第七十二話 降り注ぐ灰
タマヨが第二師団の兵舎に辿り着く数分前。
夜空に上がったナオイエの合図は、第二区画に潜伏していた者達へしっかり届いていた。
闇に紛れてワドウが集めていた者達がアズマの都を荒らそうと動き始める。
「状況はっ!?」
第二師団の兵舎へと辿り着いたタマヨは、すぐに馬から下りるとその場で部下から報告を聞いた。
「報告しますっ!! 第二区画のあちこちで暴徒と襲撃者が暴れているとのこと! 現場にいる兵士はその対応に追われていて身動きが取れないそうです! それと避難民と怪我人が溢れていて混乱が起きているそうです!」
「現場の兵士はそのまま鎮圧に当たって下さい。襲撃者の生死は問いません。避難民と怪我人は第二師団、第三師団の兵舎を解放して下さい。それと病院にも兵士を派遣して下さい。医療班は病院と情報を共有して一人でも多く民を救うように。そしてここにいない兵士に、その事を伝達して一般人に流布して下さい。兵舎に行けば助かると」
「報告します! 第三師団の兵士達が我等との連携の指示を仰いでいます。タマヨ様どうされますか!?」
「潤平君を通してランセイさんからは、臨時で指揮する許可を貰っています。第三師団との連携を許可します」
「タマヨ様っ!」
部下の一人が大声を上げて指を指す。
その方向を見ると、何人もの盗賊と襲撃者がこちらに向かってくるのが見えた。
「あっはぁっー! 見ろっ! 御三家の長女だ! あいつの身柄を手に入れれば何でも貰い放題やり放題だぜぇっ! あいつを捕まえろっ!」
欲に身が眩んだ者どもが何十人も、タマヨに向かって突撃してくる。それをさせまいと第二の兵士達は迎え撃つ体勢に入る。
「不届き者が、タマヨ様に指一本触れさせぬわ」
その時タマヨの周りを守っていた上級兵長達が、襲撃者共を一瞬です制圧する。曲がりなりにも彼等は第二の精鋭、盗賊を相手にするのは苦でもない。
「ありがとう。貴方達も現場に行って兵士達に指示を出しなさい。先ずはこの一帯の安全を確保。それから避難民と怪我人の救助、同じ事を第三師団の彼等にも伝えて下さい」
「了解しました」
「私も行きます。何かあれば伝令をよこして下さい」
タマヨの指示に、バタバタと兵士達が動き出す。
第二師団の兵舎を解放して、大勢の人が入るためのスペースを確保したり、それぞれが班に分かれて襲撃者の制圧と、避難民と怪我人の救助に迎えに行く。
タマヨもそのまま兵士を引き連れて都の中を必死に駆け巡るのだった。
「副団長っ! 言われた通り各々配置につきましたっ!」
「分かった、タマヨの言うとおり一人も第三区画に入れるんじゃないよっ、襲撃者が狙うとしたらこの先の貴族の館だっ、奴等にしてみれば喉から手が出るほど欲しい筈。彼等を守れなかったらタマヨに全責任が行くんだからねっ。全員気合い入れなっ」
「了解!」
第二師団の兵士がそれぞれの持ち場で声を上げる。
「副長っ!」
「何っ!?」
「あれをっ!」
兵士の一人が門の外を指差したので、ミオリは急いで門まで寄って隙間から門の外を見る。
そこから見えたのは、暗闇の中こちらをじっと見詰めているナオイエの手先の者だった。その数は数百人にも登りこちらを見詰めているだけだった。
そいつらは何もせず第三区画の門を、暗闇の中から見詰めてくるだけで却って、不気味さをミオリ達に与えた。
「……副団長、あいつら何故襲ってこないんでしょう……?」
「……分からない、何か理由があるのか……、何かを待っているのか……、それとも…………」
その時ミオリの鼻先に黒い何かが当たる。
最初は空中に漂ったゴミか、それとも何処かから飛んできた燃えカスかとも思い気にしなかったが、それは空中に漂っていると次第に数が増えていった。
「…………これは? …………雪? …………灰か?」
上空からふわふわと降り注ぐそれは、どんどんと降る勢いが強くなっていき、門の瓦の上や地面に少し積もっていた。
(……これは何だ? ……黒い雪が降るわけ無いし、敵の何かしらの魔法……?)
「副長っ!」
周りに積もっていく黒いそれを見渡していると、またもや兵士の一人が大声を上げてミオリを呼ぶ。
「奴等、動き始めましたっ!」
兵士の報告に門の外を見ると、今までじっとしていたナオイエの手先が、武器を抜き始めて魔法を打つ体勢になる。
(やはりこれはあいつらの魔法なのっ!?)
「来るぞっ! 魔法は迎撃しろっ! 門に当てるな! 外の兵士は奴等を門に近付けるなっ!」
水田の合間を器用に避けながら、ナオイエの手先の者達がこちらに向かって突撃してくる。
遠距離からは魔法も放たれた。
第三区画の門前で、第二師団とナオイエの手先との戦闘が始まった。
「何これは……?」
空中から降り注ぐ黒いそれは、タマヨ達がいる第二区画にも届いていた。
あまりに勢い良く降り注ぐため、第二、第三の兵士だけではなく、襲撃者である賊も逃げ回る民も、皆一瞬足を止めて上空を見上げた。
タマヨは思わず黒いそれを手の平で受け止める。
するとそれは雪のように解けて消えていった。
「……団長これは……、……一体何でしょうか?」
「分かりません、ですが今はこれに気を取られている場合ではありません。急いで一般人の誘導を」
「了解っ」
「……何だこれは?」
ラショウとワドウの相手をして、遠距離からの攻撃を躱し続けている潤平も、上空から降る黒いそれに気付いた。
ラショウから一旦距離を取り、頭に積もったそれを手で触って確かめてみる。
その黒い何かは潤平の指の上で解けて消えていった。
しかし、潤平はその黒いモノから若干の反応があることに気付いた。
この嫌な感じ…………。
まさかこれって……!
上空から振るそれを確かめながら、潤平はワドウの奴に目を向ける。
すると奴も同じ様に上空を見上げていたが、潤平とは少し様子が違った。
ワドウは黒いそれを見て、何処か楽しんでいるかのような様子で、ニヤニヤして空を見上げていた。
「…………お前、これが何か知っているな?」
「……あん? まあ知っているかいないかって言われたら、俺は知っている方だな」
空を見上げていた視線を潤平に戻し、ワドウは軽い感じで潤平の質問に答える。
「これは……、あいつの……ナオイエの仕業か……?」
「……ん、まあそうだな」
「……これが何か知っていてお前はここにいるのか?」
「そうだな、知っていて俺はここにいる」
「死ぬぞ?」
「そんなの知るか、俺はお前と決着をつけるためにここにいるんだ。死ぬかどうか何て終わってからじゃないと分からないだろ。……それにあいつの話じゃ死ぬか生きるかは、そいつ次第って言っていたからな。案外分からないんじゃねえか?」
ワドウは潤平との戦いを死地と決めているみたいで自分が死ぬことはどうでもいいみたいだった。
潤平は未だに上空から振り続ける黒いそれを手に取る。
それは潤平の手の平で瞬く間に解けて消えてしまう。
これは淀みの魔力だ。
薄く儚くはあるけれど、この黒いモノは淀みの魔力で出来ている。
凄く反応は薄いが、こうまで降り続いて積もってくると嫌でも分かる。
淀みの魔力は人が多いところに溜まる。自然の中ではいずれ浄化されてしまうのだが、人が多いところだとそれが追い付かない。
そして基本的に淀みの魔力は生き物にはいいモノではない。少しだけなら大したことないが、ここまで積もると呼吸から皮膚から色んな所から吸い込んでしまい、いずれは体の中の魔力が機能しなくなり死んでしまう。
もしも、この黒いのがこのままのペースで降り続けるのならば、この都の生き物は数時間もしない内に死んでしまうかもしれない。
…………もっと急がなければいけない。
潤平は振り続ける黒いそれを握り締めると、ラショウとワドウを睨む。
「……急げよサムライ、あいつの話だと数時間もすれば、この黒いのが体に回るんだとさ」
「……そうか」
「俺はよー、ハナからお前とやり合う事しか興味がねえのよっ、お前を地面に倒して踏み付けるのが俺の楽しみなのよっ。お前に負けて以来お前に付けられた傷が疼いてしょうがねぇっ! だからよ早く来いよっ! お前を殺したくてしょうがねぇんだよっ!!」
喋っている内に段々と興奮してきたワドウ。潤平に興奮した眼差しを向けてくる。
元から俺はそのつもりだ。
後どれ位魔力が続くかは分からんが、もっとペースを上げてやる。
それにこの淀みの魔力…………、常人には毒だが俺にとっては寧ろ好都合だ。
潤平は右手に槍。左手にはいつもの火球を出す。
だがその火球がいつもよりも桜色に光っていて、地面に積もっている淀みの魔力の灰と、空中から振り続ける灰を溶かしていた。
そしてどんどんと潤平の周りに積もった灰が溶けていくと、潤平がいるところだけ灰がポッカリと無くなってしまう。
……やっぱりこれだけじゃ全然魔力が回復しないな。
地面に積もったそれを、空中から降り注ぐそれを、潤平は吸収して心臓で新たに浄化の魔力として使い始めた。
浄化の魔力を使いながら火球を出すのは始めてだったが、神様が言ってた通り普通の魔力と変わらないので、特別な変化はない。
ただ何故か、火球がいつもより少し桜色に色付いているのは気になったが。
「来いよっ!サムライ! ひねり潰してやるっ!」
だからお前からやるつもりはないって。
先ずは向こうだ。
「行くぞ、『火球・三十』」
一瞬にしてボウリングサイズの火球が、潤平の周りに漂うと高速で標的に飛んでいく。
ワドウは面を食らいスキルで慌てて避けて、ラショウは大刀で何とか迎撃している。
しかしそれよりも焦ったのは向こうの三人組である。
ワドウのように避けれるスキルを持ってもいなければ、ラショウのように打ち落とせる膂力も技術も無い。
三人組は何とか食らわないように、ちりぢりになりながら火球を避けようとする。
だが火球は追尾機能が付いているので、避けても付いてくる。
それを何とか避けようと走り回るが、それを見逃す潤平ではない。
「おらぁっ!!」
はぐれた一人を槍で一薙ぎすると、潤平の一撃を食らった賊は石塀に向かって飛んでいく。
轟音立ててぶつかった賊に追尾していた火球が次々と当たる。
その場は爆煙に包まれ槍の一撃と火球を食らった賊はピクリともしない。
「先ずは一人」
残る二人を潤平は睨む。
その瞬間またしても視界の端に、鑑定魔法のマークが浮かぶ。
それを潤平は分かっているので敢えて反応はしない。
「ははっはぁっーー!!」
そこにワドウが、先程と同じ要領で転移してくる。
左手を潤平の背後に、そして自分は潤平の横に転移して同じ様に攻撃しようと企む。
だがワドウはビグンッと震えると、攻撃をすることはせずにそのまままた転移してしまった。
そして現れたワドウは、脂汗をかいており左手を庇って地面に膝を付いていた。
「ぐぅぅっ……! てめぇっ……! やりやがったなっ!」
「二回も同じ手を食うかよ」
ワドウの左手は火傷しており、肉と血が焼ける匂いが辺りに充満していた。
潤平はワドウが同じように、陽動として体の一部を転移させてくると睨み、あらかじめ残しておいた火球を、自分の背中に隠しておいたのだ。
そしてワドウはそれにつけても気付くことなく、左手を転移して罠に引っかかり火傷を負ってしまったと言うわけだ。
これでワドウの奴は手負い。まともには動けないだろう。
ラショウとは距離を取っている。三人組の残りはまだ火球から逃げている最中。
やはり狙うのは向こうの残りだな。
潤平はその場から駆け出し、未だに火球に追われている三人組の残りを片付けようとする。
潤平が走る度に、地面に積もった淀みの魔力が一瞬で消えていく。
こちらに潤平が向かってきたと知った二人は、一瞬ギョッとしたがすぐに切り替えて、潤平を迎え撃とうとする。
潤平はそれを知りながら二人と敢えて打ち合う。
暗闇の中に金属と金属がぶつかり会う音が響き渡る。
全く降り注ぐ勢いが弱まらない灰が積もる度に、刻一刻と生き物の命を削り取っている、潤平はそれを自覚していた。




