探偵だから 後編
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「推理とは論理と証拠を掛け合わせて行うものだ、 そうして始めて真実へと辿り着く。
確証の無い推理は所詮空想のままごとと変わらん、 心に刻むように……」
椎名
(昔…そう言われてたな、 なんでそんなこと思い出すんだろうな…)
2人をマンションの入り口に残して救急車は病院へと向かっていく。
夕日
「あの…、 犯人わかるんですか?」
葵が心配そうな顔をして要に尋ねる。
椎名
「君のお母さんは襲われてから時間が経ってなさすぎる、 おそらく僕達が発見してから5分も経ってない」
夕日
「じゃあまさかこのマンションの中に…!?」
椎名
「うん、 そしてその犯人は今5階に居る」
夕日
「え?」
椎名
「君と最初にここに来た時のことを思い出して欲しい、 エレベーターが始め4階に止まってたんだ」
夕日
「う、うん…あたしもそれ見て椎名さんに教えましたから、 どの階があたしの 部屋かって…」
椎名
「そう、 でも少し目を離してからエレベーターを呼ぼうとボタンを押した時、 エレベーターは最上階の5階に止まっていたんだ。
そして1階に降りて来た時には誰も乗っていなかった」
夕日
「……それって…おかしいですか?」
椎名
「じゃあ聞くけど、 君は4階に住んでて3階や2階に足を運ぶ事はある? 」
夕日
「…いや、 確かに、わざわざ下の階に行ってすぐ戻ってくるなんて普通しません!」
椎名
「そう、じゃあその5階にエレベーターを動かした人は何の用があって4階に行ったのか…おそらく…」
要が葵が救急車を呼んだ後エレベーターを見張ってたのも犯人と思われる人物が逃げるという可能性をふさぐため、 幸い階段はペンキの塗りたてにより使ったとは考えにくい。
2人は5階へとエレベーターを動かした。
夕日
「それで…どうするの?」
各階に5部屋あるマンション、 候補は5つ。
椎名
「今は平日の昼、 部屋にいる人は限られるんじゃないかな、 さっき警察も呼んだから事情を話して調べてもらえればボロは出るさ。
計画的な犯行とも思えないし、 ただ…」
夕日
「ただ…?」
椎名
「話しは聞いておきたいよね」
そう言うと端の部屋のインターホンを押す。
夕日
「ちょっ!?」
………
椎名
「留守か…」
続けて隣の部屋のインターホンにも手をかける。
中から出てきたのは小太りの中年男性。
小太り
「なんだい君達?」
椎名
「実は先ほどこのマンションで人が刺される事件があって、 その時何か気づいた事がないか聞いて回ってるもので…」
小太り
「ひっ…人が刺された!?」
椎名
「僕はこういうものです」
そう言って名刺を渡す、 探偵だということを納得してはくれたがすぐに夕日の方へと視線を移す。
小太り
「そっちの娘は?」
椎名
「僕の助手です」
夕日
「ふぁ!?」
肘で軽くこつく。
何をしていたか?何か怪しい、不思議と思うような事が無かったかを聞き出す。
途中タバコを吸い出しイライラして来たのも感じとることが出来た。
椎名
「すいません、 最後にこれ見えますか?」
小太り
「ん〜…よく見えないが…?」
椎名
「見えないなら大丈夫です、ありがとうございました」
要は人差し指と親指で何かをつまむような仕草をして見せた。
小太りの男の聞き込みは終わる。
夕日
「なんか愛想無い人だったね〜、ずっと右手をポケットに入れてたし…怪しくないですか?」
椎名
「まだなんとも言えないな、 次だ」
隣の部屋を尋ねようとするとちょうどドアが開いた。
今度は若い金髪の男、 頭が濡れていた。
金髪
「なっ…! びっくりしたー! なんだよ人の部屋の前で!?」
椎名
「失礼しました、こういう者です」
先ほどと同じく名刺を渡し事情を話す。
金髪
「うーん、ごめん! 急いでるから! じゃ!」
金髪の男は走ってエレベーターに乗り行ってしまう。
夕日
「ちょ…! 行かせて大丈夫だったんですか?今の人怪しいですよ! それに頭濡れてたし風呂に入って返り血とか洗ったんじゃ?」
椎名
「うーん…」
その後2部屋尋ねてみたが返事は無かった。
夕日
「あの、 犯人の見当つきますか? 話し聞いても反応薄いですし…、 留守の部屋でも居留守って可能性も…」
椎名
「そうだね、まぁ居留守だとしたら後で来る警察が調べに入る事も考えられる訳だから別に問題はない、 むしろ犯人なら居留守使うより堂々と人前に出るだろうけど…」
夕日
「どうして…?」
椎名
「不安だからさ、 人を襲っといて平常心で部屋に1人でいるなんて普通の神経じゃない、 よく言うだろ?犯人は現場に戻るって、 それと同じ心理だ」
夕日
「で、 目星はついたんですか?」
椎名
「おそらく…としか言えないけど、 後は警察に事情を話して優先的に部屋を調べてもらい取り調べでも行えばボロは…」
夕日
「今! 今…教えて下さい、 あたしに!」
椎名
「……断る」
夕日
「どうして!? 知りたいの、お母さんを襲った人が誰か! 知りたいの、どうして襲ったのか!」
椎名
「僕のこの考えは推理とは程遠い、 空想のままごとだ、 犯人と特定出来る証拠はなにひとつ無い、だから後の事は警察に任せるのが懸命なんだ」
夕日
「空想…?」
椎名
「そう…、 可能性だけで繋ぎ合わせた空想さ、 そして結果も可能性の枠でしかない…探偵失格とも言えるちぐはぐな推理だ」
夕日
「……空想でも…可能性でもいい…」
椎名
「勝手言うなよ! 僕にも立場やプライドだってあるんだ!」
拳に力が入る。
夕日
「それでも… あたしを救う可能性だってあるでしょ!?」
椎名
「…っ!」
昇ってきた夕日を背にする葵の瞳は要から目を逸らすことなくとても真っ直ぐだった。
夕日
「あたしは今、気が気じゃないよ、 お母さんを失うかもしれない…たった1人の肉親、 心が落ち着かないの…真実を知って受け入れたいの! 空想でも可能性でもなんだっていい!! お願い……します…」
椎名
「……」
夕日
「聞かせて下さい…、 そのためにあたしはここに残ったの…だから……」
椎名
「………探偵は真実を求める者…」
夕日
「…ぇ?」
椎名
「昔そう思ってた僕に指摘してくれた人がいたのを思い出した……探偵は人を救う為にいるんだって…」
夕日
「…………ぁ…」
椎名
「僕の推理を話すよ」
夕日
「ありがとうございます!」
椎名
「まず僕が怪しいと思ってるのは小太りの最初に話した男性だ」
夕日
「あの人?確かに暗そうな愛想悪い人だったけど…その後の金髪の人も怪しくないですか?」
椎名
「まぁね、ただ返り血を浴びてそれを流すのにシャワーを浴びたという考えも悪くないけど、 そもそも返り血を浴びるような出血は無かった、 刃物は刺された後抜かれてもないしね」
夕日
「はぁ…、 逆にじゃあなんで小太りの人って?」
椎名
「犯人は左利きの可能性が高いからさ、 おそらく部屋に訪れた犯人は被害者が出迎えた、 その後被害者は何らかの理由で部屋の中に戻ろうとした所を背中から刺された」
夕日
「それが左利きなのはなんで?」
椎名
「背中といっても左側、 それも心臓の側を刺されてる…そして刃物は背中に対して垂直ではなくやや左方向から斜めに突き刺さされていた。
力を入れなければいけない場面で右利きの人が咄嗟にあの刺し方が出来るとは思えない」
夕日
「でもあの人が左利きかなんて…」
椎名
「わかる、 確定じゃないけど、 まずあの人はずっと右手をポケットに入れてたよね? そしてライターを取り出してタバコに火を点けた、左手でね」
夕日
「で、でも慣れてたらそれくらい…」
椎名
「だから僕も1つ手を打った」
そう言って要は小太りの男に最後に聞いたように何かをつまむようにしてみせる。
椎名
「何をつまんでるかわかる?」
夕日
「ん〜、 わかんない!見えないよ!」
椎名
「正解、何も持ってないから、 これは相手の利き目を探る時によく使うんだ、 今片目を瞑ったでしょ? あの時もこれを見てた…あの小太りの男の利き目は左」
夕日
「そんなことまで…すご…」
椎名
「利き腕と利き目が必ずしも同じということでわないけれどそれでも8割以上の人は同じだと思う…、 っていう理由から彼を疑う余地はある、 …悪いけど推理はここまで」
夕日
「そう…ですか、 ありがとうございます…話してくれて、 …警察待ちますか…」
初めは話しを聞いたらそのまま鵜呑みにして突っ走るかとも思ったが冷静になったのか、 可能性の域でしかない事を実感したのか、 葵の表情は曇り続けていた。
椎名
「ここまでは可能性…」
夕日
「……え?」
椎名
「ここから先は未知だけど手がないわけじゃない…」
手を差し伸べす。
椎名
「僕が暴くから、そしたら君は言いたい事を言えばいい」
夕日
「……はいっ!」
2人はまた小太りの男の部屋の前へと足を運ぶ。
ピン…ポーーーン
小太り
「はい、 …君達はさっきの?」
椎名
「何度もお伺いして申し訳ありません、 実はお話ししたいことが…」
小太り
「なんだい? 話せることはさっき話したけど?」
椎名
「実は先ほど話した事件について、 あなたが犯人だという線が濃厚になってきたのですが…」
小太り
「………は? ふっ…何を言いだすかと思ったがなんだそれは?」
小太りの男は鼻で笑うとタバコを取り出した。
椎名
「犯人は左利きだと思われます、 そしてあなたも左利きですよね?」
小太り
「確かに私は左利きだがまさかそれで犯人にするつもりじゃないだろう?」
椎名
「もちろん、 決定的な証拠があります。
あなたが犯行現場の部屋から出てくるのを見た、 という人物がいました、 言い逃れは出来ませんよ」
堂々とした立ち振る舞いで問い詰める要の後ろには不安気な表情の葵が黙って様子を見ている。
小太り
「言い逃れもなにも私は知らない! 今日は部屋から出てないのだからな! その見たという奴を連れて来てくれよ! 嘘をついてる可能性だってある!」
椎名
「……では、一緒に話しを聞きに行きますか? その人は3階に住んでる人なので」
小太り
「………ふっ」
椎名
「何がおかしいんですか?」
小太り
「そりゃおかしいだろ? なんで3階に住んでる奴が上の階で起きた事件を目撃してるんだ? デタラメもいいとこだ! そんなんで私を疑うなんて…」
椎名
「確かにおかしいですね…」
小太り
「そうだろ! そんな奴の言うことを信じるなんて…」
椎名
「なぜあなたは事件が3階の上の階、 4階で起きたと知ってるんですか?」
小太り
「い…いや、 それはさっき君達が来たときに話してくれただろ!?」
椎名
「確かに僕は言いましたよ、 『このマンションで事件があった』…と」
小太り
「…ぁ」
椎名
「それに今言いましたよね、 部屋から出てないと、 どこで知ったんですか?4階で事件が起きたこと?」
小太り
「……そんな子供騙しに引っかかるとは…、 ……聞いていいかい?」
頷く。
小太り
「もし私が今のやり取りでヘマしなければどうしていた?」
椎名
「なにも出来ずに警察に後を任せるしかなかったでしょうね、 怪しいとは思っていても証拠がなかった」
小太り
「なるほど…、 だが本当に私じゃなかったら君は…」
椎名
「覚悟もしていました、 だから今はあなたが罪を認めてくれてホッとしています。
ただリスクを背負ってでも犯人であるあなたと話させたい人がいる」
要の後ろから葵が一歩前に詰め寄る。
小太り
「助手の…?」
夕日
「夕日 葵、 あなたが殺そうとした夕日 渚の娘です」
小太り
「……」
夕日
「どうしてお母さんを?」
小太り
「…誰でも良かった、 仕事をクビにされた私は職が決まらないまま半年を過ごしていた」
夕日
「………」
小太り
「貯金は底を尽き始め、 焦りはあったが半年ぶりに仕事を始めるというのはなかなか難しいことだった、 お金が欲しかったんだ…
そう思ってる時に君のお母さんとエレベーターで一緒になったよ、 今朝のことだ」
椎名
「強盗目的…? でも…お金はとられた形跡はなかった」
小太り
「ああ、 もともと傷を負わせるつもりもなかった、脅してお金を奪えればと思い衝動的に体は君のお母さんの部屋へと向かっていたんだ、 そして彼女に刃物を突きつけてお金を出せと脅迫した」
椎名
「そして逃げようとしたところを後ろから刺した…」
小太り
「すぐに目の前が真っ暗になって、 いや真っ白かな…わけわからなくなって自分の部屋に一目散に帰った…」
夕日
「………」
小太り
「許してくれとは言わない、 ただ本当にどうかしてたんだ!! すまない!」
男は地面に頭をつけて謝罪する。
夕日
「………自首してくれますか?」
椎名
「夕日さん…?」
夕日
「罪を償って母に直接謝ってくれますか?」
小太り
「あぁ!必ずする! 警察にも全て話す!」
夕日
「……なら、 許します」
男は驚いたように顔を見上げる。
驚いたのは要も同じだった。
夕日
「母が昔話してくれたんです、 『あたしは昔死んでも許されない過ちをしてしまった、 その事を許してもらう為にも許せる事は許していきたいの』 って、 それがどんな内容かあたしは知らないけど、 今回の事も例外じゃなく母は許すと思うから」
小太り
「あぁ…本当に…本当に…」
夕日
「だから許します、 母の代わりに…」
男は後悔の涙を流し、 やがて警察が到着した。
男は自らの足でパトカーに乗り込む。
夕日
「ありがとうございました!」
椎名
「お礼よりも早く病院に、 タクシーを呼ぼう」
携帯を取り出してタクシーを呼ぶ。
夕日
「………、 ありがとう」
…
…
…
間も無く到着したタクシーに乗り込む。
病院までは10分かからない。
椎名
「…正直以外だった」
夕日
「え? なにが?」
椎名
「君の反応さ、 あの人が犯行を認めた時、 取り乱したり殴りかかったりしないだろうか不安だったから」
夕日
「ふふ…、 ちょっと酷い印象もってない?」
椎名
「まぁね、 でも君のお母さんの言ってた許される為に許すって話しを聞いて納得した僕がいるんだけど」
夕日
「確かにそれもある、 でもね…あたしあの時、椎名さんの…探偵の助手してたから…」
椎名
「…?」
夕日
「あの人の事も救えると思った、 あなたがあたしを救ってくれて心のモヤモヤを取り払ってくれた事のように…」
…
…
病院に着くと2人は急ぎ、受付まで向かう。
受付
「先ほど救急で運ばれた夕日さんですね、 案内させていただきます」
2人が案内されたのは…。
夕日
「手術室…? お母さんは無事なんですか!?」
受付
「…結果が出るまではなんとも……」
夕日
「そんな……」
それから手術室の前で2人は話すことなく待ち続けた。
1時間
2時間
3時間が経とうとした時部屋が開く。
中から出てきたのは1人の外科医。
夕日
「あ…お母さんは!?」
外科医
「………」
…
…
…
葵の、今まで堪えてきたおもいが爆発したかのように彼女は取り乱した。
だが、 葵の大切な人は2度と戻ってくることはなかった。
病院の待合室で1人座り込む葵。
要が隣に座る。
椎名
「君のお母さん…拡張型心筋症っていう心臓病にもかかってたみたいだって…、 それも発見が大分遅かったみたい……」
夕日
「……」
椎名
「だから…さ…」
夕日
「医者の人達を恨むなって話しなら大丈夫…、わかってるから…わかってたから…」
椎名
「……」
夕日
「ずっとお母さんに甘えてたの、 料理や洗濯だってまともに1人で出来ないんだよあたし?」
椎名
「……」
夕日
「お父さんだっていないのに、 あたし1人でどうすればいいんだろうって……、 ごめんね、愚痴聞かせて…今日は本当にありがとう…、 迷惑かけてごめんなさい」
椎名
「……」
夕日
「…1人にさせて…、 お願いだから…思いっきり泣かせて…?」
それでもその場から離れることはしない。
今この場で葵を1人にしてしまったら壊れてしまう。
そんな気がした。
葵の母によろしくと言われたから。
椎名
「君のお母さんによろしく頼まれたから、 君の事を見過ごせない」
夕日
「…うっ……ぅう……」
夜のひと気のない薄暗い待合室、 葵の泣き声だけが終わることなく続いた。
…
…
…
2週間が経った。
要は今まで通り事務所で活動している。
だが変わった事もある。
椎名
「浮気調査ですか…、 わかりました検討します」
人を救う、 その意志を持って探偵を務める心がけを身につけたこと…。
そして…。
椎名
「あ、紅茶をお出ししますね。 おーい紅茶お願ーい!」
「はーい、 ちょっと待ってー!」
心の優しいパートナーが出来たこと…。
探偵だから おわり




