第八十話 生まれ変わっても
雲一つない、どこまでも青い空だった。
今日は気温が上がりそうだなと、誰かが呟いた。
その声は喧騒に呑まれてしまう。
都中の人間が、ナオイエの葬儀に集まった。
長蛇の列が、境内の石畳を埋め尽くし、門の外にまでのびていた。
並んでいる人々の顔はそれぞれに違っていて、泣いている者もいれば、ただ黙って前を向いている者もいた。
皆がそれぞれの記憶を胸に抱きながら、一輪ずつ花を置いていく。その花の山が、ナオイエの棺の周りに静かに積みあがっていった。
潤平はその光景を離れたところから眺めていた。
複雑な気持ちが、潤平の中に生まれていた。
あの男がやったことは、許されることじゃない。それは今も変わらない。
あの時、潤平がどれほど腹を立てていたかも、消えたわけじゃない。
それでも。
これだけの人間に、こんな顔をさせるほどの人物だったなら、どうしてあんな選択をしたんだろう、と思わずにはいられなかった。
選んだ道が、ほんの少しだけ違う方向を向いていたら。
あの瞬間だけ何かがずれていたら。そうしたら今日のこの光景は、もっと別の色を帯びていたはずだ。
潤平にはわからない。決断したのはナオイエ本人で、その内側にあったものは、本人にしか分からない。
それでも、ついそう考えてしまう。
送別は一日では終わらなかった。
次の日になっても人の列は途切れず、致し方なく、強制的に区切りを設けてナオイエの火葬を執り行うことにした。
神主と親族の代表が火魔法で点火する。
綺麗に化粧が施されたナオイエの棺には、これでもかと花が積み重なっていた。
ボウッ、と。
あっという間に、炎が棺を包んだ。凄まじい勢いで燃え上がり、炎の輪郭が熱でゆらゆらと揺れる。
この場にいる全員が、その炎をじっと見つめていて、その間は誰もここから動かなかった。
すんっ。
鼻の奥に、あの匂いが漂ってくる。
——やっぱり慣れないもんだな。
じいちゃんとばあちゃんの時にも思った。人が火葬されるこの匂いだけはどうにも馴染めない。
胸の奥に引っかかって、なんとも言えない気持ちが広がっていく。
……でも待って。俺、戦ってる時に人を火球で焼いてるじゃん。
そう思い当たった瞬間、潤平は自分で自分に少し面食らった。
三人組の時も焼いた。
ワドウにだって火球でトドメを差している。
あっちはなんともないのに、なぜこっちは匂いひとつでこうなるんだ?
……もしかして、俺、ナオイエのことそんなに嫌いじゃなかったのか?
無意識のうちに、じいちゃんとばあちゃんと同じ引き出しに入れてたのか。
……おおっ?
まあ、それならそれでいいか。
潤平は妙に納得した顔つきになって、燃え続ける炎をまた静かに見つめた。
収納から神器の弓を取り出したのは、事前にお願いされていたからだ。
潤平が体勢を整えると、周囲がざわめきはじめた。
何をするつもりだと視線が集まってくる。その視線を潤平は気にしなかった。
弓を構えて、浄化の魔力で矢を作る。
そして——青空に向かって、打ち放つ。
パシィィッン。
パシィィッン。
矢は澄んだ空の中を、どこまでも突き抜けていく。
一定の高さに達したところでぱっと弾けると、桜色の灰になって、空からゆっくりと都中に降り注ぎはじめる。
潤平は黙って打ち続けた。
そして最後の一矢を、今度は思いきり引き絞って、天に向けて放った。
灰が降っていた。
葬儀の場に残っていた人たちだけじゃない。復興の作業に当たっている人たちも、自分の仕事をこなしていた人たちも、みんなが突然降り注いだ桜色の灰に手を伸ばした。
掌に乗せて、見つめて、空を見上げた。
都中が、二度目の歓喜に包まれていた。
実はこれは、タマヨとナオイエのご子息に頼まれたことだった。
火葬の時にこの桜灰を降らせてほしいと。
潤平は最初そのお願いを断ろうとした。
意味のない行動だし、浄化はもう済んでいる。
だからやんわりと断った。
でも二人は折れなかった。それに、やってくれた方が君の印象が良くなる、とまで言われてしまったので、渋々引き受けることにした。
それが功を奏したのか。
火葬を見守っていた人々も、空から降る魔力の灰を受け取って、柔らかな表情で眺めていた。
そんな潤平の背中を、二人の女性が違った眼差しで見つめていた。
一人は憧れの祖父と重ねるように、その背中に、過去と今が重なって見えていた。
もう一人の少女は、あの時に助けてもらった瞬間の感覚を思い出して、胸が苦しくなり、手のひらをそっと胸に当てていた。
ナオイエの遺体が燃え尽きた後、潤平は骨拾いが始まる前に親族へ頼み込んだ。
骨を、少し分けてほしいと。
自分でも、とんでもないお願いだとは分かっている。
不躾なことも承知している。それでも、お願いしないといけなかった。
親族の方は少し困惑していたが、それでもタマヨとルリが間に入ってくれたおかげで、どうにか許可を得ることができた。
ただし条件がついた。
何に使うのか、見せてほしいと。
「……別にそれくらいなら、いいですよ」
潤平はナオイエの骨を大事そうに木箱に収めると、境内の奥へと歩き出した。
その後ろを、タマヨとルリ、ピー男爵、ナオイエのご子息である現当主、それに神主さん、そして火葬の間ずっと泣いていたあの孫のー、えっと、名前なんだっけ?
…………そうそう、カリン!
カリンがルリと手を繋いで、一行の最後尾を歩いていた。
「……ここです」
そこは境内の、人気のない森の中だった。
静かな木漏れ日の下に、こんもりと新しく土が掘り返されている場所がある。
「……実はここに、アザミさんが眠っているんです。俺とナオイエ……様とで、ここに埋葬したんです」
潤平は少し間を置いてから、続けた。
「勝手に境内を使ったのは申し訳ないとは思っています。でも、ナオイエ様がやろうと言い出したことで……それに、アザミさんの傍に眠ってほしかった。それは俺の我が侭です」
タマヨとご子息が神主に目を向けると、神主は静かに頷いていた。
この事は特例として、認められることになった。
アザミのことは、親族の間でも不思議な扱いとされていたらしい。
ナオイエの傍から片時も離れず、ずっとお世話をしていた人物として記憶されていると聞いた。
潤平はアザミを埋めた場所に、ナオイエの骨を静かに埋めた。
それから皆で周りを整えてあげる。
終わってみれば、そこはちょっとした墓になっていた。
名前も彫っていないのに、身分の高い者がここに眠っているかのような、不思議な重さを持った墓に。
森の隙間から覗く空は、相変わらず青かった。澄んで、雲一つなく、ナオイエたちをただ静かに迎えている気がした。
カリンはまたしても盛大に泣いていて、ルリの手をぎゅっと握っていた。
「……帰りましょう」
タマヨがそう言って、一行は林から出ようとした。
「…………感謝する」
潤平は驚いて振り返った。
足元を見れば、ピー男爵も聞こえていたようで、二人とも驚いた顔をして、お互いの顔を見合わせた。
「? どうしたの、潤平君もピー君も」
タマヨの声が飛んでくる。
他の面々も不思議そうにしていて、二人以外には、その声が聞こえていなかったようだった。
潤平とピー男爵はもう一度顔を見合わせた。
そして、示し合わせたわけでもないのに、二人同時に、にやっとした。
「何でもないでーすっ!」
「何でも無いのにゃー!」
人気がなくなった林は風もなかった。
日の光だけが、静かに木の間から差し込んでいた。
ちょうどその時、墓にも光が当たった。
たった一筋の陽光が、名前のない墓石を、淡く照らした。
誰の邪魔もなく、ただ静かに。
まるで、ずっとここにいると言っているかのように。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
皆さんの応援が日々の執筆の励みになっています。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、画面下の【★で称える】や【フォロー】をポチッと押していただけると非常に嬉しいです!




