第六十六話 同じ手は食らわない
「お帰りなさいませ 潤平様、ピー様」
潤平とピー男爵がタマヨの部屋に戻ると、既に部屋は綺麗になっており散らかった窓ガラスや埃、あちらこちらに付いていた血の跡が無くなっているではないか。
どうやらフミさんとスミレさんが掃除をしたみたいで、襲撃される前と同じくらいに綺麗になっている。
ただ窓や壁にポッカリと穴が空いているので、風が吹くと気になったが。
潤平はデンッと穴の空いている箇所を修復魔法で直すと、前のようにすっかり元通りの部屋になった。
「にゃー、あれだけ散らかっていたのが元通りになっているのにゃっ、凄いのにゃ」
「ソファや地面に飛び散っていた血の跡も綺麗に無くなっているよ、流石ですねフミさん、スミレさん」
「ありがとうございます」
「私達はこれくらいしか出来ませんので」
素直なお礼を言うスミレと、いつものように冷静なフミ。二人のまるで反対の様な対応が、今の潤平には何だか嬉しく思えた。
そして二人とも、潤平とピー男爵にそれぞれお茶を出してくれる。
「そう言えばタマヨさんとミオリさんはどこに行ったんですか?」
先程から姿が見えない二人の名前を潤平は口にする。
「二人とも着替えに向かいました」
「そうなんですか」
そこに丁度良く隣の部屋の扉が開いて、着替えたタマヨが出て来る。
「お~! タマヨかっこいいのにゃー!」
ピー男爵の言葉通り、着替えたタマヨはとてもかっこよかった。
いつもの和服ではなく黒色の軍服を纏っており、女性なのに男性の格好をしているのが逆に映えている。
手には白手袋、足には革靴胸に二本線の入った軍服が、美人なタマヨを数倍も見栄えを良くした。
「準備は出来ました。時間も迫っています、ルリの所に急いで向かいましょう」
タマヨの覚悟を決めた顔付きが、最愛の妹を絶対に救い出すと物語っていた。
「失礼。タマヨ、馬の用意が出来たって」
そこに同じように着替えたミオリがやってくる。
こちらも同じ装いをしていて、ミオリも美人なのでとても似合っていた。
「分かりました、すぐに参ります」
タマヨは机に掛けていた刀を腰に差すと、扉に向かって歩いて行く。
潤平も残ったお茶を飲み干すと、タマヨの後に続こうとする。
他の皆もその後に着いていく。
第二師団の入り口に行くと、ミオリの言葉通り馬が用意されている。しかし一頭しかいない。
「潤平君は私の後ろに乗って下さい」
タマヨはそう言ったが、潤平は少し悩んだ後断った。
「……いえ俺は走って着いていきます」
「何を言ってるんですか? 体力はとっておいた方がいいでしょう」
「少し体を動かしておきたいとゆうか、走って起きたいとゆうか…………、我が侭言ってすいません」
ここまで来ると潤平が中々折れないのは、タマヨも分かってきたので了承する。
「では、私達はナオイエ様の屋敷に向かいます。貴方達は全力でこの都と民を守るように。誰一人賊を逃がさないように。私はルリを助けたらすぐに戻ってきます。貴方達の武運を祈ります」
タマヨが部下達に激励を向けている間、潤平はフミとスミレと向かい合っていた。
「潤平様、どうかルリ様をお救い下さい。……もしルリ様が死ぬことになったら、私も後を追って潤平様を呪い殺します」
「潤平さん、ルリさんのことよろしくお願いします。そして出来るならタマヨさんと無事に帰ってきて、また美味しいご飯を皆で食べましょう」
「…………お、おおっ」
あまりにも違う言葉に潤平は反応に困った。
「……大丈夫。絶対にタマヨさんとルリさんを無事に連れて帰りますから」
にっこりと笑って告げる潤平に、二人は微笑んで帰してくれた。
「潤平君行きましょう!」
その言葉に潤平はタマヨの隣に並ぶ。
軽くストレッチをすると、体が温まってきたのを感じる。
そしてタマヨが馬で駆け出すと、潤平もそれに遅れないよう走り出す。
目指すはナオイエの屋敷。ルリを無事に取り戻すため。
辺りは真っ暗。
月明かりしか便りの無い暗い夜道をタマヨとルリは走り終えた。
途中第三区画の門をすぐに抜けて、見えてきたのはナオイエの屋敷。
約束の時間の十分前。
潤平とタマヨはナオイエの屋敷の門の前に立っていた。
歴史があり堅牢そうな門を見て、ルリさんの屋敷にも劣らないと感じていた。
「行きましょう、タマヨさん」
潤平が門を開けようとすると、馬から降りたタマヨが動かなかった。
「……タマヨさん? どうしたんですか?」
タマヨは俯いていて、その顔は窺い知れない。
しかしよく見ると体は小刻みに震えていて、唇を震わせていた。
「…………私とても怖いんだ……」
普段弱気を口にしないタマヨさんが、潤平の前で弱気を口にした。
「…………部下の手前ああゆう風に振る舞ったりけど、私とても怖いの今…………。…………物凄く怖い…………」
潤平はタマヨが静かに話すのを黙って聞いている。
「私が死ぬのは怖くないんだ…………、…………嘘死ぬのはやっぱり怖い……、けどルリが私の前で死ぬ方がもっと怖い」
「タマヨさん……」
「…………もしワドウを逃がして、ルリが誰にも見つからない場所で苦しみながら死ぬと思うと、怖くなって体をかきむしりたくなるの。ルリを失ったらと思うと私は今度こそ生きていけないの…………」
潤平はタマヨの手を取ると優しく握る。
「タマヨさんが弱音を吐いたのはこれで二回目ですね。あの時は馬車の中でしたっけ?」
「………………うん」
潤平はタマヨのを力強く握ると、タマヨを励まそうと言葉を絞り出す。
「……俺も正直怖いです。この国にきて色んな魔獣に襲われましたけど、そんなの気にならない位怖いです。ルリさんを失ったらと思うと足が竦んじゃいそうです」
「…………うん」
「でもルリさんはもっと怖いはずです。それでも今もこうして俺らが助けに来ると信じてると思うんです」
「……うん」
「なら急いで助けに行かないと、怖いのは皆一緒です。大事な人を失うと思うのは怖いんです。でも本当に失ったら駄目なんです」
じいちゃんとばあちゃんが居なくなった時みたいに。
突然のことに感情の処理が追いつかない、怖いと思う気持ちだってその時は沸かない。
「助けに行きましょうルリさんを。二人だけは俺が命を掛けて助けます」
最後にぎゅっとタマヨの手に力を込めると、向こうもそれに応じてくれた。
「…………そうよね。ルリも怖いはずよね、なら私達が早く助けに行かないと駄目よね」
「はい」
「ありがとう潤平君、助かりました」
「いいえ。俺もピー男爵からの受け売りなので」
潤平とタマヨの二人は視線を合わせると、優しく微笑み合いゆっくりと手を離す。そして目の前に建っているナオイエの屋敷の門を開ける。
門を開けたら、潤平は屋敷の広さに驚く。
ルリの所も、門から屋敷までかなりの広さだったが、ナオイエの屋敷はそれを上回る広さだ。
「……広っ」
思わず声に出てしまった。
「ここで昔、稽古試合が開かれていたりしたの。勝った側はそのままナオイエ様に士官してもらえたから。昔はかなり有名だったみたい。この広さはその時の名残ね」
にしても広すぎない?
田舎のパチンコ屋のデカ目の駐車場くらいあるぞ……?
「……いるわね」
タマヨが言った先には、灯りを点けて座っているワドウの姿と、本当の姿に戻ったくノ一、それと微動だにしないデカい男の姿があった。
その下でルリが口に布を巻かれて捕まっていた。
「…………ナオイエ様は? どうしたのですか?」
「……もう殺しちまったよ」
ぶっきらぼうに答えるワドウに、タマヨは静かに唇を噛みしめる。
潤平も黙って聞いていたがムカついてはいた。
「…………中にいた他の人はどうしたの?」
「それは知らん。ナオイエが逃がしたんじゃねえか? 俺らは向かってくる奴等を殺しただけだ」
「………………そう」
「…………てゆうことで、約束通りこのお嬢ちゃんを帰してやるよ」
ワドウが意外にもすんなりと交渉を済ませようとしたことに、タマヨと潤平は警戒する。
「…………タマヨさん、俺がルリさんを助けに行きます」
潤平が捕まっているルリを引き取りに行こうとする。
「……んな訳ねえーーだろっ!! 馬鹿がっ!!」
その瞬間ワドウがその場から消えて、潤平の後ろに転移する。
やはり卑怯な手を使ってきたワドウ。
「ううんんんーーーーっっっ!!!!」
ルリは潤平が襲われそうになり、布を被せられなから悲鳴を上げる。
だが、潤平はワドウの動きにちゃんと反応していた。
しっかりと目で追った潤平は、後ろに転移してきたワドウの攻撃を躱すと、腕を掴んで思いっ切り肋骨を殴る。
潤平の膂力で殴られたワドウは、肋骨がメキメキと折れるのを感じながら、屋敷の方に盛大に吹っ飛んでいった。
「おっしゃぁっ!! 大成功だっ!!」
対ワドウの企みが上手くいって潤平は喜びの声を上げる。
難しいことはしていない、ただ鑑定魔法でワドウを見続けているだけだ。
この方法に気付いたのは、空を飛んでいる鳥を鑑定魔法で見ていた時だ。
鑑定魔法は視界に入った人や物を鑑定する、それは瞼を閉じても消えたりはしない。ただ一定時間視界から消えると、自動的に消えてしまう。
潤平は鳥が視界から消えても数秒ほどマークが付いているのに気付いた。試しに視界をぐりんぐりんと変えても、鳥にはマークが付いていた。
ならばと思い今度は人で試した。ミオリさんに高速で動いてもらった結果、鑑定魔法のマークは視界から外れても、数秒ほど付いていた。
以前魔法がスキルに干渉出来ると知ってから、もしかしたらワドウのスキルは鑑定魔法を使えば、追跡可能なんじゃないかと閃いたのだ。
結果は大成功。
予めワドウを鑑定魔法で視界に入れといて、奴が転移するのを待つ。
そして奴が転移した瞬間、視界の斜め上にワドウのマークが現れたのだ。
後は簡単。後ろに現れるのタイミングが分かれば、防ぐことは用意である。潤平の反射神経を持ってすればワドウの攻撃は食らわない。
因みに、猫の反射神経を持つピー男爵よりもちょっとだけ反射神経は上なのだ。
前に遊びで叩いてポンをしたら、潤平の方が少し強かったのである。
それを見ていたルリやスミレ曰く、早すぎて何が起こっているか分からなかったとのこと。
ワドウの奴は吹っ飛ばしたので、ルリさんまでの道が開けた。
潤平は急いでルリさんを助けようと駆け出す。
「させないよ、私もいるんだからね」
「………………」
だがやはり目の前にくノ一と大柄な男が立ち塞がる。
くノ一が札を投げてくるが、敢えて潤平はそこに突っ込んだ。
くノ一は一瞬反応したが、すぐに忘れて札を起爆させようとする。
しかしそこに龍の形を模した水魔法が飛んできて、くノ一の札を食い破った。
「あれっ!?」
くノ一が驚くのも束の間、潤平は大柄な男の懐に潜り込むと、男に火球を食らわせる。
ボウンッと懐で爆発した火球は、男に致命傷を与えたかに思えたが、男は特にダメージを無く無反応だった。
そしてゆっくりと動き出すと、潤平に向かって右ストレートを打ち込んできた。
潤平は緩慢な動作とこの体なら耐えられると思って、男の拳を片手で止めようとする。
ゴンッッ!!
辺りに石を殴ったような音が響き、拳を受け止めようとした潤平は十メートル近く吹っ飛ばされてしまう。
潤平はタマヨよりもやや後ろに下がってしまい、あと少しで届くはずだったルリからも離れてしまう。
「ぐあっ……!」
何だコイツっ…………!?
物凄い力だっ…………! 大柄の魔獣の攻撃を受け止めていた俺の体が、こんなに吹っ飛ぶなんてどんな膂力をしているんだ…………!?
片手で受け止めようとしたことに潤平は、男の拳の威力を受け止めきれず左顔面に、もろに拳が入ってしまった。
グワングワンする頭働かせ、深いダメージを自分が受けたのだと確認する。
すぐに回復魔法を自分にかけて戦線に復帰する。
「……タマヨさんすいません……っ! ルリさんまで届きませんでした……っ!!」
潤平は転がった位置からタマヨの隣に戻ると、折角一度きりの作戦が失敗した事を謝る。
「……いいえ大丈夫です。違う作戦に切り替えましょう、私は目の前の女、貴方はその大柄の男を引き受けて下さい」
そう言ったタマヨは、先程札を食い破った龍を模した水魔法を、自身の周りに漂わせていた。
「ふーん、私の爆破魔法を防いだのはその魔法か」
「これは私が修練の末に編み出した魔法、そう簡単には破れませんよ?」
「はあんっ? 言うねぇ」
タマヨさんはくノ一を担当してくれる。
なら俺はこの男を倒す事に集中しないと。
目の前の大柄の男を鑑定魔法で見る。
名前はラショウ。そう書いていた。
それに…………。
奴は顔を隠していて素顔は見れないが…………。
この男の正体を決してタマヨさんやルリさんに教えるわけにはいかないっ…………。
潤平は前にも見たラショウの鑑定結果を見てそう考える。
チラリとワドウの方を鑑定魔法で見れば、奴はまだ気絶している。その隙にこの男を倒してルリさんを救わなければいけない。
ルリまでは十メートルと少し。
潤平とラショウは互いにお互いを見詰めていて動かない。
「……行くぞっ」
それまで喋らなかったラショウが、始めて喋って潤平と距離を詰める。
潤平もそれに応じて走り出す。
二人が同時に相手を殴ると、ドウンッと鈍い音が辺りに響いた。
それを横目に見ているくノ一とタマヨはまだ動かない。
お互いが隙を狙っているからだ。
こうして戦いの火蓋が切られたのだが。
捕まっているルリはどうすることも出来ず悲痛な顔でそれを眺めるだけ。
そのルリの足下で、小さな影がもぞっと動いていた。




