第七十五話 英雄の残影
階段を登り切ると多少上がった息を整える。
階段の先はとても見晴らしが良く、山並みの向こうが薄らと白み始めていた。
「……夜明けか」
後数十分もすれば綺麗な朝日がここから拝めるだろう。
……もう魔力の灰が降り始めてから、もうかなり時間が経っている。
皆のためにも一刻も早く止めなければいけない。
これ以上悠長にはしていられない。
皆が待ってるんだ。
境内に入って足を進めると、例の白蛇が二匹潤平の行く手を遮った。
考えていることは分からないが、潤平の行く手を阻むということは、戦意があるとゆう事と捉え、潤平は両手に火球を携える。
潤平と二匹の間に緊張感が走るが、そこにある人物が割って入った。
「こんばんは、少年」
ナオイエは、残る白蛇の頭に乗り潤平を見下ろしながら、夜の挨拶をしてきた。
「……どうもこんばんは」
その挨拶に、潤平は律儀に返事をしてしまう。
「…………どうやらラショウとワドウ君を使っても、君には勝てなかったようだね」
「……まあ余裕……だったな」
嘘である。
数分前までは死にかけていたのである。
魔力も体力も気力も尽きて、諦めるかどうかの瀬戸際まで考えていたのである。
「……あれだけの人材と時間を掛けても、キミみたいな強者は止められないのか……。……キミはその強さを持ってして何をする気だい?」
「……あ?」
「……その強さがあればキミは何でも出来るし、何にでもなれる。いったいキミは何をする気なんだい?」
「……………………世界を満喫するんだよ」
潤平の答えにナオイエは一瞬固まる。
「……せ、世界を満喫?」
「そうだ。俺はそのために強くなることを願った」
異世界を満喫するに当たって、危険な事に動じない病気にならない困らないために、神様に身体を強くすることを願ったのだから。
「……その力で誰かを救ったり、守ったりしたいと願った事はないのかい?」
「それは……、義務の話か? 力を持つ者はうんたらかんたらとかって……」
「……そうだ。力を持つ者はその瞬間から義務と責任を負うことになる。困っている誰かを助け危ない者を救う。それが強者が背負う業とゆう物ではないのかね?」
「…………うーん。…………俺はないな」
「……持ってないと? つまりキミは誰も助けないし救わないと?」
「……いやそういうことじゃないと思うんだけど……、俺に関わりのある人は助けるとゆうか、助けたい人は助けるとゆうか…………、俺じゃなくても助けられる人はいるだろ? 俺に出来る事なんて限られてるだろうし……」
「…………他人に任せると?」
「…………うーんまあ、そう捉えてもしょうがないかな、俺に出来る事なんて限りがあるし俺はこの世界を楽しみたいだけだ。その途中で出会った奴らを助けられるなら助ける。それで十分だろ」
「……関わりのない人間はどうでもいいと?」
「……どうでもいい訳じゃないけど、実際無理だからさ。今もどこかで窮地に陥っている人を救うなんて真似俺には無理。絶対に間に合いません。なら他の人が助けるか皆で協力するか。それでも間に合わなかったらそれはもう無理だ」
「……キミにとって大切な人でも?」
「……うん」
実際じいちゃんとばあちゃんが死んだ時、俺は何も出来なかったしな。
例え魔法を持っていたとしても、事故を防ぐことは出来なかったと思う。それこそ神様の類いじゃないと、人を救う何て真似はできないとも思う。
「……確かに力を持っている人は、誰かを助けたり救ったりすることは出来ると思う。けど皆が皆普段からそんな事を考えて生きてないよ。その人達も幸せに生きたい筈でしょ」
「…………そうか。キミは素直なんだな」
ナオイエは少し黙って潤平を見詰めていると、白蛇に合図を送る。
すると白蛇が頭を下げて、ナオイエとアザミを地面に降ろしてあげていた。
「少し会話をしよう。……キミは」
「ちょー-ーっとまっってもらっっていいっっすか!!!???」
いきなり潤平がワドウの言葉を遮ってしまい、ナオイエも白蛇三匹も固まってしまう。唯一アザミだけはむっとした顔をしていたが。
「それって時間稼ぎのつもりっすか!? だったら後にして貰ってもいいっすか! 今はそんなことよりもあんたが出したあれ! あの黒い球体を止めたいんですけど! 邪魔しないで貰ってもいいっすか!?」
焦った様子で畳み掛けてくる潤平に、ナオイエは乾いた笑いが出た。そして深く瞑目すると冷酷な眼差しが潤平を捉える。
「……あの魔法は一度発動したら私でも止められない。邪魔が入っても良いように私がそうゆう魔法にした」
まじかっくそ!
じゃあ何かここで黙って見てろってかっ!?
出来るかよっそんな事っ!!
潤平が黒い球体のところに向かおうとすると、白蛇達だけではなくアザミも潤平の前に立ち塞がった。
「…………いいのか? 今の俺が本気でやればこの人達は死んでしまうぞ?」
「……キミがあれを止めると言うのなら仕方ない。この子達も納得の上だ」
数秒間、潤平とナオイエが見つめ合っていると、先に白蛇が動いた。
白蛇が牙を剥いて飛び掛かって来る。
潤平はその牙を片手で掴み、そのまま口内へ火球を叩き込んだ。
白蛇の口の中で爆発。
一匹目の白蛇の身体が大きく跳ね上がる、そして音を立てて地面に沈む。
すかさずそこに二匹の、三匹とタイミングを合わせて向かってきたので、潤平は飛んで避けるが丁度白蛇の尻尾が、潤平を横薙ぎにして吹っ飛ばされる。
境内の地面に数度バウンドして、上手く体勢を立て直すがそこにアザミが現れる。
アザミは腕を伸ばして潤平の首を物凄い力で握るが、潤平は自分に強化魔法を掛けて、難なくアザミの手から脱出する。
そしてアザミの手を掴んで浄化魔法を掛けると、アザミの腕がボロボロと崩れだした。
アザミがハッと息を呑む。
だがすぐに長い髪を蛇のようにうねらせた。
伸ばした綺麗な黒髪が潤平を拘束するが、潤平はまた浄化魔法を掛けると、アザミの髪はボロボロと崩れて、綺麗だった髪も白髪になってしまう。
その時点でアザミに戦える力はなくなり、地面に崩れ落ちてしまう。
残る二匹の白蛇が口を開けて潤平に向かって来たが、それを片手で受け止めると、二匹の口の中に火球を放つ。
桃色に光る火球は白蛇の口の中で爆発すると、二匹の白蛇は地面に倒れて動かなくなってしまう。
残るはその様子をじっと伺っていたナオイエのみ。
「……あんた一人だけになったぞ」
「……そうだな」
「……まだやる気すか?」
「……キミが私の行く手を阻むのなら」
ナオイエは腰に差していた刀を抜くと、魔法を発動させる。
その魔法とは炎で形作られた蛇であり、青色の炎にで形作られていた。
「……行くぞ」
「来なさい」
潤平が駆け出すと同時に、ナオイエは刀を横向きに構える。そして青い炎の蛇が潤平に向かって放たれる。
潤平はその魔法を避けなかった。
青い炎の蛇を真正面からぐっと受け止める潤平。
魔法が当たり爆発する。そこにナオイエが刀を一閃する。
煙の間を縫っていくナオイエの刀。
(手応えがないっ……!?)
ナオイエは潤平を切った感触がないことに気付くが、既に遅かった。
潤平はナオイエの一撃を器用に避けると、右手でナオイエの顔面に拳を入れる。
潤平の拳がナオイエの顔面にめり込む。
グシャッと、肉がぶつかり骨の砕ける音がなる。
そのままナオイエの身体が宙を舞った。
地面を数回転がり、ナオイエはピクリとも動かなくなった。
地面に転がったナオイエを見届けるが、すぐに本来の目的を思い出す。
黒い球体を止めようと試みるが、球体は高いところにあり、飛行魔法を持ってない潤平はあの高さに届かない。
だがこんな事もあろうかと、ある秘策を考えてあれを持ってきた事を思い出す。
じゃじゃーん。
御三家の神器の弓~。
収納魔法から、屋敷に置いてあった弓を引取り出す。
こういうこともあろうかと、屋敷から失敬してきた神器の弓である。
「……ぐうっ、デカいし堅いなっ、でもまあ余裕で使えるか……」
潤平は弓を打った事がないので、見よう見まねで弓を構えてみる。
矢は勿論持ってないので浄化の魔力で作ることにする。
鑑定魔法で補助をして、狙いの真ん中に球体を入れる。
指先はブルブルと震えていた。幾ら魔力を回復したと言っても、潤平の身体に限界は確実に来ていた。
腕も重い。身体全体も重い。
それでも弓を引く。
「関わった以上はなっ! 見捨てられるわけないんだよっ!」
潤平の言葉と共に勢い良く放たれる矢。それは空気と音を切り裂いて真っ直ぐ球体に飛んでいく。
そして、黒石球体に矢が刺さると徐々に淀みの魔力が浄化されていき、球体はボロボロになって崩れていく。
これで取り敢えずは大丈夫。
もう魔力の灰も降らないだろうし、新たに淀みの魔力が生まれる事もない。
でも……、まだ積もった分と生き物の体に入った分が残ってる。
潤平は新たに弓を構えると、上空に狙いを定める。
そして力一杯に弓を引く。
「皆に……届けっ!」
浄化の魔力を矢に込められるだけ込める。そして特大サイズの矢を形作る。
限界までギリギリと引いた弓は、いずれ引けなくなり潤平はそこで手を離す。
ピイイイッと音を立てて空に放たれた矢は、勢いが弱まることなくどこまでも登っていき、やがて空中で音を立てて破裂する。
そして破裂した浄化の魔力は、桜色の魔力の灰となって都中に降り注いだ。
「届けっ! 皆に届け!」
潤平は次から次へと弓を引くと、特大サイズの矢を浄化の魔力で形作り、空に向かって何度も放っていた。
放たれた浄化の矢が空高く昇っていく。
やがて夜明け前の空で弾け、無数の桜色の光となって降り注いだ。
それはまるで逆さに降る流星群だった。
(…………似ている…………)
その姿をナオイエは地面に倒れながら眺めていた。
記憶に蘇るのは、何度も鎮魂祭の締めくくりに神器の弓を引いていたあの男の姿。
アズマという国の期待と責任を背中に背負って、この国のために命を尽くした男。
ナオイエは、今の潤平の姿が自身が若いときから何度も見てきた、ミツナリの姿と重なって見えた。
「……ふふっ」
ナオイエは思わず笑ってしまった。
自分が否定し続けてきた少年が。
誰よりも必死に人々を救おうとしていることが、可笑しくてたまらなかった。
ナオイエが地面に横たわりながら微笑んでいる間も、潤平は必死になって、都中に溜まった淀みの魔力を浄化するために、神器の弓を引いているのだった。
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