第六十五話 笑えるかい?
タマヨの部屋に戻ると窓ガラスが割れて、ソファやテーブル、床などに血がべったりと付いていた。
そして皆の姿を確認したけども誰もいつもの部屋にいない。
「恐らく隣の部屋にいると思うわ」
潤平がキョロキョロとしていると、タマヨが声を掛けてくる。
タマヨは、いつもの部屋に隣接している休憩兼私室に向かっていく。
潤平もタマヨの後に着いていくと、そこにはベッドの上に寝かされているヨリの姿があり、そのヨリを治療しているピー男爵と、フミとスミレの姿があった。
「……ヨリは大丈夫? ピー君……」
「にゃあ、大丈夫だにゃ。回復魔法も掛けたし今解毒魔法も掛け終わるところだから安心していいにゃ」
「……そう良かった」
ピー男爵が言ったとおり、すぐに解毒魔法が掛け終わりヨリの顔色も良くなり、呼吸も正常に戻っていた。
部屋が散らかっている事、辺り一面に血が付いていること。それらを見て考えればここで何が起こったのかは想像がついた。
ワドウの奴が、ここにいきなり転移してきてタマヨさん達を襲い、ルリさんを連れ去ったんだ。
「……すいません、俺がルリさんから目を離したから……、ワドウが来るのは分かりきっていたことなのに…………」
「……潤平君に非はないわ。あそこで爆発を防がなかったらどの道私達全員が死んでいたか、重体を負っていたわ」
「…………でも」
「いや潤平君は悪くない。結果としてルリちゃんが連れ去られたのは事実だけど、選択としては間違っていない。奴等の方が上手で襲撃を防ぐ事は不可能だったのさ」
そこに遅れてミオリが隣の部屋に入ってくる。
どうやら兵士達に指示を出し終えたらしく、用が済んでここに戻ってきたみたいだった。
「……ミオリさん」
「あの女の存在に気付いたのは寧ろいい判断だと思う。タマヨの言うとおりあそこで私達は終わっていたかもしれないんだからさ。まあ終わった事は責めても仕方ない、潤平君はできる限りの事をした。選択が間違っていたかどうかは誰にも分からないが、最悪の選択ではないと私は思うよ」
「……そう。誰も死んではいないので最悪の選択ではなかったと私も思います」
「…………」
ミオリとタマヨが優しい言葉を掛けてくれるが、当の潤平はまだ納得がいっていないようで、思わず歯が軋むほどに力が入り俯いてしまう。
誰もがそんな潤平を責めれる訳がないと分かっているので、皆言葉を掛けられず黙ってしまう。
「いやーそれにしてもほんとに危機一髪だったにゃ~。あと数分遅れていたら皆危ないところだったのにゃ。あの転移のスキルはやっかいだにゃ」
そこにピー男爵が、空気を変えるためか話題を変更して場を静かにしないようにする。
「そうね……、あの後もかなり油断は出来なかったわよね」
「あいつっ、私に毒袋を投げ付けてきやがって絶対に許さんっ」
どうやら潤平が下に降りて(降りたとゆうより落ちたとゆう表現の方が正しいが)、その後のワドウの襲撃の時の話をしてるらしく、あの後もかなり危険だったらしい。
「……やはり皆さんあいつに襲われたんですか?」
「そうにゃ! 僕は爆発の音で目が覚めて、気付いたらルリちーの後ろに奴が立っていたんだにゃ!」
「それに気付いた私とタマヨが、奴からルリちゃんを引き離そうと攻撃しようとしたら、私に毒袋を投げ付けてきて、タマヨには小刀を投げたんだ」
「……そして遅れてヨリが気付いて奴を殺そうとしたのだけれども、急にヨリちゃんが動かなくなって返り討ちにあったの」
「タマヨとミオリは動けない、ヨリも瀕死に追い込まれ残ったフミとスミレが襲い掛かろうとしたんだが、ワドウのかんに障ったらしく殺されそうになったのにゃ。そこを間一髪僕が盾で防いで事なきを得たんだけど、ルリちーは連れ去られちゃったのにゃ」
「そして私が口から血を吐きながら、窓から潤平君に知らせたって訳」
「…………そうだったんですか」
「いやー僕が襲われて瀕死の状態になっていたら、多分誰かは間に合わなかったと思うのにゃっ、僕が生きてて良かったのにゃー」
「ほんとにそう。ピー君とフミさんが残ってなかったら、私とタマヨそれと一番重体だったヨリちゃんがどうなっていたか、想像もしたくないよ。本当に生き残ってくれて助かったよ」
「いやー、にゃにこれでも猫の血も入ってるから、危機回避能力は一人前ってゆうか、獣の本能?ってゆうか」
「……傷を負った三人には奴のお手製の毒が回り込んでいて、本当に危ない状況だったの。皆助かって本当に良かったわ……」
「タマヨも危なったのにゃ。それに回復直後なのに奴等の所に行くのも危険だったのにゃ。治療したとはいえ失った血は戻ってないし、具合も悪かった筈にゃ。僕は本当にヒヤヒヤしたのにゃ」
眠っているヨリさんの周りで、潤平以外がワドウに襲われて危機一髪で助かった話を話している。
皆助かってよかったと軽い感じで談笑しているが、潤平はその輪には入っていけないと感じていた。
タマヨさんは腹の辺りが赤黒く染まっていて、腹の辺りが刺されたと分かるし、ミオリさんは口元から胸の辺りに、血を吐いたと分かる痕跡が見える。
そしてヨリさんは左脇腹の服が一部無くなっていることから、ワドウの攻撃によって脇が抉り取られたのが分かった。
フミさんもスミレさんも服に血が付いている事から、必死になって救助したのが分かった。
「…………ちょっと俺外に行って、中庭と壊れた場所を直してきます」
潤平は、ここにいるのが居たたまれなくなり一言残すと部屋から出て行ってしまった。
そんな潤平の背中を皆複雑な顔で見送っていた。
ぼーっと何も考えないようにして、壊れた場所の修復作業に当たっているが、どうしてもあの時のルリさんの顔が目に焼き付いてしまい頭から離れない。
考えないように考えないようにと思っていても、あの場面が繰り返し思い出してしまい、頭を何度も振っている。
次から次に修復魔法を掛けて作業はしているが、どうしても集中出来ない。
そして潤平が怖い顔をしながら、作業しているためいつもの顔馴染みの第二の兵士も、誰も潤平に話し掛けようとはしなかった。
そんな潤平の足下に小さな影が近付いた。
「膝カックンっっ!!」
「おわっ!!」
いきなりピー男爵が潤平の太もも辺りに、思いっ切り跳び蹴りをかましてきた事で潤平は思わず膝を折って、地面に片膝をついてしまう。
予想だにしてなかった攻撃に普段よりも膝への攻撃が効いてしまったようだ。
「~~っっ! いきなり何するのっ!?」
「いやー、潤平が怖い顔をして作業しているから、周りの人達が怖がっていてにゃ? それを和ますためにやったのにゃ」
「…………むっ?」
「そんなピリピリしないのにゃ、皆に緊張感が移っちゃうのにゃ。いつもみたいに笑うのにゃ」
「…………笑えないよ」
「……にゃ?」
ピー男爵はよじよじといつものように、潤平の頭に登るとお気に入りのベストポジションに着いた。
「…………ルリさんを守れなかったんだ。そんな状況でどうやって笑えって言うんだよ…………」
「…………でも潤平が笑わなかったら、ルリは怖くなるのにゃ?」
「……は? 何で俺が笑わなかったらルリさんが怖いんだよ……?」
「いや、自分を助けに来てくれる人がそんな怖い顔をしていたら、向こうも不安になると思うにゃ」
「えっ」
「やっぱりいつでも自信満々に笑っている方がいいと僕は思うにゃ。きっとルリちーは今物凄く不安な筈にゃ。そんなとこに今の潤平が行ったらよくないにゃ。潤平は自信満々に笑っている方が似合っているのにゃ」
「……俺は笑ってた方がいいの……?」
「うんにゃ。やっぱり潤平は笑っている方がいいのにゃ。似合ってるにゃ。それに釣られてルリちーもいつもニコニコしているにゃ」
「…………そうなの?」
「うんにゃ、僕が知っている昔のルリちーはもっと大人しくてしゃべらない女の子だったにゃ。それが潤平と会ってからニコニコするし喋ってもいるし、冗談も言うようになったのにゃ。それを見た時僕はびっくりしたのにゃ」
…………そう言えば前にも誰か同じ様な事を言っていた気がする。
ルリさんはもっと静かな人だったって。
「それに周りの皆も釣られていつもニコニコだにゃ。そんな風に皆がなってくれて、僕はとても嬉しいのにゃ」
「…………皆ニコニコしているの?」
「うんにゃ! こんなに沢山騒動が起きて悲惨な状況もあったのに、皆ニコニコしているのにゃ。タマヨはちょっと暗い顔をするときもあるけど、でも潤平の前ではニコニコしている時が多いのにゃ。それが僕はとても嬉しいのにゃ」
「…………タマヨさんも?」
「そうにゃ、フミちーもスミちーもヨリちーもミオリもカントウもツバキもテッケツもマヒロも、冒険者の皆も魔法ギルドの皆も第二師団、第三師団の兵士も皆ニコニコしているにゃ」
「…………ピー男爵も?」
「そうにゃ! だから僕はいつもニコニコしているんだにゃ!」
――思い出すのはじいちゃんとばあちゃんの最後の別れの時、二人はずっとニコニコと笑っていた。とても幸せそうに俺を送りだしてくれた。
涙を見せるのではなくて笑ってお別れするためにずっと笑顔だった――
「…………俺も笑っていた方がいいかな?」
「そうにゃ! 絶対にそっちの方がいいにゃ」
「…………でも俺は自信が無いよ、ルリさんを守れなかったんだから…………」
「それは当然にゃ! 潤平はこの世界にきてまだ一ヶ月しか経ってないのにゃ! 前にも言ったけど潤平はまだ大きい赤ちゃんだにゃ!」
「…………赤ちゃん……」
「そうにゃ! 赤ちゃんにゃ! 赤ちゃんが自信なんか持ってる筈がないにゃ! 赤ちゃんはニコニコして周りを幸せにしとけばいいのにゃ!」
「…………それって暗に笑ってるだけでいいって言ってない?」
「それでいいのにゃっ、赤ちゃんなんだからっ。這う前に歩けって言うのにゃっ」
「………………それ逆じゃないの? 歩く前に這うじゃない?」
「…………にゃ? そうかにゃ?」
決めたつもりのセリフが間違っていたのか、ピー男爵はポカンとした顔をする。
……………………笑ってればいい。ルリさんを不安にさせない、か。
「…………ピー男爵」
「なんにゃ?」
「何かちょっとやる気沸いてきた……」
「おお! やるのにゃ!」
「……確かにルリさんを助けに行くのに、怖い顔をしていたら駄目だよな……」
「うんにゃ!」
「そうだよな……」
潤平は止めていた手を動かして、地面に落ちていた瓦礫を掴むと修復魔法を掛ける。するとみるみると壊れた箇所が治っていき、元通りの建物に戻る。
「タマヨさんの所に戻ろう。ルリさんを救うための作戦を決めなきゃ!」
「…………それはちょっと待ってほしいにゃ」
折角やる気に満ちて、タマヨさん所に戻ろうとしていた純平に対して、ピー男爵が待ったを掛ける。
「タマヨは潤平と二人でルリちーを助けに行くつもりにゃんだろう?」
「…………うん。戦力を分散するわけにはいかないって言ってたね」
「僕もそれに着いてくのは駄目らしいのにゃ。それで考えたんだけど…………、ちょっと耳を貸して欲しいのにゃ」
「……うん? なに?」
ピー男爵は、潤平の頭の上から内緒話をしようと持ち掛けると、潤平もその話が聞きたくて耳を近付ける。
話が終わった後の二人は、とても悪い顔していたと見る者が見たら言いそうな表情をしていた。




