第五十四話 瀬戸際の魔法
「大丈夫見つけたよ」
騒動を起こした事で、誰かが呼んだ第二の兵士を副団長であるミオリが、対処して三人はその場から遠ざかっていた。
するとミオリが急に奴らの事を見つけたと言ってきたのだ。
「奴らを尾行していた第二の情報部によると、あの二人は第二区画の外れにある建物の中に入っていったようだよ」
「……まさか本当に付けてたなんて……」
「言ったでしょ? 大丈夫って」
ミオリはにっこりと笑う。潤平はその快活な笑顔が今はとても頼もしく思えた。
「それで? その情報部とやらはまだ待機させているのにゃ?」
「うん。私が行くまでは手を出さないように言ってある。建物にも動きはないようだし、四方八方を囲んでいるから誰一人見逃す筈ないしね」
「じゃあとっとと行くにゃ」
潤平はその言葉を聞いてある考えが頭の中を過る。
「…………ミオリさんもしかして何ですけど……」
「うん? 何?」
「ワドウの手を借りたら、奴ら転移で逃げている可能性はないですかね…………?」
「……………………」
潤平の一言により、三人ともその可能性に気付いてしまい動きを止める。
瞬間三人は急いでその場から勢い良く走り出す。
正しくは、潤平とミオリの二人が走り出し、ピー男爵は潤平の頭の上に飛び乗ってしがみ付いていたが。
「こっちだよっ!」
ミオリの誘導に潤平はついて行く。
頭の上でピー男爵が潤平の動きに合わせて揺れている、その度にニャフン、ニャフンと口から声が漏れている。
やがて目的の建物が見えてくると、ミオリがそこで足を止める。
潤平はこんなのは走った内に入らないので、息は上がっていなかったが、ミオリも息が上がっていなかったので、彼女の実力が窺えた。
建物に数歩近寄ったら、建物の影から数人の男女が現れる。
「…………この建物に入って行きました」
「……お疲れ様。誰も出入りしてない?」
「…………はい。私達が監視している間誰もあの建物に出入りしてません」
「……そう」
ミオリはチラリと後ろの潤平を見る。
「……建物の中を調べよう」
ミオリは潤平にそう告げる。
それは一緒に建物の中を調べようと言う、潤平の事を信頼してのミオリの言葉であり、潤平はその言葉を聞いて頷き返し建物の中に入ろうとする。
「ピー君も気を付けてね。もし君が負傷したら他に回復出来る人がいないから大変なことになる。あまりベタベタ周りを触らないように」
「うんにゃ、十分気を付けるにゃ」
ミオリに言われ、いつもとは違った真面目な顔つきをしているピー男爵。
「じゃあ行こう」
潤平とミオリとピー男爵は正面の入り口から、他の情報部の人達は壁を乗り越えて中庭から入っていく。
カララッと正面の入り口を開けると、建物の仲は暗闇に満ちていた。廊下の奥まで続く暗闇がまるで侵入者を飲み込むかのような錯覚に陥らせる。
この中で一番丈夫な潤平が最初に玄関から建物の中に入る。
一歩足を踏み出した時、言いようのない不安と緊張が潤平の全身を襲う。
この建物がそうさせているのか、それとも自分の中から生まれて来ているのか。それは潤平には分からないことだった。
そんな感情を振り払って玄関から進み、土足で廊下に上がる。土足で建物の中に入るとゆう行為が、あまり馴染みがない事なので気は進まなかったが、非常事態なので深く考えないようにする。
それにしても、太陽の光りが届きにくい設計の建物なのかあまりにも中が暗い。
そう思った直後、後ろからピー男爵が光球を使って全体を照らしてくれる。
潤平がありがとうの意を込めてニコッと笑うと、ピー男爵もにかっと笑顔で返してくれた。
廊下を進み、一つ一つ部屋の中を捜索していく。
「…………何もない。只の民家みたいだ」
ミオリがぼそっと呟いたが、潤平も同じ感想を抱いた。
何もかもが普通の民家過ぎる。
最後の部屋を開けても特に何も見当たらなく、これと言って奴らが住んでいたとゆう生活感がまるで無かった。
「……それにしても奴らはどこに行ったんだ?」
部屋を隈なく探したが、ここに入っていった二人の姿が見えない。それどころか気配すらまるでない。
「……おおっ。そっちは何かあった?」
「…………いえ中庭から入りましたがそれらしい物は何も。唯一奴らが飲み食いしたであろう、徳利とお猪口が縁側に残ってました」
「……そう。なら後は二階かね」
玄関の横に、二階に通じる階段があったのでそこに戻る。他の情報部の人達は部屋に見落としがないか、再度一階を隈なく捜索するようだ。
「……行くよ」
「……はい」
「うんにゃ」
ミオリの言葉に三人は階段をゆっくりと一段ずつ上っていく。
階段を上りきるとそこは一つの大部屋になっていた。
二階は丸々大部屋になっていて、襖で仕切っているだけでそれを取り払えば、全ての部屋が繋がっている様子だった。
「……ここは奴らが寝起きしていた場所かな?」
ミオリの言葉通り、乱雑に布団や衣類が置かれていて、そこら中に酒瓶や薄い雑誌、それとたばこの吸い殻や吸っていないたばこが捨てられていた。
三人でぐるりと大部屋を探したが、ここにも特に何もなく三人は顔を見合わせる。
「やっぱり、潤平君の読み通りもう奴らは逃げたようだね」
「みたいですね。多分ワドウのスキルを使ってここから離れたんでしょう」
「ごめんね。私がスキルの事を忘れていて奴らをみすみす逃がしちゃった」
「いえ、俺もスキルの事は忘れていたんで同じ事です」
「それにしても、この建物何もないけど何なんだろうね? アジトにしては物がなさ過ぎるし、唯一生活感があったのはこの二階だけだし」
「中継拠点みたいなもんなんですかね。寝泊まりするだけの建物とか」
「にゃあ、怪しいものは何一つ見つからないにゃ」
二階でも何も見つからなかったので、三人が階段を降りようとした時。
「副長っ!」
情報部の一人が大声を出して、ミオリの事を呼んだ。
その声に急いで階段を降りると、どこの部屋から叫んだのか三人は確認する。
「こっちです!」
声がした部屋に向かうと、情報部の人達が集まっていた。
「…………そこを見て下さい」
情報部の一人が指差した方を見ると、木製のタンスが開いており着物が掛けられている奥に、隠し扉が存在した。
「……これは、中に入れるの?」
「…………はい。どうやら鍵は掛かっておらず地下に繋がっているようです」
その言葉にミオリは顎に手を当てて悩んだ様子を見せる。
「これは私達だけで動くのはちょっとまずいかもしれない。これだけこの建物に何もないって事は、この地下に何かがあるのは確実だと思う。でも今私達が入っていくのは、奴らも警戒してるだろうし確実に罠がはっていると思う。ここはそれ専門の部隊を呼んで捜索させた方が賢明だと思うんだけど?」
ミオリの慎重な姿勢に情報部の人達も賛成する。
ピー男爵も確実に罠が仕掛けられているから、ここからは慎重に捜索した方が良いとゆう意見だ。
唯一潤平だけが今飛び込んだ方がいいと考えていた。
自分の体に絶対的な自信を持っているからこその意見であり、何があってもそれに対処出来るとゆう自負があった。
只ミオリの意見も理解出来た。
潤平が自己の意見か、それともミオリの意見かで悩んでいると、木製のタンスに掛けられた着物の隙間からあるものが見えた。
それはかなりの量がタンスに張られてあり、潤平はそれを見た瞬間急速に足下から血の気が引いていく気がして、ミオリさんにここから離れるよう叫んでいた。
「ミオリさんっっ!! 早くっっ!! ここから離れてっっ!!」
ミオリとピー男爵と情報部の人達はキョトンとしていたが、潤平の切羽詰まった表情に押されてそれぞれが建物から出ようと行動する。
やはりあの時潤平が覚えた感覚は正しかった。
あのくノ一とワドウが何もしてないなんて事は無いんだ。
タンスの隠された場所に貼られていたのは、くノ一が爆破魔法を時に使っていた札と同じ物だった。
ご丁寧にその札には三十と書かれていて、潤平にはそれの意味することが分かった。
奴らが建物の中に逃げ込み、情報部の人達が監視をして俺達がこの建物に着いてから、建物の内を捜索してこの隠された扉を見つけるまでの時間が大体三十分程度。
それを考えたら、そろそろ爆破してもおかしくない時間に迫っていた。
この時潤平達は気付かなかったが、建物の至る所に巧妙にくノ一の札が隠されていたのだ。
それに気付く事無く、潤平達は慌てて建物から避難する。
建物から出ると、周りを歩いてる通行人や近い建物に大声で避難を呼び掛ける。
「離れて!! ここから急いで離れてっ!!」
「皆ここから離れるのにゃ!! 急ぐのにゃ!!」
ミオリ達が避難を呼び掛けた数秒後、建物は白い光を放ち爆破する。
それに反応を出来る者は存在せず、遅れて爆破の衝撃に巻き込まれる。
飛んできた瓦礫に巻き込まれ、爆風に晒され壁に叩きつけられ、音と衝撃が脳と鼓膜を揺さぶった。
潤平も例に漏れる事無く、一番建物の近くにいたとゆう事もあり、もろに爆風と衝撃を背中から受けて地面を転がる。
爆煙と煙と土埃がそこら中に漂い、何が起きたのか知らない人間からすれば、周りを確認する事は不可能だった。
潤平は頭の中で激しい耳鳴りと、衝撃が繰り返しており自分が置かれている状況を確認するのに十数秒ほど掛かった。
ゆっくりと立ち上がると、体に以上がないことを確かめ周囲の状況を確認する。
さながらそこは戦場のようになっており、爆煙と土埃の隙間から人々が倒れているのを確認できた。
そして、そんな爆煙の隙間からピー男爵が倒れているのが見えた。
まだゆっくりとしか動かない体を使って、彼の元に駆け付けると彼はぐったりとしており意識を失っていた。
いつもは可愛い彼の体も、この時ばかりは悲壮感にまみれていて潤平の心を揺さぶった。
潤平は、彼を揺らさないように大事そうに抱えると、ミオリさんと情報部の人が居ないか周りを確認する。
「ミオリさんっ、他の人はどこだっ」
そこら中から悲鳴とうめき声が消える中、必死にミオリさんの姿を探す。
「………………ぺ…………ん」
その時潤平の驚異的な聴覚が、戦場と言ってもいい現場から微かな声を拾った。
声がした方向に向かうと、地面に仰向けになっているミオリがいた。
「ミオリさんっ! 大丈夫ですかっ!?」
彼女は意識があるようだったが口から血を吐いており、どうやら腹部に爆破の際の瓦礫が当たったようで、そこから出血していた。
「……じゅ、ぺい……くん。私は……いい……から、いっ……ぱん……じんを……」
「何を言ってるんですかっ! 貴方も重症じゃないですかっ」
「……い…………いか……ら」
「ちょっと待って下さいっ」
潤平は周りをキョロキョロと見渡して、比較的に被害の少ないところに向かう。その建物の影に抱えていたピー男爵を静かに降ろすと、ミオリのところまで急いで戻る。
「……な…………んで」
「ちょっと我慢して下さいっ」
地面に転がっているミオリを運ぼうとしたが、人の救助なんてしたことのない潤平は運び方を知らず、少し手間取ってしまう。
やむを得えず強引にミオリさんをお姫様抱っこする。
その際ミオリさんが呻いたが、心の中で謝って気にしないことにする。
ピー男爵の横にミオリさんを寝かせると、潤平はどうすればいいのか激しく悩む。
自分には回復魔法は使えない。ましてや上級魔法なんて無理だ。
「……ピ……くん…………さき……に」
ミオリさんは、ピー男爵の方を見て先に直せと言ったが、意識を失っているピー男爵を直せる方法がなく、潤平は失望感に駆られる。
そしてその言葉を最後にミオリさんも意識を失ってしまい、潤平は足先から冷たさを感じ力が入らない感覚に陥る。
出来ない。
自分には何も出来ない。
目の前で死にそうな人を直せない。
無力だ。とても無力だ。
強化された身体を貰っても、魔法を創造出来るスキルを貰っても、世界を救う魔力を貰ってもとても無力だ。
…………………………いや、作る……?
……………………魔法を作る……?
作ればいいんだ……、光魔法の中級を作ればいいんだっ!
潤平は急いで魔力を注ぎ、光魔法の中級を作る。
願うのは回復魔法、目の前の人を治せるような、死にかけの人を救えるような、そんな中級魔法が欲しいっ!
やがてどこからともなくチョコボールが落ちてくると、潤平はそれをキャッチして口に入れる。
確認することもなく、すぐにピー男爵の額に手をかざして光魔法の中級を掛けた。
数十秒も光続けている魔法が、この時ばかりは物凄く長く感じた。
やがて光りが収まり、傷付いていたピー男爵の体が治療されていく。
しかしすぐにピー男爵が起きることはなく、潤平は待っていられないのでミオリにも回復魔法を掛ける。
ミオリの場合は、魔法の光りがピー男爵よりも長く輝き続けて終わるのに時間が掛かった。
そして魔法が終わりかける時、ピー男爵が目を覚ましてゆっくりと起き上がった。
「……ここは、何にゃ」
「ピー男爵っ! 良かった目が覚めてっ!」
「潤平……? どうしたのにゃ…………っ! ……体が痛いにゃ……」
「そうかっ、まだ完全に直りきっていないのかも。自分で回復魔法を掛けれるっ!?」
「………………そうかにゃっ、 僕ら爆破に巻き込まれたんだにゃっ」
ゆっくりとだが、周りを見て状況を把握したピー男爵が、自分に回復魔法を掛け始める。
「それが終わったら、ミオリさんにも魔法を掛けて貰ってもいいかな!? お腹に瓦礫を喰らって出血してるんだっ!」
「何!? それは危ないのにゃ!! ちょっと待つにゃ! んしょっと、よし! 大丈夫だにゃ! 潤平変わるのにゃ!」
「任せた! 俺は他に怪我してる人が居ないか探してくるっ!」
回復はピー男爵に任せて、潤平は他に爆破に巻き込まれて怪我してる人や、瓦礫の下敷きになっている人が居ないか探し出す。
そして怪我してる人がいると、ピー男爵の元に運んで回復魔法を掛けて貰い、重傷者がいてピー男爵の手が離せないときは、潤平が代わりに回復魔法を掛けて怪我人を治していた。
目まぐるしい状況の中、必死に巻き込まれた人を救助していると、ようやく第二の兵士が現場に到着して、怪我人を救助して運び出す。
そしてようやく解放された潤平とピー男爵の二人は、緊張と疲れと体の痛みで力が抜けて、地面にどっと座り込むのだった。




