9:優等生と小鳥とブラックボックス、その3
2016/06/20 16:13 もう少し整えました。よろしくお願いします。
2016/06/20 2:18 さしあたって整えました。すみません。
2016/06/19 19:44 取りあえず版ですが。よろしくお願いします。
薄暗い教室内。すり鉢状に並んだ座席には、VRデバイスを装着した生徒たち。
南側の窓が、遮光性のある模様で覆われている。室内は、かすかな作動音で満たされ、点在する高輝度のARガイド表示と相まって、さながら深海を模したパビリオン展示の様相を呈している。
黒板前の教卓の上を歩き回る、約20センチの人影は、半透明に光り輝いている。
「ワオン。おやつくれっ!」
舞台役者のように手のひらを、大きくつきだす人影。
黒板前の空間に表示中の、”機能を模したアイコン”や、”生徒の主観映像を映し出すウインドウ”。それらを、操作していた講師が返答した。
「ちょっと待ってくださぁい」
黒板に表示されたツールアイコン(はさみ)を、ウインドウ内の生徒へD&Dしてから、教卓へ向き直る。
教卓の上の小さな舞台俳優は、再び、手のひらを大きく突き出して見せた。
その、堂に入った迫真の”おねだり”に、目を細める環恩。
グレーのオーバーブラウスのポケットから、光る小袋を取り出す。
細い指先には事務用の指ぬき。
ナノシリコン製の指先は、より正確にカーソルを操作出来るため、VRアイテムの一つ一つを直接ターゲットしやすい。
メガネのサイドに灯る、2つのLEDに隠れているが、10人にアンケートしたら、7人は”キレイ”に☑するくらいの美人講師は、
「はぁい、どうぞぉ」と子供のような声を出した。
舞台役者は30キロの米袋大の”特選おやつ:手羽先”を、飛びつくようにひっつかむ。
所有権が移った、”特選おやつ:手羽先”は、瞬き、舞台役者の手のひら程度の大きさになった。
逡巡せず袋を開け、中身に齧り付く役者。その味に大げさな表情で、驚いて見せたのち、講師へ|牙を剥く《100%の笑顔を見せる》。
パタタタッパタタタッパタタタタッ。
そのとき、生徒たちの座る座席の一つから、飛翔する抹茶色。
上体を起こす男子生徒が一人。
飛び立った、ノイズ混じりの抹茶色は、北側の窓の明るい風景に、姿を溶け込ませる。
上昇下降を繰り返す、紙飛行機のごとき軌道を描き、教卓に降り立つ。
ピピピュイッピピピュイッ♪ と自分にも寄越せと、舞台役者へ詰め寄った。
「うを! 離せ! コレはアタシのだい!」
鳥獣は、その大きな嘴で、手羽先の半分をむしり取った。小鳥へ所有権の移った”特選おやつ”の半分が、嘴の中で震え、倍増した。でろーんと飛び出した”特選おやつ”を、満足げに、飲み込んでいく小鳥。
小さな役者は、小さな眼を吊り上げる。そして小鳥の鳥足をローファーの先で、何度も何度も蹴り飛ばした。
「……まぁ、いいか。NPCにもぉ、おやつにもぉ、遺伝情報がぁあるわけじゃないしぃー」
笹木講師は、なにやら困惑の表情をしながらも、生徒たちの補佐及び監督作業へ戻っていく。
北窓に切り取られたグレーの空を、鳩の群が横切っていく。
ここは、公園に隣接した情緒有る洋風の大きな建物の2階の一角。厳重な電子防壁で囲まれ、門には「VR拡張遊技特区立ターミナル学園β」と学校名が彫り込まれている。
本日、笹木講師は、グレーのオーバーブラウスに、紺色の9分丈パンツ、銀色のミュールという服装。金曜午後は各種イベントがらみで、すぐに放課となるので、普段より、ラフな格好なのだろう。
舞台俳優たちの食い意地の張った怪演に、当てられたのか、彼女はズボンのポケットから、携帯食を取り出した。
細長いパッケージには、デフォルメされ頭身が半分になった、B級映画のクリーチャー〝悪夢の処刑人〟が描かれている。
朝、食べてる暇無かったから良いよね~と、教室中を見渡し、咎める者が居ないことを確認―――居た。
別に咎めているわけでは無いだろうが、VRデバイスを外し着席したまま、教卓を見つめる男子生徒が1名。
教卓の隅に表示されている、ダイブアウトの文字と座席番号。その横には『鋤灼驗』の文字と、少年が自分で設定したであろう|角の生えたモンスターのシルエット《トレードマーク》。
この薄暗さでは、お互い何をしているかは解らない。それでも笹木講師はバツが悪そうに横を向いた。そっちには黒板横の準備室のドアくらいしかない。
窮屈なパッケージから、白っぽい中身をグリグリと押し出す。そして、今まさに、|ナッツとキャラメルの塊《携帯食》に、囓り付こうという瞬間、ガッチャリと、準備室のドアが開いた。
それは恐ろしいまでの実感を伴い、ドアを開けて入ってきた。
日常風景にはとても似つかわしくないはずなのに、今では見慣れてしまった感がある。
教室内を広角に映し取る、”船外活動用宇宙服”の丸いバイザーと目が合う。
「ワルさぁん?」
―――声をかけたが、返答は無い。
笹木講師の額を緊迫の汗が流れ落ちる。
彼女の挙動から、彼女の心境は次のようであったと推測される。
1:ドアの裏表に点灯する施錠ランプが、宇宙服に完全に遮られ、目視確認できない。
2:薄暗い中でもはっきりと床に落ちている、宇宙服の影に違和感はない。
3:準備室の非常灯が作る淡い影までも、リアルタイムに再現されている。
4:完全ホログラムにも弱点がある。幾重にも環境マッピングが発生すると、現実の演算速度に負けるはずだが、今のところ齟齬は起きていない。
5:何より、コレは、現実のドアを開けて入ってきたのだ。
6:これがワルさんじゃなかったら、何なのかしら!?
完全に物理的な解像度で構成されており、映像と見分ける術は無いレベルであるとVR専門家は判断したようだ。囓り掛けていた携帯食をくわえ、包装紙を丸める。
一歩一歩踏みしめ、重心に細心の注意を払う宇宙服。見慣れた、軽快な動きとは違う、重厚な歩。
宇宙服の手が放れ、閉じていく準備室のドア。ガッチャリ! ピピピ♪
自動的に施錠され、静かな教室に電子音が鳴り響く。
緊張に耐えきれなくなった特別講師、いや、笹木環恩さん推定25歳は、行動する。
掌に乗せた紙弾を、宇宙服へ向かって、発射した。
放物線を描いて飛んでいく直径2センチの弾丸。それは、絶対的な境界を二分するはず―――
「あっ! ワルコフだ! あれ? なんかデッケーッ!? ギャッハハハハハハ!」
紙弾発射と同時に、飛び込んでくる、米沢首の一声。
暴風にも似た、緊迫感は、その場で霧散した。
何もなかったかのように、窓の外を飛んでいった鳩の群が引き返していく。
紙弾は宇宙服に当たる直前、見慣れた、軽快な動きで、叩き落とされた。
「んなぁっ!?」声を漏らす笹木講師。
舞台役者は、羽繕いに没頭していた抹茶色の羽を掴んで飛び乗った。小鳥騎士完成である。
無言で”元・緊迫感”を指さす”ナイト”部分。
ピキュキュイ♪ さっきのおやつ分くらいは働こうというのか、素直に飛び立つ”メジロ”部分。
パタパタタパタタタタッ!
キキュキュキュキュキュウゥン!
コウベに看破されたためか、一気に以前の軽快さを取り戻した宇宙服は、教卓へ一気に詰め寄る―――
銃撃のようなキータイプ。
■通リスガリノs_
■通リスガリノ、シガナイ宇宙飛行士ヲ、演ジテ_
■通リスガリノ、シガナイ宇宙飛行士ヲ、演ジテ見タノデスガ、コウベサンニハ、バレテシマイマスn_
黒板上の、”機能を模したアイコン”や、”生徒の主観映像を映し出すウインドウ”を全て押しのけ、黒板中央で会話を始める”宇宙服”。
黒板へ、一瞬、視線を走らせた、笹木講師(逃げ腰)は、床にへたり込んだ。
「モグモギュ……脅かさはひでふははひほ、……モグ……はれ?……ほんほにー、……ゴクン……大きくなってるぅ?」
口一杯の歯ごたえを飲み込みながら、宇宙服を見上げる笹木講師。
昨日はちょっと首を向ける程度だったのに、今日は、見上げると仰け反るほどなので、威圧感がハンパない。
ワルコフをヒラリとかわした小鳥は、そのまま螺旋機動する。丸っこい体型からは想像できない俊敏さだ。天井に腹を向けたまま一度羽ばたき、”|下降しながら戻ってくる《スプリットS》”。
床に落ちた紙弾を、タッチアンドゴーの要領で上手につかむ。
パタタタタッ!
そのまま高度を上げながら大きく旋回し、”ナイト”部分が落ちそうになる前に、水平飛行へ戻る。
一直線に教室最後部へ向かう小鳥は、紙弾を両足でつかみ直す。標的は、教室後ろの高台に置かれたゴミ箱らしい。
投下された紙弾は見事ゴミ箱へ。
ワルコフからキータッチ音。
■オ見事デs_ コカコカカコカ
黒板に文字が流れる。
「そうねぇー、アナタたちー、ほんとぉに色々出来るのねぇー」
ギャッハハハハハハッ―――ピギャッ!
いや、それほど芸達者でもなかったらしい。”ナイト”部分が勝ち鬨をあげた直後、小鳥騎士は壁までの距離を見誤り、―――激突した!




