第五十九話 仇討ち
「しっかり捕まっててよ! ピー男爵!」
「分かったにゃ! ちゃんと爪を立てておくにゃ!」
「よし! 我慢する!」
潤平とピー男爵は病院から飛び出し、テッケツさんの工房目指して走って向かう。
いつものようにピー男爵は潤平の頭に乗っかり、振り落とされないようしっかりと潤平の頭に爪を食い込ませる。
潤平は激痛が頭に走ったが、今ばかりは我慢することにした。
「鑑定魔法を共有するから! 怪しい奴がいたら教えてくれ!」
「分かったのにゃ!!」
道中鑑定魔法をかけてピー男爵に共有しながら、怪しい奴とくノ一が姿を変えていないか、目を光らせながら道を走る。
人の合間をスルスルと器用に避けて、時には壁を蹴って塀の上に登ってひたすらに走る。
「見えたっ! テッケツさんの工房だ!」
直線の道路を走りながら、視界に入ったテッケツさんの工房に急いで向かう。
店の中に入ると、前みたいに従業員が店に立っておらず、潤平とピー男爵は不審に思う。
その時、店の奥の工房から誰かの悲鳴と何かが暴れる音がした。
「奥の工房にゃ!」
急いで奥の工房に向かうと、あれだけ賑やかで鉄の音が響いていた工房が静まり返っていて、地面には何人も血を流して職人達が倒れていた。
「ピー男爵人が倒れているっ!」
「僕は手当をするのにゃ! 潤平は奥に行くのにゃ!」
「分かった!!」
前に案内された、テッケツさんの住処である屋敷に入ると、そこでも男の職人達が血を流して廊下と部屋の中に倒れていた。
潤平は急いで彼等の安否を確認すると、職人さん達は微かに呼吸をしていたが意識は無かった。
このままではまずいと思った潤平は、急いで倒れている職人さん達に回復魔法をかける。
潤平の回復魔法で全快には至らないが、それでも致命傷を負っているので命は助かるだろうと思い回復魔法をかけた。
倒れている職人さん達を全て回復させていると、肝心のテッケツさんがいないことに気付く。
潤平が周りを見渡していると、屋敷の外の方から鉄と鉄とがぶつかる金属音がする。
潤平は急いで音のなった方に向かった。
潤平が駆け付けると、そこにいたのは腹から血を流して必死に戦っているテッケツさんと、隣で同じように戦っている男の職人さん。
そしてそれらを守るように後ろに女の職人さんと、マヒロさんと子供が守られていた。
対して襲撃者は四人で、皆一様に黒い格好をしていて顔も分からないように隠していた。
「テッケツさんっっ!!」
この場にいないであろう人物に大声で呼び止められ、テッケツは動きを止めて潤平の方に振り向く。
同じく襲撃者も、新たに現れた増援に潤平の方を見た。
潤平はその場から駆け出すと、右手に収納から槍を出して、左手にソフトボールサイズの火球を出す。
「おらぁっ!!」
潤平は槍を力一杯投げて、賊に向かって突っ込んでいく。
「……っっ!?」
まさか槍が高速で飛んでくるとは思わず、賊は動きが固まってしまい、一人が槍の餌食になり食らってしまう。
そのまま槍の勢いは止まらず、槍を食らった賊は体が折れ曲がるように吹っ飛び、石の塀にぶつかって動かなくなる。
それを呆然と眺めていた残りの賊だったが、懐に潤平が入り込んできたので慌てて対処しようとする。
しかし既に遅く、潤平は懐に入り込んだ賊の顔に火球を食らわせる。
もろに顔に火球を食らった賊は一瞬ビグリと固まると、そのまま地面に倒れてしまう。
もう一人の賊は反応が遅れていたので、顔面を思いっ切り殴った。
殴られた賊は壊れたおもちゃのように手足をぐりんぐりんと動かして飛んでいき、建物にぶつかるとそのまま動かなくなる。どうやら首の骨が折れたようだ。
最後に残った賊は次々と仲間がやられて事で、潤平から距離を取るとその場から逃げようとする。
しかし潤平は予め待機させておいた豆粒程の火球を、賊の左目の前で発動させる。
賊は急に左目に激痛が走りバランスを失い、足がもつれてその場に転がる。
それを見逃す筈がない潤平は、倒れた賊の元に行き拳を顔面に振り下ろした。
ずぅんっ! と辺り一面に地鳴りがなると、地面にひびが入っており賊の顔が半分潰れていた。
これでこの場にいる賊は制圧したことになり、潤平は取り敢えず安心する。
一人だけ顔を焼かれた賊が呻いていたが、潤平は一先ずそれを無視した。
「テッケツさん! 大丈夫ですか!?」
一連の流れを見ていたテッケツさん達は、襲撃者が制圧されると知ると皆一安心したようでホッとしていた。
しかしテッケツさんは腹から血を流していて、気を抜いた瞬間に苦しそうに呻き出して倒れる。
「テッケツさん! 今回復魔法をかけるので少し我慢して下さい」
倒れたテッケツの元に行き、潤平は急いで回復魔法をかける。傷は塞がったようだったが痛みはまだ残っているようで、やはり潤平の回復魔法では完全に治すことは無理だと思った。
ピー男爵の力を借りたいが、まだ重体の人を治しているみたいで、こちらには姿を現さない。
「……潤平……どの、私はいい……ので……妻と従業員を治して下さい…………」
テッケツの自分を省みない発言に、潤平も他の人の治療に専念する。
マヒロさんを見れば、どうやら肩に攻撃魔法を受けたみたいで、右肩から血を流していた。
他の職人さんも、かなり傷を負っていて負傷していた。
それらを一人ずつ治していく。それでも潤平に出来る回復魔法は限界があるので、全快複には至らなかった。
三名を残した辺りで治療していると、ピー男爵の姿が見えた。
どうやら瀕死の人達の治療が終わったようで、こちらにきてくれたようだった。
「ピー男爵! こっちに来てテッケツさんを治療してくれ!」
「分かったのにゃ!」
ピー男爵が倒れているテッケツの元に駆け寄り、回復魔法をかける。
痛みが無くなり、全快復したテッケツさんは起き上がり腹の辺りを確認して、体の調子を確かめていた。
「テッケツは血をかなり失ったからにゃ。あまり激しく動いたらいけないのにゃ」
急にテッケツが動き出したことで、ピー男爵が待ったの声をかける。
腹からかなりの出血をしていたのであまり激しく動いて欲しくないそうだ。
ピー男爵は順にマヒロさんから、従業員に回復魔法をかけていくとこの場の全員を治療し終わったみたいで、額の汗を拭って大きく息を吐いた。
「ピー男爵、中の人達はどうなったの?」
「大丈夫だにゃ、とてもギリギリで危ないところだったけど全員無事に治療したのにゃ。なので全員生きてるにゃ」
ピー男爵の言葉に、黙って聞いていたマヒロと従業員は、建物の中の人達が生きていると知って、歓声を上げる。中には大粒の涙を流す者もいた。
「潤平殿、ピー男爵殿、この度は我々一同の命を救って貰って感謝至りまする」
「ああ~、はい。皆さん助かって良かったです、でもその話しは後でゆっくりと話しましょう。屋敷と工房の修復と流れた血の処理をしましょう。それと僕達はあそこで転がっているあれの処理をします」
潤平がピッと指差した先には、潤平の火球を顔面に食らって、今にも死にそうな賊が倒れていた。
「どうするこの人、死にそうだけど……」
「取り敢えず潤平が回復魔法をかけて、縄は…………抜けられそうだがらテッケツに頼んで鎖を持ってきて貰って、それで縛っとくのにゃ」
「分かった」
急いでテッケツさんの所に行き、鎖を貰って俺の回復魔法をかける。取り敢えず賊は瀕死の状態から抜け出したようで、大丈夫だったがそれでも完全に直っていないので、痛みが激しいのか呼吸は荒かった。
治療しても賊の男は、黙ったままで二人を一睨みするだけで何も喋らない。
「どうするこれ? 治したのはいいけど俺尋問とかやったことないから、何も聞き出せないよ?」
「僕もしたことないから無理なのにゃ。かと言って拷問をするのも嫌だしどうするかにゃー」
「俺も拷問は嫌だよ、爪はいだり指曲げたり水攻めしたりするんでしょう? うえっ、そんなの俺には出来ないね」
「賊も三人も倒した奴が言うセリフじゃないのにゃ、あっちとこっちとそっちに死体が転がっているのにゃ」
「あの時はほら、戦闘で必死だったしテッケツさんが危ないと思ったから。拷問は違うじゃんゆっくりとやるじゃん。それは嫌だし気持ち悪いじゃん」
「……参ったにゃー、捕まえたのはいいけどその後が困るのにゃー」
二人が頭を抱えて悩んでいると、テッケツさんの屋敷の方が騒がしくなる。
どうやら誰かが暴れているようで、潤平とピー男爵はもう一人賊がいたかと身構えたが、そうでは無く従業員の一人が騒いでいるようだった。
どうやらその人は女性のようで、テッケツさんが必死に宥めているが止まらず、鉄の棒を持ってこっちに走ってきた。
いきなりのことで潤平もピー男爵もびっくりしたが、女性は縛られている賊に向かって鉄の棒を振り下ろした。
しかし、それを黙って見ている潤平ではなく、すんでの所で右手で受け止める。
女性は縛られている賊を、鉄の棒で殴ろうと思っていたのに途中で潤平に止められてしまい、潤平に気持ちをぶつけてくる。
「何で止めるんですかっっ!!」
「あ~、いや何となく……?」
「こいつをっ……!! こいつをっ……殺したいのにっ……!!」
女性は一言呟くと堰が切れたように泣き出してしまっう。
いきなり気持ちをぶつけられ、泣き出されてしまった潤平はどうすればいいのか分からなくなり、鉄の棒を持ったままオロオロと戸惑ってしまう。
「…………俺はどうすればいいの……? ピー男爵……」
「僕も分からないのにゃ……」
流れが分からなくて困っていた二人は、途中から駆け寄ってきていた工房の従業員から話しを聞いた。
どうやら彼の弟がとても悲惨な目に遭ったらしい。
姉と女性の従業員を逃がすために、他の男性の職人と一緒に足止めをしていたらしいのだ。
そして見るも無惨な姿にはなった彼は死にそうになっている所を、ピー男爵が助けて一命を取り留めたのだ。
命は助かったが、まだ目を醒まさないので怒りに駆られた姉が咄嗟の行動に出たと言うわけだ。
その話を聞いて潤平は鉄の棒を女性のまえに降ろした。
泣いている姉と、ピー男爵と従業員が呆気に取られる中潤平は喋る。
「どうぞ、殴ってもいいですよ」
あっけらかんと言うので周りの動きが止まる。
「弟さんが酷い目に遭ったんでしょ? ならお姉さんが弟さんの名誉を返すためにやれば良いじゃないですか」
この場にいる人間が、潤平の言葉を黙って聞いているだけだったが、唯一ピー男爵がその意見に反対した。
「……いやそれは駄目なのにゃ」
「……どうして……?」
「……確かに自分の身内が襲われて酷い目に遭ったら、やり返したくなるの分かるのにゃ。ましてや今回は命が助かったけども、死んでいたら復讐の気持ちは増していくにゃ。けどそれをしたら駄目なのにゃ」
「……復讐したい気持ちは消せないじゃん」
「……それでもその気持ちを飲み込むのにゃ。僕は職業柄そう言う人をたまに見るのにゃ。でもやり遂げた人は悲惨になるにゃ。それに復讐しても何も変わらないのにゃ」
ピー男爵は賊を見下ろすように喋り続ける。
「やり遂げた時はいいかもしれないけど、その後は何も残らないし何も変わらないのにゃ。きっとお姉さんもそうなるにゃ。今まで人を傷付けた事のない人間が、いきなり人を殴り付けてもきっと後悔するにゃ。弟が直って元気になってもお姉さんの心には影が指したままになるにゃ」
ピー男爵の言葉を皆黙って聞いている。
「ならこいつは僕らに任せて、お姉さんは助かった弟君が目を覚ますまで見守るといいにゃ。弟君が目を覚ましたらきっとその頃には復讐なんて忘れているにゃ。折角命が助かったのだから弟君の傍にいるといいにゃ」
にっこりと笑ってお姉さんの肩を叩くピー男爵。
お姉さんはもう一度大きく泣き出すと、同僚に連れて行かれ屋敷に戻って行った。
「……復讐するのは駄目かな?」
「……駄目とは言わないけど意味が無いことだにゃ。さっきも言ったけど気持ちは物凄く分かるのにゃ。でもそれをする人間はすべてを無くした人か、余程の覚悟を決めた人間だにゃ」
「……そうかぁ、俺は間違ってたのか」
「間違っているにゃ、進んで人に勧める行為ではないのにゃ。だから僕が横から代わりに言ったのにゃ」
「……俺はまだまだ駄目だね」
「いや今知ったから大丈夫にゃ」
潤平がピー男爵の顔を見ると、ピー男爵はにっこりと笑ってくれた。それだけで少し救われた気がした。
「それはそうと、こいつをどうするのにゃ」
黙って自分の行く末を見守っていた賊は、ピンクの言葉にも睨み付けるだけだった。
「あーそれね、いい方法を思い付いたんだ」
「何にゃ?」
ピー男爵に問われ、潤平はにっこりと笑顔になる。
その顔を見て縛られて地に伏せている賊は、寒気をかんじるのだった。




