第七十八話 解放
以外にも、ナオイエの屋敷に最初に来たのはルリとピー男爵とミオリ達であり、門と中庭の凄惨たる様子を見て引いていた。
そして屋敷の入り口に倒れているナオイエと横になっている潤平を見て、皆声を出して慌ててしまう。
あるものは潤平が死んだと思い泣き出して、あるものは慌てて二人の診断をして、ある者は静かに彼等に祈りだして。
そこにタマヨも丁度到着して、ルリ達が慌てている様子を見て、タマヨも何かあったのかと思い、慌てて現場を確認する。
だが潤平が寝ていると分かると、皆心の底から安心して彼が起きるまでは、その場に居る人間がタマヨの指示で、それぞれやるべき事をやっていた。
「…………んおっ?」
どうやらいつの間にか寝ていたらしく、潤平は突然目が覚めて寝ぼけた頭で今の状況を確認する。
「おはようございます、潤平さん」
「……………………はい、…………あれ?」
「潤平さんが寝ていたのは、数十分ほどなのでそれ程時間は経っていませんよ?」
「………………そうすか」
どうやらまだ頭が満足に働いてないらしく、ルリの挨拶にも鈍い反応で返す。
「今は第二と第三の皆さんが後始末をしています」
「…………そうなんですか」
取り敢えず立ち上がると潤平は外に出て、適当な場所に行き水球を指の先に出して、顔を洗い口をゆすぎ、ゴックンゴックン水球を飲んでいた。
「はい、これをどうぞ」
「…………ども」
ルリから手渡された手拭いで、濡れた顔をフキフキする。
ほんのり甘い香りがしたが、今はそれを気にする余裕もなかった。
軽く手拭いを振って、制服のポケットに入れようとしたが、ルリが手を出して来たので、素直に返すことにした。
そのまま中庭を歩こうとしたが、足場が悪かったので潤平は、無言でルリに手を差し出した。
彼女もすぐにその意味を理解して、何も言わずに手を握った。
そしてそのまま二人は、門の外まで手を繋いで歩いて行くのだった。
「あーーっっ!! 潤平とルリが手を繋いでいるにゃーーっっ!! 見ーちゃったのにゃ! 見ーちゃったのにゃ!」
「本当だっ!! お姉さんそうゆうのはまだ早いと思うんだけどなっ!」
門の外に出ると、処理と後始末をしていたピー男爵とミオリ、潤平とルリが手を繋いで門から出て来た事を盛大に茶化す。
途中ですれ違う兵士達もこちらを微笑ましく見ていたので、ルリは何だか恥ずかしくなり手を離そうとするが、潤平が手を握ったまま離さなかった。
「…………あの? 潤平さん?」
「…………あ? ああっ! すいませんっ、握ったままでしたっ」
遅れて、ぱっとルリの手を離す。
ほんのりと汗ばんで繋がっていた、両者の手が不意に離れた事で、手の平に風が通り少し寂しく感じた。
ルリは離れた手を握り締めると、どこか様子のおかしい潤平の事を伺うように見詰める。
「にゃー! あの桜色の灰は何だったのにゃー! 潤平がやったのにゃ!? どうやってやったんだにゃー!」
「ちょいまちっ。それも気になるとこだけど、もっと他に聞くべき事があるだろ?」
潤平に駆け寄ろうとするピー男爵を、ミオリがマントを掴んで止めている。
ミオリさんにも聞きたい事があっただろうに、必死になってピー男爵を止めている。
「…………あの、ナオイエ…………さんはどこに……?」
潤平がその名を出した事で、この場にいる人間に緊張が走ったが、それでも答えない訳にはいかず、ミオリが代表して答えてくれた。
「…………ナオイエ様なら自室に寝かせているよ。他に誰もいなかったから私達が運んでね」
「…………そうなんですか」
それだけが口から漏れた。
本当は聞きたいことがいくつもあった。
最後に何を考えていたのか分からないし、あの笑顔は何だったのか。
自分は間違っていなかったのか。けれども何一つ言葉にならなかった。
ただ胸の奥がズシリと重かった。
皆の顔は動乱が無事に終わった事でどこか明るい。
なのに自分だけ、その光の中に立てていない気がした。
「その上、自室にはナオイエ様が書き残した遺書みたいな物が置いてあって、中身はまだ見てないけど一応タマヨに渡しといた。でもタマヨは潤平が起きてから、話を擦り合わせたいからまだ開けないって」
「…………遺書ですか」
「私はあの場にいなかったから詳しいことは分かんないけどさ、タマヨとキミの顔を見る限りとても複雑な事が起きたらしいね。ピー君もルリちゃんも話そうとしないし。何があったのか聞くのが怖いよ私は」
「……あの、ナオイエさんの遺体はどうするんですか……?」
「ん~~、それは私には分かんない。タマヨとランセイ達みたいな人達が、ナオイエ様のご子息と話し合って決めるんじゃない?」
「…………その場に俺って、…………着いていってもいいんですかね?」
「それは……、ちょっと私に聞かれても分かんないな……。タマヨが良いって言うのなら別にいいんじゃない?」
「…………そうですか」
「取り敢えず、ナオイエ様の遺体はご子息に引き継がれる事になってる。今部下がナオイエ様の身内を呼びに行ってるから、私達はそれまでここで待機って事」
ミオリは一仕事終えたかのように、背筋を伸ばしながら報告をする。
そこまで言っても潤平の顔がまだ暗いことに、ルリだけではなくピー男爵もミオリも気付き出す。
「……そんな暗い顔するなよ潤平君。君は頑張ったんだから。それに全て終わった、それも誰も欠けることなく。それだけでも凄いことだ、もっと喜ぼうぜ」
「……そうにゃ、あの時あったことはまだ信じられないけど、それでももう終わったのにゃ。皆が無事に行きていて僕は嬉しいのにゃっ」
そう言う朝日に照らされた二人の顔は、疲れてはいるけどもどこか大人びていて、こんな時どうすれば良いのか知っている顔付きをしていた。
「…………そうだね、今は無事に終わったんだからそれを喜ぶか」
「うん」
「そうにゃ」
ようやく潤平の晴れやかな顔が見れた事で、三人とも一安心する。
「……それよりも大事な事をまだ言ってないんじゃない?」
ミオリは潤平に体をずいっと近付けてくると、座った目付きで潤平に問い掛けてくる。
「……とゆうと?」
「私も後からタマヨに聞いて知ったんだけどさ、タマヨ達のお父様を救えたんでしょ? どこにいるのさ」
「ああっ、お父さんね。それならルリさんの屋敷に寝かせといてます」
「……見張りもつけずに?」
「あ~、いやそれが見張りは一応つけたとゆうか、そこから動けないとゆうか……」
「……どうゆうこと?」
「まあ行けば分かると思います。……そうだ屋敷の修復もしないと……」
「何独り言喋っているの?」
「ああっ、いや何でもないですっ。それでどうしますか? 俺の回復魔法を掛けたとは言え、かなり衰弱していたのでピー男爵当たりが診た方が良いと思うんですけど。それにルリさんも会いたいだろうし」
「…………ですが、まだやることがありますから」
「いいよいいよ。ここは私達がやっとくから。ルリちゃんは早くお父様に会いに行ってあげな」
「……いいのですか?」
「うん、いいよ。タマヨにも伝令を寄越しとくからさ。後でも行くと思うよ」
「……ありがとうございます、ミオリさん」
ミオリは気にするなと言わんばかりに、手の平をヒラヒラさせると、屋敷の中で後始末をしている部下に何かを伝えに行った。
ルリは軽く頭を下げると、通路の端に待機させておいたスミレの馬車に乗る。
潤平とピー男爵も一緒にその馬車に乗り込む。
スミレの号令と共にナオイエの屋敷を離れると、たかだか十分にも満たない距離が、とても長く感じられた。
「帰ってきたのにゃー」
ピー男爵がいの一番に馬車から降りると、大きな声で感想を呟く。
潤平はと言うと、手持ち無沙汰だったので壊れた門や屋敷を黙々と修復していた。
そして潤平がユウタロウを置いてきた部屋の前に行くと、そこにはユウタロウと、やはり縁側にラショウが黙ってお饅頭を握っていた。
潤平が一息ついた感じで汗を拭っていると、廊下の向こうからフミ達を従えた、ルリが歩いてくるのが見えた。
彼女は部屋の前に行くと、自分の胸に手を当てて何度も深呼吸をして緊張を和らげていた。
やがて決意したのか、足を進めると部屋の中に寝かされている実の父親と再会する。
潤平は彼女の横顔しか見えなかったが、彼女の目には涙が浮いているのが見えた。
ルリはユウタロウが眠っている横に座ると、眠っている父親が本当に本人なのか、触れるのを躊躇っており、やがて父親を確認するようにゆっくりと、布団の中に手を入れて父親の手を握るのだった。
その間彼女は一言も話さず、ずっと父親の寝顔を眺めていた。
「……ルリちー、診てもいいかにゃ?」
「……はい。よろしくお願いします」
ピー男爵がユウタロウの横に座ると、ルリは邪魔にならないように反対に回り、そちらの手を握っていた。
やがてピー男爵がユウタロウの体調を診断すると、回復魔法をいつもよりもゆっくりと、ユウタロウに掛けてあげていた。
部屋の中には、ユウタロウを囲むようにフミ達も座っていて、皆自分達の当主が無事だと分かって喜んではいたが、誰一人騒ぐことはせず静かにこの状況を見詰めていた。
そんな彼女達の邪魔をしないようにと、潤平はなるべく音を立てないようにして、縁側に座っているラショウの隣の隣に座る。
しばらくの間、そうした時間が流れていると、不意に屋敷の門前が騒がしくなったのが聞こえてくる。
その喧騒がどんどんと近寄ってくると、やがて息を切らしたタマヨとこの屋敷に仕えている使用人の人達が現れた。
タマヨはかなり急いで来たらしく、汗を流しており額に髪の毛が張り付いていて、服もかなり汚れていた。
タマヨは玄関から上がってきたのではなく、中庭から入ってきて、靴を揃えずに脱いで部屋に上がると、寝ているユウタロウの傍による。
タマヨは眠っているユウタロウの顔を見た。
何度も探した、そして何度も夢に見た。
その顔が今目の前にあった。
「……良かった」
タマヨはそれだけを言うので精一杯だった。
その瞬間張り詰めいていた緊張が切れたのか、膝から力が抜けた。
同じように、それを見て我慢していたであろうルリさんも、姉の手を握ると同じようにユウタロウの胸に顔を埋めて、堰が切れたように泣き出した。
二人が声を上げて泣いている間使用人の人達も、フミさん達もピー男爵すらも、声を上げて泣いている。
潤平は顔を上に向けていたが、泣いているのではなく鼻水が止まらないから、上を向いているのだった。
数分経っただけなのに、それが数十分にも数時間にも感じられた短くて長い時間。
急にラショウが立ち上がった。
その動きに俯いていた誰もが顔を上げ、潤平も驚く。
一歩。
二歩。
三歩。
ゆっくりと中庭に歩いたラショウが振り返った。
その顔を見た瞬間、タマヨの目が見開かれる。
「……おじい、様……?」
ラショウは笑っていた。
先程まで無表情だとは思えない程に、ずっと見たことがないほど穏やかに。
「……立派になった」
ミツナリの声だった。
ルリの肩が震える。
ピー男爵両手では口を押さえる。
「みな、とても立派に成長した」
そう言ったラショウの顔はとても満足そうだった。
晴れやかな顔をしていた。
だからこそ誰も引き留めることができなかった。
ラショウは、そうはっきりと確実に呟くとそのまま二度と動かなくなってしまった。
その言葉を聞いて、タマヨとルリはまたしても声を上げて泣き出し、ピー男爵はうわんうわん泣いていた。
ルリ達も泣いているし、他の使用人、特に年配の方が声を上げたり、地面に座り込んだりして泣いていた。
誰もが泣いており、喜びの涙と別れの涙をぼろぼろと流していた。
相反する二つの涙が同じ部屋に落ちていくのだった。
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