第五十話 喜ばれる差し入れ
「それではルリ様、出発なさってもよろしいですか?」
「はいスミレ。出発して下さい」
ルリの言葉通りスミレは、いつものように馬車を出すと慣れた手つきで手綱を握る。
馬車を引く馬には感情がなく、すべてスミレによる操作で動いている。
そんなスミレの横にいつものように、潤平は座り護衛の役を全うしている。
馬車の中にはいつもの面子と、その周りをミオリ達第二師団の兵士が馬に乗って護衛をしている。
こうまでして一体どこに向かうと言うのか、それは昨日潤平が提案したこと起因となっている。
潤平が提案したこととは……?
「タマヨ姉様の所に労いに行く…………?」
三人は、あれからすぐにルリの部屋に向かいルリに話をする。
彼女はお風呂上がりなのか、頬を上気させてフミに髪を乾かして貰っている所だった。
「はい。さっきルリさんはタマヨさんがご飯を食べているか心配してたじゃないですか。なのでルリさんがご飯を差し入れに持って行ったら喜ぶのではないかと思って」
「でもお姉様は忙しいじゃないですか、そんなところにお邪魔しても……」
「いいんじゃないかにゃ? たまにはルリちーがそうゆう事をしても。きっと喜ぶ筈にゃ」
「私が渡しても食べるか分かんないし、ピー男爵と潤平君はルリちゃんの傍を離れられないし、ならルリちゃんが差し入れすればいいんじゃない?」
「でもそうしたら護衛の人達も動くことになりますが……?」
「そのためにいるから心配はいらないって。屋敷にも兵士を残していくから大丈夫っ」
「そうですか…………。なら…………」
「行くのにゃ?」
「はい……。お姉様のことが心配ですし、たまにはいいですよね」
よしっ!
上手く行った!
これこそが潤平の考えた案、皆がルリの傍を離れられないなら、ルリを第二師団に連れていけばいいのだ。
護衛の心配もないし、タマヨの部屋に残して置けば問題ない。既にタマヨにはミオリが伝令を飛ばしているから報告も問題ない。
その間に俺とピー男爵が都に出て、エノキヤに向かって手懸かりを探す、そして鑑定魔法を使ってあのくノ一も探し出す。
これですべて問題ない。
三人は机の下でがっちりと握手をする。
その様子をルリは何も知らない顔で見ていた。
そうして一行はまたしても、タマヨがいる第二師団に向かって馬車を進めるのだった。
「今日は何だか曇り模様ですね」
スミレが言ったとおり空を眺めると、雲がかかってどんよりとしており、今すぐに雨が降るとゆう訳ではないが、時折吹く風が生温く感じる。
「雨降りますかね」
「どうですかね、ジメッとはしてますがカエルも鳴いてないですし、雨の匂いもしないですし大丈夫じゃないですか?」
「確かに、…………雨の匂いもしないし大丈夫ですかね」
潤平とスミレの二人は、スンスン、クンクンと二人揃って鼻を使って雨の匂いを嗅いでいる。
余談だが俺とばあちゃんは、雨の匂いが嗅ぎ分けられていたがじいちゃんは、雨の匂いが分からなく迷信だと言って信じてなかった。
そんな雨の匂いもしないし、カエルも特に騒いでいないので曇り空だとしても、雨は降らないだろうと潤平は考えていた。
馬車が第二師団の前に着くと、中に乗っていた人が降りてスミレさんは馬車を消す。
そしてそのまま案内役の兵士に連れられ、タマヨの部屋に向かう。
タマヨの部屋の扉は開け放たれていて、兵士が自由に行き来できるようになっていた。
案内役の兵士とはそこで終わり。ルリを先頭にタマヨの部屋に入っていく。
「お姉様、おはようございます」
「おはようルリ。良く来たわね」
仲の良い姉妹が互いに挨拶をする。
潤平も一礼して部屋の中に入ってタマヨの顔を見る。
お湯は浴びているようで、髪の艶も化粧もちゃんとしているが、潤平から見て昨日より疲労感を増している顔付きに見えた。恐らくだが満足に睡眠を取っていないのだろう。
それはルリも察したようで、姉の顔を見て少し口を横に結んだが、特に何も言わずにソファに座った。
「お姉様。今日はお姉様のために朝食と昼食を持って来ましたの。良かったら食べて下さい」
ルリがそう言うと、フミさんが収納からタマヨのために作った食べ物を取り出す。
「まあっ。ありがとうルリ、朝食はまだだったからとても嬉しいわ」
「因みにそれは朝早くからルリちーが起きて、タマヨのために作ったのにゃ」
「ピー様、それは内緒ですっ」
「そうなの? 本当に嬉しいわありがとうルリ」
タマヨはフミから朝食を受け取ると、今し方まで見ていた書類を急いで纏めて仕舞い、机の上に大事そうにそれを置いた。
タマヨは綺麗な所作で朝食を食べ進める。
ルリは自分の手作りの料理を、上手そうに食べいてる姉の姿を時折チラリと確認して見ていた。
二人の目が合うとタマヨは嬉しそうに微笑み、ルリはどこか恥ずかしそうにしていた。
「それで今朝までにどんな報告が上がっているんだい、タマヨ?」
ミオリが、タマヨの食事が落ち着いたタイミングで、自分が受けていない報告を聞くために、タマヨに質問する。
タマヨは箸を置いて、最後にお茶を飲むとほうっと小さく息を吐いた。
「ちょっと待って」
ミオリの質問に対して一度待ったをかけると、ルリとフミの方を見る。その目はとても優しい眼差しで慈愛に満ちていた。
「ルリ、それからフミも美味しいご飯をありがとう」
「お姉様のためを思ってです」
「私はいつもの事をしたまでなので」
タマヨはそんな二人を見て優しく微笑むと、フミに食事のためのお茶碗や箸を返すと、書類をまた机の上に並べた。
「それではミオリ。今朝までに届いた報告を言うわね」
そしていつものように、第二師団団長の顔付きに戻ると先程のミオリの質問に対して答えていく。
ここからは仕事の話なので、ルリは静かに見守るしかない。
「まずは襲われた貴族の身元から、亡くなった遺体はやはりモガミ家の当主だったそうよ。腰に帯刀していた家紋とモガミ家の者に聞いて判明したわ。それと現場の火災は完全に鎮火。まだ現場に兵士を派遣して捜査を続けているわ。それと当時その場に居て巻き込まれた被害者の安否ですが…………」
最後の言葉を聞いて、潤平は体が強張るのを感じる。
「死者は一名。当時その建物で働いていた使用人が亡くなり、他の者は重症を負いましたが命に別状はないそうよ」
良かった……。
カントウさんとツバキさんが無事だと聞いて潤平は強張っていた体を緩める。
しかし気は抜かない。使用人の人が亡くなっているし、襲撃者はまだ捕まっていないのだ。
それにあまり喜んだ顔をすると、ルリさんやフミさんが不審がるかもしれない。潤平はあまり表情を出さないよう努めた。
しかし潤平の視界の端で、ピー男爵手がグーからパーに緩やかに切り替わったのを見て、少し安心する。
「他には、不審な人物がいないか付近の者に聞いて回っているのだけれど、今の所それらしい情報は無し。被害者が意識を戻し次第ゆっくりと情報を集めていくわ」
「そうかぁ。ありがとう」
「それで、こちらからの質問なのだけれど、うちに匿っている例の少女は目を覚ましましたか?」
「まだ目を覚まさないのにゃー、恐らくだけど何か精神に強い衝撃を受けたんじゃないかにゃ。今は僕が見ていられるけど、これが長くなるようなら専門の所に運ぶ必要があるにゃ」
「そうですか、ならもう少し待ちましょう」
「うんにゃ」
「それと潤平君、貴方にランセイさんからの伝令が届いています。何でも盗賊の大量死について分かった事があるとか、入り口付近の受付で伝令を待たしています」
「俺が?」
「はい。ランセイさんが貴方に情報をと。私は先に報告を受けましたのでその報告を受け次第、その兵士と第二師団技術部に向かって下さい」
「分かりました」
「ごめんなさいルリ。貴方の護衛をまた勝手に借りるわね」
「大丈夫です。タマヨお姉様もいますし何よりここは安全ですしルリは気にしてないです」
「ありがとう。ミオリ、潤平君とピー君を一緒に連れていってちょうだい。ミオリは見聞と報告役、ピー君は医者の観点から情報を取ってちょうだい」
「りょーかい」
「分かったにゃ」
最後にタマヨは意味ありげに潤平を見る。
潤平は、そのサインをきっとそのままエノキヤに向かって、現場の捜査をしてこいとゆうサインだと受け取る。
「じゃあピー男爵、ミオリさん行きましょう」
潤平は立ち上がると二人を連れて部屋から出て行く。
その際、ルリと目が合ったが軽く会釈するだけで、何も言葉を交わさなかった。
「タマヨさんは受付に行けって言ってたよね」
「あー、私が言うから良いよ」
「分かったす」
ミオリは、潤平とピー男爵を後ろに待たせて、受付の兵士に一言二言喋りかける。
受付の兵士は、まさか副長が喋りかけて来るとは思わず、かっちんかっちんに緊張していたが、仕事はちゃんとやっていた。
「あっちだって。待合室に待たせてるって」
受付の左手にある部屋に、ランセイさんの伝令を待たせているらしく、ミオリはその部屋にズカズカと入っていく。
ミオリに遅れて部屋の中に入ると、そこにいたのは昨日ランセイさんの後ろに控えていた兵士の一人ともう一人が立っており、ミオリに向かって敬礼していた。
昨日の兵士が潤平を見つけると、敬礼をやめて鞄から書類を取り出そうとする。
「少年。こちらがランセイ様からの封筒である」
潤平はそれを受け取ると、封筒を開けて中にある書類に目を通してゆく。
内容は盗賊の死体を検分して分かった事。
今回の件にワドウが絡んでいる事。
どうやら、それぞれの盗賊の頭は生きていてどこかに身を隠してる事。
それと、どうやらハズシと呼ばれる特徴を持った男が、都内で第三師団の兵士が目撃したとの事。
潤平は一旦最後まで読み終えると、書類を纏めて封筒の中に仕舞う。
「…………あいつが、ワドウが関係してるんですね?」
「ああ。ランセイ様はそう睨んでいる」
「なるほど。ミオリさんこの後は彼等を連れて技術部に行くんでしたよね」
「そう。そこに貴族殺しの被害者の遺体と、盗賊の大量死の一部の死体が置かれている」
「僕も見た方が良いんですよね」
「……そうだね。タマヨは君に死体を見せることを悩んでいたけど、状況が動かないと思ったから決断したようだね」
「分かりました。なら見ます」
「…………そう。ならこっちだ、第三師団の君達もついてきな」
ミオリは踵を返すと普段とは違う通路に向かう。
その後ろを黙って潤平とピー男爵と、第三師団の兵士二人がついて行く。
潤平はその間、ミオリが歩く度に規則的に揺れる束ねられた後ろ髪を、落ち着かない気持ちで見ていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
皆さんの応援が日々の執筆の励みになっています。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、画面下の【★で称える】や【フォロー】をポチッと押していただけると非常に嬉しいです!




