第四十七話 落ちている希望
「むうっ」
うっすらとだが日が昇り夜の暗闇が鳴りを潜めてきた頃、綺麗に敷かれた布団の上で少年は幸せそうに寝返りを打つ。
時折下半身にあるものが邪魔をして、ベストポジションを見つけるため何度も寝返りをうった。
そこにスーッと襖が開けられ部屋の中に誰か入ってきた気配がする。それは寝ている少年の傍までいくと、彼の肩を優しく揺さぶった。
「……潤平様、起きて下さい朝ですよ」
優しい声音で女性が囁き潤平を優しく揺さぶる。
「……んぁっ」
潤平はゆっくりと目を開けると、自分を起こしてくれた人物に目の焦点を合わせる。
「…………ああ、フミさんおはようございます……」
潤平の言葉に、彼を起こしに来たフミは無表情だが優しい顔をして、起こすために触れていた肩から手を離してそっと離れる。
「……おはようございます潤平様。タマヨ様はもう起きられて先に待っておられます」
「ああっ、はい。……分かりましたいま起きます」
潤平はのっそりと布団から起き上がると、着替える為に動こうとする。その間もフミは部屋の隅で待機している。
スミレさんもフミさんもいつもこうしているので、もう潤平は諦めることにしている。
朝特有のあれを見られないように、いつものYシャツと制服のズボンを収納から出すとそれに着替えていく。
いつもの服装に着替えて部屋から出て行くと、潤平の後をフミは静かに着いてくる。
やがていつもの部屋に行くと、タマヨが正装に着替えて既に朝食を食べ終えていてお茶を啜っていた。
「おはよう潤平君」
「おはようございます」
テーブルの前にゆっくりと座ると、フミが朝食を持ってきて並べてくれる。
「……あれ? フミさんだけですか?」
いつもはスミレさんとヨリさんもこの場にいる筈なのに、今日はその姿が見えない。
「今日は朝早いのでここにいるのは私だけです」
「……あっ、そうなんですね」
確かにこんな早い時間に起きるのは可哀想だもんね。
……あれ? そうなると今ここにいるルリさんはどうなってるんだ? 朝早くから起きてるじゃないですか。
潤平は碌に働いていない頭を動かしてルリさんがここにいる理由を考える。やがて漂ってきた朝食の匂いに釣られてその思考も放棄する。
急いで朝食を食べ終えると、用を足して顔を洗うために魔法でお湯を作って洗っていく。
寝癖も整えて準備も整えると玄関を出てタマヨを待つ。
やがてタマヨが来ると馬車に一緒に乗り込み、目的の会合に向けて出発する。
玄関からはルリさんとフミさんが、二人を見送るように立ってこちらを見ていた。
今日は御者は第二師団の人で馬車は普通の馬車だった。
馬車にのっている間、タマヨは書類を眺めていて潤平はまだぼーっとしながら窓から外を眺めている。
第三区画の門を抜けると第二区画に入り、田園が朝日に照らされて眩しく輝いていた。
水に反射した陽光が馬車の中を眩しく照らすと、タマヨは窓から入った光がちょっと眩しかったのか、顔を少しひねって陽光から逃れようとしていた。
「あっ、眩しいですか?」
「ちょっとね、ごめんなさい」
窓から入る光を遮るように、レースを降ろすと眩しくなくなったのかタマヨは整った顔をこちらに向けてくる。
会話はそれだけで、タマヨは書類を見ており潤平はぼーっとして外を眺めているだけで、車内には静かな空気が流れていく。
馬車がゆっくりと停まり潤平が先に降りる。
待っているとタマヨが中々降りてこないので、どうしたものかと思っているとタマヨが軽く手を差し出してくる。
ああ、そう言えば昨日そんなことをしたな。
何て思いつつも潤平はタマヨにスッと手を差し出す。
タマヨは潤平の手を握ると馬車からゆっくりと降りる。
そしてタマヨは、馬車の後ろを走っていた兵士を引き連れて建物に入っていく。
潤平は一番最後に紛れてなるべく目立たないように着いていく。
入った建物は、昨日訪れた第二師団の建物と雰囲気は似ていて、早朝だとゆうのにめまぐるしく兵士が出入りしているところも、どこか第二師団と様子が似ている気がした。
唯一違うのは、兵士の顔に傷が多く着いている点くらいか。男性の兵士も女性の兵士も著しく傷が目立っている。
案内役らしき兵士がタマヨの前に来ると、その兵士に案内されて建物の中を進んでいく。
やはり潤平は格好が違うためか目立っているらしく、時折通り過ぎる兵士の人達がこちらを見ているのが分かった。
「第二師団団長殿をお連れしましたっ!」
案内役の兵士がある部屋の前で止まり、大声でそう告げると部屋の扉が開き、中から無骨な感じの兵士が顔を出した。
「ご苦労だった。戻ってくれ」
案内役の兵士は敬礼すると自分の仕事に戻っていく。
「入って下さい」
無骨な兵士が部屋の中に招くとタマヨ達は部屋の中に入っていく。潤平も最後に部屋に入った。
その際無骨な兵士と目が合うが、それとなくどちらも視線を外した。
「久し振りだねタマヨ君、良く来てくれた」
「お久し振りですランセイ様。この度は会合に応じてくれて感謝します」
「いや元々はこちらの報告によるものなんだ。寧ろこちらまで来てくれて感謝するのは私のほうさ」
団長同士の挨拶もそこそこにして二人を椅子に座る。
二人は向かい合う形になり、その後ろにそれぞれの兵士が控えている形になる。潤平は一番端に並ぶ。
途中第三師団の団長がこちらを見ていた気がしたが、すぐに視線を戻した。
「ではまずは……」
そうして二人の団長は、机の上に置かれている書類を見比べながら情報の共有をしていく。
貴族殺しの情報から魔獣の出現情報まで、お互いが最近起きた事件の事を話し合っていく。
途中足りない情報があると、後ろに控えているお互いの兵士が情報を補足していた。
「……では次に例の盗賊の話しをするとしよう」
来たっ!
ようやくその話しが来ましたっ。ただ三十分近くも立っているのもいい加減飽きてきてたんだ。さっさと例の盗賊の話しをしてちょうだいなっ。
「何でも都外の盗賊団が殲滅されていたとか」
「うむ。調査した兵士によると、都外の主だった盗賊団が軒並み潰されていて、中にいた者達は全員死んでいたと。」
「魔獣の襲撃に遭ったのでしょうか?」
「それはない。いや死体は魔獣に食い荒らされてるものもあったが、直接の死因は違うところにある」
「それは何でしょう?」
「毒殺と刺殺だよ。殆どが毒によるものの死で目立った外傷はなく、その場で苦しむように倒れて死んでいたと報告が上がっている。稀に後ろから一突きで刺されて殺されてる者もいたがね」
「……盗賊同士の縄張り争いでしょうか?」
「うむぅ。それなら全ての者が死んでいる点が気になる。全員同時に死ぬなんて事があり得るか? それに毒殺で一斉に殺すのは難しいだろう。誰かが倒れた時点で気付くはずではないか?」
「他に目立った点は?」
「アジト内の殆どの戦利品と食料が無くなっている点と、捕まえていた人質がいなくなっていることかね。牢屋らしき所は全て空になっていたそうだ」
「報告には盗賊達の中心人物がいないと書いてましたが」
「それなんだが調べるべき死体が多すぎてね。まだ調査中なんだよ、何せ千人近い死体な訳でね」
「それでも目立った人物はいないと……」
「全くおかしな事だよ。最近は有名なあの男の盗賊団も動きが無いと言うし、盗賊の大量虐殺も起きるしこれは何かの前兆かね」
その瞬間タマヨの雰囲気が潤平に向かった気がした。
隣にいる兵士も、潤平の太ももを軽く手で小突いてきた。
「あの男とゆうのは、我々の間で有名なあの盗賊の事ですね?」
「…………そうだ。あまり大きな声で言えないがな」
タマヨは細いながらも柔軟にとんだ足を組み直すと、こちらが持っていた情報を喋りだす。
「……実はその男について重大な情報があるのです」
「……何?」
タマヨの一言でランセイピクリと眉根を動かすと、雰囲気を変えて体を前に乗り出す。
「我が家で新たに雇ったこちらの護衛、名は潤平と言います。彼によるとその男のアジトを殲滅するどころか、男を瀕死の状態まで追い込んだと言うのです。前に出なさい」
「はいっ」
潤平はいきなりタマヨに前に出ろと言われ、準備してなかったが声を張り上げて、一歩前に出る。
潤平の顔を見てランセイは一瞬ポカンとし、次の瞬間には吹き出して大きく笑っていた。
「ぶはははぁぁっっ!! 何を言うかと思えばっ! この少年が! ぶふっ! アジトを壊滅させてあの男を追い込んだとっ!? ぶふはははっ!! タマヨ君も面白い冗談を言うようになったもんだなっ!!」
ランセイが笑っている間、その後ろにいる兵士達も大きく笑ってはいないものの、ニヤニヤとした表情している。
その態度にむかついたのは潤平だけではなく、後ろ姿だけだったがタマヨもむかついてるのが何となく分かった。
「……その男はワドウと名乗っていました」
潤平が名前を言いだした瞬間、馬鹿笑いしていたランセイの動きが止まり、後ろの兵士もニヤニヤとした表情を止めた。
数秒ほど部屋の中に静寂が訪れる。
「……今何と言った?」
「男はワドウと名乗っていました。それとその男を助けにきた者がいました。そいつは透明になるスキルを使ってました」
正しくは、助けに来た時じゃなく俺の制服を奪った時のだけどな。まあそこら辺説明すると、言いたくない事も言わなきゃならないから説明は省くけど。
「……貴様名は何と言った?」
「潤平と言います。タマヨ様に雇われた護衛です」
正式な主はルリさんですけどね。てゆーかさっきタマヨさんが名前言ってくれたじゃん。聞いてなかったんかい。
「貴様がワドウの名前を知っているだと? まさか本当にそんなことがあるのか?」
「タマヨさんは嘘をつきません」
「タマヨ君を疑いはしない。それよりも貴様がタマヨ君に嘘をついてる可能性の方が高い。」
潤平は収納から例の盗賊から奪った槍を出すと、机の上にゴトリと置く。
その際向こうの兵士が身構えていたが知ったことではない。
「これは何だ?」
「盗賊のアジトを壊滅させた時に、盗賊の一人が持っていた槍です。良さそうなものだったので貰いました。他に物的証拠はないですが、ワドウと隣にいた男が使っていた武器と戦い方、それとスキルなら分かります」
潤平の言葉にランセイは腕を組んで深く唸る。
「しかしこれだけでは、まだ貴様が倒したとゆう証拠になるのは弱い気がするが……」
「そのワドウ達に私の妹であるルリが捕まって監禁されていました」
タマヨが爆弾発言を落とす。
「何っ!? それは本当かね!?」
「それをここにいる彼が助けて救い出してくれたのです」
「……何故それを報告しなかったのかね?」
「ご存知でしょう? 私達は今が過敏になっている時、その様な時にいらぬ騒動を起こしては付け入る隙を与えるというもの。幸い彼がルリを助け出してくれた事で大きな騒ぎにはなりませんでしたが」
「……となるとそこの少年の話は本当のことと言うわけかね」
だから最初から俺もタマヨさんもそう言ってんじゃん。
うむうっとか言って唸ってないで、早くこちらの話しを聞いて下さいよ。
「その少年の話しが本当だと仮定すると、最近ワドウ一味の動きがないのも納得できる。それにワドウと直接戦ったとゆうのも気になる。因みにだがワドウが使っていたスキルは?」
「恐らく転移のスキルだと思います。どの位自由度があるのか分かりませんが、俺は何度も背後を取られてました」
「何とスキルも把握しているのか、……これは信じざるを得ないな」
ランセイは深く瞑目すると、机の上に置いてあったお茶を手に取り一口で飲んで気持ちを整えていた。
「……君は何故ワドウと戦うことになったのかね?」
「ある大事な物を、ワドウの部下の男に盗まれたからです。それを取り返すために奴のアジトに乗り込んだ所、ワドウとその一味と戦う事になりました。盗んだものはすぐに売り捌かれていたので取り返す事は出来ませんでしたが」
「……それでアジトを壊滅させて、ワドウを瀕死にまで追い込んでどうなったのかね?」
「結局奴らを取り逃がしました。俺も深手と毒を食らっていたので追い掛ける余力もなく、途中で邪魔が入ったのもあり逃がしてしまいました」
「……なるほど分かった」
ランセイは深くソファに座り込むと、腕を組んで瞑目して黙ってしまった。
タマヨもお茶を飲んで黙っている。
これはしばらく待っているとゆう合図なのか、と慣れていない潤平は黙って待っていることにした。
やがてランセイが腕を組み外すと、後ろの兵士に命令する。
「すまないが、盗賊共の虐殺についてもっと詳しく報告が欲しい。現場の者にもっと情報を調べさせろ。それとこの都でのワドウの一味を探し出して捕縛しろ。色々と聞きたい。潤平と言ったかね、ワドウのアジトがあった所はどこか分かるかね?」
「えっと、イズナイの町から二日ほど離れた断崖の中です。その洞窟に入っていくとアジトがあります。でもかなり火が回っていたので崩れているかもしれません」
「構わん。イズナイの衛兵に連絡をして現地に詳しい人間に案内させてアジトを捜索しろ。何か残っているかもしれん。それとワドウの部下について聞きたい」
「一人は男で透明のスキルと煙幕の魔法を使います。身長は俺と同じくらい、細身の体をしてます。もう一人がくノ一でこの女は身長が俺よりも高く、短髪で気怠そうな目をしてます。爆破の魔法を使い変化のスキルを持ってました」
「透明の男は報告にあったハズシとゆう奴だな。名前だけ判明していてその他の素性が分からなかった奴だ。なるほど透明のスキルを持っていたのか、道理で分からない筈だな」
ランセイはワドウの報告書を部下に持ってこさせて、内容を確認している。その際名前だけしか判明していなかったハズシと言われている男の報告書を取り出す。
そうかあの透明野郎はハズシと言うのか。
覚えたぞこの野郎、次あったらぶっ飛ばすからな。
「くノ一とゆうのは分からんが、また手強そうな女が傍に居るのだな。分かった報告書にはその様に記入しよう」
新たに報告書を部下に書かせると、くノ一の女と記入されていた。
「このように報告書には記入しておく、何か分かったり思い出したりしたら他に言ってくれ」
ランセイがそう言ってきたので、潤平は他にも使えそうな情報を報告する。その度にランセイと部下の兵士は報告書を交換しあい記入に勤しんでいた。
いつの間にか時間はお昼頃にまで経っていたが、この部屋の誰一人その事に気付く者はいなかった。
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