↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界、遺します ~天涯孤独となった俺に亡き祖父母が『異世界』を遺してくれた~  作者: 鏑右いなだ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/88

第八十話 生まれ変わっても

 雲一つない、どこまでも青い空だった。

 今日は気温が上がりそうだなと、誰かが呟いた。

 その声は喧騒に呑まれてしまう。

  

 都中の人間が、ナオイエの葬儀に集まった。


 長蛇の列が、境内の石畳を埋め尽くし、門の外にまでのびていた。

 並んでいる人々の顔はそれぞれに違っていて、泣いている者もいれば、ただ黙って前を向いている者もいた。

 皆がそれぞれの記憶を胸に抱きながら、一輪ずつ花を置いていく。その花の山が、ナオイエの棺の周りに静かに積みあがっていった。


 潤平はその光景を離れたところから眺めていた。


 複雑な気持ちが、潤平の中に生まれていた。

 

 あの男がやったことは、許されることじゃない。それは今も変わらない。

 あの時、潤平がどれほど腹を立てていたかも、消えたわけじゃない。

 

 それでも。

 

 これだけの人間に、こんな顔をさせるほどの人物だったなら、どうしてあんな選択をしたんだろう、と思わずにはいられなかった。

 選んだ道が、ほんの少しだけ違う方向を向いていたら。

 あの瞬間だけ何かがずれていたら。そうしたら今日のこの光景は、もっと別の色を帯びていたはずだ。


 潤平にはわからない。決断したのはナオイエ本人で、その内側にあったものは、本人にしか分からない。


 それでも、ついそう考えてしまう。


 


 送別は一日では終わらなかった。

 次の日になっても人の列は途切れず、致し方なく、強制的に区切りを設けてナオイエの火葬を執り行うことにした。


 神主と親族の代表が火魔法で点火する。

 綺麗に化粧が施されたナオイエの棺には、これでもかと花が積み重なっていた。


 ボウッ、と。

 

 あっという間に、炎が棺を包んだ。凄まじい勢いで燃え上がり、炎の輪郭が熱でゆらゆらと揺れる。

 この場にいる全員が、その炎をじっと見つめていて、その間は誰もここから動かなかった。


すんっ。


 鼻の奥に、あの匂いが漂ってくる。


 ——やっぱり慣れないもんだな。


 じいちゃんとばあちゃんの時にも思った。人が火葬されるこの匂いだけはどうにも馴染めない。

 胸の奥に引っかかって、なんとも言えない気持ちが広がっていく。


 ……でも待って。俺、戦ってる時に人を火球で焼いてるじゃん。


 そう思い当たった瞬間、潤平は自分で自分に少し面食らった。

 

 三人組の時も焼いた。

 ワドウにだって火球でトドメを差している。

 あっちはなんともないのに、なぜこっちは匂いひとつでこうなるんだ?


 ……もしかして、俺、ナオイエのことそんなに嫌いじゃなかったのか?

 

 無意識のうちに、じいちゃんとばあちゃんと同じ引き出しに入れてたのか。


 ……おおっ?


 まあ、それならそれでいいか。


 潤平は妙に納得した顔つきになって、燃え続ける炎をまた静かに見つめた。



 

 収納から神器の弓を取り出したのは、事前にお願いされていたからだ。


 潤平が体勢を整えると、周囲がざわめきはじめた。

 何をするつもりだと視線が集まってくる。その視線を潤平は気にしなかった。


 弓を構えて、浄化の魔力で矢を作る。

 そして——青空に向かって、打ち放つ。


 パシィィッン。

 パシィィッン。


 矢は澄んだ空の中を、どこまでも突き抜けていく。

 一定の高さに達したところでぱっと弾けると、桜色の灰になって、空からゆっくりと都中に降り注ぎはじめる。


 潤平は黙って打ち続けた。

 

 そして最後の一矢を、今度は思いきり引き絞って、天に向けて放った。


 灰が降っていた。

 

 葬儀の場に残っていた人たちだけじゃない。復興の作業に当たっている人たちも、自分の仕事をこなしていた人たちも、みんなが突然降り注いだ桜色の灰に手を伸ばした。

 掌に乗せて、見つめて、空を見上げた。

 都中が、二度目の歓喜に包まれていた。

  

 実はこれは、タマヨとナオイエのご子息に頼まれたことだった。

 火葬の時にこの桜灰を降らせてほしいと。

 

 潤平は最初そのお願いを断ろうとした。

 意味のない行動だし、浄化はもう済んでいる。

 だからやんわりと断った。

 でも二人は折れなかった。それに、やってくれた方が君の印象が良くなる、とまで言われてしまったので、渋々引き受けることにした。


 それが功を奏したのか。

 火葬を見守っていた人々も、空から降る魔力の灰を受け取って、柔らかな表情で眺めていた。


そんな潤平の背中を、二人の女性が違った眼差しで見つめていた。


 一人は憧れの祖父と重ねるように、その背中に、過去と今が重なって見えていた。

 もう一人の少女は、あの時に助けてもらった瞬間の感覚を思い出して、胸が苦しくなり、手のひらをそっと胸に当てていた。


 ナオイエの遺体が燃え尽きた後、潤平は骨拾いが始まる前に親族へ頼み込んだ。


 骨を、少し分けてほしいと。


 自分でも、とんでもないお願いだとは分かっている。

 不躾なことも承知している。それでも、お願いしないといけなかった。

 親族の方は少し困惑していたが、それでもタマヨとルリが間に入ってくれたおかげで、どうにか許可を得ることができた。

 ただし条件がついた。

 何に使うのか、見せてほしいと。


「……別にそれくらいなら、いいですよ」


 潤平はナオイエの骨を大事そうに木箱に収めると、境内の奥へと歩き出した。

 その後ろを、タマヨとルリ、ピー男爵、ナオイエのご子息である現当主、それに神主さん、そして火葬の間ずっと泣いていたあの孫のー、えっと、名前なんだっけ?


 …………そうそう、カリン!


 カリンがルリと手を繋いで、一行の最後尾を歩いていた。


  

「……ここです」


 そこは境内の、人気のない森の中だった。

 静かな木漏れ日の下に、こんもりと新しく土が掘り返されている場所がある。


「……実はここに、アザミさんが眠っているんです。俺とナオイエ……様とで、ここに埋葬したんです」


 潤平は少し間を置いてから、続けた。


「勝手に境内を使ったのは申し訳ないとは思っています。でも、ナオイエ様がやろうと言い出したことで……それに、アザミさんの傍に眠ってほしかった。それは俺の我が侭です」


 タマヨとご子息が神主に目を向けると、神主は静かに頷いていた。

 この事は特例として、認められることになった。

 

 アザミのことは、親族の間でも不思議な扱いとされていたらしい。

 ナオイエの傍から片時も離れず、ずっとお世話をしていた人物として記憶されていると聞いた。


 潤平はアザミを埋めた場所に、ナオイエの骨を静かに埋めた。

 それから皆で周りを整えてあげる。

 

 終わってみれば、そこはちょっとした墓になっていた。

 名前も彫っていないのに、身分の高い者がここに眠っているかのような、不思議な重さを持った墓に。


 森の隙間から覗く空は、相変わらず青かった。澄んで、雲一つなく、ナオイエたちをただ静かに迎えている気がした。

 カリンはまたしても盛大に泣いていて、ルリの手をぎゅっと握っていた。


「……帰りましょう」


 タマヨがそう言って、一行は林から出ようとした。


 


「…………感謝する」



 

 潤平は驚いて振り返った。

 足元を見れば、ピー男爵も聞こえていたようで、二人とも驚いた顔をして、お互いの顔を見合わせた。


「? どうしたの、潤平君もピー君も」


 タマヨの声が飛んでくる。

 他の面々も不思議そうにしていて、二人以外には、その声が聞こえていなかったようだった。


 潤平とピー男爵はもう一度顔を見合わせた。

 そして、示し合わせたわけでもないのに、二人同時に、にやっとした。


「何でもないでーすっ!」


「何でも無いのにゃー!」



 人気がなくなった林は風もなかった。

 日の光だけが、静かに木の間から差し込んでいた。


 ちょうどその時、墓にも光が当たった。

 たった一筋の陽光が、名前のない墓石を、淡く照らした。

 誰の邪魔もなく、ただ静かに。

 まるで、ずっとここにいると言っているかのように。




 



 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 皆さんの応援が日々の執筆の励みになっています。

 もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、画面下の【★で称える】や【フォロー】をポチッと押していただけると非常に嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。