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異世界、遺します ~天涯孤独となった俺に亡き祖父母が『異世界』を遺してくれた~  作者: 鏑右いなだ


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第八十三話 銀から金へ

 一夜明けて、潤平はルリ達と一緒に、いつものようにスミレさんの馬車に揺られていた。

 

 ……いつもの、で済ませていいのか怪しいくらい、今日の車内はどうかしていた。

 窓の外には朝靄の残る都の通りがゆっくり流れていく。 

 その呑気さとは裏腹に、車内の空気だけがどうしようもなく重かった。


 潤平は明日にでも世界が終わるんじゃないかとゆうくらい落ち込んでいたし、ピー男爵は肉球をペチペチ叩いて笑い転げているし、ルリはもう何年も働いた後みたいに疲れ切った顔をしているし、フミさんは相変わらずの無表情だった。


 フミさんの無表情だけは、平常運転らしい。


「うにゃにゃにゃにゃっ! またしても潤平がやったのにゃっ!」


「……潤平さんが捕まったと聞いて、本当にびっくりしました。とても慌てたんですからねっ、聞いてますかっ? 潤平さんっ」


「………………はい、聞いています…………。…………そして消えます…………」


 もう消滅する気満々の返事だった。

 この調子だと午後にはこの世から物理的に消えていてもおかしくない。


「~~っもう、そこまで落ち込まないで下さいっ、まるで私達が悪いみたいじゃないですかっ!」


 潤平の落ち込み具合に耐えきれなくなった、ルリが声を上げる。


「うくくくくっ、潤平は本当に面白いのにゃーっ」


 ピー男爵は未だに口に手を当てて笑っている。

 さっきまで肉球を叩いてたのが、いつの間にか口を押さえている。

 笑いの手段だけは無駄に豊富だった。


 


 彼等がどこに向かっているのかとゆうと、昨日の騒動で受け取りにいけなかった魔獣の代金と、騒動のお詫びを改めてしに行くため魔法ギルドに向かっているのだった。


 馬車の車内には潤平とピー男爵、その向かいにルリとフミ、御者にスミレとヨリが座っている。


「あっ、あのっ、何で僕もここにいるんですかねっ?」


 そして新たにそこに見知らぬ少年が加わる。

 いや見た目は少年だが中身は歴とした少女なので、見知らぬ少女と呼ぶべきか。

 潤平は未だに、彼女への正しい距離の取り方を見つけられていない。


「……僕、関係無くないですか?」


 彼女の名前はリン君。

 

 一家殺害事件の現場にいて、第二師団の兵士に追われているところを潤平達が見つけ、潤平が後を追ったら潤平を見て吐いて気を失ってしまった少女である。


 改めて文字にすると、なぜここまで嫌われたのか自分でも分からなくなってくる。


 実は、潤平とピー男爵とミオリが都の観光と称して馬鹿をしている間に、リン君はとっくに目を覚まし、体力が戻るまで屋敷で大人しく逗留していたのである。


「…………貴方が目を覚ましたら、お姉様のところに連れて行く約束でしたので、ついでにと思いまして」


 潤平に接していた態度とは違い、静かな口調でルリは話す。


「……そ、そうですか」


 そして、そんなルリに対してリン君はどこか余所余所しい。


「でも無事に目を覚まして良かったのにゃー、これ以上目が覚めないとなると、病院に運ぶしか無かったからそれがなくてホッとしたのにゃー」


 ずっと彼女の容態を見ていたピー男爵はそう話す。


「…………目が覚めて良かったね…………、はあっ…………」


 未だ自己嫌悪から戻ってこない潤平が、俯きながら初めてリン君に話し掛けてみる。


 ……。

 …………。

 ………………。


 あれっ……?

 皆無視…………?


 しばらく経ってみても、誰も何一つ言葉を発さないので、不思議に思った潤平は顔を上げてみる。


 するとそこには、リン君が震えながらフミさんの太ももに顔をうずめて、必死に潤平から顔を背けている光景があった。


「…………どうゆうこと?」


 さっきまでの自己嫌悪も忘れて、潤平は自分が俯いている間に何かあったのか、それとも何か言葉の中に気に入らない事があったのか、ルリとピー男爵に説明を求めるよう視線を送ったが、二人とも潤平の視線を受けても、分からないと言った風に首を振っていた。


 誰も悪くないのに、誰も助けてくれない。潤平の人生、大体いつもこうだ。


「……どうされましたか?」


 そんな震えているリン君に、フミさんは自分の太ももに顔をうずめられているとゆうのに、そんなことは気にせずに頭を下げて、リン君に優しく理由を聞いてあげていた。

 その姿はまるで、お母さんの太ももで泣いている子供を、優しく宥めているかのように見受けられ、潤平はフミが慈愛の塊に見えてしまった。


 心なしかいつもよりもフミさんの表情も優しい気がする。

 こうゆう時だけ無表情の貯金を切り崩すのが、フミさんという人らしかった。


「……はい。……はい。……そうですか、……それは困りましたね、……ですが同じ車内にいる以上どうにも出来ませんよ?」


 フミの努めて優しい問い掛けにも、リン君は太ももに顔をうずめながら頭を振って、顔を上げるのも拒否していた。

 やがてリンはいつまでもフミの太ももに頭を乗っけているのは悪いと思ったのか、椅子の隅の方に行くと器用に体を畳んで、こちらに背中を向けて丸まってしまい、情報を完全に遮断してしまった。


「……潤平様、お耳を」


「……はい」


 フミは向かいの席から身を乗り出すと、潤平の耳元に自身の口を近付けてくる。

 その際フワリと香るフミさんの匂いと吐息が、潤平を刺激する。

 思春期にはちょっと近すぎる距離にも思えたが、潤平は心の中の思春期の自分に打ち勝ち、平常心を勝ち取った。

 我ながら今日一番の殊勲だった。


「…………どうもまだ潤平さんが怖いそうです。一緒の車内で過ごすのも限界だそうで、あまり存在感を出さないで欲しいとの事でした」


「……えぅっ、そうですか…………」


 存外に貴方が怖いです。

 嫌いです、存在しないで下さいと言われて、潤平は心が傷付き変な声を上げる。


 それただの消滅依頼じゃない?


 実は彼女が目を覚ました直後も、心配で様子を覗ったりしに行ったのだが、白目を剝いて固まってしまった。

 それからも何回か様子を見に行ったのだが、毎回布団の中で丸まっており、潤平に怯えて出て来なかった。

 どうも潤平の存在がかなりのトラウマになっているらしく、どうやっても潤平とは顔を合わせなかった。


 じゃあ何故今日は馬車に一緒に乗っているのかとゆうと、潤平が物凄く自己嫌悪に陥っており、存在感がとても薄かったのではないかと思われる。

 実際朝からずっとブツブツ呟いて暗かったのも事実である。

 落ち込みすぎて存在感まで薄くなるとは、潤平も知らない特技だった。


 フミは丸まっているリンの頭に手を置くと、そのまま優しく撫で始める。

 それはまるで猫に対する手つきのようだった。

 リンも実際安心したのだろう。

 徐々にだが丸まった体勢のまま、フミの方にチョコチョコと近寄っていく。


 車内はそのまま、リン君を囲んだ謎な雰囲気のまま魔法ギルドに向かうのだった。


 魔法ギルドの建物が見えてくる頃には朝靄もすっかり晴れ、表通りには開店前の露店がぽつぽつと並び始めていた。

 誰かが平和に商売の準備をしている。潤平の馬車の中とは大違いだった。


「着きました、ルリ様」


「ありがとうスミレ」


 魔法ギルドに到着した一行は馬車から降りると、先ずは先に魔力測定の機械を壊した受付の方を訪れる。


 ルリ達が受付に行くと、昨日の妙齢の男性が待っており、何故か機械を壊した側なのに丁寧なおもてなしを受けた。


「こちらお詫びの品と賠償の代金です」


「これは、わざわざありがとうございますっ」


 男性は、ルリが御三家のお嬢様だと分かっているので、物凄く腰が低い。


「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでしたっ」


 潤平は魔法ギルドの男性に頭を下げる。


「いえいえ、ちゃんと昨日謝罪の言葉は頂いたので大丈夫ですよ。それに賠償の代金も払って貰いましたので」


 柔らかい物腰で、男性は潤平の謝罪を受け取ってくれる。


「それにあの機械は古い型だったので、変えるのにはいい機会です。壊れた機械は入り口にでも展示して、ちょっとした観光の目玉にします」


 男性職員は笑いながら、壊れた機械の使い道について話している。

 壊した側としては、感謝されればされるほど居心地が悪くなる。

 世の中には、こうゆう理不尽な優しさもあるらしい。


「…………それで一つ尋ねたいのですが、貴方のマナカードは今何色になっていますかな?」


「? ……えっと……、銀色になっていますが……」


 その時男性職員の目がキラリと光った。職業病なのか、好奇心がそのまま顔に出るタイプらしい。


「……失礼ながら、貴方があの時発した光は金色でした。そして機械が壊れたとゆう事は、強度は機械では測れないほど強かったとゆう事。ならばマナカードの色を変える必要がありますな」


「はあ……、そうなんですか……」


「少しお時間を頂いても宜しいですか? 貴方のマナカードを更新したいのですが」


「……はあ、どうぞ」


 潤平はマナカードを男性職員に手渡す。


「では少しの間、お借りします」


 男性職員はマナカードを受け取ると、ほとんど小走りで部屋から出て行った。

 そして数分もしない内に戻ってくる。行きより明らかに足取りが弾んでいた。


「おめでとうございます、貴方のマナカードは最高到達点になりました」


 やけに嬉しそうな男性職員が、潤平にマナカードを両手で丁寧に返してくれる。まるで賞状でも渡すような恭しさだった。


「はあ……、ありがとうございます?」


 意味が分からない潤平は、帰ってきたマナカードを見て首をかしげる。

 前までは銀色だったところが、金色になっているだけで他に変わった箇所はない。

 裏面を見ると、二十五億だった数字が、十億にまで減っていて、魔力を測定する機械がどれだけ高額だったのかが伺える。


 まあこの後、魔獣の素材を売った代金を受け取りに行くからまた増えるだろう。

 それにこれでもお金は持っている方だしな。


 潤平がマナカードを見詰めて呑気に思考に耽っていると、やたら自分の周りの密度が高いことに気付く。

 気付けば、潤平の周りにルリ達が近付いてきており、皆して潤平のマナカードを興味津々に覗いていた。


「…………何か皆近くない?」


 ピー男爵は頭の上に乗っかっているのだが、ルリとスミレは頬がくっ付きそうな程顔を近付けている。

 普段無表情なフミさんも、興味があるのか潤平の後ろから肩越しにマナカードを覗いてる。

 ヨリも同じく、もう片方の肩越しに様子を窺っていた。


 そしてまさかのリン君も指の間からチラチラとマナカードを伺っていた。因みに潤平の顔を見ないため、ずっと両手で顔を覆っていた。


 ……結局この子、好奇心はちゃんとあるんだよな。

 潤平はそんな場違いな感心をしてしまう。


「…………そんなに興味あるの?」


「そりゃー勿論にゃー、こんなの一生に一度見れるか見れないかの物何だからにゃー」


「…………凄いです」


 ピー男爵はいつもみたいに興奮していたが、ルリはいつもよりも興奮しすぎて、若干反応が鈍くなっている。興奮の振り切れ方にも色々あるらしい。


「マナカードが最高到達点に達したのは、人類が魔力を測定出来るようになってから、数える程しか確認出来ておりません。数千年の長い時の間僅かな人しか到達出来ていないのです」


「へえー、それは凄い」


「そうなんですっ、現在この世に到達出来ているのは一人だけなので、貴方は二人目になります」


 男性職員は興奮してきたのか、口調が少し早口気味になる。


「どうでしょうか? 是非とも貴方の魔力を魔法ギルドの本部に保存したいのですがっ」


「あっ、お断りします」


「……えっ?」


「……えっ?」


「……えっ?」


 潤平が、男性職員の提案を素気なく断ると、男性職員だけではなく、何故かピー男爵とルリも驚きの声をあげていた。


 いや君たちが反応するのは違くない?


 潤平は思わず心の中で突っ込みを入れてしまう。

 俺の事情を説明した時、色々俺の事心配してくれたよね?

 あれはどこ行ったの? 手のひら返しの速さ、ギルドの保存技術より凄いと思う。


「いや、後々面倒になりそうなので遠慮しときます」


「……一応貴方の情報は厳重に秘匿されます。それでもお断りしますか?」


「はい、すみませんが」


 男性職員はかなり考え詰めていたのか、数十秒言葉を詰まらせると。


「……………………分かりました。今回はそうしましょう」


 折れて納得してくれた。

 それでも今回は、と言っているのでまだ諦め切れてないのが窺えるが。


「ですが記念に壊れた機械は展示させて貰っても宜しいでしょうか」


「……まあ別にそれ位なら、壊したのは俺なので何も言えませんし」


「ありがとうございます」


 何故か魔力測定の機械を壊した事を謝罪しに来たのに、俺が感謝をされる側になっている。

 それだけ、この最高到達点のマナカードが珍しいって事だよな?

 

 やべえな……、絶対に世間にこの事がばれないようにしないと。


 潤平は自分が今手に握っている爆弾のような存在を、決して安易に誰にも見せないようにと心に誓った。


 ……もっとも、こうゆうフラグほど、後で派手に踏み抜くことになるのが世の常なのだが、潤平はまだそれに気付いていない。





 



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