第八十四話 強いアピール
「それでは失礼します」
「いえいえこちらこそありがとうございました」
男性職員とはそこで別れ、潤平達は魔法ギルドの一階へと向かう。
昼前のゆったりとした時間帯のせいか、昨日訪れた時よりも人が少ない。
だが人が少ないとゆう事は、その分ルリさんの存在が目立つとゆう事でもある。
無遠慮にジロジロと見てくる奴もいたが、ルリさんは気にした様子もなく、目を伏し目がちにしながらも堂々と歩いていた。
潤平はそんな彼女の隣を歩きながら、いつも通りだなと密かに安心する。
窓口を見ると、いつもは快活なツグミと言われた女性職員がいる筈なのに、今日はそこに居らず、代わりに先輩の女性職員が座っていた。
潤平と目が合うと、先輩職員はにっこりと営業スマイルを向けてくる。
だがその笑顔の背中から、何やら違う圧力が滲み出ている気がした。
……何だろう、この感じ。潤平は首を傾げつつも、気にしない事にして窓口へ向かう。
「すいません、昨日の買い取りの代金を受け取りに来たのですが」
「はい。ご用意できております。今すぐにお渡しで宜しいですか?」
「はい、大丈夫です」
「では書類の確認と、水晶の確認をお願いします」
「はい」
潤平は一通り書類に目を通すと、水晶へと視線を移す。
えと、一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億、十億……ん?
あれ? 一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億、十億……五十五億…………?
…………何で? 前回よりも持ち込んだ素材は少ないですよ?
どうしてこんな金額になるの…………?
訳が分からないまま、潤平はどうすればいいか分からなくなり、適当に確認を済ませてマナカードにお金を記入した。
書類の内訳を気にする余裕すらなく収納にしまい込み、マナカードにお金がだかだかだかだかと振り込まれていくのを、ただぼうっと眺めている。
数分掛かった記入がようやく終わり、マナカードの裏にはちゃんと六十五億という数字が刻まれていた。
賠償金を払ってもなお、貯蓄が約三倍に膨れ上がったという事である。
わーい、お金持ちだー。
わーい、お金持ちだー。
頭の中でどうしてこうなってしまったの踊りをしていると、ピー男爵が頭の上から尻尾で顔を叩いてきたので、現実世界に引き戻される。
「ありがとうございましたっ。またのお取引をお待ちしております」
尚も輝く営業スマイルに見送られ、潤平達は馬車に乗り込む。
その時になってもまだ足下がフワフワとした感覚が抜けず、実感が湧かないまま、潤平は訪れた時とは違う感情を抱えて魔法ギルドを後にした。
「次はお姉様のところに参りましょう」
主人であるルリの一声で、スミレは馬車をタマヨがいる第二師団の兵舎へと走らせる。
尚、スミレの横には潤平が座っており、ヨリと場所を交代した形になっている。
これについては、単純にリン君がいつまでも怯えているので、しょうがなくただ潤平を彼女から遠ざけた形にしただけである。
だが潤平は久し振りにスミレの隣に座れて喜んでいたので、最初からこの形の方が良かったかもしれない。
トントコトントコ馬車を走らせ十分ちょっと、潤平達は第二師団に到着する。
馬車を消してルリが降りると、勝手知ったる兵舎の入り口を堂々と入っていく。
兵士達は団長の妹で、尚且つ御三家の娘であるルリに対していやな顔ひとつせず、頭を下げて通路の端に寄る。それをルリはにっこりとした笑顔で見ている。
潤平も顔見知りの兵士に気さくに挨拶をしながら、兵舎の中を歩いていく。
「失礼します。お姉様」
「どうぞ」
部屋に入る前にルリが軽く挨拶をすると、部屋の主であるタマヨは快くそれを受け入れる。
だが扉を開けた潤平達を待っていたのは、想像もしていなかった光景だった。
書類の山に埋もれた、死にかけのミオリである。
「…………む、むり、…………もう、あたしには…………むり」
虚ろな目で何かを呟くミオリは、潤平達が入ってきたのにも気付かず、負のオーラを体から出して気絶していた。
「……お姉様これは?」
溜まらずにルリが、タマヨにこの状態のミオリの事について問い掛ける。
「…………溜まっていた仕事と書類をミオリにやらせているのよ。流石に限界が来たらしくさっき気絶しちゃったわ」
「…………あのー、俺らがタマヨさんに怒られたのって四日前の事ですよね……? まさかそれからずっとここで…………?」
「そうよ。彼女には四日ほど寝ないで仕事をして貰ったわ」
「……ひえっ」
あっさりと答えるタマヨに、潤平は思わず身を竦ませて悲鳴を上げる。
「自業自得だと思うけどね。あれこれ言い訳を作って仕事を抜け出し、よりによって潤平君を大人のお店に連れて行く何て。これはミオリに対する歴とした罰になるわね」
書類から目を上げずに、タマヨは淡々と事実を告げる。
そのミオリは上を向いて口から涎を垂らし、あーうーと理性を失った魔獣のように唸っていた。
そしてその件の当事者であった潤平とピー男爵は、体から冷や汗を出してタマヨの言葉を黙って聞いていた。
「ん?」
チラリとルリの顔を伺うと、ルリは笑顔をこちらに向けてきた。
だがその目の奥がどこか赤黒く濁っている気がして、潤平は何も言わずに静かにその場をやり過ごす事にした。
丁度お昼時だった事もあり、皆で昼食を食べましょうと、フミが用意していた昼食を部屋の中に広げる。
作ったばかりの物を収納に入れておいたのだろう、部屋の中に出来たてのいい匂いが広がった。
「ご飯だにゃーっ、ご飯だにゃーっ」
ピー男爵が嬉しそうに昼食の用意を手伝う。
潤平もその手伝いをして、いつものようにルリさんの対面の席に着こうとした、その時である。
何故かルリさんが、自分の隣をぽむぽむと叩いて潤平にアピールしてきたのだ。
「……えっ」
今までそんな事は一回もされた事がないし、普段なら対面の席で食事をしているので、ルリの突然の行動に戸惑って声を上げてしまう。
その反応が気に入らなかったのか、ルリは不機嫌を顔に出すと、もう一回ぽむぽむと自身の隣を叩いて潤平にアピールした。
潤平は助けを求めるようにタマヨさんやフミさんの顔を見るが、二人とも特にこれといった反応を返さない。
潤平が迷っていると、ルリの隣に来いアピールはどんどんと強くなり、ぽむぽむぽむぽむぽむぽむと叩く回数がどんどん多くなっていく。
迷った末に、潤平はルリの隣に座る事を決意した。
その様子を見て、ルリは満足そうに笑顔になった。
かちゃかちゃと食器を並べていると、ミオリの鼻がヒクヒクと動き出し、気絶した状態から戻ってくる。
「ご飯っ! 美味そうなご飯の匂いがするっ!」
獣よろしく食べ物の匂いに反応すると、並んでいる昼食に目を輝かせテーブルの前に座った。
「……あれ? 何で潤平君こっちに座っているの? いつも向こうじゃなかったっけ?」
潤平の隣に来たミオリが、目敏くいつもとは違う位置に座っている潤平を見て疑問に思う。
「ミオリさん、それよりも昼食を食べましょう」
「それはそうだねっ! やっとまともな食事が食べられるよっ!」
ルリがさらりとミオリの意識を昼食にそらし、疑問を無かったことにする。
その間に挟まれて聞いていた潤平は、何故今日に限ってルリさんがそんな事をするのか、意味が分からないままだった。
「~~~っっ!! 美味し~~いっ!」
「美味いのにゃー!」
ミオリとピー男爵が昼食の美味しさに喜びを爆発させ、他の面々も笑顔になりながら食事を進めていく。
その輪の中で潤平だけが、いつもより緊張して味が少し鈍く感じていた。
何故かこうゆう時って、凄い食事の作法とか、ガツガツ下品に食わない事とかを意識しちゃうんだよな。
美味しいご飯なんだけど、隣にルリさんがいると思うといつもより食事の手が進まないな…………。
いつもはピー男爵の傍にいるから、好きなように食べていたのに…………。
結局ルリの隣で昼食は食べ終わり、今は皆で食後のお茶を飲んでまったりとしていた。
「……さて、そろそろ本題に入ろうかしら」
丁度いいタイミングでタマヨが話を切り出す。
「……リン君、貴方の事を教えてくれるかしら?」
黙って隅の方で食事をしていたリンに、タマヨは眼差しを向ける。
そのタマヨに釣られるように、皆もリンに眼差しを向ける。
だが潤平が彼女の方を見る前に、リンは両手を顔の前に置き、潤平から視線を受けないよう必死になって隠していた。
この事もあって、潤平はあまりリンの方を見てはいけない、とゆう空気の中で話し合いは進められる事となった。
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