3:驗(シルシ)とプロトタイプ(巨大おはぎ) その1
2017/01/18 9:34 細部を整えました。
2017/01/16 0:44 台詞順など修正。室温9.0℃ 寒いですね。
2017/01/15 6:58 室温8・5℃。取りあえず、時間的に真っ直ぐな話なのでそのまま読んで下さい。よろしくお願いします。
「鋤灼君、鋤灼君」
「ミソシル!」
「は? お味噌汁なら、隣のコンビニに売ってますよ? VR嗜好品じゃなくて、ちゃんと、お湯入れるやつ」
「―――いっけねっ! 俺、寝落ちしてたっ!? いつの間に?」
少年は、パイプ椅子の背もたれから、飛び起きた。巨大おはぎ”の両側面に、赤い輪が点滅している。
”こってり豚汁”に固形コンソメを一個足して、お湯たっぷり目で作ると、ちょうど2人前出来て、しつこくないお味になるので、オススメで、
「―――お疲れですか? 若っいのに」
自慢の味噌汁改造レシピを聞いていない少年に、詰め寄った白焚女史が、”おはぎ”後頭部の可動部分を掴む。
後頭部と連動してるっぽい、顎にも付いてる可動部分が、パシャリと開いた。
無造作に持ち上げられる、”真っ黒く無骨なVRHMD”。
たとえ稼働中の、フルダイブHMDを、いきなり取り外したところで、まったく問題はない。その軋轢は、すべて、PBCが肩代わりしてくれる。もっとも寝ている人が、叩き起こされる程度の不快さは生じるので、あまり、良い行いとは呼べない。
ただ、VR専門家である笹木環恩特別講師も、誰彼かまわず、いきなりVRHMDを、取り外してるところを見ると、慣れた人ほど乱暴に扱う傾向がある。
ソレは、朝起きられない子を、叩き起こすオカン的な感覚なのかもしれない。
「―――だってあの、でっかい機械、すっげーいー感じに揺らしてくるんすよ」
ボッサボサの髪を左右により分けながら、少年は自分の眼で周囲を見渡した。
眼のすぐ前に吊り目美人の、細い腰。車座になったパイプ椅子。ぽっかりと空いた中央。巨大おはぎを手にした女史が、目の前に立っている。
ち近い近いと、ガタガタと後ろへ下がる少年。少年の右眼の上辺りを、ピンク色のウサちゃんが飛び跳ねているが、絆創膏の柄は少年からは見えない。
あら、カワイイと、指先でウサギを突こうとするが、猛烈な勢いでダッキングされる。残念そうに肩をちょっと落とす彼女は、巨大おはぎと壁を繋いでいる導念ケーブルを裁きながら、少年の背後に回った。
「強制ダイブアウトの原因は、PBC、の比重がゼロになったからですね」
VRHMDから、朱色の小さな箱を取り出した。
「おっかしーな、これ、一昨日おろしたばっかりっスけど……」
「どこか、お体の具合でも悪いんですか?」
女史の声色が、柔らかいものに変わる。
「超ー、健康すよ? おっかしーなー?」
腕組みして左右に首を傾げる少年。
「それなら良いですけど、どうします? クエスト形式で受けた特典がなくなっちゃいましたけど?」
女史の声色が普段の、無機質なものへと戻る。
「クエストの特典って、結局何でしたっけ?」
「は? トポロジックエンジンが自動作成する、”チャレンジポイント”の獲得に決まってるじゃないですか?」
女史は、何バカ言ってるんですか、と首を小さく横に振っている。
「チャレンジポイント? そういや、ワル……アイツがなんかフザケてやってたの見たな……」
「フルダイブVR中に、行った動作の全てから、言語化できる行動や状況に付随したポイントが、支給されるアレですよ」
「えっと、そのポイントは、何に使えるん―――?」
「今のところ、特に、使い道は有りませんが、―――何か?」
喰い気味に即答する女史から、圧のようなものがズゴゴゴゴッと立ち上っている。”オウガ▲▲ニャン”や”ミミコフ”を目の当たりにした時の、笹木特別講師のごとき、拘り。
「……へ、へぇーっ。それは、―――お、面白いすねぇーーーっ」
白焚女史から、巨大おはぎを渡された少年は、口の端をゆがめながらも、ここ数日で刀風から学んだ処世術を披露した。その手本となった、刀風は、隣のイスに座って、何かうわ言を呟いている。
「鋤灼君、『安全・安心・長時間ダイブ可能な”視覚野経路隆起ユニット”のVRデバイス』、唯一の欠点とは?」
横に屈み込み、少年に顔を近づけた、女史の瞳が細められる。
「なんすか? いきなり……励起状態の”PBCが無ければ、フルダイブできない」
寄り添う女史から最大限、身体を避けながら解答する。
「はい正解。鋤灼君、コレ、再充填するのに、半日くらい掛かりそうですよ?」
女史は、立ち上がって、首から下げていた、オレンジ色の”V.O.I.Dチャージャー”を操作した。その透明じゃない瓶の基盤部分のコネクタに、差し込まれた導念ケーブル。その反対側は、彼女のリクルートスーツの腰に付けられた、パズルゲームのブロックのような逆L字型の機械に繋がれている。
驗の、脳内における量子状態を丸ごと複製した、朱色の箱。この中には、少年の最も個人的な、人格情報……厳密に言うなら、”人格を再構成するすべての要素”が入っている。
但し、朱色に変わってしまった部分。つまり、現在の本人のニューロンにおける量子的状態から、大きく変化してしまった”差異”の認められる部分の比率。
それが比重0%になってしまっては、如何に、簡略化された”全脳モデル”と言っても、同期させるのは難しい。特別講座『VRエンジン概論』で、今まで習ってきたところなので、始めたばかりの少年にも、理解はできる。
「あれ? そんなに時間掛かるんすか!?」
慌てるヴォサ髪。
「はい残念ー! 急速充填機なら、3分も掛からないはずだったんですけど、比重10%以下にまで、落としてしまうと、コレ使えないんですよね」
首から下げていた、オレンジ色の”瓶”を軽く持ち上げてみせる。
「俺、今回、役立たずだから、せめて探査棒持って、GPSの役くらいしたかったんだけどな」
ボサボサ髪の少年は、片手で顔面を覆った。
「あら? これ、ウチの倉庫から、お出しした実証機ですね?」
巨大おはぎをペタペタと撫で回す女史。
女史が触りやすいように、宝物を扱うかのごとく、両手で巨大おはぎを掲げる少年。
「はい、さっそく使わせてもらってます―――ました」
特区及びスターバラッド運営が蔵出しした、型落ちの製品。巨大おはぎも、その中の1つだ。
それらの運用には、有る程度の技術力が必要らしく、譲り受ける際に、
「その覚悟はあるのか?」
と白焚女史は、脅すように念押ししてきた。そして、
「有るなら力添えいたしますよ」
と、言ってしまったが故の、逡巡かもしれなかった。
今日はもう、リダイブする事ができないと判明し、意気消沈する彼を、眺めていた女史が、よし、と意を決してから、急にそっぽを向いた。
「ん゛っん゛ー。えー、コレは私の独り言ですがー、本来、管理者サイド的には推奨出来ませんがー」
女史は、壁から小さなテーブルを、引き出している。この作りは驗の部屋のテーブルと同じだ。
「こほん。―――笹木先生と、設計師さんなら、ソレ使えるように出来るかも-、知れませんねー」
あー、んっんっー。芝居がかる女史は、とても不自然だったが、少年は即座に壁の有線接続用のHUBコネクタに、自分の各種IDが登録済みの、空間認識用アダプタを差し込んだ。
歯車の付いた凝った作りのソレを経由すれば、笹木環恩特別講師、希代にして凄腕らしいVR専門家への、”音声通話”を開く事が出来る。
「音声入力―――」
「じゃー私は、戻りますよー」
女史は、驗少年の、朱色になった”PBC”をテーブルの上に置いた。
◇◇◇
「ここんとこ、魔法なんて使ってなかったぜ。……えっと」「詠唱入力」
もう、地表までの距離は、それほど残っていない。
「タバスコ:タバスコ:悪夢:空豆」
言葉が発せられる度に、杖の先に付いた魔法素子が稼動し、空間を大きく波立たせていく。彼女が手にしているのは、真空管が先端に埋め込まれた簡素な魔法杖。その形状や型番から、整流用二極管と呼ばれる、効率化を目的とした一般的な杖だ。
電気的な作動条件は、物理法則に沿っているが、ソレが制御しようとしているのは電子流ではない。惑星ラスク上に無限に分布している、既に設定されている存在確率の雲だ。
内部処理的には、凄まじく高度な処理を行い、導き出されている結果だが、使用法も、効果も、『魔法』、と思って何の差し支えも無い。
杖が発する気配を感じ取った、青い逆算角形が、刀風を睨みつけ、拳を地につけた。
ソレは、魔法少女迎撃のための予備動作だったと思われるが、蒼鬼の足下で蠢いていた樹の根の動きが停止した。
チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン!
地面から突き出た根っこの先に巻き付けられている、まるで爆薬のような何か。
その起動音と共に、小さな赤い光が、蒼鬼を取り囲んでいく。
背後からの振動に驚いた”ラケルタ”は、岩石に隠れようとして、大きく迂回し、チョロチョロロッ。
ボボボボボボボボムン!
突如立ち上る、カラフルな爆煙。
狛丑の背後から周囲を取り囲むように、時計回りにピンク、赤、橙、黄、黄緑、緑、青、紫、計8つの狼煙が立ち上った。
今この場には、4勢力が集結していた事になる。
トグルオーガ勢。カタナカ勢。ラケルタ勢。
そして新勢力、
―――広域攻撃を持つ、おそらくは中ボスクラス、爆弾をくっつけた根っ子勢。
その蒼鬼の足下、十数メートルに及ぶ広い攻撃範囲に、驚く魔女っ娘。しかし、彼は詠唱中だった。地表は眼前。
「ッ―――ベーコン:電球:トルティーヤ」
顔をひきつらせつつも、少女は、途切れること無く詠唱を終え、|た。
「発動」
魔法杖を構えたまま、実行命令を出す。
先端の整流用二極管は、爆煙で彩られた中央、狛丑へ向けられている。
内部の、フィラメントが熱電子を放出し、光量を最大にした。
携帯用に折り畳めるようになっている箇所以外には、特に動作部分のない杖から、カチンッと鉄板が鳴るような音が発せられた。
ぽこ、ぽこ、ぽここ、ぽここここここここぶわわわわわわわっ!
狛丑が、見上げていた刀風の落ちてくる空。
その視界全てを覆い尽くす、大量の風船が現れる。
杖先端の30センチ前方。空中の一点から、吹き出すように出現した、黄緑色の大量の風船。風船同士がバラバラにならずに、ボギュギュギュッとくっついたまま、円形に広がり平面となった。直径は5メートルほど、蒼鬼で言ったら2個弱くらい?
ボギュッボムン!
魔女っ娘は、空中に出来上がった、風船の絨毯に飛び込む。
パパパンッ!
杖の先端が当たった箇所の風船が数個割れる。
風船の平面は、厚みが50センチほども有って、それ自体が空気抵抗を受けて、刀風の弾丸のような勢いを受け止めた。
急に出現した、風船の平面。
その影になった直下。アッパーを繰り出す狛丑。
だが、蒼鬼の足下は蠢く樹の根で埋め尽くされている。
ウゴゾゴゾ、ウゴゾゴゾッ。
波打つ地面に、足を取られ、突き上がる拳が空を切った。
バランスを崩す蒼鬼に覆い被さる、無数の風船で出来た、黄緑色の絨毯。
ブモォーーーーッ!
狛丑は吠え、風船の中央が彼の巨体で持ち上がる。小柄な刀風は、風船の斜面を跳ねて転がっていく。
ゴゴゴパッァァァァッ!
風船の絨毯の周囲に点在している岩石の1つが、宝石のように光り輝き、地面から浮かび上がる。
ウゾゾウゾゾウゾゾッ!
輝く岩石は宙に浮いているわけではなかった。岩石から生えた樹の根っこのような触手によって、持ち上げられていたのだ。岩石の底から、荒縄のようなものが生えていて寄り集まって、大樹の根っこのようになっている。
光る岩に驚き、回避行動中の猫耳娘が、根っこに足を取られた。
ゴロゴロゴロロッ!
転がっていくトグルオーガ人気ナンバーワン。
そこへ、跳ね回ったあげく錐揉み状態で、すっ飛んでくる、魔女っ風。
フッギャッ! 痛っで! ゴン! ばたり、ばたり。
仰向けに倒れるミス物騒。物騒な外見に似合わず、中身は案外ドジっ娘かもしれない。魔法少女も反対側に倒れ、魔法杖を落とす。
ボムン!
魔法杖の真下へ走り込んで来た、チョロチョロが不運にも撃破される。
”ラケルタ”は、素材アイテムとなり、ミス物騒と魔女っ風は、目を回した。




