第四十四話 存在しえない物
「彼は一応殺人事件の重要参考人ですよ。まだ詳しい事情も聞いていないのに、おいそれと移動させる訳にはいきません」
「そうですよ。潤平様を屋敷に招き入れたのは多大なる恩があったからです。今回の場合は事情が違います。可哀想ですが彼を屋敷に入れる訳にはいきません」
屋敷の現当主とその家の者に言われては潤平も引き下がるしか出来なかった。
「ですが目を覚まさないとなると、彼の身をお世話する者が必要になるでしょうし、彼の身を何処に置いておくかとゆう問題もあります」
「彼の体は僕が見るにゃー」
ピー男爵の言葉にタマヨは瞑目して頷いていた。
「取り敢えず隣が開いているからそこに寝かせときましょう。食事は兵士に運ばせるとします」
「分かったにゃー。となると彼の体を洗って汚れを落とす必要があるにゃー。潤平、彼を隣の部屋まで運ぶにゃ」
「あっ、俺ですか」
「当たり前にゃ。意識を失って重くなってる人間を軽々と運べる奴なんて、この中では潤平しかいないにゃ」
なるほど確かに。
ピー男爵にそう言われ納得すると、潤平は正座していた足を崩して立ち上がる。
「とゆう事で僕と潤平は隣の部屋で彼を奇麗にして寝かせとくにゃー。それが終わったらここに戻ってくるにゃー。あっフミチー達は来なくていいにゃ。男だけなので女の人は来ない方がいいにゃ」
「分かりました」
「ほれとっとと行くにゃ、……どうしたにゃ?」
潤平が立ち上がってから、そのまま動かないことにピー男爵は疑問を持つ。
「あ、足が痺れた……」
「なーにを言ってるんだにゃっ! その体で痺れる訳ないにゃ! ほら動くにゃ!」
ピー男爵は潤平の元まで歩み寄ってくると、潤平の太もも辺りをまるで力士が押すような体制で刺激してくる。
ピー男爵が足を押す度、ピリピリンと足に電撃が流れたような感覚が襲ってきて、潤平は情けない声を上げる。
「あっあっ、やめっ、やめて、今山場だから……」
そんなことをしつつ潤平とピー男爵は、意識を失って寝かされている少年を抱えて隣の部屋に向かっていく。
「兵長、彼等に付いてやって下さい」
「了解しました」
タマヨの指示に待機していた兵長が部屋を出て行き、潤平の後を追うように隣の部屋に向かう。
潤平とピー男爵とゆう、賑やかし担当がいなくなった事で部屋の中は静かになる。
しばらくの間、コトンと湯飲みが立てる音と、タマヨが動かしている書類の音が部屋に響く。
「ルリ」
「何ですか? お姉様」
静寂が続いていると、ふとタマヨが口を開き自分の妹の名前を呼ぶ。
「お父様の件、進展がなくて申し訳ないわ」
「…………何をっ…………」
突然姉に謝られて、ルリは動揺して言葉に詰まる。
「あれだけ潤平君の前で叫んだのに、何一つ手懸かりが得られなくて私は情けないわね」
「そんな事ありませんっ!!」
書類から目を離さずこちらを見ないで、ポツリポツリと弱音を吐き出し妹へと謝罪する自分の姉にルリは大声を上げて反論する。
「お姉様はしっかりと役目を果たしていますっ!! そんなお姉様に対して労りはすれ、非難する事は決してありません!!」
ルリは自分の姉がどれだけ頑張っているのかを知っている。若くして第二師団の団長にまでなり、御三家の威光が貴族連合の圧力で弱まっている時も負けずに立ち向かっている。それに日夜その身を削って都の治安維持にも務めているのも知っている。
ルリはタマヨの元まで寄ると、座っているタマヨの膝にかしずき最愛の姉を見上げる。
「お姉様は立派に大役を果たしています。責められるとするなら私です。疲労で寝込んでいるばかりで何もお姉様のお役に立てない私が責められるべきです」
目に涙を溜めてやるせのない気持ちを訴えてくるルリ。
そんなルリを見て、タマヨはルリの頬を優しく撫でると優しく笑う。
「……ルリも立派な女性になりつつありますね。少しお母様に雰囲気が似てきた気がします」
「……お母様に? 私は記憶がないのですがそうなのですか?」
「ええ。小さくて物静かな人でしたけど、とても優しい人で信念を持っている人でした。御三家の女性としてとても素晴らしい方でした」
「……そうなのですか」
タマヨは膝に頭を乗せているルリの頭を撫でながら、ルリに気になっていた事を聞く。
「ねえルリ?」
「……はい何ですか?」
「あなた潤平君の事はどう思ってるの?」
タマヨからの質問にルリの体が硬直する。
「…………お姉様、今ここでする質問ですか?」
「でも気になったから、どうなの?」
「皆がいるこの場で話すのですか?」
「別に身内しかいないじゃない、それに女ばかりだし、たまにはこうゆう話もいいじゃない」
「……別に何も。雇用主としての関係性と言いますか……」
「嘘だね。さっきの顔はそんな感じじゃなかったね」
二人の会話を黙って聞いていたミオリは、ルリの言葉を聞いて急に茶々を入れる。
「さっきのルリちゃんの潤平君に置いて行かれた時の顔は悲壮感が出まくっていたね。まるで大事な人に裏切られたかのような顔をしていたね」
「ミオリさんまでっ! 私はその様な顔をしていません!」
ルリが慌てて言い訳を言う様子を見て、タマヨとミオリの二人は楽しそうに笑う。
「ふふっ。正直な所どうなの? 潤平君の事は気になっているの?」
改めてタマヨに質問されルリは顔を赤くしながらも深く考え直す。
「……分かりません。私の胸の中にあるこの気持ちが、どの様な言葉で表していいのか分かりません。潤平様を初めて洞窟で見たときは、とても物凄い方で光って見えました。それから一緒に度をする中で潤平様を視界の中に納める事は多くなりましたが、それが好きかどうかは分かりません」
ゆっくりとだが自分の胸の内を明かすルリ。
「そう。もし好きになったらちゃんと報告してね」
「……お姉様にですか?」
「タマヨに話すのはなー、ちょっと偏った意見が返ってきそうだなー」
「うるさいですよミオリ。私は姉としてルリの生き方を応援したいのです。身内以外にはいつも静かで無口だったルリが、こうして他人と笑顔を交わすまでになったのは嬉しいじゃないですか。純粋にルリの事を応援したいんです」
「……お姉様」
「アイアァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!」
「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」
部屋の中にしんみりとした空気が流れていると、潤平達が向かった筈の隣の部屋から大声が聞こえてくる。
「っ何っ!?」
タマヨとルリはびっくりして跳ね上がる。
それに、この部屋にいる他の人達もびっくりして声が聞こえてきた、隣の部屋の壁を目を丸くして見詰めていた。
そしてすぐにバンッと、隣の部屋の扉が開いた音がするとドタドタと廊下を歩く音がして、ルリ達のいる部屋の扉が静かに開かれる。
「失礼します」
入ってきたのは潤平達の後を追って隣の部屋に向かった筈の兵長で、彼は部屋に入ると何かを言いたそうな顔をしていた。
「何があったのですかっ? 彼等はどうしたのっ?」
タマヨが何かあったのか聞くと、兵長は言い辛そうにしながらもタマヨに報告をした。
「その先程捕らえた少年ですが……」
「……少年? それがどうしたの? まさか重大な傷でも負っていた?」
「……いえ、その……」
どうにも歯切れの悪い兵長に、タマヨは業を煮やす。
「貴方にしては珍しいですね、いつもははっきりと報告をする筈なのに……」
「…………………………少年の性別が違いました」
「………………何ですって?」
兵長はゆっくりと深呼吸をすると、改めてはっきりと言い切った。
「かの人物は少年ではなく少女でした」
まさかの言葉を聞いて、その部屋にいた兵長を除く全ての人間の時間が止まった。
そしてその場に遅れて潤平が入ってくる。
濡れてもいいようにYシャツを脱いで、制服のズボンを膝上まで捲り上げていた。
「あの~、誰でもいいので誰か女の人の手を借りてもいいですか? 俺は男なのでピー男爵に部屋を追い出されてしまって、手伝って貰えると助かるんですが……」
少ししょぼくれた様子でそう告げた潤平は、空いているソファに力なく座る。
潤平の言葉を聞いたフミ達は、どうすればいいのかとタマヨとルリに視線を向ける。
「はあ~~っ、スミレとヨリ、ピー君の手伝いに行って来てくれるかしら」
「承知しました」
「分かりました」
タマヨに言われて、スミレとヨリは小走りで隣の部屋に向かって行った。
タマヨはもう一回大きく息を吐くと、潤平の顔をじろりと座った目で睨むように見る。
「それで? 彼じゃなくて彼女だったのはどうゆうことかしら?」
「いや俺もさっぱりで……」
「いつ気づいたの?」
「かーーのじょが羽織っていたぼろ布を取って、服を脱がして全身裸にした時ですかね……」
「それまで貴方達は気付かなかったの……?」
「はい……。上半身裸にした時も華奢な体付きだな、位にしか思わなかったもので……」
「はあ~~っ、全くどうなってるの……」
「俺も彼等と会った時は男だと思ってましたし、一人称が僕だったのでずっと男の子だと思ってました……」
タマヨはどうしたものかと頭を悩ませる。
只の少年であれば、隣の部屋で意識が戻るまで保護するつもりだった。
だが彼ではなく彼女だったとなると話しは大きく変わってくる。こんな男しかいない場所で意識を失った少女を置いておくのは危険すぎる。幾ら私が目を光らせて注意したとしても馬鹿な奴はいる。
彼女をこの駐屯地で保護する話しは無しになった。
じゃあ衛兵に突き出すか、それとも他の師団に突き出すか。
どちらも却下だ。彼女はまだ少女で事件の重要参考人なだけで容疑者ではない。それに都の治安維持を務めているのは第二師団なので他の師団に余計な隙を見せたくない。
「……しょうがないから彼女は屋敷で保護します……」
「えっ?」
タマヨが熟考した末に出した言葉に潤平は驚きの声を上げる。
「彼女をここに置いておく事は出来ません。ならば屋敷に連れて行き意識が戻るまで住まわせておくことにします」
タマヨは部屋にいる皆に伝わるように顔を見渡して言葉を続ける。
「勿論本邸に置くことは出来ませんが、別邸の空いている部屋に住まわせましょう。身の回りの世話は使用人にやって貰うよう私が話しておきます。彼女が目を覚ましたら誰でもいいのでミオリに伝えて下さい。ミオリ、彼女から詳しい事情を聞いといてね」
「了解団長」
タマヨの言葉にミオリは軽い感じで応える。
「ピー君の診察が終わり次第、彼女を馬車に乗せて屋敷に戻りましょう。……そうね私も今日は久し振りに屋敷に帰るとしましょうか」
タマヨの言葉を聞いてルリの顔が少し明るくなる。
そんなルリを少し距離の空いた場所から潤平は眺めている。
「それと潤平君」
「はい?」
「貴方とピー君もだけどあまり大声を出さないで欲しいわ。いつも体がびっくりしてしまうので自重してちょうだい」
「……分かりました、すいません」
「ごめんね」
チクリとタマヨに自分の言動を注意された所で、部屋の扉が数回ノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けて入ってきたのは先程報告に来た兵長とは違う人物で、彼は少し躊躇った後タマヨの前にまで行き報告書を提出した。
「これは何の報告書ですか?」
「はっ、第三師団による報告書であります」
「第三師団? 何故私に?」
「それが、第三師団の上級兵長が団長に至急報告書を渡すようにと」
タマヨが率いている第二師団は都内の治安維持や、犯罪を捜査するために存在している。
第三師団は都外の事件を担当していて、魔獣の討伐や盗賊の討伐手配所などを担当している。
第四師団は兵器、補給担当。
第五師団は海路、川や海などの担当をしている。
そして第一師団は将軍直属で、サムライと言われる者が所属しており将軍の身に何かあるまでは決して動く事はない。
タマヨは提出された報告書を開くと真剣に目を通していく。
やがて全てを読み終えると、タマヨは瞑目して動かなくなる。
「…………まだ第三師団の伝令はいるのかしら?」
「はい。待機しております」
「…………そう。なら明日朝一にそちらの団長と話しをしたいと、私が言っていたと伝えて下さい。私がそちらに出向くと」
「了解しました。失礼します」
伝令役の兵長が部屋からいなくなり、誰も喋らなくなり静寂が戻る。
タマヨは報告書を机の上に置くと黙り込んでしまう。
「……それで? その報告書には何が書いてあったのさ?」
黙り込んだタマヨに対して、質問出来る人間がこの場にはルリとミオリの二人しかいないので、流れを読んでミオリがタマヨに報告書の内容を聞いた。
「……それなんだけど、第三師団は盗賊の討伐や逮捕、手配所などを作る仕事をしていてたまに、都に潜伏している主だった盗賊の情報が私に来ることがあるのよ。今回もその類いだと思ったんだけど……」
盗賊と聞いて潤平の頭に、にっくき制服を奪っていったあいつらの顔が浮かぶ。
ワドウとか言うあの盗賊を叩きのめしてやりたい。
「だけど?」
「どうやら違うみたいで、報告書にはこう書かれている わ。『都外に作られていた数個の盗賊のアジトが殲滅されていた。盗賊の仲間だった者達はほぼ全てが殺されていて、アジト内に保管されていた戦利品の類いも無くなっていた。それぞれの盗賊達を率いていた頭達とその側近は生死不明。いまだ確認中』と、一体どうゆう事かしら?」
「盗賊達が一斉に殺し合いでも初めたんかね」
「これだけでは分からないから、明日朝早くに第三師団の団長に会って話しを聞いてみます」
「あたしも着いてく?」
「いえ貴方はルリと屋敷の警護を引き続きしといてちょうだい。何か怪しい気がしてきたわ。これがもし何か大きな動きの前兆だとしたら用心しとくに超したことはないわ」
「了解」
タマヨは机の上に置かれていた湯飲みを持つと、すっかり冷え切ったお茶を上品に飲む。
「まあこれ以上やっかい毎は来ないでしょう。後はピー君の診察を待つとしましょう」
タマヨの言葉は潤平には盛大なフラグに聞こえたが、その言葉通りこの後は特に何も起こることはなく、隣の部屋からピー男爵が来るまで、皆軽い談笑していた。
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