第五十五話 ボロボロでドロドロの二人
潤平とピー男爵が負傷者の救助を終えて、疲れて地面に座り込んでいる時からおよそ十分後。
タマヨの元に兵士が駆け込んでくる。
「団長っ!! 急報ですっ!!」
「聞きます、報告して下さい」
自分の部屋で仕事を片付け、次々と報告に来る伝令の兵士の話を聞いていたタマヨに、急報を知らせに来た兵士が部屋に飛び込んで来る。
彼は一瞬、部屋にいるルリ達に躊躇ったが、すぐに切り替えるとタマヨに急報の内容を告げる。
「報告します! 第二区画で大規模な爆発が起きたとの報告が上がっています! 一般人も巻き込まれ負傷者は多数出ているとのこと!」
「現場を封鎖しなさい。それと近くに副長がいる筈だから彼女の判断を仰ぎなさい」
「……それなんですが………」
「…………どうしたの?」
そこまで言って妙に歯切れの悪い兵士に、タマヨは圧力を掛けて問い詰める。
「……その現場に副団長も居たらしく、爆破に巻き込まれて重症を負ったそうです。ピー男爵殿も例の少年も同じ現場に居合わせて、情報部の人間も、皆爆破に巻き込まれて負傷したとの報告が上がっております…………」
その報告を聞いて、タマヨは頭を思いっ切り殴られた位の衝撃を受けた。
一気に視界が狭く暗くなるのを感じながら、タマヨは平静を装った。
「わ、分かりました。現場には上級兵長を二人派遣して……、彼等に詳しい情報と捜索をするよう言って下さい」
「了解しましたっ。失礼します!」
伝令役の兵士が部屋から退出すると、部屋の中は静寂に包まれる。
最初にそれを破ったのはルリだった。
「…………お姉様、今の報告はどういう事ですか…………?」
ルリは、一体何が起こっているのか分からないといった様子だった。
「…………潤平さん達は、ここで情報の整理をしてるのではないのですか……? 何故第二区画にいて、爆破に巻き込まれているのですか……?」
「…………ルリ、本当にごめんなさい。その事は後になってちゃんと説明するから、今は彼等が無事かどうかの報告を聞いてもいいかしら…………」
「………………っ。分かりましたっ」
「……ありがとう」
ルリはタマヨの普段見せない動揺してる姿を見て、出したい言葉を全て飲み込んだ。
平静を装ってはいるが、自分の姉がここまで動揺してる姿を見るのは、父親が捕まった時以来の事だったからである。
その証拠にタマヨは何度もペンを置いたり握ったりを繰り返していた。
ルリも自分を落ち着かせようとお茶を口に出運ぼうとしたが、湯込みを掴むが手に力が入らなくて、いつもやってる何気ない動作が出来ない事に気付く。
そんな雰囲気が部屋全体を包み込んでいるので、自然とフミさん達も緊張感が増して表情が堅くなる。
その時廊下の奥から足音が聞こえてきて、タマヨの部屋に急報の続きを知らせにきた兵士が入ってくる。
「失礼します! 例の爆破の件について続報が入ってきました!」
「……聞きます、……話して」
「はい! 建物の爆破による被害の規模は依然不明とのこと。それと軽傷者、重傷者が多数出たとのことですが、奇跡的に死者は確認されてないようです! ですが負傷者の数は増していくようで近隣の病院に急いで搬入しさせているとのことです!」
「他には?」
「今回の騒動に関しましては、副団長と情報部による例の盗賊の監視の任務だったそうですが、その途中盗賊が証拠と調査をしに来た者を消すために建物を爆破したそうです。その盗賊は建物の下敷きになったか、それとも逃げたのかは調査中との事であります!」
「……副団長はどうなったの?」
「はい! 副団長は重症を負いましたが、その場に居たピー男爵殿の回復魔法により命に別状はないとのことです。只負傷して出血していたので病院に運び込まれたそうです。情報部の人間も同じく運び込まれたと報告が上がっております」
「……ピー男爵と潤平君は?」
「その二人に関しましては意識があり、立って歩けるとのことで、現場の救助活動と爆破による延焼の鎮火をしていると報告があります!」
………………良かった。
タマヨは心の中で大きく安堵する。
ミオリが怪我をして運ばれたとは言え、ピー君が治療したとゆう事は大丈夫だと言える。
まだ完全に安心とは言えないけど、それでも三人が無事だと知ってタマヨはホッとした。
「……被害の程がどれ位かは分かりませんが、近隣の安全確保と負傷者の救助、それと周りを完全に規制して延焼が広がらないようにして下さい」
「了解しました!」
バタバタと兵士が部屋から出て行くと、タマヨは大きく息を吐いた。
それはルリと使用人の人達も同じで、皆が三人が無事だと知ってとても安堵していた。
「…………取り敢えず彼等は無事で良かったわ」
「…………はい」
タマヨの言葉にそう返すルリの目は少し潤んでいた。
「…………後は待ちましょう。彼等はここに帰ってくる筈だから、詳しい話は彼等に聞きましょう」
タマヨがそう言った一時間後、満身創痍といった感じの潤平と、ドロドロになって潤平の頭の上に覆い被さっているピー男爵がタマヨの部屋に戻ってきた。
「…………ただいま戻りました……」
「…………帰ったにゃ……」
二人は部屋に入るなり早々に、疲れていたのか空いているソファに倒れる。
「…………本当にお帰りなさい、二人とも」
「…………にゃあ魔力を沢山使って疲れたし、色々あったからもう動けないのにゃ」
「…………俺はしばらくこうしていたら、回復しますからちょっとこのままで…………」
「……分かっています。そのままで構いませんよ」
潤平が寝転がっているお腹の上で、ピー男爵が同じように寝転がっていて二人ともグデンとして動きたくない様子だった。
「ミオリは本当に大丈夫なの?」
「大丈夫にゃ……、意識は戻ったし傷も塞いだし、感染症の類いもないにゃ。ただ少し血を失ったから体調が悪いから、病院に預けといたにゃ……」
「情報部の人達は?」
「彼等も取り敢えず大丈夫だにゃ……、僕と潤平で重症から歩けるくらいまでには治したから問題ない筈にゃ」
「そうそれは良かった。………………待って、潤平君も治したの?」
「そうにゃ……。僕の事も治してくれたにゃ……」
「……えっ、ピー君の事も治したの?」
「…………そうです。ピー男爵が意識を失っていたので、ミオリさんの指示でピー男爵を最初に治療しました」
「……でも、潤平君は回復魔法持ってなかったわよね?」
「……それが、その場で急いで作りました。急だったので上手くいくかどうか分からなかったんですけど、どうにか上手くいきました……」
「……中級魔法だったから、完全に治療するまではいかなかったけど、それでも僕が満足に動ける程には回復していたにゃ……」
「……なるほど、良くそんな現場で機転が回りましたね」
「……はい。思い付いて良かったです……。……ちょっとピー男爵背中が痛くなってきたからどいて貰ってもいい……?」
「……んにゃ? 時間が過ぎて痛みが増してきたのかにゃ? 自分に回復魔法は掛けたのかにゃ……?」
「……いや、それどころじゃなかったから何もしてない……」
「……んにゃそれはいけないのにゃ、ちょっとうつ伏せになって背中見せるのにゃ……」
「……ん」
潤平がゴロリと、仰向けからうつ伏せになるとYシャツに穴が空いて、あちこちから血が滲んでいた。
「……にゃ~。ちょっと服を全部脱いでそこに寝るにゃ。治療するにゃ~……」
服を脱ぐと、爆破の余波で飛んできた破片や石つぶてが潤平の背中に食い込んで、肉を切っていて背中のあちこちに裂傷と穴が空いていた。
痛々しい潤平の体を見て、ルリは悲痛な顔をしてタマヨはずっと無表情だった。
「……にゃ~、良くこの状態であんなに動いていたにゃ~。気付かなかったのにゃ……?」
「……ん~、あの時はそれどころじゃなかったし、アドレナリンが出ててあんまり気にならなかったな~……」
「……うにゃ、フミちーお湯と清潔な布を兵士にお願いして持ってきてくれるかにゃ……? 血を拭きたいのにゃ……」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
「……頼むにゃ~、潤平。これから回復魔法を掛けるけど、その時に皮膚の中に食い込んだ破片や石つぶてが排出されるにゃ……、その時まあまあ痛いから心するにゃ……」
「……麻酔とかないやつ……?」
「……そんな暇ないにゃ、今すぐここでやるから覚悟するにゃ……」
「……分かった、やって」
「んじゃあ、いくにゃ……」
ピー男爵が魔法を掛けた瞬間、背中全体が熱くなりモゴモゴと何か動く感触がした。
「……っぐう!」
少し痛いだけと思っていたのが激痛が走って、潤平は呻き声を上げる。
「もう少しにゃ……、もう少し……」
やがて破片が全て排出されて傷が塞がると、ピー男爵は更に回復魔法を掛けて治療を終える。
「……んにゃ、終わったにゃ」
ピー男爵は背中に付いた血や泥をお湯で綺麗に拭いていく。
「……にゃ~、最後に残っていた魔力も使ってしまったにゃ……。もう一歩も動けないのにゃ……」
「……ピー男爵ありがとう……」
「…………んにゃ~…………」
またしてもヘロヘロと力なく二人ともソファに沈み込む二人。
「……本当に二人とも無事に帰ってきてくれて良かったです」
ルリは薄らと涙を浮かべて、潤平とピー男爵が帰ってきてくれたことを心の底から喜んでいた。
そしてスミレとヨリだけでなく、フミも薄らと笑顔を浮かべていることからどれだけ嬉しいのかが分かる。
「取り敢えず二人共、今日はもう何もしなくてもいいわ。屋敷に帰ってゆっくり休んでちょうだい」
「……にゃあ? どんな事があったのか報告しなくていいのかにゃ……? そのつもりでここに来たのにゃ……」
「ええ。報告は伝令で届くしまた日を改めてでいいわ。ミオリも直接交えて話したいしね」
「……そうかにゃ、なら帰るのにゃ……」
「……すいません、そうさせて貰います……」
「いいえ本当にごめんなさい、無事に帰って来てくれて良かったわ。ルリ、気を付けて帰ってね」
「……はい、お姉様は今日お帰りになられますか?」
「ごめんなさい。この状況だと帰れそうにないわ、後で説明するとは言ったけど何も離せなくてごめんなさい」
「……いえ、大丈夫です。お姉様もちゃんとお休みになって下さい」
「ありがとう、お休みなさい」
「はい、お姉様も」
潤平は自分の足で部屋から出て行き、ピー男爵はフミに抱えられて部屋から出て行った。
ルリが一番最後に部屋から出て行き、部屋の中はタマヨ一人になってしまう。
一人になったタマヨは自分の心を落ち着かせるため、例の特別な時にしか飲まないお茶を自分のために煎れる。
煎れた際に香りが部屋中に広がり、一口飲んだら心も穏やかになった気がした。
……良かった。皆無事に帰って来てくれて本当に良かった。
心の中にその一言が浮かび、タマヨは誰にも見られないように今だけ自分の顔を両手で覆った。




