第四十五話 初めて手を握る
「潤平君、こっちの馬車に乗ってくれないかしら?」
今正にスミレが出した馬車の隣に座ろうとしていた潤平に向かって、タマヨが自分が乗る方の馬車に乗ってくれないかと提案する。
「えっ、でも俺はルリさんの護衛なので…………」
「ルリの方にはミオリとヨリが乗っているし、ピー君も乗っているから心配ないわ。お願いします」
「…………それは主であるルリさんの許可がないと……」
「ルリ、お願いっ」
自分の妹に向かって、顔の前で両手を合わせて可愛くお願いするタマヨ。
「……構いませんが、お姉様あまり……」
「分かっています。安心して」
タマヨの言葉に、訝しんでいたルリはどこか納得しきれないまま馬車に乗り込む。
そのやり取りで許しが出たのか、潤平はタマヨと一緒に馬車に乗る事になる。
あれから、意識を失った少年だと思っていた少女の容態を見終わったピー男爵が、ひとまず安心していいと言ったので、屋敷に皆帰るべく馬車に乗り込んでいた。
周りを武装した兵士が馬に乗って護衛をし、馬車が二台並んで帰路についていた。前の馬車は今まで通りスミレが出した馬車で、その中にいつものメンバー兼ミオリが乗っており、二台目の普通の馬車にタマヨと潤平それと、定員数の限界で前に乗せられない意識を失ったリンが、横になってタマヨの隣に乗せられていた。
「………………」
「………………」
思いもよらないタマヨとの同乗に潤平は何も喋れず、車内には無言の時間が続いた。
途中小石か何かを車輪が踏んだようで大きな衝撃が伝わって来て、潤平は普通の馬車の衝撃の吸収性能が悪いことに、心の中で文句を言う。
「潤平君はさ……」
「はいっ」
突然タマヨに名前を呼ばれて潤平は返事が裏返る。
声が裏返ってしまった事で若干潤平は恥ずかしくなり、そんな潤平を見てタマヨは可笑しそうに優しく微笑む。
前にもこんな事があったなと、潤平の記憶に刻まれた恥ずかしい記憶が蘇る。
「ふふっ。大丈夫だから安心して下さい」
「……はい。分かりました」
タマヨは一呼吸置くと、言おうとしていた話しの続きを喋り出す。
「潤平君は、何故自分がこの世界に来てしまったとか考えたりする?」
思いもよらない質問に潤平は固まって少し応えが遅れてしまう。
そんな潤平に対して、タマヨは潤平が話し出すの待ってくれていた。自分の質問がとても突拍子のないものだと理解していたためだ。
「………………何でこの世界に来てしまったのかですか……?」
「……そう。前に話してくれたじゃない。お爺様とお婆様がくれた贈り物だからこの世界に来たと。そして本来の目的があって神様にこの世界に遣わされたと。そうだとしても断ってもいいじゃないですか、何故潤平君はこの世界に来ようと思ったんですか? それも一人では抱えきれない大役を担わされて」
タマヨはひとしきり喋った後じっと潤平を見詰める。
その眼差しに鋭さはなく、優しい瞳で潤平が何て応えるのかを期待していた。
潤平は布が掛かった窓から外を眺めて質問の内容を考える。
時折寝ているリン君の口から漏れる吐息と、潤平とタマヨの呼吸の音だけが車内の中に響く。
そして考えている間に、襲ってくる車輪の衝撃が思考の邪魔をして少し潤平を苛立たせた。
(俺がこの世界に来たいと思った理由か……。ばあちゃんとじいちゃんにもう一度会ってプレゼントされたから。神様に素質があると言われ調子に乗ってお願いを断れなかったから、理由なんてそれらしい事を考えれば幾らでも思い付くけど、やっぱり一番の理由は……)
「……俺の夢だったんです」
「……潤平君の夢?」
「……俺がまだ本当に小さい頃、祖父母に引き取られた直後好きだった本の話しに異世界に行って、冒険する内容の本があったんです。……俺は当時その話しに夢中になって夢にまで出てくる位憧れていました。でも大きくなっていくにつれてそうゆう事は考えなくなっていって、そして祖父母が亡くなった時そんなことは、頭から完全に抜けていたんです」
潤平が話しているのを、タマヨは静かに聞いている。
「でもあの時じいちゃんとばあちゃんにもう一度会えて、異世界をプレゼントされると言われた時本当に嬉しかったんです」
「……この世界に来れたのが?」
「……はい。勿論じいちゃんとばあちゃんに会えたのは物凄く嬉しかったんですけど、それよりも異世界に行ける、そしてその世界を思う存分満喫出来るとゆうのが、飛び跳ねる位嬉しかったんです」
潤平は外を眺めていた視線をタマヨに合わせると、しっかりとタマヨの眼差しを正面から捕らえる。
「この世界に食事や文化、どんな生活をしていてどんな人がいるのか、魔法とは何かそれを使ってどんな文明を築いているのか。それが知りたくて興奮が収まりませんでした」
「今の所は楽しい?」
「勿論! 色んな危険もありましたけど、それでもそれを越える想像と物凄い感動と気持ちが味わえてます。正直なところ神様から与えられた役目はそんなに考えていません」
「……一応大きな役目を与えられた訳でしょ? それについて深くは考えていないの?」
「考えていない訳じゃないですけど、人が危険に晒されれば守りますし淀みの魔力があれば一生懸命浄化します。けど俺の中で優先することは、この世界を思う存分満喫する事なんです」
潤平は熱がこもってきて話す際に身振りと手振りが大きくなる。
「神様にもこの世界を満喫しろと言われましたし。知ってますか? 神様に出された美味しいお茶とお菓子があって、それもこの世界のどこかの国にあるらしいんですよ」
潤平は神様に出されたあの時のお茶とお菓子の特徴をタマヨに伝える。
「ごめんなさい。ちょっと分からないわ」
「そうですか。すいません話しが逸れて。何が言いたいかと言うと俺はこの世界を巡って満喫するためにこの世界に来たとゆう訳です。それが俺の夢で今正に夢を掴んでいるからです」
「……それが貴方がこの世界に来た動機ですか?」
「はい」
潤平はタマヨの目を捕らえてはっきりと言い切る。
別に世界を救うとか人を助けるとかそんな崇高な目的に憧れていないわけじゃない。実際それが簡単に出来るくらいの身体能力と魔力は神様に貰っているんだから。
でもやっぱり俺がこの世界でやりたいことは、この世界を思う存分満喫したい事なのだ。
それ以外は今の所、仕事感覚に捕らえているから優先度は高くないと思っている。
「とても楽しそうでいいわね。素敵な夢だと思います」
「ありがとうございます」
「……とても素敵だわ、世界を満喫してみたいなんて………」
タマヨはさっきまで真剣に見ていた潤平から眼差しを外して、窓の外の流れる景色を眺め始める。
その眼差しは窓の外を眺めているのではなく、どこかもっと遠い所を見ている気がした。
潤平は人が記憶を思い出している時、本当にどこか遠い所を見ているのだとタマヨの目を見てそう思った。
「……今の所この国の人達の印象はどう?」
「最初に会った奴らはくそ野郎でしたけど、その後はとてもいい人達に出会えたと思います」
「私やルリも?」
「そりゃ勿論ですよ! 二人がいなかったら今こうしているか分からないですし、この都に着いてるかすら分かりません」
「そう」
「フミさんだってスミレさんだって物凄い感謝してますし、ヨリさんにも助けられてます。それにピー男爵やカントウさんミオリさんにだって感謝してます。今の所この国に来てから俺は助けられてばかりです」
「それは良かったわ。潤平君が来てくれて私だけでなくルリ達も助かってると思うわ」
「そうだといいんですけど……」
タマヨは優しく軽い感じで微笑むと、想像もしてない言葉を口から漏らす。
「その旅に、ルリ達も連れていってくれないかしら」
「…………は?」
「この騒動が終わる終わらない関係なく、ルリを連れていってほしいの」
「な……、にを言ってるんですか…………?」
「きっとルリがついて行けば、フミ達もついて行くと思うから結局の所皆ついて行くと言うと思うわ」
「そんなの…………、ルリさんが……言うはずないじゃないですか」
タマヨはさっきまでと雰囲気を変えて、どこか違う人と話している感じになる。
「もしこのまま、何も情報が得られずお父様の刑が確定して、お父様がいなくなり家も取り潰しになって何もかもが無くなったとしたら、私はきっと自分を許せなくて命を絶つでしょう」
タマヨは冷たい目付きをして未来の話しを話していたが、手には力が込められていて破裂するのではと思うほどに、力一杯手が握られていた。
「ですがルリと彼女達だけは助けてあげたい。皆の笑顔だけは守ってあげたい。そこに私が居なくてもルリ達の未来だけは守りたい」
タマヨは一度そこで言葉を区切る。
前に一度見た時よりも悲壮な顔をして、長く奇麗な睫毛もぷっくらとした桃色の唇も、ルリよりも長く揃えられた黒髪も全て悲しみに彩られ、彼女の顔は歪んでいた。
そうして彼女は年下の俺にそんな顔を見せたくないのか、顔を伏せてしまい表情が伺えなくなる。
俺はタマヨさんの言葉に何も言えなかった。
前にも似たことがあってその時は、この姉妹を守りたいと思った筈なのに、それを言えば良いのにそれだけなのに、息が詰まって何も言い返せなかった。
やがてタマヨはゆっくりと息を吐く。
そして今度は柔らかい声に戻って、また潤平に質問してくる。
「潤平君はルリのことどう思ってるの?」
「…………はぁ?」
おっとまずい。
いきなりの質問に思わず言ってしまった。さっきまでの空気感は何処へやら急に斜め上の質問に、頭が馬鹿になりそうだ。
「……俺がルリさんを?」
「そ。気になってるかどうか、別に大した気持ちでなくてもいいんだよ? どう思ってるかどうかだから。……もしかしてルリじゃなくてフミとかスミレの方が気になってたりしてる?」
「何でそこでフミさんとスミレさんの名前が出るんですか……」
「何となく。潤平君と仲がいい気がして。それで? ルリの事はどう思ってるんですか?」
さっきまでと打って変わって、楽しそうな眼差しで俺に質問してくるタマヨさん。
これは言わないと引かない奴だな。でもそんなに思ってることはないけどなー。ここは正直に話した方がいいんだよな。
「えっと……、ルリさんのことは正直可愛いとは思ってます」
恥ずっ! 何だこれ!
まるで結婚する前に相手の両親の前で、娘さんの事をどう思ってるか言わされるやつみたいだっ。
まぁ、そんな経験もしたことないから気持ちなんて分からないんだけどねっ。
「でも正直タマヨさんが思ってる男女の仲とかそうゆうのは考えていません。確かに可愛いし魅力一杯の女の子だと思いますが好きかどうかと言われたら違うと思います。なんてゆうか守りたい存在? みたいな感じです」
「……守りたい存在ね……」
「あ、いやルリさんだけでなく、フミさんやスミレさんヨリさんだって守りたいと思ってます。最近ではミオリさんだって勿論タマヨさんだって守りたいと思ってます」
「……私も? ……ありがとう」
ルリよりも大人な顔付きが、潤平に対して優しく微笑んで潤平はその笑顔に見蕩れる。
「……この国で俺を助けてくれたり力になってくれた人達は助けたいと思ってます。ピー男爵だってカントウさんだって他の人達だって、そのために来た訳でもありますから」
「思ったよりも多いわね。皆守り切れるかしら」
「神様にそのための力を貰いましたから」
言った瞬間、自分の胸にズキンと鈍い痛みが走る。
本当か? 本当にお前一人で守り切れるのか? お前に出来るのか?
そんな考えが頭の中を巡る。それに守るだけでいいのか? それだけで皆救われるのか?
潤平の頭と胸に不安が滲み出てくる。潤平は敢えてそれを無視して見ないようにした。
「そう。ルリの事は何とも思ってないのね」
「いや、別にそんな言い方はしてないとゆうか、まだそんな気持ちになりきれていないとゆうか……」
「ふふっ、大丈夫だから。潤平君の気持ちは分かりました」
そこまで言ってタマヨさんは可笑しそうに吹き出す。
「…………今日この車内で話した事は誰にも、ルリにも言わないで下さいね」
「…………分かりました」
タマヨさんはまた的の外を見ると、どこか遠い所を見ている眼差しをする。
「……そしてルリの事を守ってあげてね」
潤平に視線を戻すと慈愛に満ちた眼差しで、自分の愛する妹の事を頼むようお願いする。
「……っ。…………分かりました、でもタマヨさんの事もちゃんと守りますから」
「ふふっ。ありがとう」
タマヨさんは笑っているが、潤平はタマヨの最後の言葉を聞いて言いようのない苛立ちを覚えていた。
それが自分の中から生まれてきたものなのか、それとも違うところからきたものなのか、今の潤平には知るよしもない。
二人が会話をしている間、一団は第三区画の詰め所を既に通っていて、屋敷の前に着き馬車がゆっくりと停まる寸前だった。
馬車が停まると潤平が先に降りて、周囲の安全を確認する。見ると前の馬車でミオリがルリの手を取って降りやすいようにしていたので、潤平も意を決してタマヨさんに向かって手を出してみる。
「…………。ふふっ、ありがとう」
タマヨは一瞬驚いていたが、すぐに意図を察すると潤平の手を掴み馬車から降りてくる。
その際見せた笑顔がルリにそっくりで、潤平はやっぱり二人が姉妹なんだなと再認識した。
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