第七十七話 眠りと目覚め
「何で貴族の人達を殺したんですか?」
「……それはかなり勝手な理由なのだが、入れ替えをしたかったのだよ」
「入れ替え?」
「老いてくると人は何かにしがみ付く。彼等は優秀であったが老いてきた。それならと彼等を降ろして代わりの優秀な人物をそこに据えようと考えていたのだよ。テッケツとランセイは失敗したがね」
「それじゃあさっきの話に戻るんですけど、そのラショウとかを作ったのってどうやったんですか?」
「分からん。私に淀みの魔力を渡してきた男が、言っていた必要な物を渡しただけだ」
「……必要な物って?」
「……魔法の出力媒体と、その者の骨だよ」
「……出力媒体と骨?」
「……そうだ。最初私は迷ったが目的のためと割り切って、彼女達の形見と骨を渡したのだ。ラショウのは元々私が預かっていたしな」
「…………そう言えば、あの大刀と俺の槍は屋敷に落としたまんまだったけど良いのかな?」
「今はほっといても構わんだろう。後で後始末をするために屋敷にも行かねばならんしな。その時に回収すればいいだろう。…………もし良ければあの大刀をキミに授けようか?」
「……いやいや、俺にはあんなデカい刀扱えないっすよ。……………………って! それよりも俺の制服を返して下さいよっ!! 元々はそれも取り返すつもりだったんですから!」
「んっ? おおそうだなっ、そう言えばこれの存在をすっかりと忘れていたな。返そう、元々はキミの物なのだからな」
盗まれた制服がやっと自分の元に返ってきたことで、潤平は椅子から立ち上がって喜びで踊り出す。
嬉しすぎて頬ずりをしようとしたが、めちゃくちゃ汚れていたのと、少し爺臭かったので無言で修復魔法を掛けた。
ピッカピカの、新品同様にまで綺麗になったのが分かると、頬ずりをして慣れ親しんだ制服に袖を通した。
「く~~っ。これこれっ! やっぱりこれじゃないとっ!」
「そんなに大事な物だったのか?」
「そりゃ勿論っ! 何せじいちゃんばあちゃんに買って貰った形見だからなっ! 俺にとっては命と同じくらい大切な物何だよ!」
「…………そうか。それは済まないことをしたな」
「まあ無事に返ってきたから、もう気にしてないですけどねっ」
潤平は嬉し過ぎて、純粋な笑顔をナオイエに見せる。
「……そうか。よいしょっと……、それよりもそろそろタマヨ君のところに戻った方がいいのではないかね?」
「あっ! そうすねっ、皆心配してるだろうから戻った方がいいですよねっ」
「…………私も戻るとしよう」
「…………いいんすか? きっと捕まると思うんすけど…………」
「寧ろ私が君に良いのかと聞きたい。何故あれだけの事をした私に、これだけ君は普通に接する事が出来るんだ?」
「あー……」
潤平はナオイエの言葉を聞いて確かにと思った。
普通ならば、都を揺るがした騒動を起こした黒幕と、こんなに気楽に接することは出来ないんだろう。
人も殺しただろうし、被害も迷惑も掛けた。
それなのに何故こんな風にいられるのか。
「……そこら辺はあんまり深く考えてなかったっす」
「……ほう?」
「正直ここに来るまでは、何だこの野郎っ! 絶対に許さんっ! とか思ってましたけど、実際あんたと話していたらどうでも良くなったというか……」
「それは私に同情をしているという事かね?」
「いやっ、そういう事じゃなくて、なんか俺の中ではもう終わった事というか、もう既に済んだことというか」
「ほう」
「別にあんたの事は最初から憎しと思っていないし、俺はワドウが倒せればそれで良かったし。あと制服を取り返すのも」
「そういう事かね」
「あんたの事は、タマヨさんとミオリさんに任せる事にしますよ」
「……私は極悪人だぞ? それで君は納得するのかね?」
「だから、そこら辺はタマヨさん達に任せますよ。俺はもう済んだ事には興味ないす」
「……そうか、君の中ではそうなっているのか」
「それに弱った爺さんを、これ以上痛めつけるのも俺の心が痛むし。もういいすよ」
潤平は空を見上げながら、これ以上追及する気はないとナオイエに告げた。
「君はお人好しなのか、それとも馬鹿なのか分からないな」
「……そういう事にしといてくれ」
「…………分かった。君がそれで良いのなら私もそれでいい。その時はタマヨ君に全てを話す。思えば彼女にはかなりの業を背負わせてしまった」
「……そうすか。まあきっとタマヨさんとルリさんは、ちゃんと話せば許してくれると思いますけどね。彼女達のお父さんはどうか分からないすけど……」
「…………ユウタロウ君か、彼にもかなりの業を背負わせてしまった」
「まっ、ちゃんと話してこれから償っていけばいいじゃないすかっ」
潤平は体のあちこちを伸ばしながら、制服の着心地を堪能して軽くストレッチをすると、丁度山の向こうから出て来た朝日の眩しさに目を瞬かせる。
「眩しっ、もう朝かー、腹減ったなー、てか疲れたな物凄く眠いし、あんたもお爺ちゃんだからそろそろ……」
ズッ。
ボタタッ。
振り向いた先で、ナオイエの胸から刀身が抜かれる。
潤平は何が起きたのか全く理解できない。
理解できないまま刀だけが地面に落ちた。
そこで初めて、あれが人を刺した音だったのだと気付いた。
「………………は?」
突然の事に理解が追い付かず潤平は立ち尽くしてしまう。
ナオイエはそのまま、言葉も発さずに地面に崩れ落ちる。
抱いていた白蛇が地面に投げ出され、三匹が騒々しく動いていた。
その時、微かに砂利の鳴る音がした気がした。
しかし潤平は突然の事に理解が追い付かず呆けている。
そして潤平には、その瞬間だけ時が止まったかのように感じられた。
ナオイエが小さく呻き声を上げるまで動けなかった。
「おいっっっ!?」
潤平は地面に倒れたナオイエの元に寄ると、彼の体を刺激しないようにゆっくりと体勢を変える。
そして回復魔法を掛けるのだが、一向に治る気配がない。
どうしてなのか、彼の胸に手を当てて治療しているのだが、傷は塞がらず出血は止まらなく、顔色が全然回復しない。彼の胸から伝わる音がどんどんと小さくなり、命の消えゆく音がする。
「……治れよ」
潤平は回復魔法を掛ける。しかし傷は閉じない。
もう一度今度は魔力をありったけ込めて流し込む。
しかし閉じる気配はない。潤平の指の隙間から血だけが溢れて零れていく。
「おい……」
胸に当てた手の下で、ナオイエの鼓動がゆっくりと弱くなっていくのが分かった。
「おい、待てよ」
潤平の回復魔法はしっかりと発動している。
間違いなく発動している筈なのに、何も変わらない。
中級の回復魔法ではこれ以上回復は望めないのか。
地面に血が流れ出し、辺りに血の匂いだけが濃くなっていく。
その時不意に手首を掴まれた。
ナオイエが潤平の手首を掴んだのだ。
ナオイエの震える唇が微かに動く。
潤平は慌てて彼の口元に耳を寄せた。
「……ミ…………ウ……スイ……………………………………ヨウ…………さい」
潤平はナオイエの口元から、耳を離すと彼の目を見た。
その目は、今日ずっと見てきた冷たい目ではなかった。
どこか懐かしい、昔祖父が自分を見ていた時と同じ目だった。
潤平はその顔に、思わずあの時のじいちゃんとばあちゃんの顔を重ね合わせた。
彼の胸から音が消えると、潤平の手を握っていた手にも力が無くなる。
そのまま動かなくなってしまい、彼は目を閉じて二度と目覚める事はなかった。
そんな彼の頬に、彼を心配しているのか三匹の白蛇がずっと、忙しなく体を擦り付けていた。
誰も何も言わない。境内には夏の朝の風だけが吹いている。
潤平は彼の体を抱き上げたまま、しばらく動けずにいた。
「…………泣いてねぇよ」
口から漏れた声が掠れている。
「……泣いてねえって」
もう一度呟く。
朝日に照らされている境内に、潤平の独り言が流れる。
「…………泣いてねぇけど、何か……物凄く疲れた…………」
その呟きは誰に言ったのか、広い境内に潤平の呟きが流されて消えてゆく。
潤平はナオイエを腕には抱え、彼に制服を被せ彼のお腹の上に三匹の白蛇を乗せている。
来た階段を降りて鳥居を潜り、潤平は神社を後にした。
ナオイエを腕に抱え第三区画の道路を一人と三匹で歩いて行く。
何故か今は、誰にも会いたくなかったので鑑定魔法を使い、人気の無い道路を選んでナオイエの屋敷にも向かった。
どうやらまだ誰も屋敷に来ていないらしく、あれだけの騒ぎがあったのに、門は壊れたままで屋敷の中には人気が無かった。
「……帰って来たぞ、爺さん」
潤平は壊れた門を潜り中庭へと向かう。
そして中庭に落とした槍とミツナリの大刀を拾おうとする。
しかしそこで槍を拾おうとして手が止まる。
さっきまでの事が潤平の頭に思い出され、潤平は何となく視線を逸らした。
潤平は無理矢理槍と大刀を収納魔法の中にしまった。
その際、ここで戦った奴らの死体を確認したのだが、三人組の死体は残っているがワドウの死体だけ見当たらない。
(そんな事よりも……)
理由なんてどうでもいいんだ。
奴らによる仲間割れだろうが復讐だろうが知ったことではない。
今の潤平にはただ一つだけ許せないことがある。
全てを失い全てを望んだ爺さんを、最後にあんな形で奪われたことだけが腹立たしかった。
そんな後味の悪い気持ちを自分に抱かせた事が、潤平はとても許せなかった。
「…………爺さんどうするっすか? 俺はタマヨさんのところに行きたいんだけど、あんたもここに置き去りにするのもね。何だか悪い気がするし、このままここで待ってたら誰か来るのかね…………」
潤平はナオイエをどうするか迷って、結局のところナオイエの屋敷で、誰かが来るのをじっと待つことにした。
せっかく寝ている爺さんを、無理に自分の家から動かすのも忍びないと思ったからである。
「…………ほんと疲れたよ」
壊れた屋敷の入り口にナオイエを寝かせその腹の上に白蛇を置く。
彼等も朝日に照らされ眠くなったのか、三匹で固まって眠ってしまった。
それを見ていた潤平も、後ろ手をついて朝日を眺めていたが、次第に瞼が落ちてきて、いつの間にか横になって眠ってしまうのだった。
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