17.野郎と朝チュン ★ この世は地獄。
「怖かったね。もう大丈夫だから」
そう言って、俺を助けてくれた美青年は甘やかに微笑んだ。
淡い桃色の髪をゆるく三つ編みにして背中に流し、白に金の縁取りのあるローブを羽織ったその人は、
片腕に俺を抱きかかえたまま、俺の背丈くらいある大きな杖を軽く振った。
それだけで、魔獣はカチンコチンに凍ってしまい、ゴロリと地面に転がる。
「ほうら、これでもう怖いケモノさんはいなくなったよ」
美青年は杖を手の中から消し去ると、両腕で俺を抱き直した。
優しい手つきで頭を撫でられ、髪を梳かれ、頬を触られる。
「だから、ほら、これはもう必要ないんだよ?」
ナイフを握りしめたままの手を大きな手ですっぽりと覆われ、するんと力が抜けた。
サクッと地面にナイフが突き刺さり、ビクッと身体が震える。
「よしよし、大丈夫だよ。怖くないよ」と、美青年にギュッと抱きしめられた。
あ……。心臓の、音が聞こえる。
生きてる……。俺も、生きてる。
そう思ったら、また涙腺が崩壊してしまった。涙が青年のローブに染み込んでいく。あと鼻水も。
「よく頑張ったね、偉いね」
ぽんぽんと幼子にするように背中を優しくたたかれる。
いつもなら絶対突っぱねた。
でも、いまは、いまだけは、ただの小さい子供のように扱ってくれるのが心地よくて。
頑張ったねって褒めてもらえるのが嬉しくて。
もし口が聞ける状態だったら、「もっと褒めて」とねだったかもしれない。
でも、青年は俺の心中を知ってか知らずか、「偉いね、すごいね」とずっと褒めてくれた。
だから俺は、すっかり子供に戻った気分で、安心しきって、青年の腕の中でくったりと眠りに落ちて行った。
チュンチュン
『う……?』
チュンチュンチュンチュン
『うー……』
チュンチュンチュンチュンチュンチュン
『小鳥うるせえっ!?』
なに!? なんなのチョーうるせえんですけどっ!?
『って、あれ……?』
ここ、どこ?
俺の部屋でもないし、一時期転がり込んでたセドリックの部屋とも違う。
調度品も、子供用じゃなくて全部大人サイズのものだ。ベッドも広いし、マジでここど…………こ…………。
キョロキョロと部屋の中を見渡していた俺は、見ちゃいけないものを見てしまった。
俺の横に見知らぬ男が寝てるー!! ひいいいいい!!
俺はまず真っ先に自分が服をきているかどうかを確認した。うおおおお見知らぬ寝巻き着てるんですけどおおおお!!
あ、でもパンツは覚えのあるイチゴかぼちゃパンツだ。あと、身体も特に異常ないみたいだ。よかった。
……いや待て、おかしくないか? えーと、確か俺、魔獣に囲まれて、魔法使うために手を切ったんだよな? でも、どこも怪我してないぞ……。
『あっ!』
思い出した! 隣に寝てるコイツ、俺のこと助けてくれたあの美青年じゃん!
おーおー、この薄桃色の髪覚えてるわ。なにどさくさに紛れて美少女ベッドに連れこんでんだよ。今のうちに鼻折っとくか?
それにしてもまつ毛長えな……。まつ毛桃色だ。すごい。
歳は、20の中頃くらいかな。いまでもかなり女顔だから、もう10歳若い頃は女に間違えられていたに違いない。
いまは、女装させたらすごく似合いそうだけど、それよりも男性的な色香がうまーい具合に出てる。
シャロン、お前もこんな感じにうまく成長できたらいいな……。
でもそうなったら鼻へし折るから。
あー、俺こんな優男に昨日泣きついちまったのか。あの時は余裕がなかったとはいえ、一生の恥だな。恥っていうか、なんか精神的にクる。
「んん……」
美青年が身じろぎをする。低くかすれた艶っぽい声に、鳥肌が立つ。
なんで朝っぱらから野郎の艶声なんて聞かなきゃなんねえんだよチクショウ! 見ろよこのサブイボ!!
「ん……。……ああ、おはよう。起きてたのかい……?」
美青年は俺を見てニッコリ笑うと、ちょっと首を傾げてから自分の胸の中に抱き寄せた。
「寒いの……?」
ぎゃあああああああああ俺のヒットポイントがああああああああ!!!!
助けてええええ助けてええええなんで朝からこんな目に合ってるのおおおツラいいいいい。
「大丈夫です」と言ってみたが声が震えてしまった! まあ身体もサブイボ的な意味で震えてるしな!
でもそれで勘違いしちゃって、美青年に「可哀想に、こんなに震えて。昨日は怖かったね。また泣いてもいいんだよ?」と抱き締められる。
勘違いされたことに10のダメージ!
昨日泣いたことを思い出して20のダメージ!
抱き締められたことに20のダメージ!
戦闘不能! ゲームオーバーです! この世は地獄です。マジで助けて……。
もうそろそろ舌噛もうか思案していたところ、部屋の扉がノックされた。
それにより、俺氏解放される。よかった、もうダメかと思った……。
「シェーネ君!!」
美青年が扉を開けると、じいちゃん先生が転がるようにして飛び込んできた。
というか実際自分のローブの裾を踏んじゃってコロコロ転がった。じーちゃーん!!
『じいちゃん大丈夫か!?』
慌てて駆け寄って手を貸す。
「う、うむ。すまんのシェーネ君。昨日ユーリエ君が保護したという話は回ってきたのじゃが、やはり居ても立ってもいられなくての……」
じいちゃんの話によると、この部屋を小鳥がびっちり取り囲んで居たので、そろそろ目が覚めたのではと思い駆けつけたとのことだった。
まさかと思って窓を見ると、確かに小鳥がびっちりとまってた。多すぎて怖っ!!
「ユーリエ君、この子を助けてくれてありがとうのう」
「いいえアーポ先生。この学園の卒業生として、派遣とはいえ講師として、そしてグレイスの親友として当然のことをしたまでですよ」
なんかすっげえツッコミどころのある台詞を聞いた気がする。どういうことだ。
「じいちゃ……アーポ先生、この方は?」
「うむ、シェーネ君。ユーリエ君はな……」
じいちゃん先生によると、彼、ユーリエ=グランファミール=オーシプは、宮廷顧問として王に仕えているらしい。
宮廷顧問て。王の相談役と言えば聞こえはいいが、実権はない名誉職じゃないか? なんでこんな若い人間がそんな役職についてるんだ?
で、せっかくの腕を腐らせていてはもったいないということで、王からの勅命で母校でもあるこの学園に
派遣講師としてちょいちょい来ているらしい。彼の授業を受けることができるのは高等部かららしいので、俺には関係ないけど。
「グレイスとは初等部から同じクラスでね。ここ数年は季節の便りを交わすだけになっていたんだけど……まさか君がグレイスの娘だったなんてね」
「この度は、助けてくださいまして誠にありがとうございました」
「やだなあ、他人行儀はやめてよ。グレイスの娘ってことは、僕にとっては姪っ子みたいなものだ。これからも仲良くして欲しいな」
そう言ってトロンと甘い笑顔を見せるユーリエ。うううアカン鳥肌が。
でも、命の恩人だからな。ないがしろにできねえ……。
"嫌だ"
"嫌です"
"遠慮します"
"ロリコン"
"守ろう、パーソナルスペース"
"サブイボ発言禁止"
"ロリコン"
等々の言葉を苦労して飲み込んで、「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げた。