第四十八話 見えた手懸かり
白熱している情報の共有はお昼を過ぎても続き、目まぐるしくランセイの部屋から第三師団の兵士が行ったり来たりを繰り返す。
その間ずっと潤平はワドウの細かな情報を、対面に座っているランセイに話し続けていた。
「……それとワドウが使っていた毒なんですけど、何とかと何とかを混ぜた特別製だって自慢してましたね」
「何の毒か思い出せるかね?」
「えっと確か、なんとかチョウとか、か、か、カラシが何とかって言っていましたね。皮膚が爛れて出血して死ぬとか何とか」
「その中身を知りたいのだが……、何とか思い出してくれ」
「うーん……、とは言っても……」
「団長、もしかしてですがマイチョウとカラカガシの事ではないかと」
「それだっ! そうそうそれそれっ! ワドウの奴はそう言ってました!」
後ろからランセイの兵士が助言をしてくれて、潤平はあの時ワドウが自慢気に喋っていた事を思い出す。
「それはどんな毒だ?」
「物凄く強い毒です。触れただけでも死に至りますし、マイチョウに至っては空気中に散布して吸い込んだだけで死にます」
その毒を知っている第三師団の上級兵長が、毒の詳しい特徴を伝えてくれる。
「それを貴様は刺されて食らっても平気だったと言うのか」
「いや俺もかなり苦しみましたよ。だからワドウ達を逃がしてしまったんですから」
「どんな体をしてるんだ貴様は……、化け物か」
「ははっ……」
神様に強化された身体なんですけどねー、とは口が裂けても言えないな。
ルリさんとタマヨさんは信頼に足る人物だったから話したけど、目の前のこの人はまだ何も知らないから話せる訳ない。
それにこの部屋には他にも人間がいるしね。
「ふむこれ位か」
ランセイは記入した情報を纏めて束ねる。
取り敢えず盗賊の情報についてはこれで終わったみたいだ、潤平も持っているワドウ達の情報は殆ど話した。
「感謝する。この情報がなければ我が第三師団は見えないものに踊らされていたかもしれぬ。ありがとう」
ランセイは膝に両手をついて頭を下げてくる。
「構いません。都の内外を守るのは私達の義務なので、綿密に情報を交換するのは必須です」
「ははっ。耳が痛い」
ランセイとタマヨはひとしきり軽口を交わすと、お互いお茶を飲む。
「感謝の印としては何だが、タマヨ君が気になっている情報をあげよう」
「? それは何ですか?」
「そのためには……、全員私とタマヨ君以外この部屋から出て行って貰う」
ランセイの言葉を聞いて、部屋に二人を残して兵士達が部屋から出て行く。勿論潤平も例外ではない。
ランセイの部屋の前で十分にも満たない時間待機していると、部屋の扉が開いてタマヨが出て来る。
そのままタマヨはこの建物から出て行こうとする。
「話は終わりました。なので帰ります準備をして下さい」
建物から出ると、タマヨと潤平は馬車に乗り込み出発する。その馬車の周りを第二師団の兵士が馬に乗って護衛している。
「屋敷ではなく第二師団の兵舎に向かって」
タマヨの言葉に御者は頷くとその通りの道に出る。
タマヨは窺い知れない表情で、手に持った書類と睨めっこしていた。
そんなタマヨを邪魔しないよう潤平は、来た時と同じように外の景色を眺めている。
やがてタマヨが書類を片付けて終えて、束にして纏め座っている横に置くと、先程ランセイと二人きりになった際の話しの内容を話してくれた。
「さっきね、ランセイさんが話してくれた内容なんだけど、二つ程あってね」
「……はい」
「軍派閥の貴族の中にはそんな馬鹿げた事を起こす人間はいないそうよ」
ランセイに言われた会話の内容を思い出すように、タマヨは潤平に語る。
「ランセイさんが気になって、他の師団を調べるようにこっそり密偵を放っていたらしいんだけど、どの師団もそれに通ずる貴族もそんな動きは見せてなかったそうよ」
「それは、ルリさんが第二師団団長だからですか?」
「それもあるかもしれないけど、やっぱり大きいのは御三家とゆう家柄と御祖父様の存在があるからだと思うわ」
「それはどうゆう?」
「この国は将軍が頂点に立っているけど、それを長年支えている御三家とゆう存在もかなりのものだとゆうこと。その当主を不確かな罪で捕まえるのはこの国が混乱する危険があるし、第一そんな反逆行為を起こす人間なんていないとゆう事」
「なるほど」
「そしてこの国を半世紀近く支えた御祖父様の名前は、今なお軍の人間の中に深く刻まれているとゆう事。それが年齢を重ねた人であればあるほど。それにお父様は軍の派閥の人達に嫌われている訳ではなかったですしね」
「……因みにランセイ様はどうなんですか?」
「それこそあの人は、御祖父様にとても心酔していた人ですから、その可能性はないと思いますね。それに第三師団は中にこんな事をする人間はいません。彼等はやるなら小細工などしないでしょうから」
「そうなんですか。もう一つは何ですか?」
「もう一つの内容は、この都に置かれている監獄の中にお父様は捕まっていないそうです」
「捕まっているのにですか?」
「これは私も探したのですが、私達が犯罪者を収容する監獄にお父様は捕まっていないのです。世に出してはいけない極秘の犯罪者が捕まっている監獄にも確認できませんでした」
「それじゃどこに?」
「分かりません、ランセイさんが他にもある監獄を調べてもくれましたが、そのどこにもお父様はいなかったそうです」
「もしかして、その貴族の奴らがどこかに身柄を拘束してるかもしれないですね」
「そうなったら第三区画だけではなくて、第二区画も調べなきゃいけなくなります。もし第一区画にいるのならば調査の範囲が大きく広がります」
「僕も町に出て情報を集めましょうか?」
「いいえ貴方は引き続きルリの護衛をお願いします。兵士が屋敷を守っているとは言え、油断は出来ませんから」
「分かりました」
タマヨとの会話も終わる頃、第二師団の兵舎に通じる通りに入り見慣れた景色になる。
そこで第二師団の兵舎に着いたようで馬車がゆっくりと停まる。
先に潤平が馬車から降りて周りをちらりと確認する。
安全な事を確認すると手を差し出す、そしてタマヨがその手を掴んで降りてくる。
タマヨは自分の部屋に、潤平と兵士を引き連れて向かうと、今日ランセイと会合した書類を極秘扱いとして、鍵のついた金庫の中にしまう。
「今日の事は、ここにいる者の中だけの秘密とします。いいですか決して外に漏らさないように」
「「了解」」
その時、部屋の扉が数回ノックされる。
控えていた兵士が扉を開けると、走ってきたのか少し息を切らした伝令役の兵士がそこにいた。
「失礼します! 緊急の報告があります!」
「何ですか?」
「貴族襲撃事件に連なる報告です! 貴族の方とその場に居た者が襲撃されたとのことです!」
タマヨは黙っている、それだけで伝令役の兵士は分かったらしく、報告の続きを喋りだす。
「場所は第二区画! 未だ調査中ですが襲撃されたのは、商業区の中央道! エノキヤの一階付近です!」
エノキヤの名前を聞いた瞬間、潤平の心臓がどくんっと一気に跳ね上がる。
「容疑者は待ち伏せをしていたらしく、エノキヤの敷地内で貴族の方を襲ったと! その際に従業員とエノキヤの主人それと女将が襲われたとの報告もあがっています!」
潤平は一気に視界が暗く狭くなるのが分かった。
足下から急に冷えて感覚が無くなったように感じる。
潤平の様子を尻目に、タマヨは伝令役に報告の詳細を尋ねる。
「……そう。重軽傷者は?」
「現場は魔法を使用され火事なども起きており、混乱していますが報告によると、貴族の方はその場で死亡が確認されたと! 他の襲撃されたのは者については重傷ながら、病院に運ばれたようで報告待ちです」
「現場に誰がいるの?」
「はっ! 第三班の兵長が現場を指揮していますが、何分混乱しているもので、他の地区から人手を集めているところです」
「分かりました。上級兵長、貴方が行って現場を指揮して下さい。一般市民を遠ざけて現場を封鎖、不審な者がいたらその場で拘束して下さい」
「分かりました」
「他の者は病院に行って重傷者の様子を聞いてきて下さい。カントウさんの隣の屋敷にも護衛を派遣して、屋敷周りを固めて下さい」
「了解」
忙しなく、それぞれがタマヨの部屋から出て行く。
潤平はまだ感情を整理出来なくて、立ったままでいる。
「潤平君、そこに座って」
いつの間にか、タマヨが横に来ている事にも気付かないほど、潤平は視界が狭くなっていた。
「あっ…………」
タマヨにされるがまま潤平はソファに腰掛ける。
潤平がソファに座ると、タマヨは潤平のためにお茶を出してくれる。
「このお茶はね特別な時にしか出さないの」
言うてテーブルの上に二つ分の湯飲みが並ぶ。
「飲んでみて」
「あっ……、いただきます……」
湯飲みを持つ手が少し震えたが、どうにか持ち口に運ぶ。一口温かいお茶を飲むと、気持ちが落ち着く気がして自然と口から息が漏れた。
「どう落ち着いた?」
「……はい、何とか」
「たまにねこうゆうときがあるの。知り合いの人が襲われたときや亡くなった時が。そうゆう時は自分なりに落ち着き方を探すといいわ。私はこのお茶を飲むと落ち着くから、だから潤平君にも飲ませたの」
潤平は落ち着いてきた思考を使い、カントウさんが無事かどうか心配になってくる。
「カントウさんは大丈夫でしょうか……、それにツバキさんや従業員の人達も……」
自分を快く迎えてくれたあの屋敷の人達の事が、次々と頭の中には浮かんで来て、胸の辺りが締め付けられるような痛みが襲う。
「……それは報告を待つしかありませんね。彼等が無事な事を祈りましょう」
自然と潤平は湯飲みを持つ手に力が入り、湯飲みからギシリと音が鳴る。
そうして報告を待っていると、タマヨの部屋に伝令役の兵士が入ってくる。
「失礼します! 現場で火事が起きたとの報告がありましたが、無事消火したようです! 完全に鎮火次第引き続き現場の捜査をすると上級兵長から報告がありました!」
「市民への被害はありますか?」
「魔法の衝撃で数名が軽症を負ったとの報告が上がっています! それ以外の負傷者は逃げる際の負傷によるものだそうです!」
「分かりました。引き続き捜査をお願いします」
「了解しました!」
伝令役の兵士が去って行くと、タマヨは自分の机に戻り何やら色々な書類を机に広げる。
そしてそれらを一つずつ吟味していく。
「何か見落としてる筈」
一つでも手懸かりを見つけるため、今まで起きた襲撃事件を一つずつ調べ直しているのだった。
「あの俺も見ていいですか?」
潤平は何か力になりたいと思い、タマヨの手懸かりを探す手伝いを願い出る。
「…………そうね、お願いするわ」
タマヨは一瞬逡巡したが、少しでも手懸かりが欲しいので、潤平の申し出を受け取ることにした。
潤平が書類を見て何か探そうとした瞬間、別の伝令役の兵士が部屋に入ってくる。
「失礼します! 襲われた貴族の方の身元が判明しました!」
「どなたですか?」
「馬車に付いていた家紋によると、モガミの家の家紋に間違いないそうです!」
「モガミの家の?」
「はい! 遺体は損傷が激しいため判別は難しいでそうですが、身に着けていた刀にも同じ家紋が付いていたため、モガミ家の方と見て間違いないだろうとの事です!」
「そうですか、使われた魔法とその方の死因については?」
「使われた魔法は現在調査中ですが、目撃者によると爆発のようなものが起きたと、それと死因については爆発による内臓破裂のショック死だと思われます」
爆発?
その言葉を聞いて、潤平の頭の中に一人のくノ一が浮かび上がる。
「どこから魔法を打たれたの?」
「それは現在調査中であります! ですがかなりの近距離で打たれたものと思われます」
「ありがとう戻っていいわ」
近距離の爆発ってまさか本当に?
あのくノ一がカントウさんを襲った?
ならあいつは自分の姿をきっと変化させて襲った筈だ。
でも何であいつが貴族殺しなんて事をするんだ? 盗みもせずにただ殺すだけなんて、それにきっとあのくノ一の横にはワドウがいるはずだ。
盗賊が物を奪いもせずにただ殺すだけなんて真似をするか?
………………待てよ? そう言えばハズシがワドウを助けに来た時、何か小声で喋っていたよな。
なんて言ってたっけ、思い出せ俺っ。
確か何か運んだとか、あの方が出来るだけ切れとか何とか。
くそっ、こんな事ならあの時もっと集中して奴らの声を拾うんだったっ。
……いや、あの方?
待て待てそういやあの時、あいつらはあの方がどうとか言っていた。てことはもしかしてこの事件を裏で引いてる誰かがいる? 恐らくくノ一と多分ワドウもだけど、奴らはただ使われているだけ……?
「……タマヨさん。今までの殺された貴族の人って何人いますか?」
「……全ての被害者を合わせると二十四人ですが、今起きた事件を含めると二十五人になります、それがどうかしましたか?」
「その中で当主だけに絞ったら何人になりますか?」
「それは……今の事件を含めると六人になります」
「その人達の繋がりって何かありますか?」
「いいえ性別もバラバラで、歳も一番上が七十七歳で下が五十四歳で、それと所属している派閥もそれぞれ別になるわね。働いていた職場も全員違うわ」
何か繋がりがあるかと思ったけど何もないのか。
そりゃ何かあったらタマヨさん達が気付くか……、でも奴らが見境になしに貴族の当主を殺すとは思えない。
それに後ろで糸を引いてる奴がいるのならば、きっと何か理由があるはず。
何だ一体何があるんだ。いや取り敢えず思った事は報告しないと。
「タマヨさんもしかしたら、今回の襲撃者が分かったかもしれません」
「本当っ!?」
「もしかしたらですが……」
「何でも構わないわ、言って!」
「前にワドウ達を追い詰めた話をしたじゃないですか、その中にくノ一がいたとゆう話をしたのを覚えてますか?」
「覚えているわ、私達は知らないけどその女もワドウの仲間だったのよね」
「はい。そしてさっきもランセイ様に報告しましたが、そのくノ一は爆破の魔法をそれも札を使って爆破させるんです。なので今回の事件は……」
「その女が関わっていると?」
「はい」
「なるほどね、爆破の魔法を使う人間は多くいるけど、札を使って爆破させる魔法を使う人間はそんなにいない。もし現場に札が落ちてたり、被害者の体に札が残っていたりしたら、その女が襲撃したとゆう証拠になるわね」
「でも肝心のくノ一がどこに行ったのか分からないんですが」
「容疑者が絞れただけでも大きいわ。…………まってその女が襲撃してるとなると…………」
「そうなんです、もしかしてワドウも今回の事件に関わりがあるかもしれません」
「まさかこの事件は彼等が起こしている事…………?」
「いえそうとも限らないと思います」
「それは何故?」
「彼等は俺から逃げる時小声で会話してました。その時にこの耳が拾ったんですけど、あの方がいて受け入れてくれると言ってました。なので奴らの後ろには誰かがいるはずです」
「彼等は実行犯で他に首謀者がいると?」
「はい。そう思います」
「まさか……」
タマヨは顔を俯かせて考えに耽る。
潤平も書類に目を通して何か情報がないかと必死に探したが、結局今回の事件の襲撃者がくノ一かもしれない、とゆうコトが分かっただけで他に、目新しい手懸かりは思い付かなかった。
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