第八十五話 新しい国
昼食を食べ終わり、皆でタマヨの部屋に集まって食後のお茶を飲んでまったりとしている時、タマヨが頃合いを図って、リンの身に一体何があったのかを、彼女に問い詰めた。
リンは極力潤平とは視線を合わせずに、あの日自分に起きた出来事を少しづつ話してくれた。
「…………あの日、僕ら三人は盗賊から足を洗った後、何かやれる仕事がないか都に帰ってきて、魔法ギルドを訪れていたんだ……」
リンは俯きながらポツポツと呟き出す。
あの日とは、潤平に三人が襲い掛かり、コテンパンに返り討ちにされた日のことだろう。
「…………僕らは幸いにも盗賊になったのは日も浅かったし、誰も襲った事が無かったから、魔法ギルドにも登録はされてなくて、すんなりと仕事が見つかったんだ」
「何の仕事なのにゃ?」
気になったピー男爵が質問した。
「……木の伐採と生い茂った草木の駆除……。その仕事自体は簡単に終わったんだ……。……でも仕事を終えた後が問題だったんだ」
「……何があったの?」
「…………見つかったんだ」
「……誰に?」
「…………お父さんの使用人に」
「……どういう事にゃ?」
話の要領が得られず、タマヨとピー男爵がリンに対して、前のめり気味に問い詰める。
「…………僕らのお父さんは貴族なんだ。兄さん達と僕は父親が同じだけど、母親がそれぞれ違うんだ」
「……そうなの」
「……母親どうしもあまり仲が良くなくて、僕ら兄妹も同じだったんだ、僕は魔法があまり上手く使えなくて他の兄妹から蔑まれてたんだ。でもドウザ兄とシンカ兄は僕にとても優しくしてくれた……。それが数年前、状況が変わってしまったんだ……」
「……それは何があったの?」
リンはその記憶を思い出すのが辛いのか、唇を噛みしめている。やがてゆっくりと何があったのか話してくれた。
「…………兄妹の一人が僕に暴力を振るってきたんだ。それを見たドウザ兄は物凄く怒ってしまって、その兄妹を殺してしまったんだ。……ドウザ兄は離縁を突き付けられシンカ兄と僕は、そんなドウザ兄と一緒に家を出たんだ」
リンはそこで一旦言葉を切ると、口が渇いていたのかお茶を飲もうとするが、手が震えていて湯飲みを上手く掴めない。
やがてゆっくりと湯飲みを掴むと、ぐいっと一気にお茶を飲み干した。
「…………家を出た僕らは苦しい生活を強いられた。でも何故だかあまり辛いとかは感じなかったな。色々な事を経験して数年経ったけど、面白い事も沢山あったし、今思うとドウザ兄とシンカ兄がいたから、苦しくなかったんだと思うな……」
そう言うリンの顔はさっきまでと違い、柔和な顔付きになっていた。
潤平もあの日会ったドウザの事を思い出していた。
あの時のドウザ、何故かめちゃくちゃキレてたんだよなぁっ。
図体はデカいし目つきは鋭いし、正直盗賊の頭をしている言っても疑わないくらいには風貌がそれっぽかったな。
……そう言えば、俺と戦っている時も兄妹の事だけ考えて怒ってたんだよな。
俺の顔なんてほとんど見てなかったし。
兄妹のためにあれだけ体を張れるところは、昔から変わってなかったんだろうな。
そう思うと、何だか自然と顔がにやけてしまった。
その潤平の反応を感じとったのか、またしてもリンが顔を両手で塞いでしまう。
「……潤平君」
やんわりとタマヨに窘められ潤平はシュンとなる。
ただ思い出し笑いをしただけじゃん……。
これすらも駄目なの……?
「…………ごめんなさい。どうぞ続けて」
タマヨは軽く咳払いをすると、リンに対して話しの続きを促すように手の平を向ける。
「…………えと、使用人に見つかった僕らはさっさとそこから立ち去ろうとしたんだ。でも使用人が泣いて僕らを必死に止めてくるから、僕らは一度だけならと話を聞くことにしたんだ。…………それが駄目だったんだ」
「……ごめんだけどにゃ、話しの腰を折るようだけれど、君のお父さんの名前は何て言うんだにゃ?」
貴族であるリンのお父さんの名前が気になったピー男爵は、話しの途中でその者の名前を尋ねる。
その質問には、リンの代わりにミオリが答えてくれた。
「……タケアキ。名字はタケダ、国の外交の一端を担っている古くからの貴族さ」
「そうなのかにゃ、ありがとうなのにゃ」
ピー男爵は気になった答えが返ってきて、満足したのか席に座り込む。
「…………そう、古くからの貴族なんだ。それを鼻に掛けて兄妹達は昔から嫌な奴ばかりだった。父さんも嫌らしい性格をしていて、僕にとっては碌な人間ではなかった」
「……そうだね。調査では君のお父さんはあまり褒められた仕事はしていないね。特に君のお父さんが当主になってからは特に酷い。賄賂も強請も資金の横流しをしていたのも分かっている」
ミオリは机の上に乗っていた数枚の書類をあげると、ヒラヒラと皆に見えるように書類を振る。
「…………それがあったから父さんは死ぬことになったんだ」
「……どうゆうことかしら?」
リンの意味深な発言に対して、気になったのかタマヨは更に深く聞こうとする。
「…………そんな事をしていたらいつか自分の首を絞める事になる。…………父さんはそんな事をし続けてとうとう自分にもそれが返ってきて、窮地に立たされたんだ。それを知った僕らはのこのこと父さんに会いに行ったわけさ」
「……それで?」
「父さんは開口一番に家に帰ってこいと言った。そして有力な外国の貴族と縁を結んで結婚しろと僕達に迫ってきた。当然僕らはその話を突っぱねたさ。でも父さんはものすごくは興奮していて、話しは平行線のまま進まなかった。そんな時に…………」
「……どうしたのにゃ?」
「……僕らが知らない奴が家の中に入ってきたのさ。彼等は外国の人達で父さんと仲良くしている人達だと言っていた。その人達が僕らを外国の貴族に紹介するから一緒に行こうと提案してきたんだ。その時は既に僕らも嫌な予感がしていて、ドウザ兄は今にも斬りかかりそうな勢いだった」
「その人達はどこの国の人だったの?」
「分からない。名前は名乗ったけどどこの国から来たのかは言わなかったから」
ミオリの質問に対して、リンはふるふると首を横に振った。洗われて綺麗になった髪の毛が、動きに合わせてサラサラと揺れる。
「……名前は?」
「……キャリン・シーモックって言っていたかな……。本名かどうかは分からないけどね。そいつらは、我慢できなくなったドウザ兄を切り捨てると、父さんと母さんも殺したんだ。次々に使用人と兄妹が死ぬ中、シンカ兄が隙を突いて僕を逃がしてくれたんだ。…………そこから後はあまり覚えなてない。…………必死に逃げて気付いたら路地裏に転がっていて、そしたらそこの……………………………………、…………………………ごめんなさい」
「潤平君に拾われたとゆう訳ね」
リンは最後に潤平の名前を挙げようとしたが、やはりどうしても潤平の事がトラウマなのか、顔を覆ってしまい塞ぎ込んでしまう。
潤平は何か声をかけようとしたが、気の利いた言葉なんて一つも浮かばなくて、結局黙って湯飲みをぎゅっと握りしめる事しか出来なかった。
……こういう時サラッとフォロー出来る奴って、絶対モテるんだろうなぁっ。
「……まあありそうな話しだけどね。人を追い込んでいたらいつの間にか自分が追い込まれていて、そして気付いたら道が無くなっていた。君のお父さんは余所の国につけ込まれたんだろうね」
「…………そんな事をしてきたのは一体どこの国なのかしらね」
「タマヨは心当たりはないのかい?」
「ん~、今の所はそれだけの情報だと特には思い浮かばないわね。この国に潜り込んでいる諜報員なんて、かなりの数がいるでしょうし。まあ私達も似たような事はしているけどね」
「…………あそこは? 喧嘩吹っ掛けてきたあの国。グランベイラ」
「私も一瞬それは考えたのだけれど、…………その国ではないと思うわ」
「ま、だよね」
おっ?
初めてこの国以外の名前を聞いたな。
潤平はミオリの口から他国の名前が出たことで、少し興味を引かれるが今この場で聞くことではないと思って、取り敢えず心の中には仕舞っといた。
「気になった事があるんだけどにゃ、君のお父さんはどこの国の担当をしていたんだにゃ?」
「……分からない」
「それについては私が話すよ。彼女のお父さんはミットリテ大陸の国と外交をしていて、その中でもアシェレートとその周りの国々と親交が深かったみたいだね」
おおっ?
またしても新しい国の名前が出たな?
どんな国何だろうな~っ。気になるな~っ。
「そうなのかにゃ。分かったのにゃ、ならもう一つ君のお兄さん達の死体は出なかったけれども、一体それはどこに行ってしまったのかにゃ?」
ピー男爵の言葉にリンは一瞬固まって、頭の中で言葉を噛み砕いて理解したと思うと、勢い良く顔を上げた。
「……えっ!? …………ドウザ兄とシンカ兄は死んだんじゃ…………」
「現場を調査した兵士によると、潤平君が言った君のお兄さんと似た特徴を持った死体は見つからなかったそうよ」
「君のお兄さん達の死体は無くなっているのにゃ。それか生きていてどこかに連れて行かれたかもしれないのにゃ」
「…………死体が…………? …………それか生きてる…………?」
リンはタマヨとピー男爵の言葉を聞いて、両手が震えだし目も虚ろになって、全身から汗が噴き出していた。
兄が既に死んでいると思ったら、死体が無くその上生きているかもしれないと聞いて、その事実を上手く受け止めきれないのだろう。
やがてリンは自分の顔を両手で覆いだして握り締める。
綺麗に整えた髪が、指の先からぐちゃぐちゃになってはみ出していた。
「……この件については、しばらくの間は慎重に調査する必要があるかもしれないわね?」
「そうだね。他の国が関わっている以上騒ぎになる様な事は避けたいね。そこから更に別の事件にも繋がらなくもないからね。他の国に隙は見せたくないし」
リンが黙ってしまった事で、タマヨとミオリがこの話は終わりとばかりに強引に話しを終わらせた。
そこからは皆で他愛もない話しをした。
潤平の出力媒体はどんな物に出来上がるのかとか、皆の初めての出力媒体はどんな感じだったのかとか。
鎮魂祭はどの様な事をするのかとか、タマヨとルリが小さい頃の話しもした。
皆が楽しそうに話している頃、リンだけがずっと浮かない顔をしていた。
それをタマヨとミオリの二人は、様子を窺うように気にしていた。
談笑の合間、タマヨがふとミオリに小声で耳打ちする。
「……リン君の兄弟、生きてるといいのだけれど」
「……もし生きているなら、向こうにとってはまだ使い道があるという事だからね。それはそれで、厄介な話さ」
二人だけに聞こえる声でそんなやり取りが交わされていた。
しかし、潤平は脅威の聴力でその会話を拾ってしまっていた。
(やだねー、怖いねー)
敢えてタマヨとみおりの会話は無視をして、潤平は皆と話している間、話題に出て来た他の国の事を考え込んで、それがずっと頭から離れなかった。
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