第九十話 鎮魂祭、其の二
太陽もそろそろ沈み行く頃、今年の鎮魂祭の締めくくりを一目見ようと、沢山のお客が神社に訪れていた。
締めくくりを務める御三家のユウタロウが顔に布を被って出て来ると、見ていた人達から声が上がる。
ここ数年締めくくりを務めていたユウタロウは、不甲斐ない結果を出して、都民や国民を苦しめていたと感じていた。
ナオイエとの会話にもその様な言葉が出て来たので、かなりの苦しみと辛さを味わわせていただろうと、勝手ながらそう思っていた。
だがこうして神社に訪れた人達の表情を見ると、まだ期待してくれる人が多くいることに胸が熱くなる。
勿論不満を持つ者や、恨み事の一つや二つを言いたい者も中にはいるだろう。
それに憎んでいる者だっているかもしれない。
それでも、こうして集まってくれた人がいると思うと、自然と儀式をしている体に力が入る。
ただ決してそれを表には出さず、淡々と堂々とした進行をユウタロウは心掛けた。
わあっっ。
パチパチパチっ。
例年と変わらない普段通りの進行なのに、やはり都の人間は楽しみにしていたのか、小さな歓声と拍手が巻き起こる。
ユウタロウは決して感情を表に出さず、進行を務め神社の中に戻っていく。
そこで待機していた潤平と交代する。
「……いいかい潤平君。ここ数日で教えた通りにやれば大丈夫だ。決して驕らず卑屈にならず、見下さず見上げずに堂々と胸を張って観衆の前に出るんだ。後は空に向かって矢を放てばいいだけだ」
「……うすっ」
「緊張するなと言っても無駄だろう。私も初めての時は緊張で周りが見えてなかった。だが不思議と矢を放てば落ち着くものだ。それに終わった時、キミは素晴らしい光景を目にするだろう」
「……うすっ」
「キミにこんな事を頼むのは悪いと思ってる。だがこれはキミにしか出来ない事なんだ。期待と重圧を更に掛けるようで悪いが、キミになら出来る、キミにしか頼めないんだ」
「うすっ」
「さあ皆が待っている。キミの素晴らしい魔法を披露してこい」
「うすっ!」
潤平は儀式用の正装に身を包み、顔を黒い布で覆って観衆の面前に躍り出る。
十数メートル先には御三家や貴族の人達、その中に知っている顔がこちらを見ている。
一瞬ルリと目が合ったがすぐに逸らす。
境内を歩いて行く。
ジャリジャリジャリと草履が砂利を踏む度に、静かな境内にその音だけが響き渡る。
これだけ人がいるのに、皆が潤平の事を静かに見守り、その一挙手一投足に注目している。
潤平は目線を真ん中よりも少し下に向け、胸を張って境内の真ん中に歩いて行く。
そして指示された場所まで行くと、潤平は視線を上げる。
その瞬間、数万の目がこちらを見ている事に気付いて、潤平は呑まれてしまい固まってしまった。
この後何をすればいいのか、頭から完全に抜けてしまい一秒、二秒動きが止まってしまう。
(……潤平君っ)
(潤平さんっ)
潤平を知っている者が、潤平の事を心の中で心配している間、潤平はどうすればいいのか分からなくなっていた。
「…………礼」
その時、潤平の耳元で微かに誰かが囁き、潤平はそのお陰で我に返ってやることを思い出す。
潤平は静かに両手を握り締め、太ももの横に置き、ゆっくりと礼をした。
服の衣擦れの音が微かに聞こえる。
ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン。
鐘の音が八回鳴り響く。
潤平は顔を上げると、立ちながら弓を構え、空に向かって矢を放つ。
今回は潤平の浄化の魔力で形作った特別製だ。
只の人間には知覚出来ないが、魔力の灰は皆が拝めるだろう。
一射目。
魔力の矢が空に向かって放たれ、どこまでも高く登っていく。
そして人々が認識出来ない高さまで行くと、魔力の矢は弾け飛び、桜色の魔力の灰となって降り注ぐ。
それに気付いたのは誰だろうか。
空に放たれる矢を見上げて眺めていた者達は、つい先日降ったばかりの奇跡の灰が、またしても降ってきた事に驚きの声を上げ始める。
二射目、三射目、四射目…………、潤平が矢を放つ度に強く降り続けるそれは、都中に住む人々が目撃して様々な反応を見せていた。
(この国の人々が、百年先も千年先も健やかに暮らしていけますように……)
十二射目。
潤平は最後の一投は、出来る限り込められるだけの魔力と気持ちを入れて、空に向かって放った。
空を切り裂いて飛んでいく魔力の矢は、どこまでも高く登っていき最後に弾け飛ぶと、それまでよりも多くの桜色の灰を降らせた。
多くの人が潤平の姿と降り続ける桜色の灰を見届け、潤平は終了の礼をすると、現れた時と同じ様に来た道を戻り、神社の中に戻っていく。
誰も彼もがその現象と潤平の姿に目を奪われ、拍手や歓声を上げる者は少なかった。
見た人の全てが、穏やかさと心地良さそれと暖かさを感じたと言い、その感想を一言二言呟くだけで、感動の余韻に浸りながら鎮魂祭の終わりを噛み締めていた。
「ぶへぁぁぁっっっ!!!」
潤平は神社の中に戻ると、誰も見ていないところで膝に手を付いて大きく息を吐いた。
緊張したっ!
死ぬほど緊張したっっ!!
緊張しすぎてお腹が痛くなるほど緊張したっっ!!
でも俺はやりきったぞっ!
言われた通り鎮魂祭の最後の儀式をやり通したんだっ!!
「うはははははっっ! ふうーーーっ!! しゅっ! しゅっ! しゅっ! 俺はやったぞーーっっ!!」
潤平は儀式をやり遂げた嬉しさで、喜びが体に出てしまい跳ね回る。
「……大丈夫かい? 潤平君」
「……あ、大丈夫です」
そこにユウタロウが現れ、潤平は恥ずかしさで我に返り正気を取り戻す。
「……見事だったよ。私はキミの姿にとても感動した。あれ以上の儀式は二度と見られないだろう」
「ありがとうございます」
「見ている人達もさぞ感動しただろう。御三家の者や貴族だけではなく、一般の人もとても心に残る儀式だったに違いない」
「ありがとうございます」
「それで、素晴らしい光景は見られたかな?」
ユウタロウの言葉に、最後に礼をした後の景色を思い出す。
顔を上げた際に潤平の目に入ってきたのは、誰もが潤平の姿と魔力の灰に目を奪われ、目がキラキラと輝いて幼い顔になっている姿だった。
皆がそんな目と顔で潤平を見てきているのが、とても印象的だった。
「……はい。とても良い光景を見る事が出来ました」
「……そうか、それは良かった」
ユウタロウは、潤平の言葉ににっこりと笑顔になる。
「これで今年の鎮魂祭は終わりだ。お疲れ様潤平君。あとのことは我々御三家の当主と、神社の者がする事になる。キミはここに残っていても良いし、ルリ達のところに戻ってもいいんだよ」
「ん~、じゃあルリさんのところに戻ります」
「そうか、お疲れ様。また屋敷で会おう」
「はい」
ユウタロウはそのままいなくなり、残された潤平は神社の中をあっちじゃないこっちじゃないと彷徨いながら、外に出てルリ達と合流しようとする。
途中、神社の人や巫女さんとすれ違ったのだが、その人達の潤平を見る雰囲気というか顔付きが、とても穏やかで優しい顔をしていたのが見えた。
それにその全ての人が、笑顔を潤平に向けてきていたのだ。
「……どうも」
潤平は何故ニコニコしているのか分からなかったので、取り敢えず全員に挨拶をしておく事にした。
潤平は結局巫女さんに場所を聞いて、神社の中から出ることに成功してルリ達と合流を果たした。
「お疲れ様です。潤平さん」
「お疲れ様。潤平君」
ルリ達の元に行くと、ルリとタマヨが労いの言葉を掛けてくる。
「お疲れ様です。タマヨさん、ルリさん」
「…………」
「…………」
「…………タマヨちゃん、ルリ」
無言の圧力を感じたのですぐに言い直した。
「やっぱりっ! 何度見ても綺麗な灰なのにゃっ!」
「凄いよね~、どんな魔法なんだろうね~」
ピー男爵は、まだ微かに降る桜色の灰を集めるように飛び跳ねながら捕まえていたし、ミオリは桜色の灰について感心していた。
他にもあの魔力の灰が潤平の仕業だと知っている者達が、潤平の元に寄ってきて口々に賞賛の言葉を潤平に掛けてきた。
その後潤平とルリ達は、色々な人と挨拶を交わした。
カントウとその妻のツバキ、テッケツと妻のマヒロ、それとランセイと第三師団の上級兵長、他にも顔見知りの人達と挨拶を交わした。
そして何故か、魔法ギルドの偉い人に捕まり滅茶苦茶感謝された。
理由は分からなかったが、喜んでいたようなので無難に返事を返しておいた。
その人達が終わると、潤平には分からない人達ばかりなので、タマヨとルリに全て任して、潤平はバレないようにフミから食べ物を貰って、こっそりと隠れて食事をしていた。
後は神社の中に残っているユウタロウが来るまで、それぞれが至る所で時間を潰していた。
「!」
潤平はおにぎりを口に頬張っている時、あることを思い出してその場からこっそりと抜け出した。
「……どうもこんにちは」
潤平が向かった先は、ナオイエとアザミの墓が建っている林の中だった。
潤平は墓の前に立つと、しゃがんで手を顔の前で合わせる。
気の利いたお供え物や、線香を持ってきてない潤平はせめて気持ちだけでもと思い、二人に対して心の底からお悔やみの気持ちを捧げる。
それに潤平だけではなくて、誰かが定期的に訪れているみたいで、墓は綺麗に掃除されお供え物と、線香が燃え尽きた灰が残っていた。
「んじゃ。しばらくはここに来れないので」
ナオイエが眠っている墓に一言残すと、潤平は立ち上がってナオイエの墓を後にした。
そしてしれっとルリ達と合流すると、何食わぬ顔でおにぎりを食べていた。
それから数十分も経つと、ユウタロウが神社の中から出て来て、どうやら全て無事に終わったみたいで、皆に屋敷に帰ろうと声を掛けてきた。
その号令を切っ掛けに潤平達は馬車に乗り込むと、屋敷に向かって帰宅する。
「これで今年の鎮魂祭も無事に終わったわね」
「無事に終わって良かったですね」
「潤平君の力があってこそだわ、本当にありがとう」
タマヨと潤平は、同じ馬車に乗りながらその様な会話をしていた。
尚この馬車に乗っているのはタマヨと潤平だけで、他の人達は二台目のスミレの馬車に乗っている。
タマヨと一緒の馬車に乗るのも慣れたモノで、二人きりでも緊張せずに会話が出来るくらいには成長していた。
「……ふぁぁっ」
ついタマヨの前で大きなあくびをしてしまう。
「眠くなってきた?」
「……はい、朝早かったもので」
「あれ程の大観衆の前だと緊張も凄かったでしょう?」
「……いや~、ほんとに緊張しました」
「そうよね。まあもう潤平君に頼むことはないから、楽にして良いわよ?」
…………本当ですか?
そう言ってまた何かやっかい事を頼むんじゃないんですか?
ルリさんとタマヨさんの美人姉妹の圧力で、俺を誤魔化して使おうとするんじゃないですか……?
「本当ですっ。これ以上潤平君には何も頼みませんっ」
どうやら思った事が顔に出ていたようで、タマヨは潤平の顔を見ると照れた様子でそう否定してくる。
「それに潤平君は、これから大事な用が残っているでしょう?」
そうだったっ!!
夕食を食べた後は、俺にとって大事な事が待っているんだったっ!!
潤平は空腹が少し満たされた事で、若干眠くなっていた頭を覚醒させ、大事な用件について頭をフル稼働させる。
「ルリもきっと潤平君には話があると思うわ」
タマヨの言葉に、昨日の朝ルリと交わした会話の内容を思い出す。
俺がやる気が出なくて動けなかった時、ルリさんは俺のやる気を出すためにある約束をしてくれた。
その内容は、
「……二日目の鎮魂祭が終わりましたら、皆で夕食を食べた後、二人きりの時間を作りましょう。私が隣の潤平様の部屋に参りますので」
てなっっ!!
潤平はその言葉を聞いて体中に力が漲るのを感じた。
そうして潤平は、今日一日中その言葉を元に頑張って儀式をやり終えたのだ。
「……私も後で行こうかしら?」
「……えっ!?」
「冗談よ、ふふふっ」
「……ははは」
…………本当に冗談なのか分からない。
タマヨの言葉に戸惑ってはいたが、潤平は屋敷が近付く度に期待に胸を膨らませて、今日の夜の事についてあれこれと考えるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
皆さんの応援が日々の執筆の励みになっています。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、画面下の【★で称える】や【フォロー】をポチッと押していただけると非常に嬉しいです!




