第八十一話 手紙の内容
火葬も終え、人々が帰路につき始めた頃。
潤平の魔力の灰がどうとか、ラショウとの戦闘がどうとか、未だ興奮冷めやらぬ話し声が遠くなっていくのを背に、ナオイエの屋敷に関係者だけが集まっていた。
潤平、タマヨとルリ、ピー男爵、ナオイエのご子息。
それと何故かナオイエの孫のカリン、ミオリ、カントウ、テッケツ、それとランセイ。
そしてマツ、タケ、ウメの白蛇三匹。
彼等がこの場に集まった理由は、一般には知られていない事実だ。
今回の事件の首謀者は、ナオイエだということ。
そして、ナオイエが残した手紙の事である。
潤平はあの日、境内で何があったのか、どうやってナオイエが死んだのかを、タマヨとご子息以外には話していなかった。
タマヨの指示があったのもそうだが、手紙の内容も分からない以上、勝手に話を進めるのもどうかと思ったからだ。
タマヨは懐からナオイエの手紙を取り出すと、ご子息に丁寧に手渡した。
ご子息は両手で受け取り、一文字ずつ丁寧に読んでいく。
やがて読み終えたのか、大きく息を吐いた。
手紙にはこう書いてあった。
今回の事件の首謀者は自分であること。
ナオイエが一人で画策した事であり、他の身内は一切関係がないこと。
もしナオイエの手の者が生き残っていたならば、最低限でいいので恩赦を頼みたいこと。
この手紙が読まれているならば、ナオイエは死んでいるか投獄されているかとゆうこと。
当主の座はご子息に譲るとゆうこと。
身内には苦しい思いをさせるが、団結して御三家を残して欲しいとのこと。
カリンは沢山学んで立派に成長して欲しいとのこと。
そして最後に、ナオイエは家族をちゃんと愛していたとのこと。
全てを読み終えた後、孫のカリンだけが耐えられなかった。
そしてまた、声を上げて泣いていた。
その背中をルリさんが摩って、静かになだめていた。
潤平はこの手紙の内容が、殆ど身内に向けたものなのだと理解した。
事件の計画については何一つ書かれていない。
潤平に話してくれた事も、一言も書かれていない。
本当に身内を巻き込みたくなかったのか、それとも何か別の理由があったのか。
今となっては、もうなにも分からない。
「…………以上です」
「……なるほど。次は潤平君の話を聞こうかしら」
「はい」
潤平はあの日、タマヨ達を逃がしたところから話し始めた。
ワドウとラショウとの戦闘。黒い灰が降り始めた時の焦り。あの時は本当に間に合うか分からなかった。
ラショウとの最後の戦い。第三区画を探し回ってようやくナオイエが神社にいたこと。
最後の戦闘になり、黒い灰を出し続けている魔法を止めて、代わりに浄化の魔法を放ったこと。
何故そんな事をしたのか、ナオイエが背負っていたものについて。
そしてナオイエが、何者かに殺されたこと。
それが終わって屋敷へ連れて帰ったこと。
周りからの合いの手を挟みながら、潤平はあの日境内で起きた全ての事を話した。
それぞれが深く瞑目して聞いていた。
カリンだけが泣いていたが、今度は声を上げなかった。
静かに、ただ静かに泣いていた。
「…………以上、あの日あの時あの人と交わした会話の内容です」
「……ありがとう、潤平君」
そう言ってタマヨは微笑みを向けてくれた。
「……うす」
「さて。潤平君の話と手紙の内容を聞いて、皆さんはどうされるのがいいと思われますか? ……私はこのまま、ナオイエ様の名誉を汚すべきでは無いと考えます。ここにいる者だけで秘匿するべきかと」
ぐるりとこの場にいる人間を見渡して、タマヨはそう告げた。
「……そうだな。私もその意見に賛成だ。ナオイエ様が此度の事件を起こした張本人だと言われても、民衆は信じないだろう。いたずらに混乱を招くだけだ。ならばこの場にいる者だけで秘匿した方がいい」
ランセイもタマヨの意見に乗る。
「でもさ、今回の事件の責任は誰に追及すればいいのさ。流石に誰も首謀者がいないとなると、皆が不安と不満を募らせるだけだと思うけどね」
ミオリが横槍を入れてくる。
事件の責任をどこへ向けるのかという、正直なところを突いた問いだ。
「……それは」
チラリとタマヨは潤平を見た。
「……はい。今回の事は全て、ワドウが計画した事にすればいいかと」
「……ワドウの奴が?」
ランセイが眉を寄せる。
「はい。暗殺の殆どにはワドウが関わっていますし、そこにいるテッケツさんも実際に襲われています。それに第二師団を直接襲って、ルリさんを攫ったのもワドウじゃないですか。今回の事は、ワドウが都外の盗賊を率いて都を襲ったとゆう事にすればいいのではないかと」
「……ふむ。なるほど、ワドウは既に死んでいるし、残る仲間もさして多くない。唯一気掛かりなのが奴の右腕だったハズシだが、行方知れずのまま。他に有力な奴もいないとなると、そうなるしかないか」
顎を撫でながら、ランセイは頭の中で今回の事件の筋道を立て始める。
「……てかさ、本当にワドウの奴は死んだの? 私達は死体を確認してないから分かんないけどさ。まだ生きてたりしたら困るんだけど」
ミオリが潤平に向けてそう尋ねてくる。
「地面に物凄い力で叩きつけられて、火球を十個以上食らっても平気な人間なら生きてるんじゃないですか」
潤平は腕をバチコーンと降って、当時ワドウを地面に叩きつけた動きを再現してみせる。
「そんなの潤平以外に平気な人間がいる筈ないのにゃー」
「そうそう、そんな体をした人間なんて潤平君以外にいる筈がないって」
ピー男爵とミオリの二人が、潤平の言葉をいいように使ってからかい合っている。
こいつらっ……!
二人の態度に若干イラッとした潤平は、後で二人に魔法でもぶつけてやろうかと考える。
「……では今回の事件を企てた人物はワドウだったということで、既に彼は死亡しており、残党も捕まえたかその場で殺してしまったという事でよいですね」
タマヨの言葉に、その場にいた全員が頷いた。
「……では次に、被害の程度と損害の請求ですが、これはどうしましょうか」
今回受けた被害で発生した金の問題について、タマヨは頭を悩ませる。
「……それは私達だけで決めるのは難しいのではないかね。他のご老公や貴族連合を交えないと、話は進まないのではないかね」
タマヨの言葉にランセイが待ったを掛ける。
「……その費用、我が一族が払いましょう」
新たな当主となったご子息が、小さくそう言った。
「……このまま何も無しでは、私達の面子が立ちませぬ。例え罪が隠されようとも、事件の首謀者は我が父です。その罪は隠されても、消える事はありません。ならば私達が苦しんでいる民のために力になるのは当然の事。どうか私達に、償いの席を与えてくれませんか」
ご子息は皆の前で頭を下げた。カリンも続くように頭を下げる。
「……ならば私も少し力になりたい。幾らか出しましょう」
それまで黙っていたカントウさんが、そう口を開く。
「カントウ様は寧ろ被害者ではないですか。その様な事をしなくても……」
タマヨが止めようとするが、カントウは首を振った。
「……いえ、私は少し悔しいのです。旧友がその様な思いを抱えていた事に気付けずに、のうのうと過ごしていた自分が。なのでこのお金は、私への戒めとして残したいと思います」
「……その様な事を言うのならば、私も出さない訳にはいきません」
カントウの言葉を受けて、テッケツも続く。
「…………なら私もか。旧友を止められなかったのは事実だからな」
ランセイもその言葉に乗っかり出す。
「……でしたら私達も……」
「いや、タマヨ君それは違う」
「そうだ。この事は私達が旧友を止められなかったのが関係している」
「そうです。彼の痛みと気持ちを察せなかった私達が、それを背負っていくというのです。これは私達にしか出来ません」
「……そうですか」
三人に言われて、タマヨは素直に引き下がった。
「……三名とも感謝致します」
「これ位いいのだ」
ご子息が三人に深く頭を下げる。ランセイが代表して、それに返した。
そこには静かな間があった。
「……あの~、今更ですし、雰囲気を崩すのも悪かったので言い出せなかったんですが。俺が修復魔法を掛けて回るのは、駄目なんでしょうか?」
少し溜めてから、潤平は口を開いた。
「…………それこそ今更なのだが、修復魔法とは何だね」
ランセイが気になって質問に質問を返してしまう。
「……潤平君は、壊れた物や建物を元通りに直す魔法が使えるんです」
潤平の代わりにタマヨが説明する。
「ほうっ! それは便利な魔法だな!」
ランセイが喜色満面になる。
「……………………いや、それは止しましょう」
潤平の提案を聞いていたいカントウが、静かに首を振った。
「確かに以前のように直るのもいいかと思いますが、今回は新たに作り直す事にしましょう」
「……何故ですか?」
潤平が疑問を口にする。
「既に作り直している者もいますし、大勢の人間がそれに関わっています。ならば最初から新たに第二区画を作り直す事を頭に入れ、道幅や建物も一から直しましょう。魔法ギルドに仕事を斡旋する事もできます。仕事のない者にも回りますし、費用は物と人に使う事にします」
「……なるほど、新たに第二区画を作り直すのか」
「うむ、その方がいいと思われる」
ランセイの言葉にカントウが頷く。
「……そうなんですか」
「済まないね潤平君。折角の提案、嬉しく思うが今回は断らせて貰いますね」
「いえ」
そういうものか、と潤平は思う。
直せるなら直せばいい、そう思っていたが、人の数だけ事情とゆうのはあるらしい。
「……まあ、詳しい話はここでは決められないので、他の当主共と話す事にしよう。新たに都を立て直すとなると面白くない者も現れるだろうからな」
「……そうだな。貴族連合の奴らとかな」
結局詳しい話は、ランセイさんとタマヨさんが持ち帰るとゆう事で話が纏まった。
「……それでは今日は終わりにしましょう。葬儀も終えたばかりですし、皆さん疲れていると思いますので」
タマヨの一言で話し合いが締められ、解散となる。
帰り道。
屋敷の廊下を出ようとした時、潤平は声を掛けられた。
「潤平様……でしたよね」
振り返ると、ナオイエの孫のカリンさんが立っていた。
「はい? 何でしょうか」
今まで一度も話し掛けられた事がないので、少し緊張してしまう。
それにルリとは違う、落ち着いた美人な少女に話し掛けられて、違う意味でも緊張しちゃう。
「……御祖父様を、連れて帰って来てくれてありがとうございます」
「……いやでも」
「分かっています。ですがそれでも帰ってきてくれましたので、お礼を言いにきました」
潤平は何も言えなかった。
帰ってきた、とゆう言葉が妙に胸に引っかかる。
屋敷にではなく。帰ってきてくれた、と彼女は言った。
「……そうですか」
「……本当にありがとうございました」
それだけを言って、カリンは屋敷の中へ戻ってしまった。
潤平はその背中が見えなくなるまで、ぼんやりと眺めてその場に立ち尽くしていた。
スミレに呼ばれてようやく気が付き、潤平は馬車に乗り込む。
そのままナオイエの屋敷を後にした。
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