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異世界、遺します ~天涯孤独となった俺に亡き祖父母が『異世界』を遺してくれた~  作者: 鏑右いなだ


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第六十九話 その者の名前は

 誰もいない筈の暗い屋敷の廊下を誰かが歩いている。 

 その者は騒ぎが起きている屋敷の庭へと注意を向けると、そちらの方に真っ直ぐ歩いて行く。 

 そして屋敷の隙間から月明かりが差し、中庭にいる不届き者の様子を暗闇の中から見詰めていると、無表情で中庭に立っている潤平をじいっと見ていた。



 

「………………は?」


 強力な力と強靱な肉体を持つラショウが素の殴り合いで負けた。

 今し方自分の前で起きた出来事にハズシは間抜けな声を上げる。

 頭が追い付いていかない。

 あの方の話では、ラショウがいれば問題ないと聞いていた、のにも関わらず目の前で起きた光景を理解できない。


「…………えっ?」


 そしてまたしても信じられない出来事が起こる。

 縄で縛っていた筈の足下の人質が何故か、縄が解かれて自由になっているではないか。


「…………はあっ?」


 またしてもハズシは理解が追い付かず間抜けな声を上げる。

 何で人質の筈の少女の拘束が解けているんだ?

 ハズシはそう思考して、数秒遅れて自分が重大なミスを起こしたことに気付く。

 そこにタマヨが水龍を出してハズシに向けて放つ。

 ハズシは慌ててそれをスキルを使って防御するが、この選択が間違いだったことに気付く。


 しかしハズシが気付いた時には既に遅く、ハズシは顔の横から物凄い衝撃を受けて、そのまま吹っ飛んでいき地面に転がって気を失った。


 

「ふぅ……」


 取り敢えず終わった…………のか?

 ラショウは動かないし、ハズシは軽く頬を叩いたら吹っ飛んでいき気を失った。


 潤平は息を吐くとルリを見た。

 捕まっていた当のルリ本人は、何が起きたのか分からず、泣き腫らした目をパチクリとさせて、縄が解かれて自由になった自分の体を呆然と見ていた。


「……ルリさん大丈夫ですか?」


「あっ…………」


 きっと立てないだろうと思い、潤平はルリを担ぎ上げるとお姫様抱っこで抱える。

 強化魔法で身体能力が上がっている事もあり、ルリの体重は物凄く軽く感じ、まるで羽毛を抱えているかのように感じた。

 気を抜いたら空高く投げてしまいそうなくらいに…………。



「…………潤平さん」


 またしても泣きそうになる雇い主に、潤平はにかっと笑うとすぐに気持ちを切り替えた。


「ルリさん泣くのは全て終わってからにしましょう。まだやることが残っています」


「…………そう、…………そうですね。今は泣いている暇はありませんものね……」


「はい……。タマヨさんっ! ルリさんを無事に保護できましたっ」


 少し離れた所でそれを見守っていたタマヨは深く頷く。

 そしてルリの所まで来ると、最愛の妹を思いっ切り抱き締めた。


「…………ルリッ」


「…………お姉様っ」


 二人はしばらくの間、声も交わさずお互いを強く抱き締めていた。

 そんな二人に感動していると、タマヨが落ち着いたのかどうしてルリの縄が外れたのか聞いてきた。


「……ぐすっ、ねえ潤平君、何でルリの縄が外れたの? 私は何もしてないし潤平君も何か出来る隙は無かったでしょう?」


「ああそれはですね……」

 

「僕が爪で切ったのにゃっ」


 ………………………………。

 どこからか聞こえる馴染みのある声に、タマヨとルリの動きが止まる。


「…………なに?」


「…………だから僕が切ったのにゃ、ついでにタマヨが大怪我を負った時も、治療したのは僕だにゃっ。それとあの敵の女も適度に回復したのも僕だにゃっ」


「…………何でピー君の声が?」


「タマヨさん、足下です」


「僕はここだにゃ!」


 潤平が指差した方と、ピー君の声が聞こえてきた足下に視線を落とすと、そこには小っちゃくなったピー男爵が、両手を広げてぴょこぴょこ跳ねていた。


「……………………」


「ピー男爵に小さくなって貰ってルリさんの縄を切って貰ったんです」


「そうだにゃ、僕の収縮魔法のお陰だにゃ」


「「えええええええええええええっっ!!」」


 戦場のど真ん中で、タマヨとルリの二人の声が重なった。


「ピー男爵にはこっそり付いてきて貰って、タマヨさんの服に隠れて貰ってたんです」


「そうにゃ、最初潤平の方に隠れた方が良いって言ったんだけどにゃ、もしタマヨが怪我をしたら、戦闘中に潤平は治せないし、潤平の方が頑丈だからタマヨの方が良いって話になったのにゃ」


「それで隙を見計らって、タマヨさんの服から抜け出してルリさんの足下で機を覗っていたんだよね?」


「そうにゃ、それで丁度良いところでルリちーの縄をほどいたのにゃ」


「いやー上手く行ったね」


「大成功なのにゃ」

 

「「イエーイっ!」」


 ピー男爵はいつものサイズに戻ると、潤平とハイタッチをする。


「…………なるほどつまり私に黙ってやった、と言うわけですね……」


「あ、あれ……?」


「…………タ、タマヨ、怒らないで欲しいのにゃ……」


 少し剣呑な雰囲気になった事を察した潤平とピー男爵は冷や汗を垂らす。


「…………ふう、別に怒りませんよ。ルリが無事助かった、それで十分です」


 タマヨは雰囲気を和らげると、優しい笑顔を二人に向ける。


「…………それはそうと潤平君向こうの三人はどうするの?」


「あー、それは火の壁を解除して適当にぶっ飛ばして捕まえようと思っていたんですけど、良いですよね?」


「そうね、今の潤平君ならあの三人に遅れを取るとも思えないしお願いしようかしら。私はそこら辺で伸びてる他の三人も縛り上げるわ」


「僕も手伝うのにゃ」


「はい」


 タマヨの言葉通りに、潤平は火の壁を解除して向こうの三人を捕まえようとする。

 

 しかし潤平が一歩踏み出した瞬間、頭の中で物凄い警笛がなる。

 それは潤平が今まで体験したことのない、淀みの魔力の気配だった。




「あまり好き勝手されるのは困るな」




 潤平が警笛がなってうるさくなっている頭を抑えていると、屋敷の中から誰かが出て来る。

 その者はよく通る声をしていて、それでいて冷たい印象を受けた。

 やがてその者は屋敷の中から歩いてくると、月明かりと炎に照らされて暗闇の隙間から現れる。


 現れたのは、ワドウに殺された筈のナオイエだった。

 死んだはずの人間の登場に、潤平達は理解が追い付かず固まってしまう。


「まだ何も始まっていないのに、邪魔をされては困るよ」


 ナオイエが一歩ずつ歩いてくると、彼の全身像か月明かりに照らされる。

 その姿はまるで立派な将校みたいな装いをしており、黒い制服に黒いズボン、腰には刀を帯刀して革靴を履いている。頭には黒い帽子を被り胸に何かの勲章を付けていた。


 彼は少し帽子を指で直すと、潤平達を見詰めてくる。

 その眼差しはとても冷たく無機質で、それでいて人を蔑むような眼差しで見てきていた。


「まさかワドウ君もイチヨウ君もやられるとは、それに折角私が用意したラショウ君までやられてしまうとは、一体何が起きたと言うのだね」


 そこら中に倒れているワドウ達一人一人に視線を向けていくと、最後に潤平に視線を向ける。


「君の仕業かね?」


 その瞬間潤平の背中に悪寒が流れる。


 不味いっ…………。

 この人は前に見た時と全く違う…………。

 目の前の人物は、淀みの魔力に全身浸かっている…………。


 この場の人間がナオイエの雰囲気に飲まれていると、ナオイエの後ろから長髪の綺麗な女の人が現れる。

 とても無機質な顔をしており、生気の無さを感じられる。

 その女の人は何かを引きずっており、ズリズリと辺りに音が響いていた。

 そして月明かりと、潤平の火壁に照らされて、引きずっていた何かを潤平達に見せてきた。


 それは傷付いて死にかけの人であり、それが何を意味するのか潤平にはさっぱり分からなかった。


 ただ後ろの三人は違った。


「…………お……とう………………さま」


 照らされたその人物を見て、タマヨは消え入りそうな声で呟く。

 遅れて潤平も理解する。

 女の人に引きずられ、痩せ細りボロボロになった人物はタマヨ達の父親。カグラザカの現当主である。


 潤平が事態に気付いて、彼を取り戻そうと戦闘態勢に入ると、ナオイエはそれに気付く。


「おっと君は何もしない方がいい。少しでも攻撃する素振りを見せるとユウタロウ君の命はない。まあ殆ど死にかけだがね、それでも寿命を縮めるなんて馬鹿な真似はしないだろう?」


「…………っっ」


「さてそれでは、眠っている者達にも起きて貰おう」


 ナオイエがそう合図すると、後ろにいる女が動き出す。

 ユウタロウを引きずっている方ではない手が、勢い良く伸びて転がっているラショウの首を掴む。

 すると軽々とラショウを持ち上げ、ナオイエの目の前に掲げる。


「ふむ」


 ナオイエはラショウの胸の辺りに触れると、何か不思議な行動をする。

 するとラショウがびくんっと強く反応して、体から魔力が溢れ出す。それは淀みの魔力でとてもが濃度高く感じられた。

 女はラショウの地面に降ろすと、ラショウは起き上がりこちらに視線を向けてきた。


 先程までとは明らかに違う雰囲気に、潤平は焦りを感じていた。


 この状況で三人を守って逃げ切る?

 無理だっ…………!

 目の前のこの人はそれを見逃してくれる筈がない…………!

 きっとその前に何か仕掛けてくる筈だ…………!

 それにあそこで捕まっているタマヨさんのお父さんっ、彼をどうにかしないと……。


 チラリと後ろに視線を向けると、タマヨだけではなくルリとピー男爵までもが雰囲気に飲まれ、動揺していた。


 潤平はこの状況をどう切り抜けるか考えていると……。


「……なんで、……なんでナオイエ様がお父様と一緒にいるの…………?」


「……ん? 気になるかねルリ君」


「…………だって、……ナオイエ様は私達のお力に……なって……くれるって…………」


「そうだね……、私はそう言った筈だね」


「…………なのに、……どうして」


「それは私が一連の事件の主犯だからだよ」


「…………えっ?」


「はあ、君のお父様を捕まえるように唆したのも私。貴族殺しを裏から指示していたのも私だ」


「……な……んで、…………どうして、どうしてっ!」


「言った所でどうする? 君達は今から死んでしまう。知る必要が無いだろう」


 無機質で冷酷なナオイエの眼差しが、ルリとタマヨを射貫く。二人は足下からひゅっと力が抜ける感覚がして、立っていられずその場に尻餅をついた。


「さてラショウ彼等を始末しなさい、と言いたい所だがかの少年がいるからな、簡単にはいかないか? なら武器を持たせよう」


 そう言うとナオイエは女から武器を手渡して貰う。

 女が出した武器はとても長くとてもデカい大刀だった。


「…………その武器は……、どこで……手に入れたのにゃ…………」


 その大刀に唯一見覚えのあったピー男爵が声を上げる。


「ん? これは私がさる人物から譲って貰ったものだよ」


「嘘を言うにゃ! その武器は……その武器はミツナリが愛用していた大刀だにゃ!!」


「そうだ。ピー君も見覚えがあるだろう。この大刀はミツナリが生前愛用していたカラキリクリとゆう刀だ」


「……何故ナオイエがそれを持っているんだにゃ!!」


「私がミツナリに頼まれた……のが理由だ。使える者がいないのならば国に置いておくといいと言っていた。私はそんな馬鹿な事はしない。刀とゆうのは本来あるべき所に返すべきなのだ」


 そう言ってナオイエはラショウにその刀を持たせる。

 なんでそんな事を言ったのか、意味が分からないタマヨ達を見て、ナオイエは不適に笑う。


「ふっ、そうか君達はラショウの素性を知らないのか」


 駄目だっっ!!


 潤平はナオイエの言葉を聞いた瞬間、ナオイエが次に何ね言うのか分かってしまい、思わず叫んでしまった。


「やめろっっっ!!!!」


 普段とは違う潤平の雰囲気に、タマヨ達は思わず身を竦ませてしまう。


「おや? その反応君はラショウの正体を知っていたな? なるほど敢えて喋らなかったのだな? 気にするな、遅かれ早かれ皆知ることになる。ラショウ仮面を取って素顔を見せてあげなさい」


「ふざけるなっっっ!!!! やめろっっっ!!」


「おっと、ユウタロウ君が死んでしまうよ?」


 ユウタロウを盾に取られ潤平は動けなかった。

 そして潤平とナオイエが会話をしてる隙に、ラショウが仮面を取ってタマヨ達に素顔を見せた。

 月明かりと火の光に照らされて、ラショウの顔が暗闇の中でもよく見えた。


「…………これだけの膂力を持ち、身体能力、回復力、防御力、それと常人とはほど遠い魔力量を持った人物は、この国を探してもそういないだろう。……まあそこの少年には負けてしまったが」


 タマヨ達は信じられないモノを目にしていた。

 この世の全てがひっくり返ったと言っても過言ではない。

 そのくらいの衝撃を受けており、鼓動と呼吸がどんどんと速くなっていく。


「……ラショウとは仮の名前。その者の本当の名前はミツナリ。この国を背負い続けた英雄ミツナリ、その者だ」





 

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