服の袖である。
■余剰リソースガ有リ余ッテ自身ノ全長ガ増大シタトキハ、一時的ニ、スターバラッドノ共用サーバーヘ進入シテシノギマシタ_
■スターバラッドオンラインユニバースハ、通常ノ何万倍モ広ク作ラレテイルノデ、チョット位、馬鹿デガイモノガ空ニ浮カンデイテモ、騒ガレルコトガ無クテ良カッタデス_
この状況にも慣れてきたのだろう。驗が半歩、先行し、ソレを禍璃が読み上げる事で、宇宙服との会話を成立させる。
今は、全員がARメガネを掛けていないため、拡張空間映像・音声、ともに無しである。
ARメガネは、余程の事がなければ、屋外では装着しない。なぜかと言えば、無数に点在するオープンチャンネルから、視界を参照されるため、累積するとバカにならない課金が発生するからである。
それと、何よりも、総じてARメガネというものは、きわめて、恣意的に格好悪いのだ。装着すると、そういう顔になるジョークグッズを掛けた人みたいになるのだ。
「―――ても、騒がれることが無くて良かったです」
まるで、洋画の吹き替えの、FBI捜査官のような、凛として張りのある女性の声。
「いや、チョット位じゃねえぜ、それ結構騒がれてたぜ」
直接禍璃に告げる刀風。
「空飛ぶ人ってぇ、確かに居たわね。ローンチイベントで」
手首を操作する笹木講師。
「ほらコレ」
ゴツイ腕時計型デバイスから、指で滑らすように空中へ表示を移す。
15センチ四方の表示面が飛び出すが、周囲が明るすぎて見辛いのだろう。顔をしかめて投影面を探す環恩。ベンチすらない自然区画に入ったため、周りには何もない。
目に留まったのは、ハイプラスチック製の見た目に反して、滑り辛い道路面。
通路にかがみ込む、環恩。その膝を囲む3人。
通路の真ん中でしゃがみ、円陣を組む迷惑な連中だが、人通りが全く無いため、文句を言う人間もいなかった。
通路に印刷品質で表示されたのはカラフルな色合いの、イベントチラシ。
『”自動生成され過ぎ!? ワンダリングボスクラス発見&UMA討伐クエスト”に参加して、宇宙船を手に入れよう!』
ソレは、スターバラッドオンラインユニバースが、オープンベータ開始記念に行ったイベントのフライヤーだった。
大きな写真には、有象無象が入り乱れ、大乱戦を繰り広げる様が写されている。
そこには、我先にと必死の形相で逃げ出す、公式NPCヒロイン”PLOTーAN”。
そこには、グラマラスな美女エネミーへ果敢に挑む、公式NPCヒーロー”REVOLVER-SWORD”。
その上空、惑星ラスク上空に浮かぶ、大気に霞む宇宙ステーション。
その隣に、同じ大きさで浮かんでいる、船外活動用宇宙服。
■イヤァ、オ恥ズカシイ_
禍璃が、自分の指輪型デバイスから、道路へ計測アプリをD&Dする。
禍璃が指定した公式ヒロインのプロフィールから、自動的に計測された、EMUの全長は―――推定約2400メートル!
「2.4キロ!?」「「「でっかい!」」」
■チョット、太リスギマシタネー_
環恩の膝の上で照れる宇宙服。
「太りすぎ?」ビクリと肩を震わせる笹木講師。
「でかすぎ! オマエ、最終ボスより大きいだろコレ!」
「まあ、デブすぎだぜ」「スタバの世界定数で、よく、崩壊しなかったわね」
など、受講生の感想を聞き、肩を震わせ続けた笹木講師は、躊躇しなかった。フライヤーを引っ張り上げ、指先に留め、自分の胸へ語りかける。
「はぁい、ワルさぁん」
■イエス、ミス環恩。コノ、フライヤー記事モ”禁則事項リスト”ヘ入レテ置キマショウ_
環恩の指先に垂れ下がり、風になびく光のペラペラを、宇宙服は大事そうに、腰の黒い箱へしまった。
「余剰リソースのぉー、詳しい運用はー、後で考えるとしてー、大きくなるまでのぉ時間の目安って有るぅ?」
再び歩き出した笹木特別講師は、前を向いたまま胸元の半透明へ問う。
その足取りはジョギングに近く、ジャンボパフェ980円分のエネルギーを消費させようとしているかのようだ。
カタカタカタカタ。小さく、打鍵音が聞こえている。
「ちょっとまってぇー、ワルさぁん、あなた、外部音声出力って無いのぉ?」
環恩は、振り返り、ヨタヨタと後を付いてくる、かわいいカルガモ達を待つ。
驗が、息を切らして、一番最後に追いつく。
「鋤灼君、本気でー、VR周りのことをー、勉強したいと思ってるならぁ、結構体力が必要よぉー。イスに座ってるだけだと、筋力も減るしねぇー」
驗の袖に表示されていた文字が流れ落ち、新しい文字が手首から肩口まで、滝のぼりをする。
■外部音声出力? 何ヲ言ッテイルノデスカ?
驗の腕にあわせて、首を傾ける一行。
■宇宙ニハ大気ガ無イタメ、音声ヲ伝播スル物質ガアリマセン_
「あー、そういう初期設定なんだなオマエ」
「まあ、宇宙服だし、理にはかなってるぜ」
「まあ、宇宙服だしね」
「そうねぇ、ワルさん、宇宙飛行士だものねぇ」
転んでも泣かない男の子を讃えるような口調で、顧問及び部員は納得した。
「じゃ、とりあえず、俺の袖をプラカード代わりにするの、やめろ。ウゼエ」
■デハ、ドノヨウニ、イタシマセウ?_
「おまえ、それ脱いで、地上人になれねえの?」
と刀風が水を向ける。
■中ノ人ナドイナイ_
「そういう奴に限って、種も仕掛けも満載なんだ」
「そーね」「気になるぜ」
ジリジリとスタイル抜群の女性の胸元へ、にじりよる、怪しい生徒3人。
通路を塞いでいるが、例によって人通りは無く、文句を言う人はいない。
「コウベちゃんがぁ、何か言ってるわよぉー?」
首から半透明の、メジロナイトを下げた男子生徒を、指さすスタイル抜群の女性。
メジロナイトを下げた男子生徒は、両サイドを不審な男子生徒と、不審な女子生徒に挟まれている。両サイドの不審な生徒達は、だらしない顔で、スタイル抜群な胸元を見つめている。
「―――、――――――、―――!」
「―――♪」
”瓶”内蔵の、ブースト機能を作動させることで、バックアップ電池を消費し、限定的ながら画素対応可能になるが、拡張音声へは接続出来ない。
宇宙飛行士の言葉を借りれば、”音声ヲ伝播スル物質ガアリマセン”だ。何となく声が響いている気がするのは、”小鳥騎士”一式がオープンチャンネルへ向けて、大音量で発声して、”瓶”の出力系に干渉しているためだ。
基盤に付いている、オンオフ可能なブザー。この小さな圧電ブザーをオフにした状態で、PBC側からオープンチャンネルへ音声出力すると、微弱な干渉をブザーが拾ってしまう。その振動を四角い瓶部分が増幅し、かすかに音を発するのである。さながら、”小鳥騎士”一式が発振回路の役割を果たす案配だ。
「じゃあ、ARメガネかけるか……」
驗が、学生バッグへ手を伸ばす。ARメガネには拡張音声対応のスピーカーが付いている。
「わっ!」
叫ぶ、スタイル抜群特別講師。その首はうなだれて、直下を見ている。
見れば、宇宙服が驗へ向かって、腕を伸ばし、自由度のない関節を駆使し、ブルブルと、まるで幽霊のような。
「シルシーッ! 聞いてんのかー! おらー!」ドンドンドンドンドン!
「ピチュチュピピーチュ♪」
やや籠もって明瞭さに欠ける音質。
だが、コウベと小鳥と会話できるようになった。




